冒険の結末
吸血鬼の二人組は、夜陰に乗じる、その言葉通りの行動そのものを楽しんでいるように見えた。
深夜の恋人の逢瀬にしか見えない二人組の影を追いながら、ニーナは冒険心が満足して行くどころか、幸せな二人組を邪魔しているだけの覗き屋でしか無いような気になって落ち込んでいった。
あの二人にはお互いしかいない。
「もしかしたら、お姉様ととフォルス様が姿をくらませたのは、私というお荷物からも解放されたかったからなのかしら?」
くうん。
ニーナは違うという風に慰めの声をあげてくれた相棒の頭を撫でた。
「帰ろうか?」
しかし、ボスコはニーナの提案に喜ばなかった。
先ほどの声はニーナに自分に意識を向けさせるだけのものだったようだ。
彼はニーナに自分の背中にしがみ付けというように、ニーナの服を咥えて自分の背中に引き付けるといういつもの仕草をしたのだ。
「何があったって、ああ!」
二人組を狙っていたのはニーナ達だけでは無かった。
別の男達も二人組を監視していたらしく、木陰から男の二人組の影が飛び出たのだ。
それも、向かう先は二人組ではなく、ニーナたちの方へ、だった。
ニーナはボスコの背中に抱きついた。
ボスコは彼等を囲んだ二人の男達に唸り声をあげた。
「ハハハ。これはいい土産だ。男の子の格好をしているが、この子はあの時の可愛い赤ちゃんじゃないか。」
「ええ、ええ。連れて帰れば大佐が喜びますね。あの美女に懸想してしまってどうした事かと思っていたが、あの男こそアグライアの心臓だったとは。奴の心臓を止めるために奴の女を捕えようとしていただけとはね。」
「ハハハ。あの美女だったら俺達も楽しめる。楽しい狩りじゃないか。」
「まずは餌になるちびちゃんかな。」
ニーナはボスコの毛皮をぎゅっと握った。
ニーナと姉のミアはエンバイルの兵士に誘拐された事があるのだ。
実の父がミアがフォルスの婚約者だからと敵国に二人を売ったのだ。
もちろんミアもニーナもフォルスに救われたが、ニーナはあの日は本当に恐ろしかったとボスコにさらにさらにしがみ付いた。
ここには助けてくれるフォルスはいない。
ぎゅうと目を瞑って脅えたが、男達が一向に自分に近づいてこないどころか、ボスコが唸りを止めてうごきもしなくなったことに気が付いた。
彼女は恐る恐る目を開けると、大きな男がしゃがんでいた。
粗末な下男のような格好をした若い男性だ。
「悪い男は退治したから大丈夫だよ。」
しゃがんだ男の後ろにはニーナを襲おうとしていたらしき男達が伸びており、その男達は丁寧に土嚢みたいに積まれていた。
「まあ。」
「君は本当にお転婆さんだ。」
月明りに照らされたフォルスは天使のようだとミアは言っていた。
ニーナはその言葉の意味がよくわかった。
にこにこと自分に微笑んで見せているフォルスの水色の瞳は温かく、全てをさらけ出す太陽の光と違って仄かな月光はフォルスの容貌に柔らかさしかもたらさない。
現実的な男の人というよりも、まるで小説から出て来た王子様のように彼を見せているのだ。
けれど、ニーナはミアのようにお姫様になれなかった。
ボスコの背から飛び跳ねるようにして離れると、目の前で彼女の為にしゃがんで微笑んでいる兄の胸に弾丸のようにして飛び込んだのだ。
飛び込んで、大声で彼女は泣き出した。
びえええええん、という泣き声を自分が出せるのだと彼女自身驚きながら。