キンポウゲ姫
フィッツは助け出すべき姫君をすぐに見つけ出すことは出来た。
小さくて可憐なキンポウゲのようなクラウディアでもあるが、彼女は女王様のようにどこにいても目立つ。
そして、彼女の美しさに反した太々しくも我儘な言動を思い出し、キンポウゲには毒があったと思い出して彼は鼻で小さく笑った。
さて近づいて見ると、クラウディアの座るテーブルはフィッツの考えていたものとは違っていた。
クラウディアの目の前にはチップが山のように積み重ねられ、そして、周りに座る男達も、恐らくは胴元でしかないバネッサこそ狐に誑かされた顔をしているのである。
「あら、またハートの四だわ。ねぇ、バネッサ。五十四枚のカードには同じ物が無いのでは無くて?あなたと、このラクロワ男爵はどうして同じカードを引いてしまうのかしらね。でも、ほら、わたくしがまた先に上がりですわ。」
ポンとクラウディアは自分の手持ちのカードをテーブルの真ん中に放り投げ、フィッツはその時点で噴き出した自分の口元を押さえた。
しかし、同じカードという、クラウディアの不穏当な発言もある。
クラウディアの台詞を受けて同じ座卓にいたカード仲間達は騒めき、当たり前だが不穏な空気となって怒りの目が一斉にバネッサに向けられた。
「ああ、あなた!何をおっしゃるの!それで、同じカードを私が持っていると言いながら、そのあなたがどうしていつも上がれるというの!」
彼らがクラウディアをわざと勝たせて、それで勝った金を預かると称して全部奪うか、勝って気をよくした彼女に大勝負を持ちかけて破産させるほど負かす、という予定だったにしては少しおかしい雲行きだ。
「あらだって、あなたとラクロワが毎回同じカードで上がるのですもの。そのカードを出す前にわたくしのカードを仕上げて置けば良いだけの話でしょう。」
どうやら、手持ちのカードが無くなれば勝ちというゲームだったらしいが、クラウディアは強いカードで相手を負かすのではなく、カードを捨てるタイミングで次々と自分の手持ちのカードを消す戦法を取っていたらしい。
「で、ででで、お、おおおお同じって、私は毎回違うカードであなたに負けていましたが!あなたが男性でしたら決闘を申し込むところですぞ!」
金髪のもみあげがとにかく長い男が卓に手をついて立ち上がった。
いかさまラクロワ男爵様であるのだろう。
もみあげを長くするよりも、口ひげをもう少し多めにして金歯を入れてみる方が目元に注目が行かないよと、フィッツは教えてあげたい気持ちが沸き起こったが放っておくことにした。
彼はそれほど血も涙もないわけでもない。
「いいえ、同じよ。わたくしはルールを知るために最初の二度のゲームは見学させていただいたじゃないの。その時も同じカードを四組お持ちだったから、そのお持ちのカードが無効になるようにゲームを運びましたのよ。」
なんと、イカサマ博打を仕掛けていた方が本気で完敗していたとは。
「おおおお、あな、ああああ!」
ラクロワは机の上のチップを薙ぎ払った。
けれど、伯爵夫人という高貴な女性は眉毛を一ミリも動かすことも無く、千二百五十とだけ呟いた。
「な、なんですか?」
「わたくしのチップの事よ。あなたが私に負けた分。でも面倒だからいいわ。私が出したのは百だけですもの。それで時間つぶしが出来たとすれば安いものだわ。さて、座っているのにはもうたくさん。酔っぱらった方の息は臭いし。私はホールに戻ってダンスでもしたい気持ちです。ほら、丁度よく私のパートナーが迎えにいらしてくださったわ。」
ラクロワはクラウディアに襲い掛かりたい殺気をみなぎらせていたが、同じ卓でバネッサとラクロワに食い物にされていたらしい紳士二名がラクロワの殺気よりも恐ろしい殺気をみなぎらせていたので彼は硬直してしまった。
彼こそ動けば、この場で弾劾される合図となるだろう。
言葉通り、身ぐるみを剥がされる。
フィッツは続きを見ていたい気もしたが、一分一秒でも早くここからクラウディアを遠ざける方が無難だと彼女に手を差し出した。
「お手を奥様。広間では歌姫がダンスを盛り上げております。わたくしにあなたのファーストダンスの相手という名誉をお与え頂けますか?」
にこっと、かなりの年配だが少女にしか見えない笑顔をクラウディアはフィッツに向けると、彼の手に女王様のようにして自分の手を乗せた。
「ふふ。ダンスだけは男の子の手が必要なのに、どうしてわたくしの子供達は誰一人としてダンスが出来ない子ばかりなのかしら。」
「そんなことは無いですよ。フォルスはダンスが日々上達しているようですよ。」
「ああ、あの子!一体どこに雲隠れしちゃったのかしら!わたくしだって早くミアと遊びたくて仕方が無いのに!」
だから逃げたのですよ、とは言えないフィッツはにこにこと笑顔を顔に貼り付けたまま、自分の母親を押し付けた親友を心の中で罵倒していた。
全く、あいつときたら、と。