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休暇中の情報将校様とお留守番中の小悪魔様  作者: 蔵前
事態は夜にこそ動く
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嘘つき男は真実を突きつけられる

 フィッツはシンディを脅しては見たが、彼女の素振りからはフィッツがエミールという名で潜入捜査していた事など知らないとしか読み取れなかった。

 これは彼女の方が優れたスパイだからなのか。

 水色のドレスで伯爵令嬢然としたシンディは無垢そのものにしか見えず、フィッツの目にも直感にもアラートを呼び起こさないという事態なのである。


 いや、彼が敢えて目を逸らしたくなるほどにシンディは美しかったのだ。


 歌姫にありがちな肉感的な所はないどころか、歌姫にはいない筋肉質にも思えるすらっとした体型をしているが、実はフィッツ自身はそのダンサーのような肉体をした女性の方が好ましいと思っている。

 フィッツが理想とする最高の体つきと言ってもよく、今はやりの薄絹の体を締め付けないドレスは、締め付けないからこそ肉体の影が薄絹から透かして見えるというしどけないものでもあるのだ。


「君のエミールはどこで会ったのかな。僕は音楽家で有名な親父の名前を使っているだけなんだけれどね。ほら、似ているでしょう。親戚ですか?甥ですよ。あるいは他人の空似です、ってね。話題の一つになる。」


 シンディはあからさまに自分が失言したという顔をして見せた上に、フィッツに対してごめんなさいとまで謝って来た。


「ごめんなさい。エミールはよくある名前だし、ええ、その方はハンサムだった。整った顔立ちは他人でも似通うって言うでしょう。ええ、似て見えたってだけ。勘違いだわ、ごめんなさい。」


 素直に謝って来たことで、それも罪悪感も持ってという振る舞いに、フィッツは自分の体に染み込んだ貴族社会での振舞い方というマニュアルを拭い去りたい気持ちで一杯となった。

 紳士として、あからさまに罪悪感を見せる女性に、人目があるパーティ会場であと一押しなど出来るわけ無いのである。


 ここまで見越してのその振る舞いならば、シンディはかなりしたたかなスパイとも言えると、フィッツは少々プライドが刺激されてしまった。

 そこで意趣返しの一言をとも思ってシンディを見返したが、彼女の髪に飾られた白い星形の小さな花々を目にした事で気持ちが落ち着いた。


 ニーナが彼女に贈った花だ。


 フィッツとニーナは屋根裏部屋から降りた後、屋敷にある小さな温室でクラウディアとシンディの為の花を摘んだのである。


――星みたいで可愛い花だわ。これは髪飾りにならないかしら?


 夏の高山に咲くという、フィッツの母が一番好きだった可憐な花だった。

 彼はそこで最近はニーナというお子様にさえ体よくあしらわれている自分という身の上も思い出し、まあいいかと、今のところはシンディの挙動全て流す事にした。

 自称歌姫のシンディには、フィッツ一行の全員が好感を持って受け入れているのである。

 彼女がスパイだとしても、フィッツが彼女を弾劾して捕縛する事は、ニーナやローズ、そして、あのクラウディアの非難をフィッツが浴びるだけであろうことは間違いはない。

 非難どころかかなり手痛い目に遭いそうだ。

 では、彼女がこれ以上ないぐらいな裏切り行為をして見せたならば、ニーナたちの感情はどうなるだろうか?

 シンディがスパイとして護送される時には、裏切りに怒りを感じただけ、ニーナ達は喜びを感じるのではないか?


 フィッツはここまで考えて全てにノーだと断定した。


 裏切られたと知ったその時、無邪気なニーナ達が裏切り者へざまあ見ろと感じるどころか無力感に陥るだけだろう、と。

 フィッツはそこで再び考えた。

 それならば、今すぐにでも動いて自分が非難を浴びた方が良いのだろうか、と。


「ああ、難問だ。いつもだったらもう少し人生は楽なのに。」


「何をお悩みか知りませんが、そういう愚痴は大体が見込みが浅かった時のものですわ。」


「辛らつだね。君も歌姫なんて浅はかな嘘を吐けるし、わかるのかな。」


 シンディは頬を真っ赤に染め上げた。

 それから彼女は怒っている事を隠しもせずに少々乱暴にフイッツの腕を振りほどき、そして、勝手にホール中央にまで歩いて行ったのである。


「君は、何を!」


 水色の薄絹を纏った湖の女神のようなシンディの出現は、一瞬だけ踊る人々の足を止めさせた。

 しかし、シンディが歌い出すや、彼女は単なる風景と化した。

 彼女はいるのにいない、いない風であるのにその存在感は場を盛り上げる楽器の一つのようでもある。

 フィッツは感動してシンディを眺めていた。

 彼女は歌詞のない音だけの歌い方で、笑いさざめくパーティのダンス音楽に色を添えているのである。

 彼女の声は楽器の演者達の邪魔になることもなく、しかし、ホールに出てくる人々をさらに増やすほどの力があった。

 透明感があるが高すぎず心を落ち着ける声は人の心を穏やかにしてみせただけでなく、もっと聞きたいと渇望までも引き起こしているのである。


「僕は本当に腕が錆びている。本物の歌姫をスパイに仕立てることだってあるだろうに。いや、世界各国で歌を歌って公演できる歌姫こそ、スパイや運び屋には最適ではないか!」


 彼は自嘲するようにして独り言ちたが、彼の定義した最高のスパイで運び屋となれる人物がアグライア公国に過去にいた事をも思い出させた。


 彼の父エミール・デュナンである。


「いや、親父は駄目だ。惚れた女を片っ端からアグライア公国に連れ込んだ色ボケ男だ。そして、ラバーナに次々と家を買っては愛人を住まわせるって、どんな冗談だよ。」


 フィッツの母も愛人の一人であり、唯一エミールの子を成した女性だった。

 フィッツの母が正妻となったのは、正妻が亡くなった翌年だ。

 跡継ぎ問題も抱えていたからか、親族誰からの不満もなくすんなりと彼の母親が正妻と成り上がった事には、息子であるフィッツはかなり驚いたものだが、シーフル子爵としてデュナン家の親族と何度も会う度に当たり前のことだったと毎回思い知らされている。


 フィッツの母の親族こそ死に絶えたが、彼女こそ莫大な遺産も持っている子爵令嬢であったのだ。


 趣味だけで金のないデュナン家の面々には、財産と子爵位のある子供など天からの授かりものぐらいであっただろう。


 彼は大きく首を振ると、カードルームの方を見返した。

 貴族達は働いて金を稼ぐ事が出来ない枷がある代わりに、賭博行為で仲間から金銭を巻き上げる事は許されている。


「さて、親友の母親が深みにはまる前に救いに行きますか。」

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