初めてのパーティ
シンディは歌姫であった自分はパーティというものには慣れているはずと思ってたが、それは純粋なる思い込みであったとバネッサの屋敷のダンスホールに一歩入って身に染みた。
昼間に案内されたバネッサの屋敷での応接間の居心地が良かったのは、そこが執事や女中頭などの使用人が業者や自分の客をもてなす所であり、直接にバネッサという伯爵夫人に会わせられない身分の低い人間を押し込める場所だったからであると、シンディは自分の身の上を情けなく思った。
フローディアでは歌姫と持て囃されてお姫様のような気になっていたが、自分は根っからの貧乏人でしかなかったのだ、と。
「あんな小さなニーナとだって、私は全然違っているじゃないの。」
彼女は自分の爪先から胸元まで見直した。
それで自分が水色のドレスを美しく纏っている事実を再確認してはみても、ニーナやクラウディアのような生まれながらの貴婦人的な所作が出来ない自分という事実によって、最先端のドレスだったのに野暮ったい物にしか見えなくなった。
――シンディ、何を不安がっていらっしゃるの?心細くていらっしゃるなら、あなたの隣にあなたの大好きな中尉様がいると考えなさいよ。
ニーナの声が思い出され、シンディはハッとした。
この落ち込みはシンディには二回目だったのだ。
最初はフィッツの屋敷で、だ。
彼女は鏡に映る着飾った自分を美しいと思ったのに、珍しく今風のドレスを身に纏ったクラウディアの大輪の花のような美しさに気圧されて、一瞬で自信を失ってしまったのである。
三十に近い息子がいると聞いていた彼女でありながら、いつも結っている巨大玉ねぎのような髪形を古代風という今はやりの髪形に結い、そこにフィッツによって生花までも飾られた彼女は妖精の女王様のようなのだ。
小柄な彼女と並んだ自分は、なんと大柄で不格好なものなのか。
シンディはそこで落ち込み、そして、ニーナに前述の言葉で励まされたのだ。
シンディは小さな貴婦人に聞き返していた。
――あなたが隣に立って欲しい男の人は誰なのかしら?
――もちろん、フォルスお兄様よ!
「うふふ。あの子は可愛らしいわ。」
「それは大いに認めるね。だが、君を思い出し笑いさせたのはあの子のどんな素振りによるものなのかな。」
シンディは知らぬ間に自分の隣に立っていたフィッツに驚いた。
「まあ、いつの間に?」
「君達が別れ別れになった後くらい、かな。」
バネッサとの挨拶の後にクラウディアはバネッサと消えた。
驚いた事に、オーギュストもシャンタルもパーティに姿を現わさなかった。
そこで、知り合いが一人もいないシンディは一人寂しく壁の花になるしかなかったのである。
フィッツはクラウディアとバネッサが消えた方角、カードルームがあるだろう小部屋の方を見つめたが、シンディはフィッツのその横顔になぜかぞくりとした。
それがなぜか、で終わったのは、フィッツがすぐにいつもの顔をシンディに向けたからである。
軽薄そうなのに魅力的に感じてしまう罪深い微笑。
「用事が出来て君達をパーティまでエスコートできなくてすまなかった。これでお許しを頂けるかわかりませんが、今から僕は君とクラウディアの奴隷となりましょう。」
彼はシンディに左腕を差し出した。
「まあ。」
シンディはフィッツの腕に右手を絡めながら、この金色に輝く軽薄な子爵に微笑んでいた。
「では、ラバーナ名物。ぶらぶら歩きをここでも致しましょうか?」
「あなたったら。」
まるで、自分が急に小柄で可愛らしい貴婦人になったような気もした。
フィッツは細身で線が細いから大きくは感じないが、実はなかなかの長身の男性なのである。
まるで自分の憧れの中尉のようだ、と彼女は思った。
シンディは彼を愛しているが、彼の目に彼女が映ることは一度も無かった。
そんな苦い記憶もシンディは思い出し、フィッツのお陰で華やいだ気持ちがふわっと霧散してしまった気になった。
どうしてフィッツにエミールを重ねてしまったのだろう。
そして、シンディは初めてという位にフィッツの顔を見つめてしまっていた。
「まあ、あなたはエミールにそっくりなのね。」
「まあ、僕の潜入捜査時の名前はエミールですからね。ただし、君と出会った事は無いはずだ。君の目的は一体何なのかな。」
シンディはまっすぐにフィッツに見つめられ、ただし、シンディの記憶の中のエミールと同じ顔でありながらエミールが決して浮かべなかった瞳の色だと彼女はぞっとした。
フィッツは蔑みさえもその瞳に浮かべていたのだ。