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注意をされたらするのが子供

 ニーナは銀食器を磨き終わるとボスコのところに行ってみたが、なんと、ボスコこそニーナを追い払った。

 来るなという風にニーナに唸って見せたのだ。

 ここまでされればニーナはローザの語った「危険なお隣」というものが真実だったと思え、少しは探ってみようと屋根裏部屋に上がった。


 何のことは無い。


 この屋敷がフィッツのものであり、フィッツが寄宿舎が長い休みになる度にラバーナで療養している母親に会いに来ていたのだとすれば、この屋敷にはフィッツの子供時代の服があるに違いないと考えての事である。


「ええと、想定通りに沢山の衣装箱がありますけれど、一体どれがフィッツの子供服かしら。」


「僕の子供服をどうするつもりなの?」


「きゃあ!」


 ニーナは飛び上がっていた。

 そして、驚いた自分が悔しいとフィッツを睨んで見せれば、フィッツはニーナなど見てはおらず、屋根裏部屋の小窓から望遠鏡を使って屋敷の西側を監視していたようだと気が付いた。


「まあ!まあ!あなたもスパイごっこですのね!西側のあのお屋敷にはどんな秘密が隠されているのかしら。」


 フィッツはニーナに振り向いて見せると、これ見よがしな溜息を吐いて見せた。


「まあ!わたくしがどうかしまして?」


「どうかしているでしょう。男の子の扮装でもして他所のお宅に忍び込むらしいと知ってがっかりな所に、僕の人生を全否定するような物言いだ。スパイごっこ。これが本職でごっこでは無いというのに。」


「まあ、まあ、お仕事でしたの?では本当にお隣さんは危険なお宅だったのですわね。本当に偽札づくりをなさっているのかしら?」


「――仕事じゃないです。すいません。僕も単なる好奇心でした。」


 ニーナはフィッツの横にまで来ると、フィッツが覗いていた小窓から外を眺めようと身を乗り出したが、フィッツはニーナに小さな単眼望遠鏡を手渡した。


「まあ、ありがとうございます。」


「うん。駄目だと言った方が君には危険だという事が分かった。さあ、スパイごっこが好きな僕が君が見ている情景の注釈をしてあげよう。」


 望遠鏡で覗いた丸い世界。

 室内の様子はほとんどの部屋でカーテンが閉め切られてみることなど出来ない。

 カーテンのない部屋は空き室で、家具に白い布が掛かったまま、という事だけがよくわかる。


「使用しているのは台所とそれに続くであろう食事室、一階の応接間か居間だけで生活しているのかしら。」


「君は!少しは僕に説明させなさいよ。」


「ええ。説明してくださいな。隣の尋常でない暮らしぶりはとても恐ろしいわ。」


「まず、庭の二頭の犬。あれはかなり訓練されている犬達だ。ボスコの挑発に乗らないどころか、常にボスコを引き付けて挑発している。」


 ニーナはフィッツの言葉を受けて望遠鏡を庭に向け、大きくてすらっとしてスタイルが良い灰色の二匹の犬達を見つめた。

 確かにとても賢そうだ、とニーナは考えた。

 リーブスが仕込んだフォルスの猟犬みたいだわ、とも。


「あの犬達はボスコを挑発、していたの?」


「ああ。一匹が塀を乗り越えようと時々動くんだ。すると、ボスコはそっちに動こうとするだろう?そこをもう一匹も塀を乗り越える仕草をする。何度もやられたらしきボスコはね、いちいち動く事を止めたんだ。今は間を保って彼らを一歩もこちらの敷地に入れるものかと涙ぐましい努力をしている。」


「まあああ。あの子は素晴らしい犬ね。」


「そうかな。あの犬達はボスコこそ自分達の陣地から遠ざけようとしてのあの振る舞いだよ。ボスコこそまんまと奴らの策に嵌ったのさ。」


「まあ。でも、二匹対一匹ですものね。ボスコは頑張ったわ。」


「君は良い飼い主だ。では、次に家の中の様子だ。あの家もこの家と同じ水洗式という汚物や汚水を下水道に流せる設備であるからして、おまるの中身を捨てる下働きは不要だ。水もやっぱり我が家と同じ水道から水が出る。風呂もガス式だろう。よって、」


「あら、それは今更ですわよ。」


「今更かな。」


「ええ。この区画が五年前から最新設備の家しかないって、ローザに聞いたもの。一斉に同じ設備にする同じ工事を入れることで、安く水道や下水道に繋げられたってあなたが喜んでいたって。ああ、そうそう。あなたがその工事の請け負い及び発起人ですってね。かなりお稼ぎになったと聞きましたわよ。」


 フィッツはニーナが褒めたにもかかわらず、唇を尖らせた不満そうな顔をニーナに見せつけた。


「何か気に障ることでも?」


「いいや。君に感銘の一つも与えられない自分が不甲斐無いだけですよ。」


「まあ!わたくしはいつも感銘を受けておりますよ。あ、そうそう。シンディの想い人の楽器、聞いていたのにお伝えするのを忘れるところでした。」


「――凄いな。持ち上げておいて自分の方が有能だと潰す。君は素晴らしいよ。」


「あなたは!」


「まあ、いいや。で、何の楽器だった?というか、どうやって聞き出したの?」


「わたくしは子供ですのよ。フィッツ様。子供が無邪気に尋ねれば大人は答えざる得ないのではないのかしら。」


「子供?ハハハ。シンディにしたように同じ質問を僕にしてくれるかな?」


「よろしくてよ。ねえ、フィッツ様。あなたの一番好きな曲は何かしら?」


「うーん。僕は沈みゆく銀の月かな。」


 ニーナの頭の中でパンパーン、ツッタカタツッタカタ、という踵を踏み鳴らしてダンスをし始めそうな騒々しい音楽が流れた。


「まあ!普通に観艦式で良く流れるマーチでは無いですか!」


「いいでしょう。あんなに明るいマーチなのに、曲名が沈みゆく、だ。観艦式なのにね。」


「あら、まあ!そういえばそうね!でも、どうしてあんなに騒々しい曲がそんな静かな曲名なの?」


「あれはね、観艦式にマーチの部分のそこだけ抜き出して使っているからだよ。本当は五部楽章ほどある交響曲。観艦式に使われる部分はこれから戦地に行くその場面だ。僕は軍功を上げてまいりますってね。」


「まあ。最後はどうなるの?」


「ないよ。」


 フィッツはそっと微笑み、ニーナはその寂しそうな笑顔を初めてだと思い、それだけでなく自分の胸がきゅっと締め付けられた気がした。


「反戦曲だったんだ。そこで、マーチ以外の他の部分はお蔵入り。いや、公演中止で記憶からの抹消かな。」


「まあ。作曲家様が可哀想ね。」


「ありがとう。そう言って貰えて父も喜んでいるよ、きっとね。」


 ニーナはフィッツが子爵であるという事を考え、フィッツの父親はこの世にいないのだと考えた。

 亡くなった大事な人のよすがが権力によって消される悲しさはいかなるものか、ニーナは子供ながらフィッツの心情を思いやった。

 彼は父親を否定した世界の為に戦地に出ているのだ。

 フィッツは再び望遠鏡を覗き出して隣家を監視し始め、ニーナは言い忘れていた事を思い出した。


「あ、シンディは「黄昏の君」が好きなのですって。出だしのトロンボーンが最高ですっておっしゃってたわ。自分はエミールのトロンボーンの後に歌うのが好きだったって。ええ、そうおっしゃって、帰りの馬車の中で泣いてしまったのよ。茶色の髪に無精ひげの、魅力的な男の人ですって。」


 ごつ。


 フィッツは窓枠に自分の頭をぶつけてしまっていた。

 ニーナは望遠鏡のせいで遠近感が狂ったのだろうと、フィッツのドジな所がおかしくてクスッと笑った。

7/3 ニーナの最後の台詞を修正。

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