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恋をしたら一直線?ではないの?

 バネッサの屋敷を辞去したニーナ一行は、フィッツが借りてくれたらしき屋敷の方へと戻った。


 ラバーナには大きなホテルもいくつかあり、滞在者の多くがホテル住まいだ。

 数日ぐらいの滞在ならば、召使を大量に連れて家を用意するよりも、召使い代りの使用人をたくさん抱えてもいるホテルに泊まった方が実用的だからだ。

 しかし、フィッツがこじんまりとしているがそれなりの屋敷に一行を案内した事で、ニーナはフィッツに余計な散財をさせたのは自分のせいだと反省している。


 家を借りなければならなかったのは、ニーナにボスコという魔犬がいるからだ。


 フィッツには余計なお金の出費や面倒ばかりを掛けてしまっていると、ニーナは一人屋敷をぶらぶら歩きながらフィッツに申し訳なさを感じていた。


 さて、彼女が一人ぶらぶらしているのは、クラウディアとシンディがバネッサからパーティの招待を受けているからである。

 貴婦人は昼寝もお仕事よと、ニーナはクラウディアに言われたが、パーティの為に昼寝をする人生はまっぴらごめんだと彼女は思っている。


「お姉さまはこれから大変ね。お姉さまも伯爵夫人ですもの。したくもないお昼寝に行きたくもないパーティ三昧とは、これでは本が読めないと雄叫びを上げてしまうに違いないわ。」


「くすくす。お嬢様のお姉さまも面白い方でいらっしゃいますのね。」


 ニーナは自分に呼びかけて来た声にくるりと振り向いた。

 すると、銀食器を磨いている途中だった屋敷の女中が、これはいけない、という風に自分の口元を押さえた。

 召使が主人に対して声をかけるのは無作法この上ないからである。

 いつのまにやら食事室に入り込んで仕事の邪魔をしたのは自分であるのにと、ニーナは女中に対してぴょこりとお辞儀をした。


「お邪魔したのはわたくしの方ですわ。ねえ、話し相手になってくださいましよ。遊び疲れたリュカどころか大人の人達までもお昼寝をしてしまって、わたくしは一人ぼっちですの。」


「まあ、お嬢様ったら。」


 ハウスキーパーであるローザは、ニーナに母親のような笑顔を向けた。

 働き者風に陽に焼けた肌ときっちりと結った黒髪には厳しさも感じるが、ふっくらした外見が母親みたいだと落ち着けるというように、彼女は外見通りに柔軟で何でもできる人であった。

 昨夜遅く屋敷に着いたにもかかわらず、客を迎える部屋の準備どころか食事の内容まで完璧であったがために、昨夜のフィッツ一行は旅の疲れを簡単に落とすことができたのである。

 それは目の前のローザの手柄であり、彼女が他の二人の若い召使、ジェフとエリーをオーケストラの指揮者のようにして動かす姿に、昨夜のニーナはかなり彼女に感銘を受けていたのだ。


 ニーナとミアは伯爵家でも貧しい家だったために、自分達で料理を作り室内の掃除までしていたので、真っ当な働き者とその場しのぎだけの怠け者を見分けることが出来てしまう。

 そして、その技が他では見られない優れたものだと知った時には、多大なる尊敬の目で見つめてもしまうのである。

 そのせいかミアとニーナはフォルスの有能過ぎるが気難しいと有名な執事であるリーブスに大変気に入られており、ニーナがカミラの所を飛び出てクラウディアの所に向かえたのは、リーブスがニーナの願いを元に男爵家へ伯爵家の馬車を差し向けてくれたからだ。


「わたくしにもスプーンを磨かせてくださらない?銀をキラキラにするの、わたくしは大好きですのよ。」


「ふふ。ではどうぞ。」


 ローザはニーナに磨きやすそうな大き目のスプーンを差し出した。

 ニーナはローザの心遣いが嬉しいと喜んで受け取った。

 けれど受け取って手に取ってみれば、大きなスプーンの柄の先には紋章が刻まれており、これはシーフル子爵家の簡易的な家紋であった。


「あら、フィッツ様は食器迄持ち込んでいらしたのかしら。」


「あら、お嬢様。この屋敷はシーフル子爵家の持ち物ですのよ。」


「まあ、そうでしたの?私がボスコを連れ込んだから、てっきり貸家を借りられたのかと思い込んでおりました。」


「ええ、このお屋敷があって良かったと、旦那様はかなり喜んでいらしましたね。ふふ、確かにユーモラスなお犬様ですが、あのお犬様こそ旦那様がお作りになった子では無いですか。」


「ふふ。フィッツ様のご領地にはボスコのお兄様達が沢山わんわんとおりましたわ。同じ仲間と仲良くするかと思ったら、ボスコはお兄様達を本気で脅えて嫌がってしまったのですのよ。」


「まあ!でもお嬢様はそんなお困りなお犬様を上手に躾けていらっしゃる。あの子はちゃんと庭で番犬をしているではないですか。」


「……。」


「あら、お嬢様。」


 ニーナは誇らしいどころかしょぼんとしてしまったのだ。


 ボスコは昨夜ラバーナの屋敷に着いてから、屋内に入るどころか庭から戻って来ないという不思議な行動を取っている。

 それはニーナが命令したわけではない。

 ボスコが勝手に動いているだけだ。

 子爵家の持ち物だったこの屋敷の西側には、塀を境界線としてすぐ隣に大きな屋敷が立っている。

 その屋敷にも大型犬が二頭庭に放されており、ニーナはボスコがその犬達のどちらかに恋をしたのかもしれないと考えているのだ。

 考えて落ち込んでもいる。

 時々邪魔だと思うぐらいしつこい犬であったのが、ここまできっぱりと自分の存在を忘れた様にしているのが、ニーナには寂しくてたまらないのである。


 もしかしたら、フォルスとミアも自分を忘れてしまっているのかしらと、新婚旅行先からニーナに何の便りも無くなってしまった二人に捨てられた気持ちにもなりかけているのだ。


「わたくしが命令したわけでは無いわ。あの子はお隣のワンちゃんのどちらかに恋をしているのよ、きっと。」


「あら、私は恋とは違うと思います。領地の黒犬達は誰もがろくでもない犬達だと思っていますが、エンバイルの密入国者を次々に捕まえてもくるのですよ。あのお犬様のあの様子は、やっぱりお隣は危険な人達が住んでいる、という事かもしれませんよ。」


「どういうこと、ですか?」


「一週間前まで隣は空き家だったのですよ。いつの間にか引っ越されて来ていたのです。近隣に挨拶をするどころか近寄れないように庭に獰猛な犬を放すなんてと、偽札でも印刷しているんじゃないかって噂の家なのですよ。ニーナ様はあの家に絶対に近づかないでくださいましよ。どんな方が住んでいるのかさえ分らないのですから。」


「まあ、わからないのですの?お隣には召使の方もいらっしゃらないの?」


「召使いはいるようですよ。若い男と女、ですね。夜中になると屋敷を出てどこぞへと向かっていきます。そこがまた恐ろしいと噂になっております。」


「まあ、夜中ではお買い物、でもないようですわね。食料品などのお買い物はどうなさっているのでしょうね。」


 ローザはこのような怪談話がとても好きなようで、ニーナをさらに脅えさせるようにして、声を低く抑えて恐ろし気な抑揚までつけた。


「ふふふ、一人でふらついている人を襲って、その死体を食べている、と囁かれていますよ。あの犬達が齧っているのは人間の骨に違いないってね。」


「まああ!」


 ニーナは食事室の窓から庭を眺め、ボスコが庭に寝ころんでいるが、彼がずっと隣の家の方向を見つめていたという事に改めて気が付いてぞっとした。


 あの家には何があるのかしら、と。

7/4 読み辛い文章を少し手直してみました。

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