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若い人たちの事情

 バネッサ・アデールを伯爵夫人と呼ぶが、厳密にいえば彼女はクラウディアと同じく伯爵未亡人様である。

 彼女は夫を失い息子が後を継いだ後はラバーナに居を移し、本人の言葉でいうのならばのんびりとした余生を過ごしているのだそうだ。


 のんびりとした生活には話し相手も必要だ。


 彼女は親戚筋の娘を雇い、自分のコンパニオンとした。

 さらに、息子のように可愛がれる存在が欲しいと、親戚筋の青年を付添人として雇い入れた。


「ラバーナから動かなければ必要のない旅先案内人ですが、僕は家もお金もないのでバネッサ様の恩情にしがみ付かせて頂いております。」


 金髪に青い目で癖のない顔立ちをした青年、バネッサの付添人をしているオーギュスト・バローは、誰もが好感を持つような笑顔を顔に浮かべながら品よく紅茶を啜った。

 バネッサとクラウディアは寄宿舎からの親友であり、彼女達は二人だけの話に夢中となりバネッサのサロンに閉じこもってしまったのだ。

 それでシンディとニーナは使用人が使える応接間で、バネッサの付き人達とお茶を囲んで談笑しているのである。


 すでに一時間ほど。


 それでも話の内容が自己紹介から全く進まないと、ニーナは話し上手の口先男がいない事が残念過ぎると感じていた。


「まあ。オーギュスト。謙遜が過ぎますわ。あなたのお陰でバネッサ様は催し物のどれにでも参加できると大喜びでいらっしゃるのに。」


 シャンタル・ラフォンは貴婦人の話し相手という目立ってはいけない仕事のためにか茶色のウエストベルトの地味なドレスを着ていたが、華やかな名前を隠せないように美しい緑色の瞳の輝きは隠せなかった。

 茶色の髪だって艶やかで磨かれたオーク材のようでもあるのだ。

 ニーナは理知的なシャンタルには一瞬で好感を抱いており、初対面の他人に好感を持ちえたことが不思議だと首を傾げたが、彼女が話し相手になる前は家庭教師をしていたと聞いて納得した。


 いや、オーギュストの謙遜に、何度でも「そんなことは無いですわ。」と言い繕ってあげるシャンタルの心の広さにニーナは感銘を受けたのかもしれない。

 そして、変装させた元歌姫のシンディと横に並んでも遜色がない所で、シャンタルは良い話があれば物凄く美しく輝けるのにと、ニーナは残念に考えた。


「それでも、ときどき自分の不甲斐なさに情けなくなります。三男四男の学友は兵隊になって身を立てているというのに、と。」


「まあ、軍にご学友が。では、あ、あの、き、急な質問で申し訳ありませんけれど、オーギュスト様は見分が広くていらっしゃるから、あの、お聞きしたい事が。」


「ああ、何かな。」


 オーギュストは嬉しそうに顔を綻ばせ、ニーナこそシンディの突然の言葉に驚きながらも耳を傾けた。

 シンディは誰かが盗み聞きしているのか不安そうな顔で軽く周囲を伺ってから、芝居がかったようにして声を潜めた。


「あなたはええと、軍隊にお友達がいらっしゃるというのなら、ええと、音楽にはお詳しいかしら。あの、音楽隊の方には。」


「ああ、それは残念ながら詳しくはありませんね。彼等は兵士の戦意を鼓舞するという立派な方々ですが、前線に出る人達ではない。僕は学友のように野を駆けてエンバイルの魔の手から人々を救いに行けたらと考えているだけでして。」


 オーギュストの物言いによって簡単に兵士になれると考えるリュカにイメージが重なり、ニーナはパークの遊具でフィッツに力いっぱい遊んで貰っているだろうリュカを思い出してしまった。


「まあ!でもそんなお考えでは身を立てるどころか、運一つで死んでしまいますじゃないの。」


 三人の男女は一斉に紅茶に咽た。

 ニーナは自分のおしゃべりな口元に手を当てると、ごめんあそばせと言って席を立った。

 ここは自分という子供がいなくなった方が良いとの判断もある。

 ニーナはとことこと応接間を出ると、花盛りでも誰も注目していないが窓から応接間の様子を伺えそうな中庭に向かった。


 オーギュストはあからさまにシンディに自分をよく見せようとしており、シャンタルは戦友のごときオーギュストの後押しをしている。

 ニーナやフィッツには一言も漏らしていなかった「音楽隊」というシンディの秘密も、シャンタルはオーギュストの為に探ろうとするだろう。


 ニーナもフィッツも今それを知らなくても大丈夫だ。


 シンディがオーギュストに心惹かれなくても、今後、オーギュストとシャンタルは共通の友人をシンディに紹介するだろう事は想像に難くない。

 オーギュストの外見は一般的に考えても女性の興味を引くだろう華やかさがあるのだからして、自分にシンディが靡かないならばと、比較対象を持ってくるだろうとニーナは予想したのだ。


 ほら、僕こそいい条件の男だろう、と。


 シンディに紹介されただろう、そこに立ち会った誰かの口を割らせればいいだけの話なのだ。

 そこまで考えて、ニーナは鼻で笑った。


「上手くいくかしら。フォルスお兄様だったらシンディの口を既に割らせているだろうに。それに、シンディの秘密をオーギュストに渡す事は危険じゃなくて?」


 ニーナは個人的には男性は外見では無いと考えている。

 義理の兄になったフォルスは出会った時は毛むくじゃらのむくむくでしか無かったのに、ニーナは出会った時から彼の優しさや頭の良さは理解していたのだ。


「いえ、違うわね。もしゃもしゃだったからこそお兄様の素晴らしい所ばかりが目に入ったのよ。何処から見ても軽薄な色男だからと、オーギュストを色眼鏡で見ることこそ危険行為ね。ええ。シンディと結婚しても持参金など考えられないのですもの。単なる女性に親切な男性と見るべきかしら。」


「いーや。若い女性は子供には言えない方法でお金を作ることもできて、上手く誑し込めば、流行のハンカチーフやネクタイを気軽に買い替えるお金ぐらい持って来てくれるものなんだよ。見た目のいい男に心をくすぐられたら、まず、警戒はしよう。」


 ニーナは自分の上に影を作った長身の男に左の眉毛を上げて見せた。

 フィッツは軽くニーナにウィンクして返した。


「一番危険そうなフィッツ様。では、シンディには危険が迫っているのかしら。」


「さあ?本人が幸せなら誰かが口を出すものではないからね。」


 フィッツはニーナの隣に立って、ニーナが考えていたように応接間の窓を眺めてシンディ達が歓談する様を眺め始めた。


「音楽隊は軍隊にどれだけあるの?」


「腐るほど。」


「では、オーギュストと同じぐらいの年代の音楽隊の隊員はどれくらいですの。フローディア人と知り合ったのならば、フローディアに駐留経験があり、も加えたらどれだけかしら?」


「ハハ。君をネルソンに乗せて戦場を走り回れば、我がアグライアは連戦連勝のような気がするよ。フローディアの歌姫と関係ありそうな若き音楽隊隊員か。名前が無理でも、せめて担当楽器ぐらい知りたいな。」


「善処しましょう。」

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