親友は職場外で作るもの
寄宿舎での学友は学友のまま終わった。
それは自分の外見が嫌になるぐらいに整っていたからだと、シーフル子爵は過去を思い出しながら大きく溜息を出した。
太陽神のような金髪に金色に輝く黄褐色の瞳に、美貌で有名だった彼の父親譲りの貴公子然とした風貌など、人生経験の少ない子供には余計な妬み嫉みを生むか単なる羨望だけで終わるだけの邪魔なものなのである。
しかし、自分だって友人を作る努力をしていなかったではないか。
そう自分を責めるのは、友人がいなかったばっかりに職場で知り合った人物と親友づきあいなどしてしまったのだと、彼は現在かなりの後悔をする破目に陥っているからである。
子供時代の自分がもう少し人付き合いが上手であったならば、と。
職場で同僚と親友になることは良いことかもしれないが、職場が軍隊で、親友が自分よりもかなり位が高い中将ならば、ここぞという時に親友づきあいも辞める事が出来ないではないかと、彼は自分を呪ってもいるのだ。
「フィッツ様。急に押しかけてごめんあそばせね。」
いっぱしの淑女のようにして、フィッツジェラルド・シーフル子爵、友人にはフィッツと呼ばせている彼に謝罪の言葉を述べたのは、まだ九歳のニーナ・フラッゲルムである。
シーフル子爵、フィッツは自分を見上げる少女の瞳、宝石のような青い瞳には、彼女が口にした言葉と違って何の罪悪感も浮かんでいないと見て取った。
賢い彼女はいくらでも場を繕える言葉を吐けるのだ。
彼女の賢さを現わすような小さくて形の良い頭部を飾るのは、金色にきらきらと光る可愛い巻き毛だ。
彼女の美しい金髪が少年ぐらいの短さなのは、彼女が意に沿わぬ結婚から逃れるために自分で刈ったからであり、その行為は彼女に度胸がある証明でもある。
つまり、フィッツの目の前で、急な訪問を許してくださいと口先だけで謝っている少女は、国中を捜しても見つからない程の美少女であり、彼が初めて会ったと思えるぐらいに賢く勇敢な子供でもあるのだ。
その子供の身の上は彼の親友の義理の妹となる。
親友とは、中将という位もあるフォルス・アルマトゥーラ伯爵様だ。
結婚したばかりの親友は新婚旅行に意気揚々と出掛けて行ったが、姉をフォルスに奪われて保護者を失ったニーナをフォルスは自分の母親に託した。
そして、フォルスの母親はニーナを虐めるどころか、重たすぎる過保護な愛情をニーナに注いでくれているだろうことは想像に難くない。
「クラウディア様と旅行をしたくても付き添い男性がいなければ無理でしょう。」
フィッツは自分の領地のここまで来れたじゃないの、という真実を彼女に返す事は諦めて、そうだね、とだけ相槌を打った。
「ええ。ニーナを有名なラバーナのパンプルームに連れて行ってあげたいと思っていましてね。私のお友達にこの可愛いニーナを紹介したいじゃないですか!」
ニーナの見守りというよりも完全な信奉者である親友の母が、ニーナの言葉の後を継いで上品にコロコロと笑い声をあげた。
親友と同じくらいに明るい栗色の髪に水色の瞳をしたクラウディア・アルマトゥーラは、小柄で十代の少女のような雰囲気と外見を持っている美しい女性だが、中将位もある息子が猛母だと恐れるほどの人物でもある。
つまり、彼女のパワーは六頭引きの軍用馬車よりもあるのである。
「ははは。ラバーナですか。我が領土から遠く離れた温泉地ですね。」
クラウディアは品よくフィッツに微笑んで見せた。
これは、子爵家に滞在させなければ旅行をするからついて来い、という脅しでもあるなと勘づき、フィッツはこの状況を作り出した極悪な子供に微笑んだ。
彼女はクラウディアの言葉に迎合するような笑顔を見せてはいるが、追従の言葉を口にすれば本気で連れていかれると判っているのか無言のままだ。
「この小悪魔が。」
フィッツは誰にも聞かれないぐらいの小声で呟いた。
考えなくとも彼は理解してしまったのだ、彼女は疲れたのだろうと。
クラウディアの相手に。
「残念ながらラバーナに僕がお連れできませんから、我が領地をあなた方に捧げましょう。僕のところに滞在することであなた方の評判が堕ちるかもしれませんが、ええ、我が領地にようこそ。歓迎しますよ。」
フィッツの言葉に、小さいニーナではなく、大きなクラウディアの方が手を叩いて歓声を上げて喜んだことにシーフルは訝しんだ。
訝しんで小悪魔に視線を動かした。
「うふふ。ありがとうございます。フィッツ様!わたくし達は小さい男の子の遊び相手になれませんでしょう。途方に暮れていましたのよ!」
フィッツは親友の母親が男の子嫌いだという事を思い出した。
そこで、この猛母と小悪魔はフィッツに滞在を断られても、自分達はラバーナに行くからとその小さな哀れな男の子を彼の領地に捨てていくつもりだったのだと、最初から彼には逃げ道は無かったようだと気が付いた。
してやられたのであれば、彼は乾いた笑い声をあげるしかない。
「はははは。小さい男の子もいたのですか。どこに?」
「うふふ。リュカはエントランスにボスコといますわ。ボスコったら、自分のお父さん犬とお兄さん犬たちに脅えていますのよ。外に出て行けないし家の中にも入れないでしょう。可哀想だって良い子のリュカがボスコの付き添いをしておりますの。」
フィッツはここで胃の腑がずしっと重くなった気がした。
彼女の愛犬ボスコは元はフィッツの飼い犬の子供をフォルスに譲った、いや、押し付けたというものであるが、フィッツの飼う馬鹿犬と比べても群を抜いて馬鹿犬に育っているのである。
飼い主の命令を聞かない上に、体が巨大熊ぐらいある真っ黒な巨大犬だ。
量産してしまったフィッツでさえ現在は頭を抱えている存在の犬達よりも極悪な一匹であるボスコ、それをニーナは外に出せないと言い出したのだ。
「ねえ、どうしましょうか。鎖で厩に縛り付けても良いのですけど、あの子、ものすっごく恥ずかしい泣き声を上げるでしょう。」
うにゃああわあおうぇんおおおおおおおおおん。
うにゃああわあおうぇんおおおおおおおおおん。
「ああ。泣きだしたね。まだ縛ってはいないのでしょう。」
「あの子はわたくしが大好きすぎるの。わたくしから離れたら死んでしまうって程に。ふうぅ。」
急に子供みたいな溜息を出して自分の前髪を吹き飛ばした所作は、女慣れしているフィッツにとっても物凄く可愛らしいの一言であった。
フィッツは自分こそ戦場の交渉人だったのでは無いのかと考えながら、彼に全ての要求を呑ませた凄腕の少女を見下ろした。
「全て君の好きなように。ボスコを室内犬にする事も歓迎しよう」
ニーナはこの世の誰もを魅了できるだろう微笑みをフィッツに向けた。
フィッツは数秒前の自分の言葉を訂正したくなったが、もう遅い。