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人間は自由の刑に処されている

リアルパートです。

「もしもし?」

『あ、りんりーん、げんきー?』

「おう、なんだよ?」

『うっわー、愛しの亜衣菜ちゃんからの電話なんだから、もうちょっと喜んでよー』

「はいはい……」


 誰が愛しの亜衣菜ちゃんだよ!

 そりゃ……亜衣菜を選ぶのはスーパー安全牌だろうけど……。

 昔の俺なら亜衣菜を選んでいたかもしれないが、今の俺は、こいつを選べない。


 かといって突き放せないのがね、俺のクズなとこだな!


 昔から、優しいとは言われることが多かった。

 でもそれは結局、誰からも嫌われたくなくて、どうすればそんな自分でいられるかを考えての、打算的な優しさだった気がする。

 カントで言うところの、仮言命法(かげんめいほう)ってやつだな。


 だから俺は結局、本当の意味では優しくないんだと思う。

 あー、ネガ(マイナス思考)入りそう。


『もしもーし?』

「ああ、悪い」

『なんかあったのー?』

「いや、何でもないよ。つーか何の用?」

『えー、りんりんの声が聞きたくなったからじゃ、だめ?』

「……甘えた声だすな」

『あ、可愛いって思ったんでしょ~?』

「……うるせぇ」


 亜衣菜の甘えた声は、可愛いと思う。

 この甘えた声は、好きだった。

 あー、今甘えてきてるな、っていうのがはっきり分かる声。

 可愛くて、抱きしめたくなった声。

 

 第1回オフ会(だいを知る)前だったら、こんな電話きたら喜んで尻尾振ってたんだろうな。


「で、用件は何?」

『ん~、ちょっとした抵抗というか』

「はぁ?」

『意地というか』

「どういうこと?」

『……べっつにー』

「いや、意味わかんないって」


 文脈なく現れた言葉に、俺の頭には「?」しか浮かばない。

 数センチの境界線()の先では包丁で何かを切っている音が聞こえてくる。

 鼻歌は……あんまし聞こえないな。


 俺が亜衣菜と電話してると知ったら、だいはどう思うかな。

 ちょっとくらい嫉妬とか……してくれたらいいのに。

 どうせ「よかったじゃない」とか言われるんだろうけど。


 女々しい妄想が自分の頭を支配してきそうだったので、俺は一人頭を振ってそれらを振り払う。

 今ばかりは見られてなくてよかった。


『あたしも先生になればよかったなー』

「はぁ?」

『そうしたらりんりんと同じギルドに、ううん。同じ世界を共有できたかもしれないのに』


 同じギルドて。こいつ、ほんとLA基準で動いてるんだなー。

 でも同じ職場なる可能性なんてほぼ0だし、同じ世界を共有って、さすがにそれは無理だろ。

 しかし何言い出すんだこいつ。

 

「先生なってたら、今の〈Cecil〉はいなかったぞ?」

『それはっ! ……そうだけどさぁ』

「やりたいときにゲームはできないし」

『ゲームしか……考えてないわけじゃないしー』

「責任ある仕事だし」

『……うん』

「そりゃ、亜衣菜は子どもには好かれるかもしんないけどさ」

『え?』

「あんましオススメはしないかなー」

『自分の仕事くらい好きになってあげなよー』

「勧めるなら人を選ぶね、俺は」

『あ、ひどー』


 電話越しに、亜衣菜が頬を膨らませているのが分かる。

 でもそれは本気じゃなくて、すぐにこいつが笑い出すことも、予想できた。


『ふふっ』


 うん、案の定笑い出し、つられて俺も笑ってしまう。


『……あたしやっぱり、りんりん好きだよ』

「な!? い、今言うことかよ!?」

『べっつにー。あたしの自由じゃん?』


 そう言って、いたずらっぽい亜衣菜の笑い声が聞こえる。

 

 自由、自由か。

 そりゃ、自由だとは思う。

 誰が誰を好きになるとか、それは個人の心の自由だ。

 想いを伝えるも伝えないも自由。

 昔と違って、現代は自由恋愛の時代だ。

 亜衣菜が何を言っても、それは亜衣菜の自由だろう。


 でもだからと言って、言われる側が何も思わないわけではない。

 発せられた言葉には、責任が伴う。責任を伴わない発言なんて、どっかの政治家たちと同じになってしまう。

 無責任な言葉ではないからこそ、亜衣菜の言葉に、俺の心は揺れ動く。

 なぜなら、想いに応えるも応えないも自由だから。


 ほんと、このままこの「好き」を受け入れられたら、どんなに楽なことか。


 好きになるより好きになられる方が、どんなに楽なことだろうか。

 好きになってくれた人を好きになれたら、何の苦しみも葛藤もないのにな。

 

 って、こんなこと考えるとか、ほんと最近の俺はクズだな!


 楽になりたいから亜衣菜を選ぶとか……ただ亜衣菜に失礼なだけだ。


「気持ちは嬉しいよ――」

『あーーーーーーーーー!』

「うおっ!?」


 突如響いた、電話越しの大声(シャウト)

 俺は思わず電話を耳から離してしまうほどだった。


『それ以上言わないで!』

「え?」

『あたしはりんりんが好き。言いたいだけだから、何も言わないで』

「は、はい……」

『あーもうさー!』

「な、なに?」

『ずるい。天然はずるい! 強い!』

「何の話だよ?」

『べっつにー』


 何なんだこいつも……。

 急に来ただいもそうなら、用件もないのに電話してきた亜衣菜も亜衣菜だ。

 うーん……全然わからん……!


『あ、そだ』

「お、おう?」


 荒れ狂ってた気がしたのに、一瞬で切り替わるテンション。

 その違いに、ちょっとびびった。


『秋に出る拡張データさ』

「うん」

『新情報掴んだんだけど』

「え、マジ?」

『今度うちに来てくれたら教えてあげるよ?』

「結構です」

『うっわ、え、うわー。即答とか、流石に泣くよ?』

 

 あ、やべ、これ声マジだ。


「め、飯くらいならいいけど……」

『ほんと!?』


 え、切り替えはや……って、あ! ハメられた!?

 「泣くよ」と言った時はすごくしょんぼりした感じだったのに、いまの「ほんと!?」はもう全力で喜んでるのが目に見えた。

 尻尾振る犬だな。こいつ猫キャラのくせに。


『えへへー、楽しみー』

「ったく」

『約束だよ?』

「わかったわかった」

『絶対だよ!?』

「わかったって、子どもかお前は」

『えー、恋する乙女?』

「うるせえアラサー」

『あー! 怒るよー!』


 そしてまた、電話越しに俺たちは笑い合う。

 やっぱりこいつ可愛いな。

 いや、純粋な意味でな!


『ん、声聞けてよかった。じゃあ、またねりんりん』

「おう、じゃあな」


 ガチャ

 こいつも「またね」、か。まぁ今の「またね」は、普通の「またね」だよな。

 今度はどこ行くんだろ。って、俺が店探すくらい、してやってもいいかな。

 

 亜衣菜との電話の余韻に浸る俺。

 亜衣菜との電話にすっかり夢中になっていた俺だから。


 たった数センチしかない俺とだいの境界線(キッチンへの扉)が開いていたことに、全く気付いていないのだった。

タイトルは哲学者サルトルの言葉になります。

話中のカントも哲学者です。

たまには倫理教師らしい発言をさせてみました。

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