このイベントの発生条件はなんだったんですか?
リアルパートです。
7月4日土曜の18時45分。
ピンポーン
運命のチャイムが鳴らされる。
さっきの電話からきっちり30分後、律儀なくらい時間通りにだいはやってきた。
「お邪魔します」
「お、おう、いらっしゃい」
今日のだいはこの前や昨日みたいなワンピース姿ではなく、黒のTシャツにジーンズというラフな恰好だった。もちろん、これはこれで可愛い。
Tシャツ姿だと、胸のふくらみが分かりやすいし……って、だめだ、視線はバレる! 気を付けろ!
ちなみに背中には予想外に可愛らしい紺色のレディースリュックを背負っていて、手には食材が入っているであろうビニール袋を持っている。
けっこう大荷物、だな。
しかしまだ別れてから半日ほどしか経っていないのに、なぜかだいに会うのが久々な気がした。
あれかな、ぴょんたちとはずっといたせいかな。
でもこいつ、あんまり寝てなさそうな、そんな顔だなー。
「あ、あのあと、ちゃんと休んだのか?」
だいからビニール袋を受け取り、彼女を家の中に招きながら話しかける。
「そこそこ」
玄関の鍵を閉めてから、スニーカーを脱ぎつつだいがそっけない返事をしてくる。
え、こいつ男の家きといて、緊張とかないのか!?
緊張してんの俺だけ!?
……あー、やっぱ好きじゃない男の家なんて、緊張もしないってことか?
うっわ、つらー。
「……そういうのあると、彼女いるみたいに見えるわよ」
「あ!」
我が家にあがるやいなや、洗面台に視線を置くだいの言葉で俺は自分のミスを自覚する。
掃除こそ念入りにしたのだが、案の定ぴょんは洗面台にメイク落としやらは置いていっていた。
床に落ちていた長い髪の毛たちを片付けただけで満足していたのだが……しくった、目線が低かった!
「何慌ててるのよ?」
「え、あ、いや」
「昨日の今日というか、今日の今日の話だし、別に誰のかは分かってるわよ」
「そ、そうですよね」
「なんで緊張してるの?」
俺が食材を冷蔵庫に入れたりしていると、部屋の方へ荷物を置きに行っただいの呆れた声が聞こえてくる。
二人っきりはだいの家に行った時もなっていたが、あの時と今では状況が違う。
俺はお前が《《好き》》って気づいちまったんだから、しょうがねぇだろ!
って俺は童貞か!
「あ、それしまわなくていいわよ。すぐ作るから」
「あ、わ、わかった」
「……? 変なの」
「あー……な、なんでご飯作りにきてくれたの?」
「別に」
某女優か! というツッコミをしたくなるだいの言葉。
俺がせっかく意を決して聞いたというのに!
キッチンの方に戻ってきただいは、俺に冷たく答えながら、リュックから取り出した赤いエプロンをつけつつ、美しいセミロングの黒髪をヘアゴムで束ねていた。
部活の時のように髪を束ねた姿になると、普段は見えないうなじが見えてドキっとする。
エプロンも似合ってるし、あーもう、ほんと可愛いなこいつ……!
結婚したら、こういう姿毎日見れるんだよな……ああくそ、俺の隣にいてほしい。
「迷惑?」
「え? いや、そんなことないよ! ……むしろ、嬉しいというか?」
「ふーん」
「な、なんだよさっきから?」
「別に」
ああもう何なのこの生き物!?
何考えているかわからん!!
でも、不機嫌ではない、気はするんだけど……。
「一通り、調理器具はあるわね」
俺の聞きたいは全無視しつつ、勝手にキッチン周りを確認しただいは満足したように頷いていた。
「じゃあ適当に作っちゃうから、ゼロやんは向こうでなんかしてて」
「え? お、俺もなんか手伝うって」
「邪魔」
「ええ!?」
嘘だろ!?
今はっきりと邪魔って言ったぞ!?
え、ツンツン具合増し増しなってませんか!?
「キッチンは戦場よ。覚悟ない者は立ち去りさない」
「なんのセリフだそりゃ……」
結局、相変わらずの真顔で、俺の目を真っすぐに見つめながらそう言ってきただいの迫力に負けて、俺は部屋側へと撤退する。
俺がそっちにいくや、キッチンとの境界線である扉をぴしゃっと閉められた。
え、なにこれ、見てもいけないのか?
鶴の恩返し!? いや、恩返しされるようなことしてないけど!
俺の目線が遮断されるや否や、換気扇がつけられた音がした。
こそこそと扉越しに耳をすますと、冷蔵庫を開けたり器具を取り出したり、明らかにそこに人がいて、料理をしている音が聞こえてくる。
うわー、作ってるとこみてーーー。
でも、この扉開けたら、下手したら刺されるか!?
キッチンは戦場言っていただいの言葉が俺の脳裏によぎる。
あれは本気だった、気がする。
だいは短剣使いだし……って、あ、これはゲーム脳すぎるか。
「……ん?」
そんな妄想なんかをしていると。
不意に聞こえてきた、上機嫌な鼻歌。
え、なんで、そんなご機嫌なの……?
あれか? 好きな人へご飯作るときのシミュレーションか?
あー、俺は外食の日のお供役にプラスして、まだ見ぬ手作りの日への練習台扱いか?
そう考えると、嬉しいこの状況も、何だか切ない。
みんながどこまで本気かは知らないけど、争奪戦だなんだと言われて、元カノに再び告られて、最近ちょっと舞い上がっていた部分もあったのに。
いざ自分が《《好き》》を自覚した相手には振り向いてもらえていないこの状況に、俺は無意識に苦笑いしてしまう。
でも、ぴょんの言っていた言葉、どういう意味だったんだろ。
目に見えるものも、ちゃんと見ろ、か。
うーん、わからん!
あれは何を言いたかったんだ?
だいの話をしたときに言われたから、だいについての言葉だとは思うんだけど……。
好きな人がいるやつを、好きになっちゃいけないってことかな……。
だいが誰を好きになるのも、だいの自由だし。
たった数センチの扉を挟んで、見えない場所にいる好きな人。
手が届く距離にいるように見えるのに、そこに俺の手は届かない。
それでも、扉越しに聞こえる鼻歌を聞きながら、少しでも彼女を感じようとする。
って、我ながらこれはキモいな!
それを自覚して離れようとしたとき、ポケットが震えた。
通知……じゃないな、電話か。
誰だ?
着信の相手の名に表示されたのは、武田亜衣菜の名前だった。
うなじ見えるのは、いいですよね……!