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立場と関係

リアルパートです!

 不安な顔をした市原が、俺のそばにやってくる。

 「いいわ、私が話す」とだいは言った。

 どんな風に声をかけたのか分からないが、市原は完全に顔がびびってるね!


 他の部員たちも気になるのかみんなしてこちらを見ているので、俺とだいはもう少し離れたところまで市原とともに移動した。


 確実に他の生徒たちに話を聞かれない距離まで移動したところで、だいが話を切り出す。


「今日はどうしたの?」

「え?」

「市原さん、調子悪かったみたいだけど」


 この二人が1対1で話すのは、初めてだろう。

 緊張した面持ちでだいの顔を伺う市原は、時折だいの横に立つ俺に助けを求めてくる。

 だが俺はあえて何も言わない。

 というか、言えない。


「そ、そんなことないですよ! 私が投げた試合は勝ちましたし?」

「4点も取られて?」

「う……」

「あの調子じゃ決勝トーナメントにいけてもすぐ負けるわよ」

「……ですよね」

「今日のピッチングじゃダメだって、市原さんが一番分かってるんじゃない?」

「……はい」


 み、認めた……!

 すごいなだい。俺にはその言い方はできないなー。

 結果としては勝ったんだし、調子悪いながらもなんとか試合をまとめたって言う風にも言える。俺なら、そう言ってた気もする。

 でも、やっぱり厳しくするのも、大事なんだろうな……。


 二人の会話を聞く度に俺の胸中に不甲斐なさが増えていく。


「何か悩みがあるなら、言って」

「え……」


 だいの言葉に、市原が俺を見る。

 たぶん離れて欲しいんだろうな。


 それを察した俺は少し下がろうとしたのだが。


「北条先生はあなたの顧問だから、あなたの悩みと向き合う必要があるわよ」

「え……うぅ……」


 だが、だいの言葉は市原を逃さない。

 真っすぐに市原の目をみて、彼女の心に語り掛けるようだった。

 市原はだいの視線を受けて、俯いちゃったけど。


 遠くからこちらを見つめる部員たちも、どこか心配そうな顔を浮かべている。


「逃げないで」

「え?」

「向き合いなさい」


 その言葉に市原は俯いていた顔を上げ、驚いた顔でだいの顔を見ていた。

 その市原に、だいがふっと優しく微笑む。


 それはまるで「私は知っているから大丈夫」と、そんなことを伝えるような笑みだった、ような気がする。


「……はい」


 そして一度俺の方を向いた市原が、再び俯きながらも話し出す。


「その……倫ちゃ……北条先生に、彼女が出来たって聞いてしまって……」


 始まる市原の悩みの告白。

 俺は平静を装って黙って聞いてるけど、正直気が気じゃない。

 というか、逃げたい。


 これ、拷問だよね?

 俺だけじゃなく、市原にとっても拷問だよね!?

 

「うん。それで?」


 だがだいは市原を甘やかさない。

 俺にはどうにもできなかった問題と、真っすぐに向き合う。

 

 これがだいの仕事モードなんだろうな。


「それがショックで……。でもなんとか今週の間に受け入れたはずだったんですけど……」

「けど?」

「さ、里見先生と仲良さそうなの見たら、また思い出しちゃって……」

「え?」


 その言葉に一瞬だいが怯んだ。

 もちろん俺も「え?」と思った。

 少なくとも、生徒たちの前では敬語で話してたつもりなんだが。


「試合前も、試合中も、この前より仲良くなってような気がして……」


 え、これが女の勘ってやつ!?

 それとも無意識に顔に出たりしてたのか!?


 俺がちらっとだいに視線をやるも、だいは持ち堪えたようで真顔に戻っていた。

 右往左往してるのは俺の視線だけで、だいは市原以外眼中にないようだ。


「北条先生に彼女ができるのとあなたの不調。どう関係あるのかしら?」


 だが切り替えただいはさらに追い打ちをかける。


「え、だ、だって……」


 顔を真っ赤にしながら、ちらっと俺の方を向いてくる市原。

 やめろ、そんな顔しないでくれ!


「わ、私は北条先生のこと……す……好き……だから……」


 語尾が濁ったが、俺のことが好きってのはちゃんと聞こえた。

 聞き取れてしまった。


 まぁ、分かってたことではある。

 冗談の「好き」ではありえないほど、今週の市原はおかしかったからな。


「だって」

 

 市原の告白を受け、だいが出会った頃のようなクールな目で俺に顔を向けてくる。


 え、ここで俺に振るの!?

 俺はここで、なんて言えばいいの!?


 冷静を装いつつも、冷や汗が止まらない俺。

 完全にテンパってるのに、きっとだいは気づいてくれたのだろう。


 一度大きくため息をついて、だいは市原の肩に手を置いた。


「いい? 市原さん。誰を好きになるもあなたの自由だし、人を好きになるのは決して悪いことじゃないわ」


 だいに手を置かれ一瞬びくっとした市原だったが、だいの真剣な眼差しを受けた市原は、涙目になりならがらも、しっかりとだいの目を見つめ返していた。

 美人と美少女、絵になる光景だろうが、今の俺はそれどころはない。

 

 俺、完全に空気だけどね!


「たしかに世の中には未成年と付き合ってる二十歳以上(おとな)もいる」

「はい……」

「でもね、先生と生徒は、そうなることはできないの。先生と生徒は、そういう立場であり関係なの」

「はい……わかってます……」

「卒業してからならまだしも、学生のうちは絶対にダメ。そんなのは少女漫画だけの世界なの」

「はい……」

「万一あなたたちがそういう関係になったら、あなたは幸せかもしれない。でも、市原さんのご両親はどう思うかな?」

「…………」

「それに、あなたはずっとそれを黙っていられるかな? バレたら北条先生は捕まって、先生をクビになって、あなたは二度と会えなくなるわよ」

「……それは嫌です」

「うん、そうだよね」

「はい……」

「人を好きになるのはすごく素敵なことだし、恋をするのはあなたの人生を豊かにするわ。でも、人を不幸にする恋はダメだと思う」

「……はい」

「北条先生には、どうなってほしい?」

「幸せになってほしいです」


 既に涙腺は決壊し、涙が頬を伝っているにも関わらず、はっきりと答えた市原。

 その市原に、だいが優しく微笑む。

 その笑顔に、俺はドキッとしてしまったほどだ。


「うん、そうだよね。好きな人の幸せは願いたいよね」

「はい」

「北条先生を好きでいるのは自由だけど、それで北条先生を困らせちゃダメよ?」

「……はい。……やっぱり、倫ちゃんには彼女がいるんですよね……?」


 涙を流したまま、俺を見る市原。

 その顔でそんなこと聞かれると、何も言えないよ!

 いるって認めたら、お前(市原)どうなっちゃうの!?


「え、ええと――」

「いるわよ」

「「え?」」


 なんと返したものか口ごもった俺の言葉をさえぎって、だいがぶっこんだ。

 その言葉(「いるわよ」)に、俺と市原は声を揃えて聞き返す。


 俺と市原の思ってることは違うだろうけど!


 俺と市原の視線が、だいを向いて固まる。

 変わらずだいの表情は、優しく微笑んでいる。


 ま、待て!?

 お前、何を言うつもりだ!?

 必ずしも正直に話すのが正しいとは限らんぞ!?


 だが、こいつは止まらない。


「私だもの」

 

 い、言ったあああああああ!!!!!


 おい、お前笑顔になってる場合じゃないって!?


 市原、石化してますけど!?

市原の乱ならぬ、だいの乱でした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 物語の進行はいい [気になる点] この回で 「4点も取られて?」 のセリフありましたか、 前回の地の文で 『楽観的に考えた俺の予測通り、とはいかなかったが、結局そのまま市原は微妙な調子なが…
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