虹色のエンジェル
クチバシに宿った虹色のエンジェルが想いを届けるショートストーリー。
ある日、モリトはスーパーにいた。お使いだ。カレーの材料を調達してこいとの命だ。モリトはカレーの材料くらいは把握しているつもりだったが苦戦を強いられた。母は「危ないから」という理由でモリトの料理への参加を拒否する。よってモリトは食卓に並ぶカレーから材料を想像するしかなかった。勿論、母が料理をする光景を眺めてはいたが細かな材料までは気に留めていなかった。
それでも何とか形になるであろう食材は押さえた。後は「ご褒美」をカゴに落とせばいい。
「百円なら良いわよ」
買い物代行の対価だ。
百円で買えるものに知恵を絞る。食品スーパーなので菓子くらいか。それも大きな箱や袋に入っている家族向けの物ではなく、こどもの「お一人様」用、小箱、小袋のはずだ。
売り場を端から歩いていく。ポテトチップスなど意外とボリュームがある商品も百円と引き替え可能だと分かる。
続いてチョコレート売り場の最下段に目をやった瞬間、足が止まった。視線の先にはセロファンで包まれた小さな紙箱がある。
「この間、初めて銀のエンジェルが出たんだよなぁ」
この間と振り返っているが半年前だ。クチバシと呼ばれ親しまれている黄色い蓋。それを持ち上げて横に印があると、おもちゃの丸缶なる景品と交換される。クチバシの印が金のエンジェルだと一枚で、銀だと何枚かで。その小さなチョコレート菓子を巡っては発売当初からもう数十年、そんなキャンペーンが継続されている。
丸缶は多くのこどもの憧れだ。モリトは一枚だけ持っている銀のエンジェルに思いを馳せ箱を手に取る。値札も検める。八十円足らずだ。消費税が掛かってもお釣りが来る。
「税金ってややこしいよな」
モリトはある程度以上、多くの品物を一度に購入すると税込み価格に対して無能になることがある。総額が所持している金額を超えた状態でレジに並び、
「すみません、お金が足りません、これ返します」
と恥ずかしい経験もした。
「今日は大丈夫だ」
精算しマイカゴに移し替えられた戦果を持ち帰る。
「ただいま、買ってきたよ」
「おかえり、冷蔵庫の前に置いといて」
任務を終えたモリトは例の菓子を抜き取り、そそくさと部屋へ向かう。開けるところを誰にも知られたくなかったからだ。何故そう感じたのかは今でも理解不能だ。
部屋の扉をそうっと閉める。勉強机の椅子に座り机の上でセロファンを剥いだ。
クチバシを滑らせる。一度、顔を正面に向け深呼吸する。側面を覗き込む。
「え」
そこには前衛的な虹色のエンジェルがあった。これは一体、何なのかと反対側も当たる。本来「エンジェルを探してみよう」等と簡単な説明がある部分だ。
「虹色のエンジェルが見えた方には想いが届きます」
なんだこれ。モリトは益々、混乱した。もう一度、虹色のエンジェルと反対側の文言を確認する。箱を隈無く観察し在り来たりなエンジェルについての注意書きも何回も読んだ。虹色にはクチバシが触れるのみだ。それに「届きます」だけで、どうしろ、とは言っていない。
製菓会社に問い合わせてもらおうとカレーの準備を始めた母の許へ箱を持っていく。
「お母さん、これ」
「何?」
「このエンジェル」
「どこ?」
「いや、ここにあるでしょ、虹色のエンジェル」
「何も無いじゃない、どうしたの?」
どうやら母には「外れ」に映るらしい。
再び部屋へ戻ったモリトは箱を机の上に立てて置いた。クチバシは広げたままで結構、好きな中身も満杯のままだ。
暫く動かず箱を凝視していたが結局の所、無が得られるだけなので以降は日常に埋もれ就寝までを過ごした。
エンジェルを忘れ学校へ急ぐ翌朝、モリトは机の上で教科書を鞄に詰めようとして箱の存在に気付いた。
引き寄せられるようにクチバシの側面を確かめる。
「え、嘘」
モリトの水晶体は無地の黄色いクチバシを捉えた。エンジェルは跡形もなく消えている。
「夢だったのかな」
始業時間が近い。あれこれ考えている余裕はゼロだ。モリトは朝食の追加分としてピーナツを巻いたチョコレートを流し込むと勢いよく玄関から飛び出していった。
モリトが帰宅すると玄関の扉に隙間があった。
「誠に申し訳ありませんでした、今後、再発防止を徹底、致したく」
スーツ姿の大人、数人と学生のような配達員が現れた。彼らの一人がモリトの前で屈む。
「君がモリト君だね。実はおじさん達、大きな失敗をしちゃってね。君の家から発った年末の荷物を全部、二ヶ月も配送所に置きっぱなしにしていたんだ。君の贈り物もあったんだよ、ゴメンね。本当にゴメンね」
翌日、最近、余所余所しかった友人が笑顔で話しかけてきた。
「クリスマスプレゼント、ちゃんと送ってくれていたんだね。ゴメン、僕は送ったのに君からは来なかったから無視されたと勘違いしたんだ」
「良いよ。事故だもの。明日の放課後、空いてる?」
「うん」
「また二人で遊びに行こう」
モリトが心も軽く学校から帰ると玄関には山のように野菜や果物が積まれていた。ガムテープを切られた段ボールの中にはお餅もあった。
「お母さん、これ、どうしたの」
「おばあちゃんがみんなで食べてって。でも、多すぎるわよね」
毎年、欠かさず暮れに受け取っていた母の料理が届かなかったのでモリトの祖母は気が気でなかったらしい。運送会社の人が抱え切れないくらいの豪華な料理と共に謝罪に訪れ慌てて餅を突いたという。届いた料理はモリトの母が作ったものではなかったけれど、とても美味しかったそうだ。
次の日も、そしてその次の日も、想いは此方から彼方へ、彼方から此方へ届き続けた。
モリトは唯一、そんな大失敗を犯した人達が心配だったが誠実な対応を尽くしたことが話題となり逆に株を上げたと伝わってきた。ミスに直接、関わったアルバイトの少年も彼を雇った配送所長も率先しての謝罪、対策が評価され、お咎め無しとなった。
「想いが届きます、か」
笑みを浮かべ布団を被ったモリトの部屋で屑籠が淡く数回、虹色に灯った。