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「あれ。気付かなかったのかい、君達」
その声に、なんだか聞き覚えがある気がして見上げると、鳥みたいな仮面を付けた、酉さんだった。黒くて長い布の裾は、鳥の翼みたいに細かく分かれていることに、今気が付いた。
「さっき午クンから面白いこと聞いたから、この目で確かめてみようと思ったんだけど」
……面白い話?わたしたちが首を傾げるのを見て
「『認識阻害の仮面を見破った』って」
そう、答えてくれた。それって……お昼ご飯の頃のお話?
「見破らせる前に、怖がらせてちゃ意味がないわ」
ふん、と呆れたような息を吐き、卯さんはいう。
「因みに、君は何しに来たんだい?」
酉さんは卯さんを見て、頭を傾ける。
「……私の管轄の区画内で、やけに怪しい気配がしたから見に来たの」
ちょっと不機嫌そうに卯さんは答えた。
「貴方こそ、何しに来たの」
「資料を借りに。……あと、返却もね」
と、外套の中から本を数冊見せた。それをふん、と一瞥するように見たあと、
「いつもは直接移動してくるのに、珍しいわね」
と酉さんにいう。
「いやぁ、ちょっと危なそうな気配がしたものだからね。思わず」
と、酉さんはわたしたちの方を見て、にっこりと微笑む。おぉ……なんだか久しぶりにみたような気がする、胡散臭い笑顔。
「使用に慣れない内は、……具体的には、季節が一巡りするくらいまでは、一人で使う方が良いよ」
そうなの?わたしたちは顔を見合わせる。
「季節が戻った頃には、君達の魔力量もコントロールする術も身に付いている筈だからね」
安定して使えるようになるよ、と酉さんはわたしたちにいう。
「ところで、なんでさっき、これの起動がちょっとおかしかったんすか?」
と、同期の少女が酉さんに訊く。そうだった。なんで、扉が開くのが遅かったんだろ?と、わたしたちの視線を受け、
「おや、気付かれちゃったか」
と、酉さんはわざとらしく、おどけたようにいう。
「オレみたいな、『バランスが崩れたモノ』が使うと、ちょっと不具合が起こっちゃうんだよ」
……不具合。
「魔力のコントロール不足で四肢が捥げるよりはマシだと思っただけ」
わたしたちの怪訝な眼差しに、ちょっとだけ真剣な声色でそう答えた。……手足が取れるところだったの?
「因みに、恐らく君達は今回で5つの移動ポートに行っただろう?何か気付いたことはあるかい?」
そう言われて、わたしはこの空間を見回してみる。床の模様と壁の文字の色が青くて、扉の金属、木材の部分も、ちょっと青っぽい色をしてる。そして目安の紋様は、細長い四角。
「ベルの音が違ったっす」
あと、色と紋様の形が違ったね。
「正解。ま、気付かない方がちょっとアレなんだけれどねぇ」
と、酉さんはいう。……そういえば、なんで全部の区画に行ったこと知ってるんだろ。予定表でもみたのかな?
「これは申クンに聞いた方が詳しい話が聞けるんだけれど、『相性』とか、『要素』が関わる話でねぇ」
相性、と、要素?
「折角だから、もし読みたい本が見つからなければ、それについて調べてご覧よ」
そう、酉さんがいうと、
「貴女達、図書館を利用するのね」
と、わたしたちをみて
「図書館は申の後刻には閉めるわ。それまではゆっくりしてても良いわよ」
と、優しくいう。そして、
「酉、貴方は用事が済んだらさっさと帰りなさいよ。貴方の存在感の所為で『図書館が落ち着けない』とか言われちゃ堪らないから」
「わかったよ」
ツン、と酉さんには強い口調でいった。卯さんの言葉に酉さんはやれやれ、と大げさに肩をすくめて返事する。
×
「この本っすかね?」
と、同期の少女が本を本棚から抜き出す。
……あの形と色って、ちゃんと意味があったんだ。あと、『お互いに強めるもの』『片方を促進させるもの』『片方を抑制させるもの』があるみたい。そういえば、星官のひとたちは似たような形のバッジを着けていたけれど。酉さんたちもそういった形のものとか、身に付けていたのかな?
図書館は、閉まる時間よりだいぶ前に出た。夕ご飯の時間は食事処が混むかもしれないって思ったから。図書館を出る時は、卯さんに会うことはなかった。
×
移動ポートは安全に気を付けて一人づつで利用する。直接使ったら、酉さんがいってた言葉の意味がなんとなくわかった。座標を宣言したら身体の中にある、身体に貯まっていた力が持っていかれた感じがしたから。
自分一人を運ぶのにすごく疲れるのに、二人も運べるわけがなかった。……何回も、色々な場所にわたしたちを連れて行ってくれた畢宿さんって、すごいひとなんだなぁ。
食事処で夕ご飯を食べてちょっとおやすみ。今日はお風呂は住居領にあるわたしたちのお部屋に付いてるシャワーで済ますことにした。移動ポートを、あと数回も使えるような気がしなかった。
饕餮門をくぐると、シンプルなドアの前に立ってた。周囲を見てみると、全く同じデザインのシンプルなドアがたくさん並んでた。でも、目の前のドアがわたしたちのドアだって、なんでかわかる。
これが、わたしたちのこれからのお部屋。どんなお部屋かな?
×
わたしたちはお風呂を済ませて、明日の準備もすっかり済ませる。
ベッドに入って、灯りを消した。
「おやすみなさい」