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畢宿さんが朱い文字を握っていた手を開いて、目安の中心部に立つ。そしてその文字、つまり目的地の座標を宣言した。
直後、移動開始のボタンが勝手に押されて目の前の引き戸みたいな扉がすぅっと静かに閉まる。そして、アコーディオンシャッターがガシャン、と強く閉じる音が聞こえた。
その直後にすぐ、チン、とベルの音が鳴ったと思ったら、扉が両方ともに勢いよく開いた。
……移動したの?
×
「あっという間に移動したっす」
すごい、ね。扉から出ると、光る紋様の床と壁の光る文字たちが白い色からに朱い色に変わってた。ガシャン、という扉の閉じる音に振り返ると、さっきまでわたしたちが乗っていた(?)移動ポートは無くなっていて、暗い閉じた扉だけがそこにあった。
ちなみに座標を宣言すると同時に、畢宿さんが握っていた文字は畢宿さんの手から離れてふわりと消えた。
目の前の移動ポートに、まっさらな仮面の戦闘員の人が乗り込んで行くのが見えた。そのポートの床にあった目安は、この部屋の紋様や文字と同じように朱い色に光っていて、円じゃなくて正三角形のような模様が見えた。
アコーディオンシャッターも、木とガラスの引き戸みたいな扉も、ちょっと朱い色をしてる……?不思議に思いながら移動ポートのある部屋を出ると、美味しそうな匂いがしてきた。
「此処が組織本部の食事処、要は社員食堂のある『午』の区画です」
すごい。たくさんの料理の匂いがする。嗅いだことのないにおいも少しするけど、嫌な感じはしなかった。
「それでは、しばらくの自由時間をお楽しみください。指定の時間になりましたら、私は先程の午の移動ポートにいますから」
と、畢宿さんは、食事処の中へ入って行っちゃった。
……さっきの場所、『午の移動ポート』っていうの?
×
「どうするっす?」
何を食べるか、迷ってる。たくさんの食べ物があるから。と、
「あら、あなた達。奇遇ね」
急に声をかけられる。鈴を転がすような声に振り返ると、
「……?」
まっさらな仮面に特徴のない組織の制服……一般の戦闘員、のひと?が腕を組んで立ってた。下はスカートみたいになってるけど。
あ、でも色の付いた石は付けてなくて黒い布を上から羽織ってるから、中級戦闘員のひと、かなぁ?
なんで声を掛けたのかが分からなくて、じっと、そのひとを見てみる。
「何かしら?」
そのひとはゆったりとした動作で、首を傾げた。……あ、
「……誰っすか」
くいくい、と、わたしの服の裾を引っ張って、同期の少女が聞く。……たぶん、卯さんだ。見た目は違うけれど、中身は卯さんと一緒。
「そうなんすか?」
不思議そうにしながらも、同期の少女は目の前の卯さん(?)を見つめる。
「……あっ、ホントっす。卯さんっすね」
おぉ、と同期の少女も頷いた。
「……どうしたの、あなた達」
わたしたちの反応に、困ったように卯さん(推定)はわたしたちをみる。
「あたし達には……卯さん?は周囲の一般戦闘員と同じ姿に見えてるっすよ」
「そうなの?私は何もしてないけれど」
黒い布を羽織ってるのは分かるんだけれど。なんで、すぐに気付けなかったのかな?
「教えて差し上げましょうか?」
急に後ろから降ってきた声に、びっくりしてわたしたち(卯さんも)ちょっとはねた。気配も、足音も、何も感じなかったのに。ほんとに、いきなり現れたみたいな感じだった。
振り返ると、背の高い……黒い布を首元に巻いた、一般戦闘員(?)のひとがいた。
×
「初めまして、小さなお嬢さん達」
にこ、とその人が優雅に胸に手をあてて腰から上体を曲げ礼をする。それはわざとらしいとか、演技っぽいものじゃなくて、滑らかで自然な動きだった。
そして、そのひとが上体とともに顔を上げた時、
「!」
姿が変わってた。
服の形は変わってないはずだけれど、裾の長い黒いコートや、きちんと着こなしている組織の制服になんとなく、上品な印象を持った。
「……どうでしょう?」
にこ、と微笑すると、なんだかそのひとの周囲がきらきらして見える。
「おぉ、イケメンっす…」
そうだね。整った顔を隠す仮面にはレースのような透ける布が下がっていて、なんとなく妖しさみたいなものも感じた。
わたしたちの様子に、そのひとは深い青い色の目を細める。さらさらな金色の髪や上品な雰囲気で、まさに金髪青眼の、王子みたい。(白馬に乗ってそうっす)
「あら、午。なんでここにいるの?」
首を傾げる卯さんはまだ、一般戦闘員のような平凡な雰囲気のままだった。綺麗な声なのに、その声の印象がすぐに薄れていくし、見た目も少し目を離したら忘れてしまいそうになる。
このひとが、『午』。最高幹部のひと。なんだか、すごい存在感。なんとなく声がかけにくいような、離れたくなるような感じがする。
「先輩として、酉さんがどのような後輩を引き込んだのか気になっていたのですよ」
「すると、丁度僕の持ち場の近くに居るじゃないですか」と、午さんはにこやかな笑顔でわたしたちの方をみる。つまり、丁度近くにいたから見に来た、ってこと?
「先輩ってどういうことっすか?」
はい、と手を挙げて同期の少女は午さんに聞く。それを少し目を見開きつつも、午さんは答えてくれた。
「僕は、あなた達と同じように酉さんから引き抜かれて此処に来ましたからね。一応、境遇が同じなんです」
そうなんだ。
×
「まあ、此処だと邪魔になりますね」
と、周囲を見て午さんは呟いて、「此方にいらしてください」と、出入り口から少し離れたところに移動した。
「貴女達、僕の姿が変わったように思われたでしょう」
と、午さんは目を細めて、そうでしょう?と首を傾けた。なんとなく気まずさを感じて、顔が下を向いちゃう。……でも、確かに姿が変わったような印象を持った。けど、たぶん、ほんとうは姿や形は変わってない。
「変身魔法っすか?」
同期の少女は午さんに訊く。なんだか、わたしと違って気まずさを感じてない?
「半分正解で、半分間違いですね。似たようなものでありますが」
爽やかな、きらきらした笑顔で午さんは答えてくれる。見ただけだったら、そんなに怖くないはず、なのになんでかな?
「仮面には認識阻害の魔法が掛かっておりまして」
「話してもいいの?」
仮面について話し始めた時、卯さんが少し声を潜めて午さんにいう。
「卯さんと親しそうでしたし」と、午さんは目を細める。……なんとなく、目を細めるその雰囲気や動作に、酉さんを思い出した。
「あと、組織の一般戦闘員に聞かれても今更、でしょう」
そう、にこやかに午さんは微笑む。
「普通なら、判らない筈なのですが……」
と、わたしたちをじっと見つめたあと、
「まあいいでしょう」
と、目を離した。そして、腕を組む卯さんに午さんは問いかける。
「おや、卯さん。……もしかして知りませんでしたか?」
「……そんな事ないわよ」
食い気味に否定して、ぷい、と卯さんは顔を背けた。……知らなかった、のかも?(言っちゃ駄目っす)