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お昼ご飯は組織の建物の中にある場所で食べるみたいだった。でも、今いる場所からはちょっと遠いんだって畢宿さんはいった。だから、簡単に移動する為の『移動ポート』っていうものがある場所にまずは向かう。
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着いた場所は少し暗くて、ちょっとした広い空間になってた。
空間自体の広さは結構広い教室くらい。(言われても分かんないっす。……大体24畳くらいの広さっすかね?)『じょう』ってなぁに?(とある地域での部屋の大きさの単位っす)そうなんだ。
空間自体に明かりは付いてないけど、床に白く光る模様が描いてあって、薄く明るい。あと、壁の方にもびっしりと、白く光る文字が書いてある。
そして、空間には白っぽい金属でできたアコーディオンシャッターとその奥にガラスの嵌め込まれた白っぽい木の引き戸みたいなものが、セットでいくつか並んでた。
「この壁や床の模様は、外からの干渉を防ぐ為の防御の役割を持っています」
畢宿さんは光る床を避けることなくそのまま踏みながら、近くの扉にわたしたちを案内する。その中からは明かりが漏れていて、ガラス越しに中がちょっぴりだけ見える。暗い中に浮かび上がるその様子が、なんだか電話ボックスみたい、ってわたしは思った。
扉の上には時計みたいな数字付きの円盤と長い針が一つ付いてて、その右の隣にブラケットライト、っていうのかな。カンテラみたいなのが一つ下がってる。(なんとなく、見た目はレトロなエレベーターみたいってあたしは思ったっす)
たくさん扉が並んでたけど、いくつかは中は暗くて、カンテラみたいなのにも灯りが点いてなかった。あ、針が動いてるのもある。
「これが『移動ポート』です」
そういって畢宿さんが扉の横にあったレバーを上げると、アコーディオンシャッターがガシャン、と大きな音を立てて開いて、その奥にあったの引き戸みたいなのがすぅっと静かに開いた。
中は人が一人、両手を広げて立ってもはみ出ないくらいの広さで、扉と同じ材料やデザインで構成されているみたい。あと、角っこに一つ、第備え付けの台みたいなものがあって、そこに光る本が一つだけ置いてある。
「使用する際にはこの紋様の上に立ち、起動用のボタンを押してくださいね」
と畢宿さんは、床に描かれた何かの紋様を示した。それは丸い形に文字を重ねたような紋様で、床いっぱいに描いてある。色はさっきの空間の紋様と同じで白くて、薄く光ってる。
「この模様、何すか?」
不思議そうな同期の少女と同じように、わたしも首をかしげた。畢宿さんはわたしたちの様子を目を細めて見て、
「場所の目安です」
と短く答えた。移動用の魔法陣……みたいなものじゃないの?
「ふーん。そうなんすね」
っていってたけど、同期の少女も「魔法陣じゃないんすか、」ってちょっとしょんぼりしてた。
「これは『入り口』のポートです。ほら、よく見てください」
と、目安の側にしゃがんで畢宿さんはその紋様の一部を指さした。なにか、文字が書いてある。
「……『入り口』?……まんまっすね?」
同期の少女は不思議そうに、その文字を読んだ。そうだね。でも、わたしたちはこの文字を使ったことがない。初めてみた文字なのに、なんでか意味がわかった。
「これは特殊な文字で、『誰でも読めてしまう文字』なのだそうです」
立ち上がりながら、畢宿さんはわたしたちにいう。
「そして、反対側にあるあの扉達が、『出口』です」
と、ランプが点いてない扉達を手で示した。人が出てくる時にだけランプが点くんだって。間違えないようにするためなのか全体的に暗くしてあって、扉を開けるためのレバーも付いてなかった。
「この目安のある部屋は各区画の中に五つ程あります。正面出入り口付近に二つ、中央に一つ、最奥に二つです」
正面出入り口付近の移動ポートは、今わたしたちがいるところのこと。もう一つ、区画の反対側にあるみたい。一つの区画が広いからたくさん置いてあるのかな?
「しかし、区画内部にある移動ポートは簡易版となっています」
と、写真を見せてくれた。ちょっと広い空間に電話ボックスみたいなものを二つ並べて置いてある。入り口用の目安と出口用の目安が一つづつ、っていうことかも。
「この、出入り口付近の二つのみ、別の階や他の区画へ移動できます」
他の場所はどう移動できるのかな、とちょっと考えてみる。他の場所に移動できないってことは、
「残りの三つは、同区画内のみしか移動出来ない仕様となっています」
やっぱり。「悪用防止の為です」と、畢宿さんはなんだかうんざりしたような風にため息を吐いて、そう答えた。……なんだか良くなかった過去を思い出してるみたいなお顔。
「使用方法についてですが」
こほん、と咳払いをして畢宿さんは持ち直した。
「まずはこの目安の上に立ち、行きたい座標を指定します」
「さ、こちらへ」といい、畢宿さんは扉の中の空間に入る。わたしたちも一緒について、中に入った。
使い方はまず、紋様の上に乗って行きたい場所を宣言する。宣言したら、移動開始のボタンを押す。そしたら扉が閉まる。扉が開いたら目的の座標に移動し終わってるんだって。
座標を宣言しなくても、その場所を思い浮かべるとか、座標のコードが刻まれた特殊なタグを持つとか、色々な方法があるみたい。でも、行き先を決めてから移動開始のボタンを押すのは決まってる。
「座標が分からなくても、これに書いてありますから安心してください」
中に置いてあった光る本を、畢宿さんはわたしたちに手渡す。光る本の中を見てみると、たくさんの文字が書き込まれてた。たぶん、場所のコードと座標なのかも。
「大まかな場所を思い浮かべれば、そこに近い座標を示してくれます」
と、畢宿さんはわたしたちにそれを持たせたまま手をかざす。すると勝手にページがぱらぱらと、めくれだした。
「この移動ポートは、一度の使用で運べるのは4名までです」
「すごく便利っすねー」
光る本みたいなものを見ながら、同期の少女はつぶやいた。
「因みに、人形と二等戦闘員には使用の許可はされていません。ま、そもそも本部まで来る者もそういませんが」
光る本みたいなものを同期の少女から取り上げながら、畢宿さんはいう。人形ってなんだろ。聞いたら教えてくれるかな?
「一等戦闘員は、同じ階層のみの移動ができます」
つまり、わたしたちが使う時は今いる階数の、別の移動ポートの出口に出るみたい?
「中級戦闘員は、二階以上の階ならばどの階でも直接移動できます。一階へ行く場合のみ、直接移動して頂く仕様です」
本がめくれるのが止まった。すると、朱く光る文字が浮かび上がる。
「中級戦闘員の仕事は、大抵は二階以上の階でのみ完結するよう調整されていますので仕事に関しては、大きな問題はありません」
その文字をもぎ取るように腕を動かして、畢宿さんは文字を掴んだ。
「仮に全ての階を自由に行き来できてしまえば、何か不祥事を起こした際に逃亡に使用されて困るでしょう」
本を元の場所に戻しながら、畢宿さんはわたしたちにいう。二等戦闘員と『人形』は、まったく信用されてなくて、一等戦闘員はちょっとだけ信用されてる。中級戦闘員は結構信頼されてるけど、警戒してる感じ、かな?
「『悪用防止』とか『逃亡防止』ってのが多いっすね」
同期の少女の言葉に、わたしも頷いた。まるで、一度そういう風に使われたことがあるみたいな、厳重な警戒。
「……悪の組織ですからね」
それに対して、少し小さな声で畢宿さんは答えた。
「処で、私のような上位戦闘員は、全ての階を自由に行き来できます」
「星官の特権のうちの一つですね」と、話題を逸らすみたいにいいつつも畢宿さんは誇らしげだった。黒い外套にちょっと特徴的な仮面、特別な石、自由にポートが使える。……すごく、特別扱い?
「じゃあ酉さん達も使うんすか?」
と、同期の少女が畢宿さんに問いかけると、少し顔をしかめたあと
「最上位幹部の方も同じように全ての階を行き来できるとは思いますが、使用しているのを見かけた事はありません」
そう答えた。
「私だけでなく、他の星官も見たことがないようです」