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「じゃあ、オレは今からこの二人を子クンの所に連れて行く大事な用事があるから、」
仮面の人はわたしたちの背中をそっと押して兎の仮面の女の人と、犬耳しっぽの人から離した。
「ちゃんと仕事に戻るんだよ?」
「特に戌クン、サボタージュは駄目だよ」と、にっこりと、口元の笑みを深めて犬耳しっぽの人に釘を刺した。これは、わりと怒ってる……というよりは、咎めているときの顔だ。仮面の人が声を荒げたところなんて一度も見たことがないから、どのくらい本気で怒ってるかはわからないけど、圧力がすごい。
「さささ、サボタージュだなんてsそんなことししして……して、」
してま、と、犬耳しっぽの人はそこで言葉を切ったあと、もごもごと何かを言い掛け、口を閉じる。
「してましたよ!ああもう!」
と、やけになったように、叫んだ。
「今からちゃんと持ち場に戻れば亥クンも怒らないよ」
と、仮面の人が言った時、犬耳しっぽの人は、ぴくん、とその耳と尻尾が跳ねた。そして、
「ちぇ、」
そう小さく毒吐いて、くるりと向きを変えてどこかに行くみたいだった。
「卯クン、君は再契約の方法を見てみるかい?」
と、兎の仮面の女の人に呼びかけ、兎の仮面の人は一緒に付いてくるみたいだった。
×
「ねえ酉、この子達はなんて名前なのよ」
わたしたちの少し前を歩く兎の仮面の女の人が、一番前を歩く仮面の人に聞いてた。わたしたちは、二人のうしろを、はぐれないように付いて歩いてる。この建物は、随分と大きいみたい。
仮面の人は『とり』って呼ばれてる。兎の仮面の人は『うさぎ』で、もうここには居ないけど、犬耳しっぽの人は、『いぬ』。
「それは機密事項かなぁ。今から子クンのところで色々決めてもらうから、その時に聞いて」
さっき、『いのしし』って人がいて、次は『ねずみ』。どこかで聞いたことあるかも?そう考えていたら、
「『とり』って名前なんすか?」
と、同期の少女が仮面の人の服の裾を引っ張って聞いた。
「名前じゃなくて役職名だよ」
「でも、これからは『酉』って呼ぶようにね」と、仮面の人……じゃなくて、とりさんは言う。
「彼女は『卯』だよ」
そう言うと、うさぎさんはよろしくね、と、わたしたちの方を振り向いて微笑んだ。……思わず惚けてしまいそうなほど、すごく、綺麗な人。
『ねこは〈ねこ〉ねこ』
「うん?」
同期の少女は首を傾げた。なんか白くてすべすべしたのがいる。
×
「ほぉーん。この子達ね」
わたしたちよりも小さい、ねずみさんは、わたしたちを見上げて納得したように頷いていた。きらきらした灰色の髪に、可愛らしい小さな、何かの動物……たぶん、ネズミの耳が生えてる。着てる大きめな白衣の裾から、細長い尻尾も見えた。
「で、卯っちはなんでここに居るのん?」
分厚い遮光ゴーグルを掛けたまま、ねずみさんはうさぎさんを見て、とりさんに聞いた。
「ついでだから、再契約の様子でも見せようかと思ってね」
と、とりさんが言うと、
「私は頼んでないけれど」
うさぎさんはぷい、と顔を逸らした。
「じゃあ来なくても良かったんだよ?」
くすくすと笑いを声に含ませながらとりさんがうさぎさんに言えば、
「そんな気分だったのよ」
と、不機嫌そうに顔をしかめる。顔をしかめてても綺麗な顔の人っているんだな、って思ってたら、同期の少女もおんなじことを思ってたみたいで、少し感心した顔をしてた。あと、とりさんがこういう風に楽しそうにしてるの、初めて見たような気がする。
「話は終わったかなん?」
こほん、とねずみさんが咳払いをしてうさぎさんははっと我に返って、少し顔を赤くしてた。肌が白いから、赤くなってるのがすぐに分かる。とりさんはどちらかと言うと顔色が悪い風に白い。ちょっと不気味。
×
「キミ達、ちゃんと自分の意思で此処に来たんだよねん?」
ねずみさんはわたしたちに確認するみたいに訊く。
「そうっすよ、自己責任のつもりで来たっす」
わたしもそうだと、しっかり頷く。なんでそんなこと言って訊くのかな、と思っていたら、
「時折、脅されてたり心酔して盲目した状態で来るのもいるから聞いただけだよん」
と、ねずみさんは答えてくれた。『カリスマ』ってやつかなん、とねずみさんは困ったように続けた。確かに、とりさんはすごかった。なんでもてきぱきこなすし、仕事や指示も的確で憧れるところはある。でも、
「とりさんは胡散臭すぎて流石に無いっす」
と、同期の少女は言った。ね。すごいけどうさんくさくてすごい以上の感情は持たなかった。
「ほぉん?」
その返答に、ねずみさんは不思議そうに首を傾げた。
×
「じゃあ、再契約するよん」
と、ねずみさんがいうと、とりさんはわたしたちが二等契約をした時に書き込んだ、黄ばんだ羊皮紙をねずみさんに差し出す。
それにねずみさんが触れた途端、書類がめらめらと表面が端から燃え上がり始める。そして、その下から別の色の、というか、全く別種の白くて分厚い紙が現れた。
「ほい。契約内容に遺憾無ければ、そのまま名前書き込んでねん」
紙を受け取る。表面がざらざらして少し柔らかい。緑っぽい色を帯びたインクが、きらきらしてる。
「書き終わったっすー」
紙とインクに見惚れているうちに、同期の少女は名前を書き込み終わっていたみたい。わたしもしっかり契約書の内容を隅々まで読み、署名した。
「改めて、今日からよろしくねん」
そうねずみさんがいうと、
「それでは、書類を此方に渡してもらおうか」
と、初めて聞く低い声が聞こえた。顔を上げると、不思議な服を着たすごく背の高い人がいた。頭から鹿みたいな角が生えてて、布で顔を隠してる。
「見届けありがとねん辰っち」
と、わたしたちが署名した契約書をねずみさんが、たつさんに渡した。いつのまに居たんだろう。
「君じゃなくても良かったでしょ?」
と、とりさんがたつさんにいうと、
「何、儂が仕事をしている姿を卯に見せてやろうと思うた迄だ」
見せた事無かったであろう、と、たつさんは笑った。……どういうこと?
「気にしないで」
と、とりさんが短くいうと、
「じゃあオレ達の役目は此処までだから、あとは頼むよ」
そういった途端、何処からともなく仮面を付けた人たちが数人現れて、わたしたちを囲む。そして、
「あとオレ達の呼びは『動物』じゃなくて、『事象』だから、間違えないようにね」
そう、去り際にわたしたちに伝えたのだった。
「そうだったんすか?!」
何かの動物かと思ってた。
新人に沢山の最上位幹部(重役)がいきなり関わるのって主人公じゃなきゃそう起こらないよね…