根源と舞台裏。
魔法少女達が楽しそうに過ごす大団円をモニター越しに眺め、きちんと『今回の仕事』が終わった事を確認する。
「ああ、殴られたところが痛いねぇ……」
「……さっさと治してもらえばいいじゃない」
ふふ、と昏く笑う酉に、卯は冷たく返す。酉は今、車椅子に座らされ、拠点の撤去作業を監督していた。最終決戦で見事に集団リンチに遭い、今回の魔法少女達の最大出力の浄化魔法を喰らったお陰で酉は穢れが回復するまで安静にしている。させているが、正しいような気もするが。
「あいつはすぐには治さないの方がいいんだよ」
「えっ……」
家具や装飾品を分解しながら、申は卯に言う。食堂だった広間は、既に装飾が何一つないまっさらな場所になっていた。この拠点だった洋館の中で最も広いそこで、そこそこに無事である卯達と、星官、無言の構成員達は、家具や装飾品の分解作業を行なっていた。
「……そういう性癖?」
加虐的な部分はあったのは目撃したが、まさか、被虐的な趣味も……
「そうじゃない、酉は『怨み』のバケモノなんだ」
思考を飛ばそうとした卯に、呆れ顔で申は訂正する。
「申クン。余計なコト、言わないでくれる?」
「……悪かったよ」
静かに窘める酉に、反省した様子で申は謝る。
「バケモノというか、穢れはですねー、『その感情が解消される』と消える性質を持っているのですよ」
不思議そうな様子の卯に、戌は報告した。戌は大きな家具を軽々と持ち上げ、申の待つ分解場所に持っていく。未と巳は、小さな装飾品を外す作業を手伝っているようだ。
「『恐ろしければ恐ろしくなくなれば良い、悲しいなら悲しみの根源を消せば良い』。つまり、ほぼ穢れそのものであるバケモノは、『構成する穢れの感情が判れば消滅させられる』、という訳です」
抱えていたテーブルを戌は簡単にひっくり返して、申の前に置く。
「バケモノにとって構成する穢れの感情がバレてしまうってのは自身の弱みを握られたようなものなのですよ」
「まあ、ワタクシ達程まで純度が高くて濃い穢れは、ばれたところでそう直ぐにはやられませんけど」と戌は言った。
「それに、酉殿の穢れは、『怨み』だけではないようですし」
「……ふぅん?」
首を傾げる卯に、
「もしかして、オレに興味持った?」
と、冗談のような声色の酉の問いかけに
「持ってないわ」
卯はぷいと顔を逸らした。
「で。こんなに粉を回収したって事は、この世界は返すのか?」
分解したものを片付けながら申は問う。そういえば、この世界は借り物(の、ようなもの)だったと卯は思い出した。
「そうだよ。丁度良い感じにバランスが整ったみたいだし」
それに頷き、「ほら」と、酉は端末を出した。そこには魔力の量と、正負のバランスについて表示されているようだ。
「うえー、丁度ピッタリに整えてもしょうがないだろ」
呆れて申は溜息を吐く。
「大丈夫。オレ達が出て行く頃には良い感じに負の方に傾くから」
酉の言う『良い感じ』というのは、妖精の国や精霊が管理しやすいくらいの事を指しているらしい。少し負に傾いている方が、良い感じに世界が動くのだとか。
×
「ちょっと! 聞いていた話と違うじゃない!」
拠点の撤去作業が終わり始めた頃、開口一番に、竜胆の魔法少女だった少女は叫んだ。
「何を言っているんだい。約束通り、彼女達には大きな怪我を負わせる事も無く、無事に勝たせてあげたじゃないか」
酉はなんともないように返す。『約束さえしなければ、もっと酷く痛めつける事もできたんだよ』と酉は少女に和かに答える。にこ、と優しいような雰囲気で笑っているけれども、かなりの圧力を言葉に乗せていた。
それに一瞬怯みはしたものの、竜胆の魔法少女は踏み止まり、確認するように酉に問う。
「本当に、こいつを渡せば、あなた達は私達のこの街に手を出さないのよね?」
竜胆の元魔法少女は、動く何かが入った袋を差し出す。
「勿論」
袋を受け取って胡散臭く微笑む酉のその言葉に、安心したように息を吐き少女は拠点から去って行った。中身を確認すると、効力を失った魔法少女の変身アイテムと、契約した妖精が入っていた。
「良いのか?」
巳は酉に問う。
「どうせ、暫くはここで回収する予定は立たないし、襲う予定もない」
オレ達は襲わないからね、と含みを入れて酉は笑う。
×
「時折ね、ああやって少し賢い魔装者が、こうやって悪の組織に交渉を持ちかけてくるんだ」
少女が去って、酉は卯に言う。もがく妖精は、目に涙を溜め何かを訴えていたが、猿轡のせいで何を訴えているのかが全くわからなかった。どうやら、よく姿を消していたのは、竜胆の魔法少女と交渉をしていたからだったらしい。少女達にどう動いて欲しいのか、その指示書を渡していたのだとか。
×
拠点の撤去作業が終わり、酉は全員に解散の旨を伝える。分解した装飾品や家具達と共に、魔法少女の粉がたっぷり詰まった瓶を構成員達が組織へ繋がる扉で運んで行った。
「ね、折角だから美味しいお菓子食べてから帰ろうよ」
いつもの大きさに戻った未が、卯達に提案する。
「ワタクシも参加してよろしいので?!」
何故か酷く感激した様子で戌は提案に飛び付いた。しかし、
「俺はパス」
「ごめんね、オレもちょっと用事があるんだ」
「……そっか、忙しいもんね、」
申、酉はあっさりとその誘いを辞退し、未は少し寂しそうな顔をする。
「……私は大丈夫よ」
もうあんなに組織の役職を空けているのだから、1日も2日も変わらない気がして、卯は未の誘いに乗る。
「私も大丈夫だ」
巳も、卯と同じように誘いに乗る。戌もぶんぶんと長い尾を振り、全く断る気がない事を態度で示す。
「じゃあ、女の子たちで行こ」
嬉しそうに未は言った。
「……女の、『子』?」
申が怪訝な顔をしていたが、大変に失礼なので無視する事にした。
×
そこは、以前気になっていて、いつか行こうと考えていた評判の良いお菓子の店だった。
「ここ、すっごく美味しいんだぁ」
未はにこにこと笑顔で言う。
流石に組織での格好で出歩くわけにはいかないので、卯、巳、未、戌の4人は私服で、仮面を外して出かけていた。組織内にある女性幹部用の浴室で仮面無しの姿(どころか一糸も纏わぬ姿)を見たことがあるが、外でこうして最上位幹部ではないお互いを見るのは初めてだ。
丁度良い席を取り、4名は何を食べるか計画を練る。食事のバランスやカロリーについては、今日は気にしない事にするのだ(後日後悔しそうではあるが)。
各自で思い思いのお菓子や食べ物を選び、好きなようにして食べる。仕事から離れ、自分の話したい事を話す。それはとても楽しく、非常に心を揺さぶる出来事だった。
ぼっちに描写は難しいのです……。