例え仲間であろうと腹は立つ。
「これはこれは皆様お揃いで」
高い位置に現れた酉こと『アリストクラット』は、大仰に片方の手を広げて魔法少女達の視線を集めるように振舞う。
「何かオレに用事でもあるのかい?」
白々しい問いかけと共に軽薄な笑みを浮かべるアリストクラットは、荷物を抱えている腕を魔法少女達に見えるように風を自身に呼び込んでクロークをはためかせた。
「っ、アイツ!」
抱えている物体を見て、見事に勘違いをした緑色の魔法少女は荒げた声を上げる。その声に釣られて他の魔法少女達も顔を上げ、驚きに目を見開く。
「りんどう?!」
リーダー格の撫子色の魔法少女が仲間の名前を呼び掛けたそれは、正確には彼女達の仲間ではなかった。酉が腕に抱える、力無くぐったりとした人間にしか見えないそれは申が作った、ただの人形だった。
「もしかして、この子を返して欲しかったりするのかなぁ?」
実に楽しそうに、笑いを含んだ声で腕に抱えた人形を魔法少女達に見せるように掲げる。
「そうに決まってる!」
そう叫んだ蜜柑色の魔法少女は悔しげに顔を顰め、
「りんどうちゃんを返してよ!」
『アリストクラット』に叫んだ。その声を聞き、「見事に計画通りだ」と柔らかく微笑み、
「いいよ」
実にあっさりと承諾する。実際、相手に返したって何の痛手にならない人形だし、魔法少女達にきちんと返却しなければならないものらしい。
「「「えっ?!」」」
その態度にに戸惑う魔法少女達だったが、
「ほら、返すよ」
「りんどう!」
承諾するや否や、ぽい、と放り投げられたそれに、撫子の魔法少女はそれが本物かどうか確かめずに駆け出す。宙に投げ出された人形はまるで本物の人間のように質量をもって落ち、長い薄紫の髪が竜胆の花のように広がった。
撫子の魔法少女は着地地点に駆け寄り、竜胆の魔法少女と勘違いしたそれを受け止めようと手を伸ばし「なでしこっ!それは罠よ!」「りんどうちゃん?!」
計画と寸分もたがわないタイミングで聞こえたその声に、酉はにやりと上機嫌そうに笑う。声を掛けられた撫子の魔法少女が人形から目を離すタイミングで、酉は指を鳴らした。
「あっはっは、たーまやー」
爆発に魔法少女が巻き込まれた瞬間、アリストクラットは両の手を拡げてわざとらしく盛大に笑った。
「敵が差し出すものなんて、本物かどうか怪しいのに確かめもせずに『仲間だから』それだけの理由で自身を顧みず助けに行くなんて」
懐から出したハンカチを目元に充て、
「健気だよねぇ、泣けてきちゃった」
そう宣う。ハンカチが清々しい程に綺麗で真っ白なのも煽る一つの要因なのだと、出る際に酉は告げていたが、なるほど、タイミング次第では身に着けているものでもなんだか妙に腹が立つ。
「殺す、絶対殺す!」
怒り心頭の山藍の花の魔法少女は、緑の槍を関節が白くなるほど強く握りしめ、今にも目の前の男を刺し殺さんばかりの様子だった。魔法少女のキラキラとした燐光に、薄らと色がついたように見えた。
「いいねいいね、その表情」
にや、と口の端を吊り上げて笑い
「ほんっと魔法少女には見えないよ」
そう呟いて更に笑みを深くした。
と、
「ん?」
ちら、と横を気にする素振りをした瞬間、アリストクラットは青い光に殴られて斜め下に吹っ飛ばされた。勢いよく地面にめり込み、周囲の地面がひび割れて土煙が舞う。着地地点からの煙で、どんな状況なのかが見えにくくなってしまった。
「あんた達何ボーっとしちゃってんの!早くなでしこを治しなさい!」
アリストクラットを殴り飛ばした露草色の魔法少女は、その着地点を注視しながら背後の魔法少女達に声を掛ける。この青い魔法少女は確か、一人で活動していた期間が長かった為に少し強い追加枠の魔法少女だ。
「つゆ!来てくれたのか!」
山藍の魔法少女の声に、はっと顔を上げる竜胆と蜜柑魔法少女は、撫子の魔法少女に駆け寄る。
「なでしこ、大丈夫?」
「今、治したげるね」
竜胆の魔法少女が紫のドーム状のガードを張り、その中で蜜柑の魔法少女の手から発せられるオレンジ色の光が撫子の魔法少女を癒していく。
「みんな……ありがとう」
治癒を受けた撫子の魔法少女は立ち上がる。と、
「いやぁ、流石に顔面殴られると堪えるよ」
まいったまいった、と言いながら余裕そうな様子で、立ち上る砂煙の中からアリストクラットがタイミング良く現れた。
「くっそ、しつこいぞアイツ!」
山藍の魔法少女は悪態を吐く。
「どうするの、なでしこ」
「なでしこちゃん!」
「みんな揃ってるんだから、あの技も使えるわ!」
竜胆と蜜柑、露草魔法少女の声に、撫子の魔法少女は、主人公らしく応える。
「みんな、いくよ!」
「「「「うん!」」」」
その声を合図に、魔法少女達は輝き出す。
撫子、山藍、蜜柑、竜胆、露草の花が大きく背後に現れ、魔法少女達はステッキをなでしこに向ける。
みんなからの力を受け取った撫子の魔法少女は、ピンクのステッキを掲げた。
「「「「「『プリズム・フラワーバースト』!」」」」」
そこから放たれた、純白の光線がアリストクラットの全身を貫く。
「まさか、お前ら如き、に」
憎々しげに呻くアリストクラットは跡形も無く消滅した、ように見えるよう、撤退した。
強い光に包まれながら、その口元が笑っているのを卯は確かに見た。
×
「――どう? 面白かっただろう?」
満身創痍の酉は、自身を担ぎ上げる申に言葉を投げた。いつもの余裕そうな声色は変わらなかったが、服や髪の先が汚れていたり焦げていたりと、もうボロ雑巾というか、結構酷い有様だった。
「お前、本当に演出しまくるやつ好きだよな」
演出を徹底する所、そんけーするぜー、と、申は呆れつつ答える。
「いやあ、今回は割と楽しかった。キラキラもかなり集まったし」
と、酉は笑みを浮かべる。ほら、とクロークの中から、キラキラがたっぷり詰まった瓶を出し、見せた。
「いつのまに……」
「子殿に怒られますよー? 良いのですかー?」
「平気平気。本人に見つからなきゃいいんだから」
驚く巳と野次を飛ばす戌にてきとうに返事しながら、酉は瓶を再びクロークの中に仕舞い込む。瓶を仕舞う際に、他にガラス同士のぶつかる様な音が複数聞こえた為、かなり回収しているらしいことを知った。今回の仕事では一切回収しない予定ではなかったのか。その卯の怪訝な視線を受け、
「回収出来ちゃったんだから、しょうがないよ☆」
と、酉は悪びれもせずに返した。
「……本当に、嫌なやつね」
申の手によって床に転がされた酉に、卯は思わず言葉を溢した。どう自分が頑張っても、酉のようにはキラキラを集められないような気しかしなかった。
「『お褒めに預かり光栄です』」
それをどこ吹く風で気にせずに、酉は横たわったボロ雑巾のまま、口元だけ笑って形だけ礼を取る。どこかで聞いた台詞に、卯は盛大に顔を顰めた。
おっと、何処かで書いた記憶がある文章。
分からないお方は1ページ目をご覧ください(読まなくても良いけれど)。
因みに酉くんは彼じゃなきゃ出来ない特殊な回収の仕方をしてます。 例えば、自分自身の体の一部を削るとか。