収穫。
花の魔法少女達を中心とした物語は、佳境を迎えていた。『ラヴァージュ』も前回、魔法少女達によって見事に浄化されて退場した。そして今日は卯こと『ルメナージュ』が退場する番だ。
1年近く試行錯誤を繰り返し、卯は怪物をコントロールする術を獲得していた。それは『怪物』になる前の依り代たる人間を先に魅了し、その精神構造を持たせたまま怪物にする方法だった。
『魅了』とは言うものの、色仕掛けなどそんな事はせず、ただ目の前に姿を現し、一瞬こちらに気を向けたその瞬間に、目を通して相手の精神に魔力を打ち込むのだ。ねこを撃ち落とす時のように。
それを実践した時、酉は珍しく呆気に取られたような様子であったし、申は大笑いしていた。……変な方法だって言うのは自覚している。それを思い付いたのは、強化アイテムとして得た黒いカードをどう扱うかねこと考えていた際に、『フリスビーみたいに投げると面白いねこ』とねこがカードにじゃれついていたお陰だったのだけれど。
「いっしょに、がんばる方法も……きっとあるよ!」
随分と強くなった魔法少女達との激しい戦闘と、命を削る(と言う設定の)強化アイテムの度重なる使用により、『ルメナージュ』は限界を迎えていた。
「……もう、戻れないのよ」
『いっしょに』と言いつつ、『ルメナージュ』を消し去る浄化技を思い切りかけた事の、矛盾さと滑稽さに呆れて、乾いた笑いが出た。きっと、彼女達はそこまで深く考えずに浄化技を浴びせたに違いない。……このタイミングで笑うのは、少し良くなかったかもしれないけど。
「……貴女達は、良いわね…」
作られた生温い世界で、それでもその中で生き生きとしていられるなんて。『私』は、魔法少女達のようには夢を見ていられない。それに、魔法少女達が悪の組織に勝つことが、この世界にとって必須の条件だ。
「ぅぐっ、」
口に含んでいた血糊のカプセルを砕き、口の端から溢す。……そういえば、思わぬところで、昔の自分の疑問が解決してしまったような。
「……アリストクラット、様……」
消える直前で現れたその姿を見上げ、そっと手を伸ばした。魔法少女達が現れたその姿に気を取られているうちに、忍び込ませていた異空間転移装置に触れる。異空間に移動する訳では無いが、特殊な消え方をする際にも大いに役に立つと、前日に酉に教えてもらった。そうして、光に溶けていくように浄化された『ルメナージュ』は消える。
「…………非常に、残念だよ。……オレは君達を信頼していたからこそ、下準備を任せたって言うのに」
消えてしまったルメナージュが遺して行った箒を拾い上げ、
「期待外れだったみたいだ。……やっぱり、『信じられるのは自分だけ』ってやつなのかな」
『アリストクラット』は呟く。
「ひどい! みんな、あなたの為にがんばっていたんでしょ!?」
わざと聞こえるように呟いた『アリストクラット』の声を聞き、魔法少女達は怒りを露わにする。
「『酷い』? それはこっちのセリフだよ。駒とは言え、オレの大事な『仲間』を君達に根こそぎ持っていかれたんだから」
その言葉と同時に、アリストクラットは魔法少女達に襲い掛かる。ラスボスはその強さを魔法少女達に魅せ付け、次々に魔法少女達を変身解除まで追い込んだ。
「折角の駒をみんな持って行かれたんだ。そんなに居るんだし、君達の仲間の1人ぐらい持っていったって……痛くも痒くも無いだろう?」
と、竜胆の魔法少女を引き寄せて抱え上げる。
「りんどう!」
そして、アリストクラットは空間を3つ生み出し、そこに山藍、露草、蜜柑の魔法少女をバラバラに放る。
「みんな!」
高笑いと共にアリストクラットは去る。残された撫子の魔法少女と妖精は、絶望の声上げた。
×
「おつかれさまぁ、ジュースのむ?」
拠点に帰るなり、すごかったねぇ、と嬉しそうな未が卯に抱き付く。ふかふかで柔らかい感触に、少し顔が緩みそうになるが、表情を崩さないようにして未を受け止める。組織の本部に居た時は自身より背の高い大きさだったが、何故か未の背丈は低いままだった。
「浄化技を食らったんなら、飲んでおいた方がいいぞ」
負の魔力を回復するための特殊なドリンクだ、と申は黒っぽい液体を卯に差し出した。
「貴女、小さいままなのね」
ドリンクを受け取り、恐る恐る口に含む。墨汁を溶かした水の様な見た目であるが、果実水の様な爽やかさと甘味があった。
「こっちの方が疲れないんだぁ」
小さな未を持ち上げて抱き抱えると、未はすりすりと頬を寄せる。ぷにぷにで柔らかい未の頬の触感を少し楽しみつつ、卯は考える。
「どうしたの?」
「どうして今まで、貴女達、最上位幹部を見かけたことがなかったのかなって思ったのよ」
「こんなに目立つのに」と息を荒くしながら卯と未を見てペンを走らせる戌と影の様な小猿達と共に黒いジュースを作っている申を見た。
「そりゃあ、君が持ち場以外あまり利用してなかった所為じゃないかな」
と、急に背後に現れた声と存在感に、思わず飛び上がる。「あ、酉くんだぁ」と卯に抱き抱えられたまま、未は呑気に手を振っていた。
「あと、周囲に興味を持っていなさ過ぎなんだよね、君」
現れた酉の腕には、ぐったりとした竜胆の魔法少女が抱えられていた。
「その子、どうするの?」
卯と未の横をすり抜け、酉は申の方へ歩きつつ、
「この子は、ちゃんと使うんだよ☆」
酉は軽く返した。
×
「おめでとう! 君の最終評価は『甲』だよ。久々に良いものを見せてもらったねぇ」
その夜、いつものように、卯は評価の為に酉に呼び出されていた。パン、と何処からか出したクラッカーを鳴らし、胡散臭い笑顔を向ける。
「特に、あの諦めたような表情に、乾いた笑いのタイミング。嘘と真実が混ざっていたみたいけれど真に迫っていて、本当に良かったよ」
「……そう言う割には、あまり本心から嬉しそうには見えないようだけれど」
そう呟くと、酉は笑みを崩しやしなかったが、ぴたりと動作を止めた。
「どうしてそう思う?」
「……貴方はどうしてこの組織に入ったの」
酉の問いかけを無視して、なんとなく聞きたかった事を問う。いつも、評価が終わる度に「何か聞きたいことはある?」と聞いてくるのだ。先に聞いても問題はない筈だ。
「…………他に、居場所がなかったからかなぁ」
「そうね、私もお揃いよ」
特に理由は無いかもね、と少し過去を思い出すように目を細めた酉に、卯は短く返した。
×
「お揃いだなんて、恐れ多いよ」
くく、と笑い出した酉は言う。
「君に、組織に在籍する目標や目的が無くたって、自由じゃないか」
何が、と聞き返す前に、酉は言葉を続ける。
「まず、オレにはいくつか誓約が掛けられているんだ」
トントン、と尖った指先で酉は自身の仮面を叩く。
「組織には逆らわない事とか、子クンの言うことはある程度絶対だって事とか」
酉は1人掛けのソファーに座ったまま、卯に語る。
「オレの仮面は枷なんだ。子クンの意思でオレの動きは制限されてる」
君にはその制限が掛けられていないんだよ、と暗に酉は告げた。
「子クンを殺す事もできない。今のところは楽しいからそういう気は一切沸いたことないんだけど。そもそもその契約も円満的に行われたものだし」
卯や酉は、『仮の面』最上位幹部だ。つまり、組織の中では一番上の位に立つ。しかし、どんな組織にも、実質的な頭となる人物がいる方が、何かと都合は良い。そして、その『都合の良い頭』の子を殺す、と言うのはつまり組織に逆らう、ということ……だろうか。
「でも、もし君がオレを哀れに思ってくれるなら……いつか、この枷を外してくれるかな」
君なら、出来そうな気がするんだよ、と、いつの間にか卯の側に居た酉は囁く。『今のところは』という事は、『いつかは』子を殺そうと思う日が来るかもしれない。
「……そんな事、するわけ「なんて、ね」
否定する卯の言葉に被せるように言い、酉は部屋から出て行った。薄暗い闇の向こうへ消える酉の背を見ながら、茹でられた様な熱と痛みに意識が混濁していく。