人の振り見て我が振り直せ。
「やあ、待ってたよ」
談話室にある1人掛けソファーの一つに、酉は腰掛けていた。質の良いスーツに、長い脚を組んで座る姿がなんだか偉そうだ(実際立ち場は偉いけれど)。
「何の用事?」
「今日の君の仕事の講評。オレは君の教育係だからねぇ」
対面にある複数掛けのソファーに座るよう促され、卯はそろそろと意味なく酉を警戒しながら座る。目の前の酉は何を仕出すか分からないので、見ると勝手に緊張してしまう。
「巳の監督者でもあるでしょ」
「巳クンはまだ出てないから、出た後で評価の話をするんだよ」
巳の評価はしないの、と問えば、よくよく考えてみれば当たり前な返答をされる。準備期間の評価は申がつけているらしい。
「必要以上に勿体ぶる会話は好きじゃないから端的に言うけど。君の評価は『丙』、ギリギリ赤点回避って感じかな」
「……。そうでしょうね」
元々、自信もなかったし、評価を下げた心当たりも有る。
「告知なしのぶっつけ本番で1人目の魔装者を変身させる事に成功したのは良かったよ」
けど、と酉は卯に笑いかける。
「表情が出そうだったし、君、怪物のコントロール出来てないよね?」
「う、」
にこ、と口元は笑っていて声も柔らかい印象だが、圧が凄い。『なんで出来ないって言わなかったの』と言いた気である。
「怪物のコントロールが出来ないと他がどんなに良くても『乙』の評価にはならないよ」
それさえ出来ていれば良かったんだけど、と酉は心底残念そうに肩を竦めて言う。絶対、コントロールが出来ていても何かしら理由を付けて『丙』だったのではないだろうかと、卯は何となく思った。
「で、君から何か聞きたい事は?」
あるよね、と言いた気に酉は卯を見る。
「……怪物のコントロールについて、教えなさいよ」
「うんうん、そうこないとねぇ」
「現状から抗おうともがく姿は見ていて楽しいから嫌いじゃないよ」と酉は嬉しそうに言うが、言い方が悪い。『努力する心意気を買って手伝ってあげる』でもいいじゃない(これも上から目線だけれど)。
×
『君のその感情、洗濯してあげる』
白い布を美しく動かし、ラヴァージュが怪物を召喚した。しばらくして、召喚された怪物の前に、紫掛かった色合いの少女が立ち塞がる。確か、その少女は主人公の隣に住む幼馴染みだ。
《あいつは全てを水で洗い流すんだ、気を付けて!》
やけに敵の事情に詳しい妖精が、魔法少女に解説する。しかしその解説も虚しく、主人公はピンチに陥ってしまった。
卯は今、「皆の様子を見て、参考になりそうなところとかどんどん真似していってね」と酉に渡された資料と、外の戦いの様子が見えるモニターを使って自身の戦い方を研究している最中だった。因みに酉は、「少し用事があるから」と、何処かに出て行ってしまった。
「設定資料を渡してるだけだがな」
設定渡されてる側なのになんであんな堂々と解説出来るんだろうな、と少し離れた横の席に申は座る。
「貴方も研究?」
「暇潰しがてらな」
自身で作ったらしいポップコーンを持って、映画を鑑賞するかのように申は過ごしていた。
「ほら、巳は周囲の物や地形を上手く利用して、最小限の魔力だけで戦ってるだろ。アイツは本当に必要な時に魔力が足りないと困るから、ああいう戦い方をしてるんだぜ」
「……確かに」
態度は兎も角、途中で入る申の解説のお陰でより学習し易くなる。ついでに、酉が評価する際に何処を見るのかも勝手に教えてくれた。
『正義の鉄槌! りんどう!』
紫の光を放つ魔法少女が、ポーズを決めた。
×
「はは、やはり『乙』か……」
夜、少し落胆した様子で、酉の評価を聞いたらしい巳が談話室から出てきた。
「『いつも通りの安定した戦い方でも良いけど、もう少し思い切って色々変えてみたら』って言われたんだ」
卯に気付いたらしく、苦笑いをして評価の内容を教えてくれた。
「厳しいのね、酉って」
軽そうに見えるのに、と卯は溢す。
「アイツの評価は普通の奴が付けるような評価と内容が違うからな」
何故か調理場から出てきた申が言った。
「普通の評価……良く人間の世界で使われる100点基準で言えば、下から順に『丁』59点以下、『丙』60点以上、『乙』70点以上、『甲』80点以上なんだが…」
一旦そこで申は言葉を止め、周囲の確認をする。
「酉なら『用事があるから1日ここを空ける』と言って、先程窓から出て行ったよ」
と、巳が答えると、びくりと申が跳ねた。
「お、おう……そうか…………なら、今は大丈夫か」
急に狼狽える申に首を傾げながら、卯は申の言葉を待つ。
「俺が統計を取った限りだが……酉の評価の場合、『丁』は69点以下で『丙』70点以上、『乙』87点以上、『甲』が95点以上だ」
及第点の位置が高過ぎやしないだろうか。卯は眉を顰める。巳もなるほど、と納得行ったように頷いた。他の幹部からの評価がいつも『甲』だったらしいので、少し気になっていたらしい。
「余程完璧じゃないと貰える訳ねーよ。捻くれた奴からの高得点なんざ」
今までに酉が『甲』を付けたことがあるのは午だけらしいぜ、と申は言う。
×
『この俺様、キュイジーヌが、お前の感情を料理してやるよ!』
緑の色味の強い少女と魔法少女達の前に立ち、戌こと『キュイジーヌ』が熱く勝負を仕掛ける。
召喚された怪物は酷く暴力的で、みるみるうちに周囲を破壊していく。
「戌が作り出す怪物は馬鹿みたいに力が強いんだよ」
映し出すモニターを見ながら、申は解説をする。今日は巳と未も共に、戦いの様子を見るようだ。巳は勉強の為だが、未は「申くんといっしょにいたいから」と言うブレない理由だった。
「戌はその怪物を『恐怖』で支配してる」
良く見てみると、戌がにま、と笑ったり、手をすっと動かせば、指示通りに怪物が動いている。
「大抵の最上位幹部は、自身の持つ力で怪物を捻じ伏せて操るからな」
『正しいことを貫く! あい!』
見ているうちに話は展開していき、見事に立ち塞がった少女は魔法少女に変身した。
『っ、次はそう上手くいかせないからな!』
怪物が浄化され、捨て台詞を吐いてキュイジーヌは撤退する。
×
「如何でした?」
ぶんぶんと長い尾を振り、戌は訊く。
「ワタクシの事、見ていたんでしょう?」
さっさと教えろー、と言いた気に戌は迫る。ぐいぐい迫ってきて卯は戌に押し倒されそうになり、巳もどうしたら良いか戸惑っていた。
「近いだろうが、離れろ」
申が卯から引き剥がそうと戌を引っ張るが、びくともしない。感想を言うから退いて欲しいとどうにか戌に告げると、漸く離れてくれた。
「……なんというか、まあ」
「…………野性味が溢れていたわね」
そうとしか言いようが無かった。戌は魔法はあまり使わず、見事に力技で色々行っていた。そのお陰で魔法少女達に恐怖を与えられていたが、若干引かれてもいた。
「えぇー、なんですそれ?」
不満そうに戌は口を尖らせる。
「まあ、無理して他の奴のやり方とか吸収しなくても良いだろうよ。酉はどちらかと言うと、お前のオリジナル性を求めている気もするし」
まだ時間はあるしな、と申は卯に言う。