設定を作り上げていくのは妖精の方。
「この辺りね…」
機械の反応があった付近の屋根に降り立つ。周囲に薄らと妖精から発せられる甘ったるい魔力が残っている為、この周辺で間違いはなさそうだ。卯は徐に胸元から黒い玉を取り出し、ポーズを決める。
「『さあ、行きなさい。あなたの感情を掃除してあげる』」
これが、今回の仕事で卯が使う怪物召喚の口上だ。卯の役割は『掃除』のメイド。だから、主に使う武器は掃除道具で、今は箒を持っている。因みに巳は『洗濯』、戌が『料理』である。少し恥ずかしく感じるが、怪物はポーズを決めて決まった口上を述べなければ召喚できないのだから仕方がない。
卯の魔力に反応して僅かに青白く光った黒い玉を、憂鬱そうに会社に通勤するよれたスーツの男性に投げつけた。
取り敢えず、召喚した怪物を暴れさせる。暴れる衝撃で周囲が破壊されていくが、どうせ魔法少女が現れさえすれば破壊した建物は全て修復されるので問題ないだろう。と、
「あなたは誰?! なんでこんな酷い事をするの?」
妖精に手を引かれた女の子が、卯の前に立ちはだかった。全体的に主人公っぽいピンクの色合いをしているので、彼女がそうなのだろうと卯は判断した。
「貴女こそ誰? 私は『ルメナージュ』。『アリストクラット』様の忠実なる僕」
卯の名乗ったそれは、本当の名では無い。卯が所属するこの組織は、本当の名前と姿を偽りで覆い隠す、『falsa veritas』。妖精の国からの追跡を防ぐ為に、キラキラを回収する世界毎に構成員の姿と名乗る組織名を変える。その為、本当の名や役職名で活動する事は滅多に無い。
ルメナージュは何処かの世界の言葉で『掃除』、アリストクラットは『貴族』という意味らしい。名前の意味はシンプルで覚え易くて良かった。自己紹介を噛んでしまったらどうしようもないので、きちんと噛まずに言えた事を内心で褒め、冷たい表情で主人公を見下ろす。
「アリストクラット? 誰、それ」
『ぼくたちの世界を侵略した、悪いやつなんだ!』
首を捻る少女の後ろから、少女を盾にしてそっと此方を見る妖精が少女に告げる。侵略した覚えはないけれど、そういうことになっているらしい。というか、そこの少女は未変身の魔法少女だったらしい。この魔法少女(変身前)を魔法少女に変身させなければならないとは。荷が重い。
「喜びなさい、貴女達。ここは『アリストクラット』様のモノになるのだから」
内心は一切表に出さずに、つん、と魔法少女(変身前)から顔を逸らし、高圧的な態度を取る。どうか、プライドが傷付いて、その反動で変身してくれますように。
「忙しいのよ、私。ここは汚いから、掃除しなければいけないの」
追い払うようなジェスチャーと共に、一層、少女と、その周囲の環境をコケにする。
「掃除、って……?」
「ここを更地にするのよ。こんな田舎臭いところ、アリストクラット様の趣味じゃないから」
会話している間、わざわざ怪物の動きを止めないといけないのは、少し辛い。止めなくてもいいかもしれないけど、まだ動作をコントロール出来ていないので怪物が何処に行くか分からないのだ。
「そんな事、させない!」
「あら、貴女みたいな何の力も無い、ただの女の子に一体何ができるっていうの?」
少女の無力さを嘲笑して、更に煽り立てる。ここで怪物の拘束を緩めて、周囲を破壊させて少女を焦らせば、
「わ、私は無力だけど……っ! それでも、ここを守りたいの……!」
怪物の前に立つ少女は叫び、感情が大きく動く。その感情が妖精の持つアイテムと共鳴し、アイテムが変化する。
「な、何……、この光は」
そのまま光に包まれ、少女は一瞬で魔法少女へと変身する。
「世界を守る純粋な愛! なでしこ!」
『やった! これで、あいつらに対抗できるよ!』
魔法少女になった少女は名乗ってポーズを決める。
「チッ……魔法少女だったのね」
知っていたけど。そう内心で呟きながら箒を構える。変身してくれた! 内心その事で安心してしまった。気を引き締めなければ。卯は怪物に呼び掛ける。
「『サルテ』! 行きなさい、掃除の時間よ」
掃除のメイドなのに汚れを使うとはいかがなものか。そう思いつつ、怪物を魔法少女の元へ向かわせた。
×
「実に不愉快だわ」
怪物を浄化してもらい、卯は捨て台詞を吐いて拠点に引き上げる。
戻った拠点は暗い色で統一された、少し豪華な内装になっていた。自分達が会議をしている間に星官や構成員達が飾り付けしたらしいが、飾りそのものを作ったのは申だという。
広間に着くと、巳、酉、戌が待っていた。未と申の出番はかなり後の為、拠点の奥にある自室で待機している。
「『どうだったかな、予定地の下見は』」
酉は『アリストクラット』のままで、卯ではなく『ルメナージュ』に問いかける。少し高い位置に立ち、如何にも強者であるように振る舞っている(実際に強いけれど)。
「『はい。手入れがされておらず、掃除が必要だと判断いたしました。おまけに厄介な虫が湧いておりますので、少々お時間を頂きたく存じます』」
「『そうか。きちんと役割を果たしてくれよ』」
短く答えた後、アリストクラットは奥に下がった。
「『まさかキミがヘマするなんて思いもしなかったよ』」
巳……ではなく、『ラヴァージュ』が声を掛ける。
「『僕が手伝ってあげようか?』」
にこりと笑うラヴァージュは自身に纏わり付く白い布をするりと動かす。彼女の武器は、白い布と水らしい。
「『ふん、1人で水遊びでもしていなさいよ』」
布を払い除け、ルメナージュは踵を返せば、
「『ま、オマエ等がちゃんと出来なくても、この俺様が料理してやるよ』」
『キュイジーヌ』がフライパンをくるくる回しつつ、強気に言い放つ。……本当に誰だろう、この娘。元の口調からかけ離れ過ぎて、時折誰だか分からなくなってしまう。
「『勝手にやってなさい』」
2人を睨み付け、自室に向かった。
×
「まさか1人目を変身させる起爆剤になるなんて思いもしなかったわ!」『にゃん』
どういうことよ! と卯は枕のねこに八つ当たりする。それを巳が宥めるように
「まあまあ。ぶっつけ本番にしては、上手く行ってたじゃないか」
「それに、『拠点の表層部では役割になりきってね』って何よ! ストレス溜まるわよ」
ぼすぼすぼす、と枕を叩く。八つ当たりされている枕を巳は少し哀れんだ。
「彼は仕事に対してストイックみたいだからね……」
準備期間中の役割指導を思い出し、巳は少し顔色を悪くする。間違えでも怒鳴りやしないが、静かにチクチクと痛いところを塩を塗り込みつつ返付きの針で刺してくる指摘は、精神的に辛かった。
「卯殿、酉殿がお呼びですよー」
コンコンコン、と3回ノックしてドアの向こうから戌の声がする。因みに戌は役はあっさりとやってのけて指導されることは無かったものの、持ち前のドジで皿や料理をひっくり返し、申からキレられていた。
「……分かったわ。巳、じゃあね」
一体何の用事かしら、と首を捻りつつ、指定された談話室に向かった。