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仮の面はどう足掻いても。  作者: 月乃宮 夜見
序章 エリスの黄金林檎
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下級戦闘員の日常3

その3


 『房宿』の私の役割は、最上位幹部である『卯』の補佐。しかし、私はこれまでに『卯』の姿を見た事が無かった。上位役員になると与えられる連絡用の端末を通して届く、文面の指示に従っているだけだ。


 一年の終わり頃に来年の大まかな予定、月の終わり頃に来月の大体の予定、週の終わりに来週のほぼ確定事項の予定、消灯時間の少し前に端末内のリストに明日の予定が書き込まれている。予定が変更される時は2、3日前からお知らせが入るので、急な予定変更に戸惑うこともない。しかし、詳細な事は仕事のミスを減らすと言うけれど、ちょっと細か過ぎる気がする。


 私は毎日、予定表と指示の通りに、少々柔軟に対処しながら仕事をしている。特に昇格したいだとか、何をしたいとかは考えずに日がな一日ぼんやりと過ごす。無駄な一日と言われるかもしれないけれど、一日の過ごし方ぐらい、自分で好きにさせて欲しい。


 そんな私に“どうして『仮の面』に入ったのか” なんて聞かれても、“住む場所について悩んでいた時に、目が離せなくなるほどの色香を持った美しい女性に出会い、気が付いたら『仮の面』構成員になっていた” としか言いようがないのだけれど。


 私がする仕事は、下級構成員(したっぱ)の頃から相も変わらず魔法少女の粉(キラキラ)の回収と、充てがわれた責務の全う。しかし何故か最近、親切な先輩方(未だ昇格できない奴等)から他の仕事を振られる事が増えて、資料の整理や分類までする羽目になっている。


 お陰で頭の回転が速くなった気がするし、使える魔法の幅や種類も増えた気がする。


 因みにあの女性には、今のところ一度も会っていない。



×



 資料の分類に一段落つき、周囲に誰もいない事を確かめてから伸びをした。山積みの資料達は最初の半分くらいの量になり、かなり時間が経った事に気が付く。


 私が居るこの部屋は、組織内にある多数の会議室のうちの一つだ。無機質で飾り気の無い、横長な机と持ち運びが便利な折りたたみ椅子だけが置いてある少し狭い部屋。ロビーの吹き抜けを囲うようにある片廊下に面しており、廊下の方に窓が一つにドア一つ。


 私の他には誰も居ない。資料をここに運び込んだ人達はさっさと居なくなってしまったし。少しくらい手伝ってくれてもいいのに。


「……」


 資料の山を見つめて溜息を吐く。今日中に終わるのだろうか。時計を見れば、就業時間は間近に迫っているようで、終わらせるのは無理そうな気がした。


「助けぐらい求めたっていいんじゃない?」


 急に前から降った声に思わず、顔を上げた。鈴を転がすような声と共に、魅惑的な香りが狭い室内に充満する。ドアの開いた音はしなかった筈なのに。


「ね、あなたはこんな量を1人でやってたの?」


 身構えるこちらに構わず、甘い香りを振り撒きながらその人は横に並んだ。



×



 それは、あっという間の時間だった。


 気が付くと、山積みの資料達は全て片付けられており、仕事に使っていた会議室から追い出され私は住居領へ向かっていた。


 あの人とどんな会話を交わしたのかさえほとんど覚えていなかった。唯一覚えていたことは――


『……やっぱり、あなたみたい』


そう呟く、申し訳なさそうな顔だった。



×



 今日はいつにも増して、組織内が騒がしい気がした。慌てる声、興奮気味に捲し立てる声、悲しそうな声。誰かの葬式かな、とふざけ半分に聞き耳を立てた時、


 誰かの声が言った。



「――『卯』の席が空いてしまった」



と。


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