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仮の面はどう足掻いても。  作者: 月乃宮 夜見
第一章 仮の面
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感情。


「――え、」


 卯は辰を見る。しかし視線は合わず、辰は初めに座っていた窓のある衝立(ついたて)の向こう側へ行ってしまった。


「明日、キミを拘束して牢に入れるから準備しといてよねん」


一日ほど、猶予(ゆうよ)があるらしい。最上位幹部である立場や仕事量から、引継ぎの準備や指示のことについてしなきゃいけないことがあるからかもしれない。


「逃亡なんて無駄なことは考えないでよ?」


 揶揄(からか)い交じりに酉は言う。


「無論だ」


辰は揶揄いを鼻で笑った。



「さ、辰っちへの用事は済んだし、そろそろ帰ろっか」


子に背を押され、卯は狭い部屋の外に出る。それに続いて戌も外に出た。


「巳っちも一緒にいた方が話は早く済んだんだけどねん。もう一回似たような説明しなきゃなんないの面倒なんだよん」


子は溜息を吐いて愚痴を零した。


「オレはまだ辰クンと話したいことがあるから、巳クンの所へは君達で行っといて」


 小部屋に残ったまま、酉は子達に声を掛ける。


「はいはい。……次は巳っちに会いに行かなきゃなんだけど、辰っち、場所知ってる?」


てきとうに酉に返事をし、子は辰に問うと


「巳は『陰鬱な森』に()るだろうな。……気を落ち着かせる時によく行く」


衝立の向こうから声がした。



×



「――それで。君は本当のところ、何をやりたかったんだい?」


 子、卯、戌の3名の気配がかなり離れたのを感知したところで、酉は辰に問いかける。


「なに、組織に牙を剥く奴らを引き摺り出そうとしたまでだ」


窓の向こう側を見たまま、辰は答える。 


「何れ牙を剥くのならば、早い方がよかろうと思ってな」


「……君なりに、『組織のことを考えて行動をした』ってことか」


そんな気はしてた、と酉は息を吐く。


「実際、色々楽はできたけどさぁ」


そこで一旦言葉を区切り、


「『規模がデカすぎるんだよねん』」


少し舌っ足らずな少し幼い声に変わった。


「――って子クンが怒ってたよ」


振り返った辰に、酉は笑いながら目を細める。


「急に声真似をするな。驚くだろう」


不愉快そうに眉を顰める辰に「オレの方を見ないからだよ?」と酉は首を傾げた。


「『会話をするときは相手のほうを向く』。常識だよね?」


どんなに巳クン(あの子)を見ていても何も変わらないのに。と言葉を零す酉を、心底不快そうに辰は見る。


「今回は残党と妖精だけが目立ってたけど、本当に色々なところで沢山やってくれたね。一般人や他の組織にも微弱ながらも影響出たお陰で、オレは色々な場所に出掛ける羽目になったよ」


「だろうな」


あっさりと答える辰に、


「まあ、オレの重労働(それ)はどうだっていいんだ」


酉はつまらなそうに言う。


「それよりも気になることができたんだよ」


「なんだ」


少々億劫な様子で、辰は酉の顔を見る。


「君、自分が捕まるように、わざと少しだけ証拠を残したよね?」


「ほう?」


辰の声に少し楽し気な色が混ざった。


「それに、君なら巳クンなんかを巻き込まなくても、1人で完璧に証拠を残さずに全てできたはずだ。それなのに敢えて巳クンを巻き込んで、尚且つ自分は捕まるようにした意味が分からないんだよ」


心底不思議そうに酉は辰に問いかける。


「巳クンから離れたいんなら巻き込まずに単独行動すれば良かった筈だし、巳クンを離したくないんなら証拠を残さなければよかっただろう?」


 それを聞き、辰はくつくつと喉の奥で低く笑った。


「其方、『手放したくはないが、相手のことを思えば離さなければならない』この気持ちがわからぬか」


「解らないね」


酉は答える。


「『穢れの塊(バケモノ)』のオレには全く持って、自分を構成する穢れ以外の感情が、分からない」



×



 深い森の奥の川辺に、巳は居た。


 『陰鬱な森』は、妖精の国から大きく東に向かった先にある。そこの周辺は山があり日当たりが悪く、名前の通りに、暗くて鬱蒼(うっそう)とした森だ。


 湿度が高く薄暗い森の中を、巳のにおいを辿る戌の後を付いて歩く。子を背負って歩く戌はすいすいと森の奥へ入っていくが、卯は少し心配だった。


「本当にこんなところにいるの?」


「もちろんですとも。ちゃんと巳殿の匂いはしますよ」


すん、と鼻を鳴らして戌はにおいを確認しながら答えた。


「戌っちは『嘘が吐けない仕様』だから、安心してよねん」


子は戌の背に負ぶさったまま、足をプラプラと揺らす。 と、


「お、居ましたよ」


 戌の声に卯は顔を上げる。湿度が高く暗い鬱蒼とした森の中を通っていた筈だったのに、そこは明るい木漏れ日の差し込む、少し開けた場所だった。 流れる透き通った川の水面を、巳はぼんやりと眺めていた。



×



「態々こんなところまでお越しいただくなんて……」


 申し訳なさそうに頭を下げる巳は、普段纏っている鎧も着ずに身軽な格好だった。被っているフルフェイスの兜はアイマスク状のシンプルな仮面になっており、普段は隠れている黒い艶やかな髪と滑らかな象牙色の頬が見える。


「君は謹慎することになったよん」


 戌から降ろしてもらい、子は巳に書類を手渡す。


「承知しました」


それを恭しく受け取り、巳は丁寧に書類を仕舞う。


「辰っちのことは聞かないの?」


「……あらかた予想が付いてますので」


「ふーん。でもまあ、取り合えず伝えとくよん」



 辰の処分と言伝をし、子は


「巳っち、明日までには自室に戻っていてねん」


ほんの少しでも遅れたら『反抗の意思あり』と見做されて処置が重くなってしまうよん、と言い子は再び戌の背に飛び乗る。卯も帰ろうと巳に背を向けたその時、


「卯。……少し、ここに居てくれないだろうか」


巳が声を掛けた。



×



「「……」」


 卯が足を止めてから少し、無言の時間が過ぎた。 子と戌は帰ってしまったので、巳と2人きりになってしまった。どう会話をすればいいか分からず、卯は周囲の景色を見る。差し込んだ光が川の水面に反射し、煌めく。涼しい風が通り過ぎた。



「……どうして、辰はあんなことをしたのかしら」


 ぽつりと、煌めく光に目を細めて卯は零した。


「…………多分、組織のためではあった筈なんだ」


少し間を空け、巳は答える。卯が巳を見遣ると、仮面の奥で薄花の眼差しが伏し目がちに川を見ていた。


「卯は分からないだろうけど、辰……彼の方は、『神様』だ。『神のような』『神の如き』とかそんな生優しいものではなく、正真正銘の」


「……酉も、『一応、神様なんだ』って言ってたわ」


「酉?……ああ、彼も確かに神だ。元々はただのバケモノだったとしても、あれ程の魔力を持って、崇められているのならば間違いなく」


少し考え卯が云うと、巳は頷く。


「彼の方は、精霊……よりは、自然現象の延長上にある、『生まれ持っての神』だ」


「『神様』だと何か問題があるの?」


首を傾げる卯に、巳は少し目を逸らした。


「『神』は、普通の思考をしていない」



×



「神は大抵、自分の思うように動かし、気まぐれで何かをする」


「それは、少し身勝手な人間と同じように思えるだろう」


「しかし、規模が違う」


「気まぐれをひとつ起こすだけで、世界に大きく影響を与えてしまう」


「それに、他人の感情をあまり理解していないんだ」


「『行動によって起こる感情の動き』と『感情を起因とする行動』は理解しているものの、『感情そのもの』は理解できていない」


「『悲しい』『嬉しい』と語っていても、何処からどう見ても『その感情があるように見える』としても、その感情は見せかけであって、本物ではないんだ」


「だから。大まかな配慮ができていたとしても、細かい感情の動きは理解しない」


「……それが、『こんなことになった』理由なんだと思うんだ」



×



 巳の話を聞き、なるほど、と卯は頷いた。


「卯」


巳は少し遠慮がちに卯に言葉を投げかける。


「キミは……大切に思う相手から、本物ではない気持ち(愛情)を向けられたことはあるかな」


卯は首を振る。本物で有るとか無いとか以前に、卯は今までに恋愛や愛情のそういった感情を向けられたことはなかったし、湧く相手なんていなかった。


「それほど虚しいことはないよ」


 卯の様子を、巳は少し眩しそうに目を細めて見る。


「ふとした言動や仕草で、『その感情があるかもしれない』と勘違いしてしまいそうになる」


でも、と巳は溜息を吐く。


「同じくふとした仕草や言動で気が付くんだ」


諦めたような表情の巳は、とても苦しそうに見えた。


「この方は、心の底からはそう思っていないんだと」


唐突に始まるすれ違い。

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