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仮の面はどう足掻いても。  作者: 月乃宮 夜見
第一章 仮の面
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頼み事。


 辰巳の方向は、温泉施設やジム等が有るただの娯楽施設の区画だと思っていた。



「さて。ここの場所は最上位幹部か、辰巳()の星官以外にはあまり知られていない場所なんだけど」


 酉が受付で特殊なカードを提出すると、娯楽施設の奥へと案内された。暖かみや人の気配に溢れていた表層部とは違い、なんだか人の気配が少なく無機質で冷たい雰囲気になっている。


「辰クンは実のところ、処理の仕事ともう一つ、別の仕事を持っているんだよ」


 案内しようとした受付や他の星官達を断り、酉は子、卯、戌の前を歩き、3名を案内する。戌は少しの物珍しそうに匂いを嗅いでいたり耳を動かして周囲の音を聞いていたが、子は先程からずっと何かを考えこんでいるようで、なんだか浮かない顔をしていた。


「実のところ、ワタクシ初めてここに来たんです」


場所は知ってましたけど、と戌は卯に()()する。


「嘘や罪のにおいがぷんぷんしますね」


 『嘘や罪のにおい』?と卯が首を傾げると、


「ここは裁判所なんだよ」


そう、酉がにこりと笑って教えてくれた。


「裁判所?」


 『裁判所』って対象を裁いたり、刑罰を科する所よね、と卯は考える。目的地に着いたらしく、酉はとある扉の前で立ち止まった。それは、塗料で美しく艶出しされた木と磨り硝子でできている。木の部分は彫刻の装飾を施されており、無機質な裁判所(この場所)には似つかわしくないような扉であった。


「辰クンのもう一つの仕事は『審判』なんだ」


酉が、受付で示したカードをその扉に翳すと、鍵が開く軽い金属の音が聞こえた。



×



 広い空間は素朴であるものの、よく見てみれば洗練された装飾で満たされていた。採光用だと思われる大きめの磨り硝子の窓には、扉と同じように艶出しされた木の格子がかかっており補強されている。しかし、その全てに目もくれずに酉は部屋の奥へ歩いていく。


 艶出しされた木でできた調度品の彫刻は美しく、床や壁等、所々に使われている布もシンプルであったが、なんだか高そうだ。黒い大理石の床に、高く太い木の柱と白い壁と、この部屋はまるで何処かの国の王の間のようだと、卯は少し気後(きおく)れした。


 部屋の奥に、もう一つ小さな部屋があった。小さいとは言っても少し広い寝室のような広さがあり、そこには数人が座れるソファーとテーブルが置かれている。不思議な香の匂いが満たす部屋の奥の衝立の向こうに、静かでいて大きな存在を感じた。


 そして、その奥の椅子に辰が座っていた。ぼんやりと何かを考えているような様子で、磨り硝子で見えない筈の窓の向こう側を見ていた。



×



「やあ辰クン。少し、話しても良いかな?」


 酉は、座る辰に声を掛ける。


「どうした。随分と穢れの量が減っているではないか」


振り返る辰の動きに合わせて揺れる長い白銀の髪が、小さく光を散らした。


「まるで、魔法少女達から総攻撃を喰らったかのようだな」


「まあね。色々あったんだよ」


 酉の返しに辰はくつくつと喉の奥で低く笑い、立ち上がった。


「客人に茶を出さねばな」


笑いつつ、4名から離れる。部屋の奥に、隠されるようにして簡易的な給湯室が有ったようだ。


「ところで、妖精や人間について、何か話すことがあるんじゃない?」


「なんの話だ」


 問いかけを流し、辰は4名に座るよう勧めて部屋の奥から2種類の茶器を持って来た。茶器と共に持ってきた器のうち、2つには何故か花が入っていた。


 花の入った器に茶を注ぐと、中で花が咲くように広がり、綺麗だと卯は少し見惚れてしまった。その茶を辰は卯、戌の前に置いた。


「凄く良い匂いがします」


戌は物珍しそうに、花が咲いた茶を眺める。


 もう2つの器には少し黄色い色をしたお茶が注がれ、それを辰は子と酉の前に出す。巳ではなく辰が茶の用意をしているのを認識して、そういえば巳の姿が無いな、と卯は思った。


「子クンも直接聞きたいって言ってるんだけど」


酉は茶に手を伸ばす事無く、辰の方を見た。


「辰っち。……ちゃんと話してくれるよね?」


不安そうな顔の子に、辰は笑う。



×



「巳はああ見えて、精神が脆いからな」


 4名と同じように近い席に座り、辰は先ずそう言った。今から話す事は巳にとっては大きな負担になるだろう、と辰は自身で入れた茶を一口飲む。それが、今此処に巳がいない理由らしい。


 本題に入る前に酉と戌は、辰に今回の事件の調査内容や結果を報告する。それを、辰は何故だか楽しそうに聴いていた。


「辰っち。キミが操っていたのはわかってるんだよ」


 茶を少し飲み、子は4名と同じように椅子に座る辰に言った。突然の話に、卯は器を取り落としかける。が、一滴も溢す事なく持ち直した。


「だろうな」


悪びれもせず、辰はすんなりと認める。


「彼奴らには巳の血を使ったが、それは儂が騙して作らせた物だ。あれに罪は無い」


「…キミならそう言うと思ってたよん」


 子は少し顔を顰める。


「でもね、『アタシに報告しなかった』ってのは、言い逃れ出来ないでしょ」


「あれは戌では無いぞ」


「そう言う話じゃ無いの!」


憤慨する子を楽しそうに見、辰は柔らかく笑う。


「ふふ、分かっておるとも。……謹慎であろうな?」


「当たり前でしょうよ」


 確認するように聞く(念を押すように脅す)辰の視線に臆する事無く、子は中身の減った器をテーブルに置く。


「クビにしたって商売敵のとこに行けば厄介なことこの上ないし、処分するには巳っちの罪は軽すぎる」


 ここまで話を聞いていて、実は卯は話の内容をあまり把握できていない。自分だけかしら、と目線だけで周囲を見ると、同じようにあまり分かっていなさそうな戌と目が合った。自分だけでなかった(同類が居た)と、卯は安心した。


「つまり、『巳っちは、ちょーっとの間お仕事お休みしてね』って事だよん」


 そこは流石に理解は出来ていた。しかし、戌が「なるほど、そうなんですねー」と相槌を打っていたので、卯と戌が理解出来ていなかった場所は違ったらしい事を知る。卯が知りたかったのは、事件を起こした理由だった。


「辰は?」


「……そりゃあ、もう……」


卯の問いに、子は言い難そうに言葉を濁す。


「牢に入れられるのだよ。間接的ながらも組織に害を与えてしまったのだから当然だろう?」


子が濁した言葉を辰が答えた。


「……」


やっぱり、と、卯は少しショックを受けた。たった少しの時間でも関わりを持った相手がそういうことになるなんて、卯には経験のないことだった。


「ま、上の指示を聞かなきゃなんだけどねん」


子は拗ねたように口を尖らせる。……『上』の指示?


「……そういえばまだ色々教えなきゃいけないことがあったんだったねん。ちゃんと教えたげるから、今は聞き流しといてくれるかなん?」


不思議そうな顔の卯に子は答える。よくはわからなかったが、後できちんと教えてくれるのならまあいいか、と卯は頷いた。


「ねえ、巳はこれからどうなるの」


(組織内で仕事は持っているものの)巳は辰の護衛なのに護衛対象が居なくなるんじゃあ巳の仕事がなくなるじゃない、とそう問えば


「だから云うたであろう、卯よ」


辰は卯を見て、少し寂しそうに笑った。


「『巳を宜しく頼む』、とな」


辰さんが客人に出したものは黄茶と花茶です。


可愛いものを可愛い子達に、高いものを高貴な方にお出ししたのです。

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