回収。
釈然としないまま、卯は申、酉と共に組織の拠点に帰ってきた。組織の建物に入ると、
「おやぁ、無事回収出来たんですねー」
嘲る様な顔で笑う戌が、嬉しそうに大きく手を振って出迎えてくれた。戌は所謂普通の笑顔が出来ないらしく、常に笑う時は小馬鹿にしたような顔になるらしい。戌は何故だか、見知らぬ人間を3人程引き摺っている。
「阿保みたいな出迎え方止めろよ」
申はうんざりとした様子で、溜息を吐く。
「……誰?」
戌が引き摺っている人間達は、全く顔も知らない……いや、よく見てみれば男と女の方は、少し前に見た資料に載っていた。
「一応、この方々が今回の魔法少女や妖精の暴走云々の黒幕ですよー」
裏で妖精達を操っていたんです、と説明を付け加えてくれる。これが、出かける前に言っていた酉から頼まれていた回収の仕事の結果なのだろう。
「殺すなって言われてただろ」
申があーあ、と残念なものを見るような目で3人を見下ろす。道理で全く動かないと思っていた。しかし、
「死んでませんよ。ただただ、私が与え得る限りの恐怖を与えただけですので」
「ワタクシは命令違反は致しません!」と、戌は少し怒ったように返した。
「そうだねぇ。色々答えてもらわなきゃいけないし」
3人の会話を少し離れたところで聞いていた酉が口を挟む。
「処で、何か忘れてないかな?」
酉は担ぐ妖精の詰まった袋を見せるように掲げ、「さっさと終わらせたいんだよ」そう、にこりと笑った。
「忘れていませんとも!」
「そーだったなぁ……」
申と戌は其々に返事をした。
「…………何処に行くの」
これから何をするのか、何処へ行かなければならないのか卯は何も知らなかった。肩に乗っていた『ねこ』が、小さく気恥ずかし気にぷるぷる震えている。
「子クンの所だよ。魔法少女の粉の回収や仕事の報告とか、最上位幹部が外から帰ってきた場合は大抵、子クンに報告しに行くんだ」
子クンが居なかった場合はメッセージでも良いけど、と、酉が答えてくれた。
「多分、亥クンの診療所にいるかも」
「まだ丑と寅起きねーの?」
問う申に、酉は首を振る。
「そこは分からないかなぁ」
申と酉の会話が丁度切れた処で、
「そうそう、申殿、酉殿。子殿が『捕まえたものは、用が済んだら好きにしていい』と仰ってました」
戌が思い出したように声を上げた。
「わかったよ」
「へいへい」
その言葉と返答には不穏なものしか感じられなかった(二度目)。震えるねこを、卯はポケットに突っ込んだ。
×
ロビーを通り、亥の診療所に向かう途中で
「止まって下さい、お願いですから!」
という、午の困った声が聞こえた。そう卯が思ったと同時に、
申が視界から消えた。少し遅れて、何か重いものがぶつかるような音(と、何か硬いものが折れるような音)が聞こえた。
「申くん、どこ行ってたの!?」
声がする方に目を向けると、未が床に横たわった申の上に乗っている。
「ぜんぜん会えなかったから、すっごくさみしかったんだよ!?」
申の上に乗った未は必死な様子で、申の肩を揺すりつつ涙声で叫ぶ。
「『会えなかった』ってほんの半日ぐらいじゃねーか!」
降りろ! と、未の声量に負けないぐらいの大きさで申も叫び返した。
「申クン、他の荷物オレ達が持っていくからもう未クンの所に行ったら?」
未と申を見下ろし、酉は面倒そうに言う。
「……チッ………………分かった」
「申くん!」
舌打ちをし、随分と長い間を開けて申は顔を背けた。申の返答に、未はとても嬉しそうに顔を輝かせる。雰囲気とか文章的な表現ではなく、確かに未の顔の周辺の空気が明るく輝いていた。卯は目を擦り、もう一度改めて未を見る。……やっぱり輝いているようだ。
「ふふふふふ、良いネタ思い浮かびました!」
戌が何故かすごい速さでメモ帳に何かを書き込んでいる。
「皆さん、お揃いで……おかえりなさい」
少し息を切らした午が申し訳なさそうに頭を下げた。
「やあ午クン。未クンのお守りご苦労様」
大変だったでしょ、と酉は申が落としてしまった荷物を回収しつつ訊く。卯に頼まれていた未のお守りは午に引き継がれていたらしい。
「ふふふ、これをこうして、こう! ですね!」
メモを録りつつ騒ぐ戌を卯は見ていた。
「お、気になりますか?」
戌は卯を見、メモする手を止めた。
「ワタクシこういうものを描いておりまして――「そろそろ、良いかな?」
戌が何か薄い本を卯に見せようとしたが、申の荷物を全て回収し終えた酉に邪魔されてしまった。
×
「ちゃんと無事に帰ってきたみたいだね」
亥の診療所に着くと、亥が出迎えてくれた。
「みんな、おかえりー」
何か作業をしていたらしい子は、顔を上げずに声を掛ける。子は藤色の紙に青いインクで、手紙を書いているようだった。また、何か意味がある重要な書類かしら、と卯は内心で考える。
「申クンは未クンの所にいるから」
訊かれる前に酉はそう子に告げ、
「分かったよん」
子は2枚目の紙に手を伸ばしていた。
×
子が書類を書き終えるまで、卯と酉は亥が出してくれた紅茶とお菓子を食べて寛いだ。お茶を出した後、亥は酉が持ってきた袋を持って奥に引っ込んでいった。中身の妖精達の体調に異常がないかを確認し、少々の記憶消去の処理を行い再び妖精の国に返すらしい。
「……これ、美味しいわね」
「そう? 『美味しい』って色々あるんだねぇ」
ふと卯が溢した言葉に、酉は珍妙な言葉を返した。
「…………美味しくないの?」
自分の味覚がおかしいのかと思い聞いてみたが、
「んー、不快ではないよ」
更によく分からない言葉を返された。
少し気不味くなった卯は少し視線をずらす。と、ただ突っ立っているだけの戌と目が合った。戌は嬉しそうに長い尾をゆっくり振る。
戌は尾を振っていたものの、微動だにしなかった。まるで、『待て』をしている犬のようだと紅茶を飲みつつ卯は思う。
×
「なるほど、みんなお疲れ様だよん」
手紙を書き終えた後子は3名の報告を聞き、3名を労った。卯と戌は子に頭を撫でられた。子は随分と背が低い為、卯と戌は手が届き易いように少し身を屈めた。酉は子の手が届かないように、一切頭を下げなかった。
「さ、後もう2名、会いに行かなきゃなんないのが居るから」
子は卯、酉、戌に声を掛ける。
「一応調査結果云々の報告の為に酉っち、戌っちおいで」
「OK」
「承知です」
酉と戌は簡潔に返答した。
「卯っちもおいで。片方が呼んでるっぽいんだよん」
手招きする子に卯は近付くと、手を差し出される。
「何処へ行くの?」
小さな手を握り、卯が問えば子は少し気落ちした様子で答えた。
「……辰っちの所だよ」