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仮の面はどう足掻いても。  作者: 月乃宮 夜見
第一章 仮の面
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怖さに恐れ慄く。


題名が『恐怖。』から『怖さに恐れ慄く。』へと変更しました。



▲直接の失禁描写は無いが指摘はあるので御用心▲


――なんでだ。



誰かにずっと見られている。


気の所為なんかじゃない。



――どうして、



その視線は暗闇の奥から、ずっと見ている。


見ても何も居ないのに。




誰かに付けられている。


歩くとゆっくり、走ると同じように走る。


同じ速度で、誰かに付けられている。




ズル、ズルと、何かが這い寄る音が聞こえる。



それは日に日に近付いている。



×



「……怖い」


 ぽつりと、若い子供は呟いた。


 誰がに見られているのに、誰かに付けられているのに、姿が見えない。


 少し前までは気のせいかも、と思える程に回数は少なかった。


 しかし、最近ではずっと、3人は視線を感じていた。


「一体、なんだってんだ!」


 若い男は忌々し気に吐き捨てた。だが、男の目の下には濃い隈があり、やつれていた。


「誰が見てるっていうの」


震える若い女の以前のような気の強さは形を潜め、ただただ怯えて蹲っている。



 何かが、近付いてくる。



 姿は見せずに、存在感だけがそこにあった。


ざり、ざり、ざり。


 壁の向こうから、何かを引きずるような音がした。


「……また、来た」


 若い子供は呟く。



×



 拠点の物の位置がずれていた。


 閉めていた筈の窓が開いていた。


 誰かの手の跡が残っている。




 誰かの気配が、そこに有る。



「――どうして?!」


 もう耐え切れない、とばかりに若い女は叫んだ。


「……分かんねぇよ」


静かにしろ、と若い男が苛立ちを隠さずに返す。どんなに移動しても、どんなに拠点を変えても、『何か』が自分達の周囲を付け回っている。


 訳の分からない状態に、3人の心は限界だった。――ただでさえ、仮の面からの追手が来ないか気にしている状態だというのに。


「……絶対、誰かがいる筈なんだ」


 若い子供は騒ぐ二人から離れ、自身に言い聞かせるように呟く。



 現在3人が拠点にしているのは、とある治安の悪い世界の、人間が多い街だった。そこで、格安のゴミ溜のような宿屋で寝泊りをしていた。


 顔を洗いに、子供は洗面台に立つ。申し訳程度の蛇口と器しかない、藻の生えた小さな洗面台だ。レバーを捻り、水垢や赤カビ塗れの蛇口から塩素臭の強い水道水が流れる。それを自作の濾過(ろか)装置に流し込み、そこから出た水で顔を洗う。


 顔を洗い鏡を見ると、にまっと嘲る様に嗤う自分が――


「うわっ?!」


 子供は思わず飛び退き、手に持っていた濾過装置を取り落とした。


 再び、鏡を見る。いつもの自分の顔だった。


「……気の、せい」


「ちょっと、急に叫ばないでよ!」


「そうだ、うるせぇぞ!」


 子供の叫び声で、男と女が文句を言いに集まった。


「ここ、狭いんだから集まらないで――」


子供が顔を顰めて二人を振り返り、言葉を止めた。



「どぉーもぉ、皆さぁーん」



 洗面所の出入り口を塞ぐように、人の形をした犬のような何かが立っていた。


「確か……仮面の、」


男の掠れた声が聞こえた。


「この子、落としていったでしょう?」


と、手に乗せた、蛞蝓(なめくじ)と鼠を滅茶苦茶に混ぜ合わせたような怪物を、3人に見せる。


「っそ、そんなの知らない、」


女が言い返すが、その声を聞いた途端、鼠蛞蝓はとても嬉しそうに蠢いた。


「ひっ、」

「おやぁ、アナタが『不安』ちゃんの持ち主でしたか」


怯える女を見、ケタケタと声を上げて笑う。


「じゃあ、『焦燥』は……そこのカワイイ子ですかぁ?」


と、子供の方をとじゅるり、と舌舐めずりをした。


「な、なんの用だ?!」


 よせば良いのに、男が訪問者に問う。


「あ、そうそう。 一番大事な用事を忘れていました」


鼠蛞蝓を肩に乗せ、目元の見えない犬人は、にまっと歯を見せ笑った。


「早速ですが、死んでいただきますよ?」


というや否や、力強い拳を3人に振るった。



×



「――というのは、冗談……だったのですけどねー」


 と、打つかる寸前でピタリと拳を止めた戌は呟く。ただ姿を現し、暴力を振るうフリをしただけで気絶してしまったらしい。


「あーあ。道中で削り過ぎましたかねー?」


動かなくなった3人を見下ろし、溜息を吐く。


「やり甲斐無いじゃあないですかー。つまんないです」と、口を尖らせた。


「とにかく拘束ですね」


戌は倒れた3人に背を向けゴソゴソとマントの中を探り始める。


「手錠、猿轡、足枷……と」


ごとり、ごとり、と重厚な音が部屋に響く。


「個数は大丈夫そうですね。……それで――」



×



 何故か急に手を止めた訪問者……恐らく、仮の面の『戌』は、自分達を拘束する為の道具を探しているようだった。


ごとり、ごとり、と重く硬い音がする。


「(……あんなの付けたら、腕が疲れちゃうよ)」


と、些か的外れな事を思いながら、気絶した振りをしていた子供は、そっと逃げる用の道具を組み立て始める。


「(……前居た組織の中でも結構有能な、特別顧問だったんだぞ……!)」


こんな所で、捕まる訳にはいかない。きっと、新しい組織に入れば、前みたいに良い待遇がもらえる筈……と、今までも他の組織に入ろうとしなかった癖にそう、子供は夢想する。


「(あれ、上手く組み立てられない……?)」


後ろで道具の確認を行っている『戌』の様子を確認しつつ、簡単に組み上がる筈なのにそんなバカな、と手元を見ようとした時


「――それで。そこの可愛らしいアナタは、何処へ向かおうというのです?」

「ひっ!」


向こうに居た筈の『戌』が、しゃがんだ姿勢で子供を見下ろしていた。手元の道具が組み上がらないよう、手を差し込みながら。


「アナタ、子供にしては結構精神力が強いんですねー。ほら、アナタと一緒に居た女の人なんて、漏らしてますし」


と、『戌』は子供の後ろで横たわっている大人達の方を見遣る。


「素直に寝ている振りでもしてれば良かったでしょうにねー。……()()()()()()()()()()


にた、と嗤いながら指摘をすると、背後の男の身体が強張る気配がした。


「逃げようったって、無駄ですよ」


威圧感のある声じゃない筈なのに、身体が勝手に震えだす。


「それとも、『まだ勝機がある』とでもお考えで?」


全身の血の気が引き、なんだか寒くなる。


「お幸せそうで、何よりですよ」


優しい、()()()()()()()()()()()に全身を撫でられたような心地がした。


「アナタ方はもう『恐怖(ワタクシ)』からは、二度と逃れられないんです」


それと同時に、身体が勝手に脱力してゆく。


「……一度、『恐怖』に呑まれてしまったのですから」


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