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仮の面はどう足掻いても。  作者: 月乃宮 夜見
第一章 仮の面
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解析結果と責任感。


「解析結果、持ってきましたよー!」


 バァン! と診療所からロビーに続くドアが勢いよく開けられ、戌が書類を見せて叫んだ。


(やかま)しい!」

「ぐふぅっ?!」


瞬間に、先程からずっと黙って書類作業をしていた筈の亥の逆鱗に触れたようで、フリスビーのように投げられたカルテを鳩尾に喰らい、床に崩れた。


「……あまり、引っ張らないでくれませんか……。はぁ」


その後ろから、少し息を切らした午が顔を出す。疲れたような憂いを帯びた様子でも、キラキラしく爽やかであった。


「おー、午っち、戌っち。お疲れ様」


契約書をくるくる巻きながら、子は午と戌に声をかけた。


「お気遣い感謝致します……。おや、卯さんに申さん、帰っていらしたのですね」


子に頭を下げた後卯と申に気が付き、お帰りなさい、と柔らかく微笑む。卯は戸惑いつつ、小さく頭を下げる。


「報告役の戌が来るのは分かるが、なんで忙しい筈のお前までここに来たんだよ」


 寝転んだまま午に軽く手を上げて応え、申はそのままごろりと身体を午に向けて問う。行儀が悪い。


「いえ、分析結果の内容について、もう少し細かく補足説明をしようかと思っていただけで、特に他に深い意味はありませんよ」


行儀の悪い申を(いと)うことなく、午は朗らかに返答した。



×



「成分については3名程、人間の血液が混ざっていました」


 午は(うずくま)る戌からやんわりと報告書を取り上げ、報告書の概要を話す。


「あと、中身の成分に『意識に影響を及ぼす物質』が含まれていました。……これは、少量であれば人に高揚感を与え、()()()()()()にさせてくれる代物(しろもの)ですが……」


少し疑わしげに資料に目を向け、


「とある成分……例えば血漿(けっしょう)に溶けた魔力等が混ざると特殊な反応を起こし、成分が更に強力なものに変質してしまうものです」


そう答えた。


「結構な量を混ぜないと反応しないので、『意図的に混ぜた』と捉えて問題ないでしょうね」


「意外と市井ではこれの元であろう液体が流行っていますので、入手経路は判らないでしょうが」と午は溜息を吐く。


「これで言い逃れできないですよねー」


息を吹き返した戌が子に同意を求めると、「そだねん」と、軽く返答し、連絡用の端末を取り出した。子は何処かに連絡を入れるようだ。


「うん、まあ(おおむ)ね想定通りだったから自由にして良いよん」


連絡がついたらしい相手へ端的に話し、すぐさま連絡を切る。そして、再びどこかに連絡をかけ始める。


「ちょーっと、失礼しますよ」


忙しそうだな、とぼんやり子の様子を見ていた卯の前に、戌がぬっと立ち、卯の小さく白い両手を同じく両の手で握った。軍手のような手袋を着けている戌の手は、卯の二回りほど大きく、少し筋肉質で硬い。


「なに?」


卯は戌の行動が理解できずに、首を傾げる。なんとなくで手をもにもにと揉んでみると、指の腹や掌に少し硬い盛り上がりがあることに気が付いた。……肉球だろうか。


「う¨っ、がわ¨い¨い¨……!」

「さっさとやってやれよ」


申は、顔を(しか)めて悶絶している戌に、不機嫌そうに舌打ちする。


「後で面倒な目に遭うの、お前だけじゃねーんだよ」

「そうですねー」


申の文句を雑にあしらい、戌は不思議そうな卯の顔を見て、にまっと笑う。


「大丈夫ですよ、()()()()ですからね」


その途端、ぼぅっと、赤黒い靄のようなものが卯から立ち(のぼ)る。


「なに、これ」


急に意識が遠のきかけ、卯は頭痛に(さいな)まれる。 


「『恐怖』の感情ですよ。……実に美味しそうです」


戌は舌なめずりをし、にたりと笑う。 


「戌に任せとけ。『恐怖の感情』を、お前から引きずり出してるだけだ」


申の声が遠くに聞こえた。眩む視界で目の前の戌は「いただきまーす」と大きく口を開け、赤黒い靄を吸い取っていく。



×



「いかがですか?」


 戌の大きな掌で頭を撫でられ、卯は意識を取り戻す。いつのまにか、眠っていたようだ。(『眠っていた』というよりは、『気絶していた』の方の意味が強いと思うが。)


 意識を取り戻た卯は急いで時計を見る。「そんなに時間は経ってねーぞ」という、面倒そうな申の指摘通り、あまり時間は進んでいなかった。子は何処かに連絡入れていたし、午はまだ居る。午は何やら申と話している様子だった。


「もう、震えないでしょう?」


 にまっと笑うその顔を見て、卯はずっと自分が恐怖で震えていたことに気が付いた。


「……ありがとう」


「いえいえ。此方こそ、たんまりと美味しい『恐怖』ありがとうございます!」


卯がお礼を言うと、戌も元気に感謝の意を返した。


「おい犬っころ、仕事はどうした。もう怪物出来上がってんだろ」


 と、申は戌に声をかけ、


「おっと、そうでした。それではワタクシ、酉殿から頼まれていた()()()しに行ってきます!」


それを受け、戌はビシッと子(と亥)に敬礼をし、診療所の出口に向かおうとする。


「……お仕事?」


「何をするの?」と卯が問い掛けると、戌は立ち止まって赤黒い大きな鍵を見せ、


()()ですよ」


と、にまっと笑った。


×



「因みに、お二人の容態はいかがですか」


 子が連絡を切ったタイミングを見計らい、午は声をかける。『お二人』というのは恐らく、丑と寅のことだろう。


「早めの治療のお陰でもあるけど、持ち前の回復力でほぼ治ってるよん。今は、もしもの事を考えて療養中」


「それなら安心しました」


卯もそれを聞き、少し安心した。話によると、半月くらい休養すれば怪我は完治していなくとも、問題なく動けるようになるらしい。


「……処で、酉さんは?」


見かけませんね、と午が首を傾げて周囲に問う。今更かよ、と申は溜息を吐いた。


「妖精のところだよん」


午から受け取った報告書を、子はぱらぱらとめくりつつ答える。と、


「あ、そういえばですけど、妖精に捕まったらしいですよ」

「「「えっ」」」


端末を弄っていたらしい戌は実にあっさりと、報告した。卯は思わず戌の方を見る。ほかの幹部も驚いたように戌を見た。


「仕事の前に酉殿に確認しようと思ったら、今し方連絡がきまして」


ほらほら、と戌はメッセージを周囲に見せる。『妖精に捕縛されたので、後の方よろしく』と、意外にも内容が軽かった。


「はァ? 大丈夫かよ」


「心配なら見に行けば?」


顔を(しか)める申に、存外落ち着いている子は言葉を投げる。


「んー……そうだな。魔力も体力も回復したし」


よっこらせ、と申は起き上がってベッドから降り、「特に持っていくものはねーよな?」と周囲を見回した。


「……もしもの事を考えて、回復薬を持っていきな」


「そこの棚の中にあるから」と、亥は棚を申に示す。


「あいよ。……ま、確かに必要だろうな。あの集中攻撃じゃあ魔力はたっぷり削れているだろうし」


「……私も、行くわ」


出ていこうとする申達を見、卯は声を絞り出した。


「……ふーん? どうしてさ」


さっき、随分と怖い思いをしたんでしょ? と子は首を傾げ、言葉の意味を促す。先程の妖精や魔法少女達のことを思い出すと、まだ震えそうになる。しかし、


「私の所為で捕まってしまったのなら、……責任を取らないといけないもの」


卯は意を決して真っ直ぐに子を見つめた。自分があの時、妖精達から上手く逃げ出せていれば酉は向こうに捕まる事はなかっただろう。


「うーん。……まあ行ってくれるんなら、それに越したことはないけどねん」


少し強張った顔の卯を見た後、子は申の方に視線を遣る。


「『本人の意思を尊重して』だとよ」


俺知らね、と言いた気に子から目を逸らした。


「なら、良いよん」


「……じゃ、迎えに行くか」


意外にもあっさりと子から許可が降りたのを確認して、申は卯に言う。


「……そう、ね」


卯は緊張した面持ちで頷いた。



因みに「「「えっ」」」


で声を上げたのは卯、午、申。


亥は少し書類から顔を上げただけで、子は無反応。

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