帰還。
みんな仮面つけてますけど(子はパイロットゴーグル)、表情の表現入ってます。
卯ちゃんは此方(読者)に近い視点なので、遠慮無く表情の表現を入れてます(他は控えめ)。
大抵みんな(亥と未、戌以外)通常時は
額→目元→鼻筋
辺りを隠す仮面なので、まあ表情はなんとなくわかると思います(言い訳)。
戌は右目以外全部出てるんで。
着地した地点は、医療区域の一階。つまりは亥の診療所だった。
「んっ、」
卯は、ぽふん、とベッドの上に座るように着地し、
「痛っ!?」
申はリノリウムの床に顔面から激突した。ゴッ、と硬い音がした(『ゴッ』というよりは『ゴッシャァ』の方が近い音だった)。
「……クソ鳥、随分と扱いが違ェじゃねェか」
顔を押さえた申は、呪詛を吐きつつ立ち上がる。
「……本当に、今回は客が多いね」
書類仕事をしていたらしい亥は、呆れたように息を吐いた。
×
「……頼み事って何だったのかしら」
結局用事が聞けなかった、と卯は首を傾げた。亥は再び書類仕事に戻ったようで、紙を捲る乾いた音と、書き込む音が静かに響く。
「……多分嘘だと思うぜ」
「…………え?」
申の言葉に、卯は目を見開く。
「妖精を煽る為だけに、或いは標的を自分に向ける為だけに吐いた嘘」
それは本当なのだろうか、と言いた気な卯に申は続ける。
「すぐに用件を言わなかったんなら、確実だな」
「……ふーん?」
何故どうしてそんな面倒なことを、と卯は思いつつ、そういえば酉は大丈夫なのだろうか、と急に不安になった。先程まで、リミッターの外れた魔法少女達に囲まれていた筈なのに。卯が考え込むのを他所に、申は
「ま、帰ってくれば嘘かどうかはどうせ判るだろ」
そう雑に答えた。同じ最上位幹部なのに仲間のことは心配しないのだろうか。それを、何だか薄情じゃないかと卯が少し眉を顰めると
「そりゃあ、俺達は人間や妖精、精霊と違って『バケモノ』だからな」
自分の穢れ以外の感情なんてそう湧かねーよ、と空いているベッドに勝手に横たわった。申を構成している穢れの感情とは何だろうか、と卯は思考を巡らせる。確か、魔力の色は深い藍色をしていたような。
「おー、卯っち、申っち、おかえり。随分と遅かったねん」
奥から子が出てきた。そういえば、妖精の国に連れていかれる前に、子とよく一緒にいる丑と寅が大変な状態だと聞いたがどうなったのだろうか。子は少し疲れたような顔をしている。
「あれ、酉っちは?」
子は首を傾げる。
「色々あったんだよ」
げっそりした顔で申は答える。調査先がもぬけの殻過ぎてほぼ何も見つからなかったことや魔法少女に襲撃されたことを子に伝えると、
「んー……。因みにキミ達、書類持ってる?」
子は少し拗ねたように口を尖らせた後、卯と申に聞く。どうやら、その拗ねたような表情は、何かを考えていただけだったらしい。
「妖精の奴なら、卯が持ってるぜ。俺は、追跡用の怪物生成だけを頼まれた」
「後は子、お前の指示を聞けってよ」と、申はベッドに寝ころんだまま、廃墟で(酉が)見つけた『不安』と『焦燥』の穢れの入っていた瓶と、荷物回収の際に酉から渡された紙を見せる。
「ふーん。じゃ、卯っち。書類見せて」
ちらと一瞬だけ申の方を見、子は卯に手を差し出す。卯は『ねこ』を胸元から取り出し、『ねこ』のすべやかでまろいお尻をぽんぽん、と軽く叩いた。
『ふみ¨っ』
『ねこ』が(踏ん張るようにとか書いてはいけない気がした。)呻いた途端に空中に巻かれた書類が、ぽん、と軽い音と共に現れ、卯は『ねこ』を叩いた方の手でそれを受け止め、子に渡す。
「……契約は結んだっぽいねん」
受け取った契約書を広げて目を通した後、子は顔を顰めて呟いた。
「……げ、何だこれ」
子の様子が気になったらしく、ベッドから降りて子の後ろから書類を除き込んだ申は、同じく顔を顰める。卯もベッドから降りて子の傍まで寄り、契約書を覗き込む。と、
「……見たことない文字が、追加されてる……?」
契約書には、卯が受け取った時には書かれていなかった新しい文字が書き込まれていた。
「これは妖精の使う文字だ」
顔を顰めたまま、申は文字について解説する。書き込まれた文字は契約書に使われているものと同じような、緑味を帯びた煌めく黒いインクが使われていた。
「…………制約の殆どに『こういう条件なら認める』って書き込んでやがる」
妖精の討伐云々についての叙述にだけ何も書き込まれてないとか性格悪いぜ、と申は忌々しそうに吐き捨てる。
「卯っち、キミが妖精の国で遭遇したこと、ちょっと教えてもらってもいいかなん?」
いつも羽織っている大きめの白衣のポケットからメモ帳を取り出し、子は卯に問う。
「ええと、……」
卯は妖精の国が思った以上に小さな国だった事、渡された身分証明証の事、『運命の大樹』周辺の事、自身の乗り込んだキラキラで動くらしい魔導機の事を話した。
「……城に着いた途端に、仕舞ってた筈の紙が盗られたわね。……追い掛けようにも足が動かなかったのだけれど」
「……ふーん。で?」
メモ帳から顔を上げないまま、子は続きを促す。子は口を尖らせ、卯の話をメモしている(集中するとそういう顔になるようだ)。申は眉間にしわを寄せたまま、先程寝転んでいたベッドに横になっていた。
「私が案内された時には、書類に何か書き込んで、『分かりました』って声が」
「先にやられたのか」
クソ、と申が心底苛立ったように呟く。
「……それに、『可哀想な彼らのことをよろしく頼みます』だァ? 可哀想な妖精を作ったの妖精の国じゃねェか」
忌々し気に呻く申を、卯は不思議そうに見る。申は本当に妖精の事を嫌っているようだ。
「この書類はねん、『特定の言葉で成約される契約書』なんだよん」
子は契約書をひらひらさせて、卯に言う。
「薄茶色の紙に、緑味を帯びた黒いインク。それが、『特定の言葉で成約される契約書』。どんな言葉が必要かは、きちんと書いてあるから不意打ちみたいなことは出来ないんだけどねん」
他にも、色々な役割を持つ紙とインクの組み合わせがあるから、ちゃんと覚えてもらわなきゃだねん、と子は呟いた。
「……ごめんなさい、あまり……役に立てなかったみたい、で」
卯は頼まれた事すらまともに出来なかった、と蒼白になったが、
「別に、これは仕方の無かった事だよん。キミは最上位幹部なりたてで、妖精達の性格が悪かっただけ」
出来なかった契約は、出来るまで結びに行けば良いだけだしねん、と言う子は全く気にしていないようだった。
「……今の妖精の王は、馬鹿じゃねーんだな」
申は溜息と共に、吐き出すように言った。