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仮の面はどう足掻いても。  作者: 月乃宮 夜見
第一章 仮の面
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女子トーク(?)。


『ひどいにゃ。ねこを溺れさせる気ねこ?』


 ぷーすか、と、頬を膨らませ文句を垂れる『ねこ』は湯船の底に居た。小さな口から、小さな(あぶく)が溢れて水面へ上ってゆく。白く丸いその姿が、黒っぽい色をした湯船の底との対比の所為か、小さくつぶらな瞳まではっきりと見えた。


「何? 今の状況でよくもまあそんな事が言えるわね。空気のある所に出てから言いなさいよ」


つん、と冷たく言い放ちながら、卯は『ねこ』の居る湯船の中に足を入れる。


『にゃ』


返事をしつつ『ねこ』は短い足で湯船の底を蹴り、卯の側まで寄る。


 ゆっくりと卯は湯船に身体を沈め、肩まで浸かって息を吐いた。あまり熱すぎないこの温度が丁度良い。



×



 丸っこく小さな『ねこ』は茹でた団子のように、水面にぷかぷかと浮いていた。しかし、しばらく経つとぷくぷくと空気を吐き出しながら湯船の底に沈んでゆく。湯船の底にしばらくいた後、再び水面に浮上してきた。


「……それ楽しいの」


再び沈もうとした『ねこ』に卯は問う。


『たのしい』


湯船の底で『ねこ』は上機嫌そうだ。


「……あっそ。私はもう上がるわよ」


『ねこもあがる』


水面に浮上してきた『ねこ』を両の手で掬い取り、浴場を後にした。



×



 脱衣所で、巳に出会った。彼女は今から入るようで、タオルと液体石鹸を入れた籠を抱えている。艶やかな黒の髪と薄花色の瞳は清流のような冷たい温度を感じさせるが、いつ見ても綺麗だな、と卯は思った。しかし、疲れているのか、なんだか少し顔色が悪いように思える。


「……隠さないのか」


 巳の様子をなんとなく観察していると、少し呆けた様子で巳は言った。どうやら、堂々と背筋を伸ばして立つ、何一つ身に付けていない卯のその様子に、巳は戸惑っているらしい。

 巳の指摘通り、卯は手にタオルは持っているものの、どこも隠さず、非常に堂々とした出立ちだった。

 卯は「何故隠さなければならないの?」とばかりにゆったりと(不思議そうに)首を傾げ、巳に答える。


「隠す意味が分からないわ」


と。


 卯は『最上位幹部たる自分』の為に、今まで以上に骨身を惜しまず美しく居続ける努力をする様になった。栄養バランスの整った食事に、適度な運動や睡眠。肌の調子も良くなるように、毎日全身を満遍なく手入れをしている。……『ねこ』が。


「……そう、か?」


 微妙な顔をした巳だったが、「……まあ、羞恥に関しては人それぞれか」と、何やら自分で(無理矢理)納得させていた。



×



 衣服を纏い髪も綺麗に乾かした卯は食事処へ行き、決められた夕飯を摂る。組織内に居る間は、最上位幹部達は朝食と夕食が決められており、その内容は各最上位幹部の健康管理の書類に記録されている。

 昼食や間食については、何時(いつ)、何処で、何を(誰と)食べたのかを大まかに記しておけば、何でも好きに食べて良いことになっている。その理由は、仕事の都合で昼食の時間が合わない事が良くあるから、らしい。


 ピーク時から少しずらしておいたおかげか、食事処の内部は卯が予想していたよりも利用者が少ない様子だった。構成員達の楽しそうに談笑する声が聞こえる。仕事の機密事項さえ話さなければ、卯にとってはどうでも良い。


 運ばれた食事を口に運ぶ。そういえば、「食料がなんとなく少ない」ないと言っていたような気がするけれど、その話はどうなったのだろうか。



×



 食事を終え、他にすることもないので卯は住居領へ足を運ぶ。


 住居領は未申の方向に、牙と目の装飾が印象的な紋様のゲートの先にある。確か、それは『饕餮紋(とうてつもん)』と呼ばれる紋様の筈だ。そのゲートは『仮の面』構成員でなければ住居領に入れないように、又は無理に入ろうとした()()を強制的に別の特定の場所に送る役割を持っている。

 自動的に行われる厳重なチェックは主に、仮面に刻まれた識別番号と対象の魔力をデータバンクから照合する事で行われている。


 住居領は沢山のドアが並んだ建物で、『仮の面』所属の構成員達ほぼ全員の部屋がそこにある。大量に並んだドアのその奥に、構成員個人用の部屋がある。しかし、ドアの奥に部屋が直接あるわけではないらしい。

 何故なら、『ドアのある位置』と、『部屋から見える景色の位置』がずれているのだ。ドアと部屋の位置は何の関係もなく、ドアの位置が5階の右から2番目に有ったとしても部屋の位置は7階の左端、なんてこともある。ドアの位置と部屋の位置は申請をすれば(ある程度は)自由に出来るらしい。


 住居領のドアは女子のみの区域、男子のみの区域、どちらも混ざっている区域があり、部屋も同様に分けられている。性別が混ざっている方は少し安い。因みに、住居領に住むための料金は毎月給料から光熱費等と共に引かれている。

 また、最上位幹部も住居領に自室を持っており、ドアの場所は住居領の最上階である。


 卯の部屋のドアがあるのは女子専用の領だ。幾ら最上位幹部であっても、勝手に異性の領に入ることは許されない。一応。


 卯は住居領の自分の部屋に繋がるドアの前に立ち、ドアノブに触れてロックを解除し自室に入った。


 部屋に入るなりベッドに飛び込もうとする『ねこ』を魔法で引き上げ洗面所へ送り込み、(あらかじ)め用意していた清潔な桶の中に突っ込む。


 まずは自身の手洗いうがいを済ませてから桶にぬるま湯を張り、ゆっくり丁寧に『ねこ』を洗う。洗い終えると『ねこ』は用意してあったふかふかのタオルで自身を包み込み、ぽふっと膨らんで熱い空気を放出した。


『しっかり乾いたねこ』


「はいはい。 好きになさい」


『ふにー』


手を乾かしつつてきとうに『ねこ』に返事すると、『ねこ』は嬉しそうな様子で早速ベッドへ潜り込んでいった。


『しっかり寝るのにゃ』


「分かってるわよ」


 毛布の中から聞こえるその声を放って置いて、卯は先程まで着ていた組織の制服を脱ぎ、外に出掛ける用事も無いので就寝用の格好に着替える。明日の予定を確認すれば、後は眠るだけだ。


 ベッドに腰掛け、暴れる『ねこ』を引っ張り出して明日の予定を確認すると『調査結果報告の日程について』という題名の未開封のメッセージが届いていた。

 メッセージを開封すると『明日、巳の刻より最上位幹部用の会議室に招集』という内容と共に、会議室に入る為の入り口の座標が記されていた。



『ねこ』の口癖は ねこ と にゃ 。

気分で切り替えている。


すっぽんぽんでも何処も隠さない卯ちゃん……

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