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仮の面はどう足掻いても。  作者: 月乃宮 夜見
第一章 仮の面
20/86

ねこ。


『ねこ』について2。

挿絵(By みてみん)


『とりはいいやつねこ。』


「買収されるなんて思いもしなかったわ」


 『ねこ』の反応に卯は溜息を吐いた。口の中に広がる味は苺味の飴だ。『うまにゃ』、と鳴く『ねこ』にデコピンを一発喰らわせたが効果は今一つのようだ……。


 情報棟には酉の他に、酉が連れてきたらしい部下の構成員達が数名、資料を借りに来ていた。借りる資料を持ち寄る構成員達へ、貸出の手続きを淡々と済ませていく。


「貸出期間は1週間。延長したければ、3日前に延長の手続きをしなさい」


 資料の手続きをしながら卯は構成員達にそう告げる。「かしこまりました」と構成員は爽やかに返答し、沢山の資料を抱えて足早に去っていった。


「しっかり板に付いてきてるねぇ」


 卯の仕事ぶりを見て、酉は感心したように言う。酉の借りたがっている資料の重要図書の貸出には時間がかかる為、後回しにしていた。他に貸出の利用者が居ないのを見計らって酉がカウンターに資料を置く。


「重要図書の貸出は、最長で1週間。延長は出来ないわ」


資料の特殊コードを読み取り、システムに情報を追加する。


「分かってるよ。じゃあ、また返す時にね」


 手続きが終わった資料達を抱えて酉は情報棟を後にする。


 ようやく情報棟は静かになった。元からそんなにうるさくなかったけれど。



×



 情報棟はとても静かだ。子によると、消音と吸音の魔法が情報棟の区域全体に掛けられているらしい。子の研究所は機械から発せられる音で動作の異常を確認する等の理由で消音や吸音はせず、しかし音を小さくする魔法が掛けられている。その為何かしらの機械の稼働音が聞こえており結構賑やかだ。あとは、作業する人達の声も、時折聞こえる。

 午の居る食事処では消音や吸音よりは消毒や毒の浄化等の魔法を重要視しているらしく、他の区画よりも調理の音や食事をする人達の音等が良くが聞こえる。楽しそうに談笑する声も。……ふと、酉の研究所にはまだ行った事がない事に卯は気がついた。


「……(資料の返却を催促する時にでも行ってみようかしら)」


 分類『物語』の箇所にあった、『輝夜の姫』伝説の本を開いて読む。『ねこ』は飴を舐め終えたらしく、少ししょんぼりしていた。



×



 就業時間を知らせるチャイムが鳴ると、急に組織全体が騒がしくなる。消音や吸音の魔法が掛けられている情報棟だって例外ではない。資料の仕分けや本の修復などの作業をしていた構成員達が作業部屋から出てくるので、移動の音や仕事からの解放感で喋る声でざわざわと騒がしくなる。

 帰宅する部下達を見ながら、情報棟にはこんなに構成員達が居たのかと卯は内心で驚いた。


 情報棟では部下達に今日あった出来事の報告を日誌に各自で書いてもらい、それを専用の提出場所に提出させる。それが出来次第、部下達は各自で勝手に解散する。そのように、前の卯の時からなっていた。

 年や月単位の大まかな予定はメッセージや張り紙等で掲示し、明日の大まかな予定はメッセージで伝えるのでわざわざ集会は開かなくても問題無いようにしてある。前の卯も、卯と同じように仲間を集らせて()()()()()()()を掛ける行為があまり好きではなかったのかもしれない。


 部下達がすっかり居なくなった後は深夜用の図書システムに切り替えて、戸締りの確認をするだけだ。

 全体の戸締りを終えたら、卯は帰る前に部下達の持ってきた日誌達を読み、確認できるものは実際に目で確認してから返答や評価をする。ついでに明日の細かい予定も練っておく。



×



「……これで良いわね」


 各々の部下へ詳細な予定を送り、日誌をいつもの返却場所に置いておく。日誌は持ち主の新鮮な魔力と文字でないと開かない仕様になっているので、個人情報の機密性はかなり高い筈だ。


 誰もいなくなった情報棟の明かりを非常灯に変え、中に動く()()達が居ない事を何度も確認して完全に情報棟を閉めた。



×



 食事を摂る前に、卯は入浴を済ませる事にした。 『仮の面』には大浴場がある。卯自身に充てがわれた部屋にもそこそこに広い、トイレと分かれたお風呂場がある。因みにシャワーはただのお湯や水が出るが、下の蛇口からは温泉が出る。

 大浴場は男湯と女湯で別れているけれど効能に差はない。そして、一般の構成員用と最上位幹部用にも分かれてある。衣類を身に付けていない、大変に無防備な瞬間など狙われてしまっては堪らないからだろうか。 


 大浴場の方向は辰巳の方向で、情報棟と食事処の間にある。卯の情報棟の本当に直ぐ隣だ。その周辺にはエステのようなものやジムのようなものもあり、休日にはジムの周辺で丑や寅を見かける事が多い。

 因みに寅は時折、その施設を使い訓練や道場のようなものを行なっているらしい。強くなりたい戦闘員や、丑や寅に憧れている構成員達に人気なのだとか。



×



 自分以外の最上位幹部が誰も居ない女子用の浴場は広く、誰も居なくてなんとなく寂しいような、貸切り状態の特別感にワクワクするような、不思議な気持ちになる。ふわふわするような気持ちを抑えて、卯はまず身体を洗う為にシャワー等がある場所に向かった。


 卯は自身で持ち寄った液体石鹸や化粧水等を取り出し、スポンジで液体石鹸を泡立てる。すると、『ねこ』が『早くねこを洗え』とばかりに背中を差し出した。


「……自分で洗えないくせに生意気ね」


 溜息を零しつつ、スポンジで泡だてた泡を『ねこ』に塗りたくる。そして『ねこ』を泡塗れにして揉む。手足の付け根や尻尾の周辺をむにむに洗い揉むと、『ふにー』と鳴きながら『ねこ』は気持ち良さそうにに目を細める。


「ほら、私の方も洗いなさい」


卯のその声と共に『ねこ』はスポンジのような姿に変わると、卯の身体をあっという間に洗っていく。その間に卯は自身の髪を洗っていた。



×



「もう良いわ」


十分に洗えたと思った卯は『ねこ』を掴む。と、すべすべの『ねこ』の触感と泡の滑りで『ねこ』が手からにゅぽん、と上方に高く滑り出てしまった。


「む」


そう呟くが、卯は人差し指を立て『ねこ』に狙いを定める。


「『ショット』」


『ねこ』に向けた人差し指をくっと上に跳ね上げ、高速で打ち出された水の玉を『ねこ』にぶつける。


『に¨っ』


「ふん。この程度、造作もないわ」


全身の泡を落とされた『ねこ』はそのまま湯船の中へ落ちた。


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