何に使うの。
「すみません、子様は何やらお忙しいために、『誰も入れるな』とおっしゃっています」
子の研究所に着くなり、部下らしき構成員に申し訳なさそうに告げられた。丑と寅は怪我を癒すために、自室で養生中だとか。
×
「……はぁ。あっさりと情報棟まで戻ったわね」
そのまま自分の持ち場まで着いたので、卯はそのまま仕事を始める事にした。前職の卯が普段は何をしていたのかなど知らないが、卯はカウンターに座り、本の貸し出しと返却の手続きをすることにしている。
因みにこの情報棟は、今、卯が居る場所のように本や資料が大量に置いてある図書館と、『情報棟』のその名にふさわしいような、組織内ネットワークや情報処理、セキュリティ等を管理するサーバ室の二つの場所がある。実際のところ、各区域にサーバはあるので情報棟で主に使われているものは基本的には図書館の管理システムくらいだ。(一応、情報棟のサーバが各区域のサーバの管理も行っている。)
今まで卯自身がしていた本や情報の整理、修繕、取集等は部下の星官達に任せた。ふと、今自身の部下になっている星官が元は(恐らく)自身の同僚であるを思い出す。……権力を使えば、別の人材に変えられるのだろうか。まあ、それは兎も角。
「……」
『幹部らしい威厳』とは何だろう。どうすれば魔法少女や妖精共から話しかけられないで済むだろうか。憂鬱に溜息を吐きながら、卯はてきとうに取った図書館内の本を読み始める。今は昼休みの時間は終わり、利用者はほとんど居ない状態だ。勝手に本を抜き出して読んでも、そう大きな問題にはならない筈だ。
「……何、これ」
本を取ろうとしたその手を止め、卯は本の表紙を見る。白い地面と黒い空に浮かぶ青い星が印象的な絵の描かれた、ハードカバーの古い本だ。白い地面はまっさらで何もない。
「……(どうせなら、出来る限りの権力を使って色々調べてみようかしら)」
数ページ読み進めた後、卯は本を閉じる。ぱたん、と閉じた拍子に古い紙と砂のようなにおいがした。そのにおいに卯は小さく咳込み、少し顔を顰める。あまり、砂のにおいは好きではないのだ。なんだか無機質で、その癖存在感があって喉を刺すような刺激が、気分を憂鬱にさせてくる。
気を紛らわそうと、つるんと丸い『ねこ』を探す。いつもは手元で眠っていたり、膝に乗っている筈なのに。視線を動かすと、ようやく『ねこ』の姿を見つけた。
「……そこで何してるのよ」
『ねこのおてつだいねこ』
いつも手元にいるはずの『ねこ』はツンと澄ました顔で情報棟入り口のカウンターに鎮座していた。
×
「……やっぱり、権力って良いわね」
卯はカウンターのすぐ側にある、重要図書や資料が置いてあるスペースで資料を読んでいた。この場所は卯や限られた星官、最上位幹部でなければ入れない場所だ。棚にはびっしりと資料が収納されているが、棚同士の間はかなり余裕がある。体格が良いもの達に合わせているのかもしれない。因みに、この場所の奥は本の保管庫につながっている。
最上位幹部のみの閲覧が許可されている資料を手に取る。中身は『仮の面』以外の、他の敵組織の内部情報等の資料だった。何処の組織にどんな奴が居て、性格はこう、戦闘スタイルはこう、『仮の面』にとって脅威となり得るか、その理由は、等、プライバシーに疑問を持つようなかなり細かい情報が記載されている。……そして。
「……」
ぺら、と『女性幹部』のページを開ける。やはり、大抵の女性幹部は大人の姿をしていた。それもそうだろう。魔法少女になれそうなぐらいの年齢の少女ならば、まず妖精に引き抜かれるだろうし(そう思った瞬間、舌打ちをしそうになった)。あと精神的にも、そこまで組織に忠誠は誓わないのかもしれない。
女性幹部だけではなく、男性幹部、下級の戦闘員等、様々な組織の資料を見る。敵組織の建物の形状や組織構成だとか、かなり内部に入り込めないと知り得ないような情報が事細かに記載されている。こんなに細かい資料なんて、どうやって取ってくるのだろうか。
意外と興味深い資料の内容に、思わずのめり込んでしまう。と、
「ねぇねぇ。君が持ってるその資料みたいなやつ、他にも色々あると思うんだけどさ、それ、貸してくれないかな?」
「ひゃっ?!」
思いの外近い所からの声に、思わず跳ねてしまった。誰も入って来ないだろうと思い、無意識に油断していたようだ。酉は真後ろに、卯の肩口から卯の手元の資料を覗き込める程の至近距離に立っていた。振り向きざまに思わず蹴りが出てしまったが、酉はそれを少し下がるだけで難なく躱す。
「そこまで驚かれるとは思いもしなかったよ」
資料を防具のように抱きしめて立つ卯のその姿に、酉はくすくすと笑いだす。卯は笑う酉を睨み付け
「……許可が無いと入れない筈なのだけど」
そう訊く。すると、酉は胡散臭く笑い、
「あの子に許可して貰ったよ?」
と、カウンターの方を示し、ね、と言いたげに少し首を傾げる。長身の胡散臭い男やっても、ただただ怖いだけだ。酉の示した『ねこ』の方を見遣ると、ほっぺたを膨らませて何かを味わっているのが見えた。……食い物で買収されたようだ。
「あんまり熱心に読んでるものだから、声をかけるのを少し憚っちゃったけど、オレ今あんまり時間ないから声を掛けさせて貰ったよ」
ごめんね、と(本心からそう思っているのかわからない)胡散臭い笑みを浮かべる酉から距離を取ろうとして一歩後ろに下がると、資料室の壁に背がぶつかった。
「そんなに怯えなくていいのに」
酉は大袈裟に溜息を吐くが、卯の耳には「もっと虐めたくなるじゃないか」とかいうとんでもない発言がはっきりと聞こえた。やはり録でもない奴のようだ。
「勝手に取るけど、手続きはちゃんとするから」
そう言い酉は、卯の身長では台に乗らなければ届かないような箇所の資料を容易にいくつか抜き出す。嫌味だろうか(被害妄想)。
「あと、」
酉は卯の方を向くと、近づいて来た。吐息がかかりそうなくらい近づいて――
「――これ。借りて良いかな?」
卯の頭のすぐ近くにあった資料を抜きだし、卯に見せる。
「……良いけど、それ何に使うの」
資料の題名は『ドキドキ♡女の子の攻略本』だった。
何に使うんだい酉くん
と、言いたげな題名の資料だけれど、中身は魔法少女の情報が載っている資料です。
その資料をネーミングした人はきっとあの人。