異変。
「……おかしいですね?」
酉と別れた後、栄養を補給する為に食事処まで行くと、調理場へ入るの扉の前で午が複数名の下級構成員達と何か話し合っているようだった。深刻そうな顔で軽く腕を組んでいた午は頬に手を添え不思議そうに首を傾げる。その拍子に、彼の緩くうねる金髪がさらりと揺れた。
憂いを帯びたその王子様のような顔に、こっそりと周囲の下級構成員達から溜息を吐かれているが、午に気付いた様子は無い。
「どうした?」
それを見た申は卯から離れ午の側に寄ると、午と下級構成員達はその姿に気づき申の方を見た。下級構成員達は急にその存在に気が付いたかのように慌てて礼の姿勢をとり、頭を下げる。しかし、下級構成員達は同時に視界に入る筈の卯の方を向かなかった。因みに卯はこの次の予定を申に聞こうとしていたのに、それを聞きそびれてしまった事で内心、憂鬱になっていた。
「妖精の国から送られる食料が、想定していた量よりなんとなく少ないんです」
「書類とかに不備は?」
周囲の下級構成員達を素通りし、申は午に近づきながら興味深げに尋ねる。すると、周囲の下級構成員達はすっと静かに動いて、午と申の二名が会話をしやすいように距離を空けた。
「生憎、無いんですよね……」
申の問いに午は非常に残念そうに答える。そして、辛そうなその表情に周囲はほぅ、と静かに溜息を吐いた。
卯は、午の顔は仮面で隠されているにしても、見えている部分だけでも確かに『仮の面』の中で飛び抜けて綺麗な顔立ちをしているな、とぼんやり午の顔を見ながら思っていた。だが、別段、卯の好みの顔という訳ではなかったので、だだ綺麗な景色を見ているような気分だった。
「最上位幹部達には問題は無いのですが……」
「下位の戦闘員達には、栄養バランスの整った食事が必要なのですよね」と、午は困った様子で項垂れる。その言葉を聞き周囲達は、「気遣ってもらえてるなんて!」と感激しているようで、手を胸の前で組み幸せそうな様子だ。手持無沙汰になってしまった卯は周囲の下級構成員達は何故午の周囲にいるのだろうか、と考えてみる。恐らく、彼らは午の部下で午と共に、急遽起こってしまった食糧不足の報告や連絡、相談をしていたのだろう。
「あーそうだな。寅とかもうるさくなりそうだもんなー」
と、申は脱力したように肩を下げ、面倒そうだと言わんばかりの顔をする。その様子に苦笑しながら
「向こうで、何かあったのでしょうか」
午は思案するように視線を動かす。その先で丁度、卯と目が合った。卯の姿を認めた午は目を細めて微笑する。と、周囲の下級戦闘員達も午の視線の先の卯に気付いたようで慌てて礼の姿勢をとり、頭を下げる。何故急に態度が変わったのか分からずとも、卯はとりあえず堂々とした態度で立っておくことにした。
「……どうだろうなぁ」
少し考え申は言う。何か、心当たりがあるのかもしれない。なんとなく午と申の話は長引きそうな雰囲気をしているので、卯は見事に次の予定を聞くタイミングを逃してしまったようだ。卯は憂鬱そうに(それでも周囲には聞こえないように)小さく、深い溜息を吐いた。こんなことならさっさと聞いておけばよかっただろうか。
「とりあえず、しばらくはあれで持つとは思いますが……この『なんとなく少ない状態』がどのくらい続くかも分かりませんし、なるべく早いうちに手を打っておきたいのですが……」
「そうだな。あと一応、子にも連絡はしておくか? 技術研究所の備品や材料は取引してない筈だから打撃は受けてねーとは思うが」
「既にしていますのでお気遣いなく。子さんのところは貴方の予想通り、今のところは影響は無いみたいですよ」
「そーかよ。……じゃ、酉にも連絡済みか?」
「いいえ、連絡はまだです。……彼に依頼するほど大事ではないかと思っていましたが……」
「はァ!? 何言ってんだ、兵糧不足は深刻な大問題だろうが。まだなら俺が連絡しといてやるよ。お前まだやる事あるんだろ」
「……そうですね。兵糧……食料は確かに大事なものですし、是非そうして頂きたいです」
午がその提案に同意したのを確認し、申は黒い外套の中から薄い端末を出す。そして、連絡するための操作を行おうとして、
「なあ卯、今日はもう何もする事はねーから自由にしても良いんだぜ」
ようやく、そこで立ち尽くしている卯に気が付いたらしく声を掛ける。それをもう少し早めに言って欲しかった。
×
自由になった卯は、とりあえず食事処内部に入り『草』を食べることにした。フレッシュな食感と、フルーティな風味が気に入ったのだ。
一口齧ればしゃく、と小気味の良い音がする。口いっぱいに広がる風味は、いくつか種類があるらしく、それぞれによって形状や味が違う。今回の『草』は細長く丸みを帯びた動物の耳のような形状で、蜜柑と桃を合わせたような風味のするものだった。
「……おいしい」
溢れる果汁(葉の汁)に舌鼓を打っていると
「だよねー」
いつのまにか側に座っていた未が、ゆったりと同意をした。彼女の前にある皿の上には複数の『草』が乗っており(積まれており?)、その近くにもう一つ皿があり、それには虹色に輝く果物のようなものが盛り付けられていた。
未が頷くと、ふわふわの癖のある毛が彼女と同じように、ゆったり揺れる。
彼女はいつも眠そうな喋り方で、とても眠そうに行動をする。最近、壁に寄っ掛かりながら移動する姿を目撃した。理由は「すっごく、眠かったの~」だそうだ。角が思い切り壁に擦れてごりごりと音が鳴っていたが気にしていなかった。
時折共に行動する申曰く、
「未は本当に寝てるんだよ」
とのことだった。
それならば、未が起きるとどうなるのだろうか。それについて訊こうとすると申は言葉を濁し、目を逸らし、一切教えてくれなかった。
「でもね~、なんだかこの『草』、『しばらく手に入りそうにない』って、午くんがいってたんだぁー」
しょぼ、と可愛らしい羊のような耳が残念そうに下がる。
「う~ん、残念だなぁー。……どうしたら、また食べられるようになるのかなぁ?」
しゃむしゃむ、『草』を食みながら未は唸っていた。卯も同じように『草』を食む。しゃくしゃく。
しゃくしゃく、しゃむしゃむ。
2人の、『草』を食む音が響く。
×
「お前らいつまで『草』食ってんだよ」
信じられない物を見た、と言いたげな顔の申が来るまで、卯と未は一心不乱に『草』を貪っていたらしい。因みに未のところにあった虹色に輝く果物はすっかり跡形も無くなっていた。
「わぁ~、申くんだぁー」
食んでいる『草』をそのままに、未は申に飛びかかる。
「やめろ! 寄ってくんな、重い!」
申のその悲鳴は(仮に事実だとしても)少し失礼だと思う卯だった。
「あと手と口拭け! 汁付いたまま引っ付いて来るんじゃねェよ!」
実は卯と申が近づく前から存在には気づいていた午……
因みに、下級戦闘員達が卯や申の存在に気付かなかった事にはちゃんと理由があります。
× 食事について ×
卯と未は肉が食べられないので、大豆ミート食べてます。亥さんは十分に肉も食える。
丑は肉も食えるけど、植物を食う量が半端なく多い。肉:野菜が1.5:8.5くらい。 食う肉の量は一般人と同じくらいなので、食ってる野菜の量がやばい。
寅はある程度の野菜は食べられるが、食べ過ぎると多分お腹を壊す。こいつも食ってる総量がやばい。
他の方々の食生活はまあ普通だけど、強いて言うなら巳は清らかな水、辰は霞だけでも生きられなくもないらしい。
戌はガッツリ肉を食いたい派。骨も好きです。歯でバリバリ砕いてガリガリ喰います。髄も残さず。