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世界大番長、異世界へと転校せり!! ~『普通』を求める世界最強番長の普通ならざる異世界学園生活!〜


[序] おとこ




 桜吹雪舞う上り坂を、一人のおとこが歩いていた。


 身の丈は180cmほど。隆起する大胸筋は新品サラピンの学生服を押し上げて、第一まで締めたるボタンを内圧にて弾き飛ばさんとす。大樹の如くに太い首筋、それゆえ詰襟カラーは閉める事すらままならぬ。

 両のこぶしは歴戦の古傷くんしょうにて埋め尽くされ、ドラム缶の如き脚を踏み出す姿には、ただ一分いちぶんの隙も無し。

 右眼をかすめ頬へとはし面傷おもてきず

 髪は七三しちさん伊達眼鏡だてめがね


 おとこが赤信号で立ち止まる。その横を。

 一人の老婆が横断歩道でつまづき転んだ。その前に。


 地を響かせて迫り来たるは過積載の10tトラックである!

 車道用赤信号には目もくれず、交差点を前にブレーキを踏む気配、無し!

 老婆は路上に転げたヨモギ餅を拾い集め、トラックに気付く気配、無し!!


 その暴走トラックの前に、おとこがふらりと立ち塞がった。

 あわやトラック転生かと言うその刹那。コンマゼロ数秒の世界にて、下駄を履きたる右足を60km/hで迫るトラックのバンパーに添え、斜め後方に踏み抜いた!

 如何なる体術か。おとこがバンパーを踏みつけると、全長12mのトラックは運転席を下にしてコメツキムシが如く垂直に跳ね上がった!

 瞬間、小指を畳みたる両手八指をフロントガラスと運転席天井とについ(・・)と添え、空中の10tトラックを無音にて受け止めた。これぞ中国武術の奥義、消力シャオリーである!


「スマホ運転は危なねえぜ、運ちゃん」


 驚愕の表情で0Gを体感中の運転手に、おとこが笑いかけた。そして、ねぶた祭りの原寸大のハリボテでもあるかの様に、10tトラックをすい(・・)とアスファルトに倒立させる。

 フロントグリルがぎちりときしむ。そのトラックの天井をば、右手の指でくい(・・)と押す。逆さに直立したトラックが、ゆっくりと後方にかしいでゆく。


 未だ状況に気付く気配のない老婆のかたわらにしゃがみ、おとこは共にヨモギ餅を拾い始めた。


「お婆ちゃん、大丈夫かい?」

「あら、すいませんねえ学生さん。うっかり転んじゃって。年は取りたくないねぇ」

「何、子供叱るないつか来た道、年寄り笑うないつか行く道ってね。先輩方が笑って歩いてくれててねえと、わしら若いもんは年寄る甲斐がねえってもんじゃ。さて」


 ヨモギ餅の入った袋を手に持つと、老婆に向かって背中を向ける。


「さ、せめて向こうの歩道までおぶさってってくんな」

「あらまあ、悪いわぁ」

わしゃあ小さな時分に婆ちゃんと別れてのう。功徳を積むと思って、婆ちゃん孝行させてくれや」

「それじゃあ、お言葉に甘えて」


 老婆を背負って横断歩道を渡るおとこの後ろで、サスペンションを激しく鳴らし10tトラックの10輪タイヤがアスファルトへと接地した。


「ありゃまあ、何の音?」

「さてのう。ネズミが屁ぇでもしたんじゃろう」




 ・ ・ ・




「有り難うねえ学生さん。せめて名前を聞かせておくれ」

「なに、名乗る程のモンじゃねえ。それじゃあな、長生きしてくれよお婆ちゃん」


 手を振る老婆に別れを告げて、おとこは再び坂を往く。

 右手には礼に貰った餅一つ。宙に放って一口に喰らう。


「うむ! 美味い」


 おとこの名は、狩寧寺かるねいじ大三元だいさんげん


 弱冠十五歳にして大日本番長連合の第五十五代総番長、並びに第一回世界番長トーナメント『世界大番殺せかいだいばんさつ』の覇者でもある。日本の誇る、いやさ、世界に冠たる不良おとこの中の不良おとこである!


 そのおとこの眼前に今、一つの高校がある。

 『市立桜ケ丘高等学校』。

 偏差値51、在校生521名(当年度調べ)。運動部成績(かんば)しからず。されど文化部盛んなり。名門校キャリアに非ず。不良校ハキダメに非ず。普通社会の構成員となる事を夢見る一般人子女が通う、まさに一般人の一般人による一般人のための高校である。

 本日、狩寧寺かるねいじ大三元だいさんげんは、この高校へと転校する!




[壱] 母 茶華子さかこ




 話は一週間前にさかのぼる。


 累々たる宿敵ともたちの屍を乗り越え掴んだ、『世界大番殺せかいだいばんさつ』覇者の栄光。死んだと思っていた宿敵とも達に祝福され、十斗樽を担ぎ上げ祝杯を交わしていた、まさにその時。届いた電報に刻まれたるは、『ハハキトク』の無常なる五文字!


 病院に駆け付けた大三元だいさんげんを待っていたのは、チューブに繋がれ今にも事切れんとする母、茶華子さかこの姿だった。

 母は大三元だいさんげんに優しく微笑み、その頬に痩せて細った手を伸べた。


「大ちゃん……」

「母ちゃん! 死ぬな、母ちゃん!」

「空手の大会、優勝したのね、おめでとう……」

「ああ、したよ、したとも……」


 病床の母に心配をかけまいと、大三元だいさんげんは母に嘘を吐いていた。

 大三元だいさんげんは握りしめていた『世界大番殺せかいだいばんさつ』覇者のメダルを床に落とした。大切な母の今わの際に、『世界大番長』の勲章など何になろうか。大三元だいさんげんは痛切に恥じた。

 今の母に誇れるものなど、我と我が身に何も無し。


「空手もいいけれど、お勉強も頑張ってね……」

「ああ母ちゃん! 日本一勉強して、わしゃあ総理大臣になるよ!!」

「そんなに頑張らなくっていいのよ大ちゃん。普通で良いの」

「普通、普通か! ああ、普通になる!」

「私の体のせいで、大ちゃんには普通の事を何もしてあげられなかった……」

「そ、そんな事を言うもんじゃねえ母ちゃん! わしゃあ十分果報者じゃあ!!」

「いいのよ大ちゃん。もういいの。私の入院費を稼ぐため、大ちゃんがどれほどの事をしてくれたか……」

「……ッ!! 母ちゃん……」


 知られていた。

 大三元だいさんげんは事ここに至り、やっと気付いた。

 母の入院費を稼ぐため、関東ヤクザを恐喝し、中国黒社会チャイニーズマフィアと抗争し、イタリアンマフィアのゴッドファーザー・ペペロンチーノと五分の杯を交わしていた事を。

 母はそれを知り、そして知らないフリをしてくれていたのだ。


「これからは、私のためにじゃない。自分の人生を生きて、大ちゃん」

「生きる! 生きるともさ! わしゃあ日本一の! 日本一の……ッ!!」

「日本一じゃなくって良いの。命がけじゃなくって良いの。普通の人と同じような、ささやかでも良い、幸せな人生を……」

「ああ! ああ!!」

「戸惑う事も有るかも知れない。けれど、きっと世界が違って見える……」

「世界が、違って……」

「そうよ。今とは違う世界が、大ちゃんを待ってるわ……」

「判ったよ、判ったよ母ちゃん!!」

「世界一愛しているわ、私の可愛い、大ちゃん……」

わしもじゃあ、母ちゃん……」

「大、ちゃ……」


 微笑んだままの母の手が、大三元だいさんげんの頬から力なく落ちた。

 その時、四羽の天使に担がれて天に召されゆく母の魂に誓ったのだ。


(なるよ、母ちゃん……)


 おとこ大三元だいさんげん、これが今生最後の涙と胸に刻んだ。


(日本一の……いやさ、世界一の一般人にわしはなるッッ!!!)




 ・ ・ ・




 その、一週間後。


 大三元だいさんげんおとこを磨くために入学予定であった『帝立みかどりつ地獄極楽じごくごくらく高等専門学校』通称『獄高』をキャンセル。級友から一週間遅れにて、『市立桜ケ丘高等学校』へと初登校の運びとなった。


 校門の前にただ一人、仁王像の如くに立ち尽くす。


(気合じゃあ大三元だいさんげん! 一般人パンピーさんがなんぼのもんじゃあ!!)


 羅刹の如き凶相に、会社員リーマンたちは避けて通る。

 校門の横の警備員も眼を合わせぬまま見て見ぬ振りだ。

 それに気付きもせぬ程に、あろう事か大三元だいさんげん怖気づい(ビビっ)ていた。


 ヤクザを初めてシメたのは、齢四つの時である。

 息をするように喧嘩をたしなみ、春の野を往くが如くに修羅街道を駆けて来た。不良渡世の切った張ったは慣れ事なれど、素人さんたちがいかに日常を送っていらっしゃるかは、大三元だいさんげんの沙汰の外であった。


(いや違う! 髪型ヘヤースタイルも七三にキメた! 黒縁眼鏡くろぶちめがねも似合うとる! 防弾防刃対爆仕様の喧嘩学ランも置いてきた! 今日からわし一般人パンピーさんの仲間入りじゃ! 高校デビューを華麗にキメて、わしゃあ今日から『普通』の道を極めるんじゃあ!!)


 桜舞い散る三階建てのモダンな校舎。

 高鳴る鼓動も華やかに、大三元だいさんげんは校門をくぐり学び舎への一歩を踏み出した。


 しかし、その時。

 神の悪戯か悪魔の罠か。異世界への転移門ゲートが開き、狩寧寺かるねいじ大三元だいさんげんは異世界転移を果たしたのである!




 ・ ・ ・




 先ほどまでの桜舞い散る三階建てのモダンな校舎はそこになく。

 そびえ立つるは象牙の如くに白くて高い、格調高き双子の塔(ツインタワー)

 校庭には人面の浮かぶ古柳オールドウィロウが笑いかけ、きらびやかなるマンドラゴラはさも誇らしげに咲き競う。晴れ渡る空、オーロラたなびく成層圏のそのまた向こう、ぽっかり浮かぶは二つに割れたるお月様。


(こ、これは!!)


 大三元だいさんげんは震えていた。

 母の言葉を思い返していた。

 

(戸惑う事も有るかも知れない。けれど、きっと世界が違って見える……)

(今とは違う世界が、大ちゃんを待ってるわ……)


 泣くまいと誓った涙が、熱く大三元だいさんげんの頬を伝った。


(本当じゃった、母ちゃん! 不良をやめてこれ程に世界が違って見えるとは!!)


 眼鏡を外し、涙をぬぐって静かにうなづく。

 素人さんの『普通』のまなこに、この世界はかくも映って見えていたとは。

 おとこ大三元だいさんげん、普通への第一歩を心静かに噛みしめた。


(奥が深いぜ。これが『普通』!!)


 襟を正して大三元だいさんげんは、『市立桜ケ丘高等学校』へと踏み入った。




[弐] 教師 ウィンチェスター




「ほほう、これはこれは。君は異世界からの『転校生』ですね?」

「うむ。いかにもわしゃあ転校生じゃが。あんたは?」


 大三元だいさんげんの前に、つば広のとがり帽子をかぶった男が立っていた。シックなびろうどのローブに丸メガネ。手には宝珠のはまった杖を持っている。まるで映画の『まほうつかい』が如き出で立ちである。

 錫杖術しゃくじょうじゅつの使い手かと大三元だいさんげんいぶかしんだが、無防備なその立ち様は近接格闘をかじった者の振る舞いではない。

 丸メガネの男がにこやかに言った。


「おっと、これは失礼。私はここで教鞭を執っているウィンチェスターという者です」

「おお、ここの先生でしたか! わし……いや、ボクは狩寧寺かるねいじ大三元だいさんげんちゅうモンです! 今日からお世話になります!」

「ええ、歓迎しますよ。『神立しんりつブロシアム魔術学園』へようこそ!」

「ブロ……?!」


(『市立桜ケ丘高等学校』じゃあ無え、だと?! そうか、これは!!)


 言い淀み、大三元だいさんげんはハタと気付いた。


(『強敵』と書いて『とも』と読むように! 『死亡確認』と書いて『生存フラグ』と読むように! 素人さんらは『桜ケ丘』と書いて『ブロシアム』と読むんか! それが『普通』ちゅうもんなんか! そこに気付くとは、さすがわしよ! フッ、危うく高校デビューがバレる所じゃったわい!!)


「お、おう! しンりつぶろしあむ、ですな! 宜しゅうお願いします!」


 ボッ!!


 危機を乗り越えた安堵のゆえか、はたまた照れ隠しか、七三頭を音速にて直角に下げる。その圧により巻き起こった突風が、ウィンチェスターのかぶったとんがり帽子と毛髪とをふわりと浮かび上がらせた。

 大三元だいさんげんが顔を上げる前に手早く二つをかぶり直し、ウィンチェスターが握手の手を差し伸べた。


「え、ええ。どうぞよろしくディー、ダイサンゲン君。自動翻訳の加護が効いている様で何よりです。しかし凄まじい程の生命力オドの量ですねえ。どうやら魔法のない世界から来たようですが、魔術学園の意思が転移門ゲートを開き入校を許可したのも頷けますよ。なに、今は魔術を使えずとも、魔術の基礎は本学園で学ぶと良いでしょう。君以外にも異世界転移の転校生は多いのです。本学園は多次元宇宙にその門戸を開いているのでね」

「……ッッ!!」


 握手をしつつ、大三元だいさんげんの顔がこわばってゆく。


(まさか、これは……!)


「君が元居た世界に名前はあるのかな? いや、これは済みません。その世界の住人に多次元宇宙という共通概念が無いと、自分の住む世界に固有の名前を付けるという習慣がそもそも無いですよねえ。あはは」

(これは! 間違いねえ!)


 ウィンチェスターのその言葉に、大三元だいさんげんは今度ばかりは確信した。


(これが! これが世に言うバカの壁か! うぃんちぇすたあ先生の話されとる内容が鐚一ビタイチ理解できん! IQが30違うと会話が成り立たんと聞いた事はあったが、これ程とは! 中学校の先生方とはレヴェルが違う! ハイソサエティなり高校教師! こ、これが『普通』ちゅうもんか……! クッ……、バカはバカらしくバカ同士でつるんどれちゅう事かァッ!! 母ちゃん、わしゃあ、わしゃあ、くじけそうじゃあ……!)


 その時。大三元だいさんげんの脳裏に、五分の杯を交わしたペペロンチーノの言葉が蘇った。




 ・ ・ ・




(少しはイタリア語には慣れたかい? 大三元だいさんげん

(Sei un po 'abituato all'italiano? Vita quotidiana)


(ああ、少しはな)

(Oh, un pochino)


(ははは、発音は上手じゃないか)

(Hahaha, potresti non essere bravo nella pronuncia)


(酒場でサンブーカを注文するために勉強したのさ)

(Ho fatto uno sforzo per ordinare Sambuka al bar)


(大したものだ、なに、判らないことがあったら、こう言っておけばいい)

(È un grosso problema, Se non sai qualcosa, dì semplicemente)


(何と?)

(Cosa?)


だいたい(・・・・)判りました、ってな)

(Cosa, Quasi・・・・ capisco)


 大三元だいさんげんの脳裏で、女たらしの優男がウインクをしてみせた。




 ・ ・ ・




「 ――と言う訳です。駆け足の説明になってしまいましたが、ダイサンゲン君。本学院への編入を希望すると言う事で、宜しいですか?」

押忍オスッ! だいたい(・・・・)判りました!!」

「宜しい。では本学園への入学希望を受理いたしましょう」


 こうして狩寧寺かるねいじ大三元だいさんげんは、『神立しんりつブロシアム魔術学園』の入学希望生として、その身柄を預かられる事となったのである。




[参] 級友 ライサンダー・イーディエフ




「編入試験は明日となりますが、君なら合格は間違いないでしょう。一足先にクラスメイトと顔合わせと参りましょうか」

「は! 宜しゅうお願いします!!」

「まぁま、そう固くならずに。あはは」

押忍オスッ!」


 ウィンチェスターに先導され、大三元だいさんげんは白亜の塔へと踏み入った。下駄をカラコロ鳴らしつつ、緩やかな螺旋回廊を登ってゆく。その外側を周回しつつ、窓からの眺望に思わず目を奪われた。

 美しく広がる新緑の中央には、雪を頂きそびえ立つ独峰。白砂きらめくその向こうは、エメラルドに輝く海原であった。


「見て下さい。素晴らしい眺めでしょう? このブロシアム島総てが当学園の所有地。周囲に陸地は何も無し。市街地などでは危険な魔法の試し打ちなど出来ませんからねえ。ここでは思う存分あらゆる魔法を練習出来るという訳です。ははは」

「ほおー。大したもんですのう!」


 成程ここは陸から離れた孤島のようであった。

 確か『市立桜ケ丘高等学校』は閑静な住宅街の中心に存在したはずである。だが視界のどこにも、今朝乗ってきたはずの私鉄仏滅線の駅はおろか線路すら見当たらぬ。

 しかしそれで慌てる大三元だいさんげんではなかった。『世界大番殺せかいだいばんさつ』は五人一組の勝ち抜き戦。先鋒の舞台が中国の秘境と言う設定だったのに、次鋒のステージが絶海の孤島になっていた事など日常茶飯事である。これしきの事で驚いていては、世界大番長なぞ務まらぬ。


「――ですので、当学園は全寮制となっています」

「寮! なるほど、そうでありますか!」


 『普通』を目指す大三元だいさんげんにとって、全寮制望むところであった。思うに学校周辺とは、学生にとって誘惑多き秘密の花園であろう。駅にゲーセンに高架下。至る所に喧嘩舞台の誘惑が手ぐすね引いて待っている。一般人パンピーさんは喧嘩なんぞ致すまい。喧嘩断ちこそが、大三元だいさんげんの『普通』への第一歩であった。


「あ。ウィンチェスター先生。お早う御座います!」

「やあ、ライサンダー君お早う」


 一人の男子生徒がウィンチェスターへと声をかけて寄越した。 

 生徒の制服もウィンチェスターと同様に、いかにも『魔術師』をイメージしており、シックでフォーマルを基調としたデザインライン。しかしどこか新鮮味のある色使いで、ワンポイントの遊び心も忘れておらぬ、つまりはそんな感じのコスである。

 ライサンダーと呼ばれた生徒は何処から見ても典型的なヲタク(ナード)であった。背は低く肉付きも薄い。坊っちゃん刈りで丸メガネ。


(丸、メガネ……!!)


 大三元だいさんげんの思考は、余りの衝撃に停止フリーズした。

 目の前のライサンダーは丸メガネ。そしてウィンチェスターも丸メガネである。

 丸メガネが、二人!


 メガネ人口の著しく低い不良界隈において、メガネとはそれだけで強烈なるキャラクター記号である。不良校においてメガネ装着者は一校に一人その存在を確認されるか否か。それほど希薄なメガネ人口密度なのである。そういった不良が不良仲間に如何なる綽名あだなを頂戴するか。無論『メガネ』一択である。


 しかし今、大三元だいさんげんの前には二人の丸メガネ。

 大三元だいさんげんのこの混乱を、番長ならざる一般人パンピーの読者諸氏は今一つ理解して頂けぬやも知れぬ。だが、想像して頂きたい。


 例えば今。貴方の眼前に銀ラメ全身タイツの女性が出現。無論顔面も銀ラメ塗装。

 しかも銀ラメ女性が、二人!


 彼女たちが消えた五分後、貴方はその全身銀ラメ女性二人の差異を、脳裏に思い描く事が出来るでありましょうや。恐らく銀ラメという強大なるキャラクター記号に押し潰され、他の要素は数学的誤差の範囲として脳内シナプスに記録され得ぬ事でしょう。

 大三元だいさんげんの脳内は、今まさにそのような混沌の渦(メイルシュトローム)に襲われているのであった。


「ま、丸メガネが、二人……!」


「丁度良かったライサンダー君。彼が私のクラスの『転校生』ですよ」

「わあ! 彼が噂の!」

「う、うむ……くるしゅうない……」

「済まないがライサンダー君。私は転入手続きがあるので、彼を教室に案内してあげてくれないかい?」

「判りましたウィンチェスター先生」

「有難う。ではよろしく頼むよ」


 そういってウィンチェスターが廊下を下り戻って行く事にすら、大三元だいさんげんは気付いていない。


「よろしくね『転校生』くん! わあ、君も眼鏡なんだね! 僕はライサンダー・イーディエフ。君は?」

「ま、丸メガネ……」

「へ? そうだね。君も眼鏡仲間だよね」

「丸メガネ一族……丸メガネ一族の陰謀……」

「な、ないよそんなもの……」




[肆] クラス長 レイル・ガン




「へえ、君はダイサンゲンって言うんだね。僕はライサンダー・イーディエフ。さっきも自己紹介したけどね。あはは! さあ、ここが僕らの教室、一年β組だよ」

「ほう」


 ライサンダーが扉を開けると、教室に居た二十人ほどの学生が一斉に大三元だいさんげんへと好奇の眼を向けた。新たなる『転校生』のニュースは、既にこのクラスに行き渡っていたようである。


 『転校生』。この学園に於いて、それはすなわち『異世界転移者』と同義である。この学園の魔術のすいを求め、多次元宇宙からやって来る異世界渡航者は珍しくはない。だがしかし、本人の意図によらずこの学園の意思が選んだとなれば話は別である。いかなる猛者かと値踏みをするような視線が、大三元だいさんげんに集まった。


 その中で、一人の男子生徒が大三元だいさんげんの前に進み出た。

 銀髪碧眼。氷のようにソリッドな印象の色男であった。


「ほう。『転校生』が現れたと聞いたのでどんな者かと思ったが。まさか魔法も使えぬ平民とはな。しかもその体つき。まるで言語を解さぬ野蛮なゴリラではないか」


 銀髪をかき上げ頬肉をあげ、鼻で笑う。

 大三元だいさんげんの眉間に、やにわに険しい剣が寄る。


「初対面で随分な言い草じゃのう。お兄ちゃん」

「ほう。気に障ったかな? ゴリラ君」

「あわわ! 二人とも落ち着いて!」


 割って入ろうとするライサンダーをぐいと押しのけ、大三元だいさんげんは色男に食って掛かった。


「ゴリラが言語を解さんとは失礼じゃろうがい! ゴリラさんは森の賢者じゃぞ?! 近年の研究結果では手話を習得した個体すらおる! 霊長類の中でも争いを好まず森の平和を守る! それがゴリラさんじゃ!」

「うん? いや、ゴリラの話ではなくてな、貴様の話を」

わしの事なんかどうでもええ! 例えばゴリラのドラミング! あれは何のためにやっておると思う?!」

「え? い、威嚇? 戦闘開始の合図とか?」

「違う!! 近年の研究結果じゃ、ありゃあ『戦わずして五分の引き分けにしようじゃねえか』ちゅう譲歩の合図よ! 平和的ネゴシエーションよ!」

「え? マジ?」

「マジじゃ! 事ほど左様にゴリラさんは争いを好まぬ平和主義者なんじゃ! 謝れ! ゴリラさんに謝れぇえ!!」

「そうでなくて、いやそうなのか? ええと」

「気は優しくて力持ち! ゴリラさんはなあ、ゴリラさんはなあ! わしの目指す、心のヒーローなんじゃぁあああ!!!」

「うむ。ちょっと待って。 ……ライサンダー。ちょっと良いか?」


 ライサンダーの袖を引き、色男が教室の隅に移動する。

 大三元だいさんげんはその間、ゴリラフェイスで待機である。


(彼はその……アレか?)

(うん。割とアレみたい)


 了承した色男が戻って来る。


「その。あー。ゴリラの生態に関する見識不足は素直に謝罪しよう。私の名はレイル・ガン。このクラスの長を任されている」

「おう、クラス委員長さんかい! わしゃあ狩寧寺かるねいじ大三元だいさんげん! これからよろしくのう!」

「フン。それとこれとは話は別だ。魔力を持たぬ平民なんぞと何ゆえ宜しくやらねばならぬ!」


 レイルが大三元だいさんげんの差し出した右手を弾く。

 その時、驚いた様子のライサンダーがレイルに問いかけた。


「ちょっと待ってレイル君。さっきも言っていたけれど、ダイサンゲン君は魔力を持ってないの?!」

「『魔力感知センスマナ』の眼で見れば一目瞭然。ライサンダー、貴様も貴族の端くれならば、『魔力感知センスマナ』くらい常時起動させておけ。魔力の眼で周囲を見張り他に先んじて危機に対処する。それこそ『貴族の義務ノブレス・オブリージュ』だろうが」

「ご、ごめんよレイル君」


 大三元だいさんげんが顎に手を当て考える。


「ふうむ、魔力か。わしらで言う漢気おとこぎみたいなもんかのう?」

「オトコギ? 何を言っている」

「ええ? 漢気おとこぎ?! 知っていますよ漢気おとこぎ! ダイサンゲン君は漢気おとこぎ使いのバンチョウなる職業クラスなんですか?!」

「なに?! 知っているのかライサンダー!」


 レイルの問いかけに、ライサンダーが腰のホルスターから自在辞書を引き抜きページをめくる。開いたページの文字列がリアルタイムで最新情報に更新されていく。


「あったこれです。番長バンチョウ。多次元宇宙の郷土亜種魔術師エスニックメイジの一種だそうです。その特質は魔術師メイジよりは拳闘僧モンクに近い。バンチョウフルワールドという異世界にその存在を確認されていますね」

「そうじゃのうメガネ君。同じ世界に住んでおっても一つ通りの裏表。一般人パンピーさんがたと不良渡世は異世界のようなもんじゃのう」

「その戦闘力は、一説には伝説のパティシエ『フ○リキュア』にも匹敵するそうです!」

「おお。『フ●リキュア』と同格とは。こりゃ光栄な事じゃのう! うへへ」

「いやちょっと待てライサンダー。伝説の……パティシエ? の……戦闘力?! 貴様何を言っている。正気かライサンダー!」


 レイルの問いに、大三元だいさんげんとライサンダーが冷ややかな目を向ける。


「何じゃい色男。オヌシゃあ『フ。リキュア』を知らんのか」

「ええ~? バンチョウはともかく流石に『フ◦リキュア』くらいは知っておきましょうよレイル君」

「頭良さそうな顔立ちなのに、見かけによらず残念な奴じゃのう」

「済みませんダイサンゲン君。魔術師メイジがみな彼のようだと思わないで下さい。レイル君はお坊っちゃん育ちで少々、世事に疎くって」

「なんで私が貴様ら如きに残念がられねばならんのだ!!」


 レイルが二人に激昂する。

 教室入口で騒ぐ男三人に、鈴を振るようなたおやかな声がかけられた。


「まあお兄様。そんな大きな声を出されては、クラスのみなが驚いてしまいますわ」




[伍] 天使 ソアラ・レイ




 大三元だいさんげんが振り向き、止まった。

 大三元だいさんげんに流れる時間が、その女性を見たとたんに、止まってしまったのである。


「はじめまして、『転校生』さん」

「~~~~~~~~~ッッ!!!」

「わたくしソアラ・レイと申します。よろしくお願いしますわね」

「ファッ?! ヴァイ゛ッ!! よろヴィクゔぉ願ぃジュァァアッチ!!!!」


 あまりの衝撃に、大三元だいさんげんの口から光の国の使者が如き異次元の挨拶がほとばしった。


(てっ!! ててて!! 天使じゃあああ!!!!)


 声をかけられるまでその存在に気付かなかった事が不思議なほどに。

 存在に気付かなかった数分間さえ勿体ないと悔やまれるほどに。

 教室にたたずむその少女は、まさに天使としか表現しようがなかった。

 大三元だいさんげんの脳内には、彼女の頭上に存在せぬはずの天使の輪(エンゼルリング)さえ幻視合成されつつあった。


(ソアラ・レイさんちゅうんか! まるで太陽の光を集めたピンスポットライトを浴びて宇宙そらをゆく様なお名前じゃあ! 見ているだけでわしよこしまな心まで真っ白い影になって浄化されてしまいそうじゃあ!!)


 思えば狩寧寺かるねいじ大三元だいさんげんの人生において、母を除いた異性と言う存在は書き割り背景のモブか回想シーンのシルエット程度の存在であった。幼・小・中とも筋金入りの男子校。むくつけき男性社会で育ってきた大三元だいさんげんには、異性との交流など月の裏のクレーターほどに遠い世界の話であった。しかしその免疫の無さを差し引いても、目の前のその少女は『可憐』という言葉を具象化したが如き存在であった。


(か、か、可憐じゃあ……。天使じゃあ……。しっかし可憐じゃあ……。しかるに天使じゃあ……)


 呆けた顔で立ち尽くしたままに、女性関連には極端に語彙の少ない大三元だいさんげんの脳内で、その二語のみがヘビーロ-テーションする。


「おいソアラ。こんな蛮人に構うな」

「良いじゃありませんかお兄さま。これから級友になるのですし」

「きゅ、級友……! へ? お兄様?」


 レイルが大三元だいさんげんをじろりと睨んだ。


「ソアラは私の従妹いとこだ。幼い頃より兄妹同然に育ってきた。おい貴様。間違っても変な気を起こすなよ?」

押忍オスッ! 了解しましたお兄さま!」

「貴様がお兄様と呼ぶな!!」


 握手する手を振りほどく。


「そもそも貴様が如き蛮人でなくとも、人間が我らエルフと対等な口を利くこと自体、本来は有り得ぬのだ!」

「エルフ? おお、何じゃオヌシゃあトラック運ちゃんに就職希望か。わしも好きじゃのう、いすゞのトラック」

「何の話だ?! エルフだエルフ! この耳を見ろ人間!!」


 レイルがびっしと自分の両耳を指差す。その耳はまるで小さな三角定規が如く、細く長く尖っていた。

 驚きソアラを見る。彼女の耳もレイル同様に尖っていた。


(なんと! 尖った耳も麗しいのう! おお、そうじゃ。昔見た『労働夫ろうどうふりん君』とかいう映画にも、えるふとやら言う耳の尖った人たちがおったのう。そうか。そあらさんはそういう国の外人さんじゃったか。交換留学生と言う訳か! うむ、言われてみれば透き通るような白い肌に金髪碧眼。コーカソイドの特徴じゃあ。大方スラヴか北欧の――いや、ちょっと待て)


 そこまで考え、大三元だいさんげんは違和感を覚えた。


(世界212の国と地域の番長たちが一堂に会した世界大番長決定戦『世界大番殺せかいだいばんさつ』。その出場チーム全てを覚えておるが、こんな耳の長い番長なんぞ一人も居らんかったぞ?! どういう事じゃ。どんな国でも不良が十人も居れば、その上位種である番長が出現ポップするはず! エルフだろうが番長が居らんはずが無い。番長がおれば『世界大番殺せかいだいばんさつ』に参加せんはずが無い! もしや、いや、そんなもん別の世界じゃ! まさか、エルフとは……!!)


 この時ばかりは、大三元だいさんげんはその事実に気付かずに居られなかった。


(そうか! そうじゃったか! エルフ……エルフとは別の世界からの……!)


 思考の末辿り着いた真実に、大三元だいさんげんは打ちのめされた。


(エルフの国には、不良そのものが居らんのか!! なんというカルチャーショック! そんなハイソな国があろうとは! わしら不良界隈の住人には思いも及ばん別世界の住人様じゃあ! それでレイルのやつも、あれほどまでに物を知らんかったのか。住む世界が違うとは、まさにこの事じゃあ……)


「『転校生』さん。あなたは別の世界からいらしたのよね? どのような世界なんですの?」

「はい……。ソアラさんのような方が住むべくもない、薄汚れた世界でござんす……」

「な、何やら知らんが、唐突に分を弁えたようだな」


 そ。と、ソアラの柔らかな手が大三元だいさんげんの頬に触れた。


「ッッ?!!」

「自分のお生まれになった世界を、そういう風におっしゃるものではありませんわ。ご家族も、お友達もそれを聞いたら悲しまれるかと思います」

「失礼いたしましたあッッ!!」

強敵とももッッ?!! わしみたいな不良にも優しく接してくださるとは! やはりこのお人は天使じゃあ!!)

「触れるなソアラ! 病原菌が媒介するぞ!」


 レイルが大三元だいさんげんをぐいぐいと押しのける。

 棒立ちで赤面し為すがままに押しやられる大三元だいさんげんに、ソアラが微笑んだ。


「そういえば、『転校生』さんのお名前をお聞きしていませんでしたわ。お名前は何とおっしゃるの?」

「はいっ! わし、いや、ボクは狩寧寺かるねいじ大三元だいさんげんと申します! 押忍!」

「まあ。キャ……」

「はい。きゃ……」

「キャ……キャロライナ・リーパーさん?」

「はい! 狩寧寺かるねいじ大三元だいさんげんです!」

「キャ……キャピタル・ウェイストランドさん?」

押忍オス! 狩寧寺かるねいじ大三元だいさんげんです!」

「キャ、キャラメゼ――キャ、キャタピラー、キャ、キャ……」


 ソアラが小さく息をき、大三元だいさんげんに優しく微笑んだ。


「『転校生』さんのお名前は、何だか威厳がおありで荘厳過ぎて、呼んでるこちらが恥じ入ってしまいますわ。申し訳ございません」

「いッ、いえいえ!」

「お友達からはどんなあだ名で呼ばれていらしたの? 出来れば短い方で」

綽名あだな、ですか! はい!」


 ライサンダーがレイルにひそひそと耳打ちする。


(ソアラさん、名前覚えるの諦めましたね。僕も覚えて貰ってないですけど)

(許せ。ソアラは箱入り娘でな。他人と接するのはこの学校が初めてなのだ)


 あだ名は何かとソアラに問われ、大三元だいさんげんはハタと考えた。

 小学校に上がる前から下の者からは『番長』と呼ばれ、並ぶ者からは『狩寧寺かるねいじ』と呼ばれた。

 『獄卒幼稚園の支配者ドミネイター』『天中殺町の処刑人エリミネーター』『関東一の喧嘩番長』『大日本番長連合総番』そして『世界大番長』。

 呼ばれた異名は数あれど、どれもこの場のあだ名としては相応しくあるまい。何よりソアラの口からそんな暴力的な単語を吐き出させるわけにはいかない。五分の兄弟であるイタリアンマフィアのゴッドファーザー・ペペロンチーノからも特別な綽名あだなを頂戴したが、それとてこの場に相応しいとは到底言えぬ。

 否。一つだけ、相応しかろう呼称を大三元だいさんげんは思い出した。


「大ちゃん、と」

「はい?」

「母ちゃんからは、その、『大ちゃん』と、呼ばれておりました」

「まあ、可愛らしい!」


 ソアラが満面笑顔で手を叩いた。


「お母様からは、大ちゃんって呼ばれておられたんでちゅ(・・)ね!」

「はい! あざっす!」


 大三元だいさんげんが耳を朱に染め『大ちゃん』呼びに照れ火照る。


「……。お母様からは、大ちゃんって、呼ばれておられたん、でちゅ(・・)ね」

「あざす! そうでっす!」


(ダイサンゲン君気付いてませんね)

(ソアラは顔と性格にギャップがあるからな)


「……。お母様からは、大ちゃんって呼ばれておられたんですね。優しいお母様だったのですね」

「ええ。最高の母親でした」


(おお。諦めましたね)

(飽きたのか)


「母ちゃんは、わしにゃあ勿体無い、世界一の母親じゃった」

「……お母様は?」

「は。一週間前に……。」

「申し訳ありません。酷な事を聞いてしまいましたわ」

「いえ、何の!」

「わたくしも、幼い頃に両親を亡くしていまして」

「そ、そうでありましたか!」

「はい。我が領地で蘇った終焉の魔女『ディストピア』を封印するため、その命脈を使い切り大転生奥義グランカーネディア萬國驚天掌 ワールドアメイジンショー』にて――」

「おいちょっと待てソアラ!」


 とうとうと語り出したソアラの話に、レイルが割って入る。


「叔父上と叔母上を勝手に殺すな!」

「まあお兄様。今生きているアレらは、わたくしの作り出した影人形ダークネスデコイで――」

「ええいやめろ縁起でもない。耳を貸すな転校生。ソアラは健康上の理由で引きこもり生活が長くてな。時折自分の作った空想の世界に旅行ジャーニーしてしまう、いわゆる『旅行ジャーニ病』患者なのだ。しかもその中でも少々タチの悪い、散弾銃ショットガンのように攻撃的な空想を持つ『シャッガンジャーニ病』だ。ソアラの妄言は無視しておけ」


 そう言って、キッとソアラに向き直る。


「ソアラもソアラだ。ここへは魔術だけを習いに寄越したのではないぞ。お前もいい年だ。貴族らしく『貴族の義務ノブレス・オブリージュ』をわきまえろ。お前の付き添いで騎士たる私まで魔術学校なぞに通う羽目になったのだ。せめて少しはその妄想癖を直せ」

「そんな酷いわお兄さま! わたくしをウソつき呼ばわりなんて!」

「そうじゃ酷いぞ委員長! そあらさんが嘘をいうはず無いじゃろ!」

「まあ!」


 ソアラが大三元だいさんげんの手を取る。


「大ちゃんさんは信じて下さいますの?」

「勿論ですとも! 聞かせて下さい!」

「そうですか。まだわたくしが三つの頃のお話です」


 レイルが苦虫を噛んだ顔でこめかみを揉みつつ、諦めたように首を振る。


(僕が聞かされたのと若干年代が違いますね)

(真面目に取り合うなライサンダー……)


「まだ幼かったわたくしの体の中に、お父様とお母様がその命を懸けて終末の女神『ディストピア』を封印しましたの。そのせいで我が父母は力尽きて……」

「なんと!」

「しかし終末の女神を体内に宿したわたくしは、その行為の無意味さに気付いてしまいしたの。終末の女神はこの世界のカルマ値が一定値を越えると世界廃滅ラグナロクのトリガーを引く終末装置エンドシステム。封印した所で終末の到来を制御できる訳ではないのです」

「はい!」

「ですがカルマ値が貯まる時まで今しばらくの猶予はあります。それまでにこの身に宿る『黒竜力ダークネスドラゴンパワー』を制御する方法を身に付ければ、世界の終焉は回避できるやもしれない!」

「はい!」

「それに魔力が強すぎても日常生活も何かと不便ですもの。ちょっと魔力が暴走しただけでお父様やお母様を傷つける始末。屋敷の中でも腫れ物に触る扱いで。まあ大人しく終焉を待っても良いのですけれど。それまで手持ち無沙汰なもので、あふれる魔力を抑えるすべを求めてこの学園タワーに来たと。そういうわけですの」

「はい!」


 大三元だいさんげんは力強く頷いた。


「この身の境遇、ご理解して頂けました?」

「はい、そあらさん! だいたい(・・・・)判りました!」




[陸] 決闘 第七演習場




「そうか駄話は終わったか。それは良かったもうじき授業だ早く席に着け全く」


 諦め顔のレイルがソアラをせかす。


「ですがお兄さま。大ちゃんはどこに座ればよろしいのでしょうか」

「この蛮人を大ちゃんと呼ぶな。ええと、空いてる席が確かどこかに」

「それなら丁度わたくしのお隣ですわ」

「おお! マジですかいそあらさん!」


 それをレイルが慌てて止める。


「おいちょっと待てソアラ、そこには別の生徒が! いや、ああ……」

「レイル君。残念ながらその方は、おとついのあの授業で……」

「……嫌な事件だったな。…腕が一本、まだ見つかってないんだろ?」


 レイルとライサンダーがしばし沈黙した後、レイルが大三元だいさんげんを睨む。


「それはそれとしてソアラの横なんぞ許さん。よしライサンダー、貴様がレイルの横へ移れ。転校生はライサンダーの席だ」

「ええ?! 何で僕が!」

「何だとライサンダー。ソアラの横の何が不服だ!」

「僕だって命は惜しいんです!」


 食い下がるライサンダーの横で、ガッツポーズをとる大三元だいさんげんにソアラが笑顔で拍手を送る。


「まあ転校生さん、凄い筋肉」

「やあ恐縮です!」

「そっちはそっちで遊ぶな話を聞け!!」

「転校生さん、敵はあちらです筋肉ビームを!」

「むん! 筋肉ビーム!!」


 大三元だいさんげんが両腕ガッツポーズでレイルに向かい胸を張ったその刹那。

 限界を迎えた胸の第二(ボタン)が爆音を立て爆ぜ飛んだ。

 弾丸の如くに放たれた第二(ボタン)は教室奥の花瓶を爆砕せしめた。その背後の壁には大きな穴が開いており、隣の教室から悲鳴が上がる。


 そして。レイルの頬に朱一線。

 つうと血珠が流れ落ちた。


「おお、すまん」

「……」


 レイルが左手袋を脱ぎ、大三元だいさんげんへと叩き付けた。

 胸から落ちた白手袋を、大三元だいさんげんが宙にて掴んだ。


「……。先ほどからの無法、もう我慢ならん。蛮人、決闘だ」

「ほう」

「待って下さいお兄さま! ちょっと殺されかけたくらいで大人げない」

「殺されかけたからだろうが! それに分を弁えぬ平民を調教するのも、我が『貴族の義務ノブレス・オブリージュ』!」

「もう、お兄さまったら。転校生さん。こんな事に付き合う事はありませんよ」

「いや、ソアラさん……」


 白手袋を握りしめ。大三元だいさんげんは感涙していた。


(決闘喧嘩は不良の華よ。一般人パンピーさんは喧嘩はしめえとハナから決めつけ、喧嘩断ちする覚悟でいたが。何の事ぁない。素人さんも喧嘩をたしなむんじゃあねえか! へへ。普通への道、思ったよりも気楽に思えて来たぜ)


「ソアラさん。女性にょしょうにゃあ判りますめえ。せっかく喧嘩を売ってくれておるんです。買わずに居るはむしろ失礼。据え膳喰わぬは何とやら。委員長、アンタぁ中々のおとこじゃのう」

おとこ? 蛮人の価値判断基準に興味なぞ無い」

「そんな! わたくしの為に二人の殿方が争うなんて!」

「なんでちょっと嬉しそうなんですかソアラさん」


 よよと泣き崩れるソアラをライサンダーが引き気味に見守る。

 だがレイルの視線は大三元だいさんげんから動かない。


「よく決闘を受けた転校生。だがすぐに後悔させてやろう。第七演習場で待つ!」

「ちょっと待てい、委員長」


 教室の扉を開け歩み去ろうとするレイルを、大三元だいさんげんが呼び止めた。


「……何だ?」

「第七演習場とやらに案内してくれんか? わしこの学校に来たばっかでのう」

「何で決闘を申し込んだ相手と連れ立って歩かねばならん! 仲良しか! ライサンダーにでも教えて貰え!」


 そう言うとレイルは転移魔法テレポートで姿を消した。




 ・ ・ ・




「ほう。逃げずに来た事は誉めてやろう」


 20mの石柱の上から、レイルが声をかけて寄越した。


「おお、えげれすのストーンヘンジのようじゃのう。『世界大番殺せかいだいばんさつ』第三戦でベトナムの強酸アシッド番長と戦ったことを思い出すわい」

「良い景色でしょう。あ、おーい、連れて来たよレイル君!」


 ライサンダーがレイルに向かって手を振る。

 石畳に下駄をカラコロ鳴らし、その後を大三元だいさんげんがついて来る。

 校舎を離れて3kmほど。海岸近くの砂もまばらな草原に、放射状に乱立する巨大石柱群。そこが投射魔術訓練用第七演習場であった。


 ここで訓練をすると怪事が起こる。曰く、恐ろしい声を聞いた。曰く、亡霊を見た。曰く、異常な魔力を感知した。そのような噂が生徒の間に立ち、十ある自由実習場の中でも不人気な場所となっている。授業においても使われず、ここに近づく生徒もめったに居ない。

 それを知りレイルはここを決闘の場に選んだのである。


「お兄さま、またそんな高い所に。人から馬鹿と何とやらは高い所が好きと思われてしまいますわよ」

「ソアラ! お前まで何で来た? あと『何とやら』で配慮すべきは逆じゃないか?!」

「わたくしのために殿方二人が血を流そうというのです。見てみぬふりなど心が痛んで出来ません。せめて特等席で見届けさせて頂きますわ」

「いいご身分だな貴様!!」


 レイルが石柱の上から身を躍らせると20m下へふわりと着地する。


「しかしお兄さま。いくら転校生さんが他所の世界の郷土亜種魔術師エスニックメイジとはいえ、帝国魔術騎士のお兄さまが本気を出されるのは」

「安心しろソアラ。我が魔術は皇帝陛下に捧げたる帝国の剣! 蛮人ごときには振るいはせん。決着はこちらの剣にて着けてやる。モノ知らぬ蛮人をしつける。それもまた『貴族の義務ノブレス・オブリージュ』」


 そう言うと、すらりと腰のレイピアを抜き放った。

 大三元だいさんげんが眼を輝かせる。


「ほお、ヤットウ(※1)か! ええのう」

「貴様も獲物があるなら使え。なければ『武器召喚サモンウェポン』してやろう」

「いや結構。わしの得物はこの拳じゃあ。得物を持っちょると、相手を殴った感触が伝わらんでのう」

「フン。いかにも蛮人らしき血なまぐさい理由だ」

(※1:剣術、剣道の俗語。それより派生して刀や刃物の意味)


 レイピアを一振り払う。背の高い雑草が刈られ、風に流れる。


「立会人はライサンダー・イーディエフだ。異存は無いな?」

「応!」

「よし。ライサンダー! コインを投げろ!」

「は、はいっ」


 ライサンダーが宙にコインを弾き上げた。

 そのコインが地に落ちると同時に、大三元だいさんげんの頬を朱一線が奔る。


「え? な、なに?!」


 ライサンダーの眼にも映らぬ剣捌きであった。

 流れ落ちる血の雫を、大三元だいさんげんが舌で舐めとる。その眉間に皺が寄る。


「むう……!」

「まずはさっきの返しだ。どうした? 来んのか蛮人。ならば――」


 ビキュキュキュキュッッ!!


 風切り音が鳴り響き、大三元だいさんげんの制服のボタン全てが弾け飛んだ。二人の間合いは3m。レイルはその場より一歩も動いておらぬ。精密にして不可視。恐るべき剣の冴えであった。

 不敵に笑って手首を返し、レイルが柄を半身の胸元に構える。闘牛士のようにその切っ先で円を描く。


「優男だとあなどったか? 我が恐ろしさ、その五体に刻んでやろう!」 


 踏み出し、必殺の突きを放つ!

 その身体が、がくりと止まった。

 大三元だいさんげんがレイピアの切っ先を素手で掴み取っていたのだ。


「危ないじゃろうが!」

「ぬぐ! な、何を! 決闘に危ないも何も」

「素人さんなりにやり方があるんじゃろうと思っておったが見ちゃおれん! そんな手首をひねくり返してヤットウを持っとったら、手首を痛めるじゃろうがい! 委員長は持ち方がなっちょらん!」


 そういって素手で剣先を握ったまま、レイルから剣を奪い取る。


「なっ?! おい! コラ!」

「そんな握りでぺしぺし手打ちしとっても皮は切れても肉すら切れん! ヤットウちゅうのは、手で斬るもんじゃねえ。『腰』で斬るもんじゃ! わしがヤットウの手本をば見せちゃある! 例えばあの岩じゃ!」


 奪った剣の先で、レイルが先ほど立っていた20mの石柱を指し示す。


「家宝の剣だ! 返せ転校生!」

「剣の柄をば両手で握り、柄頭は腰骨にぐいと押し当て固定する」


 大三元だいさんげんが小さく身をかがめ、腰だめの剣を水平に構える。


「そして、体ごと相手にぶつかる!!」

「おいちょっと?!」


 そのまま石柱に猛突進する!


 レイピアで石柱を突いたとは思えぬ深い金属音が、いんいんと大気を震わせた。

 びきびきと亀裂が縦に立ち昇り、20mの石柱が縦真っ二つに割れ裂ける。


「ひぃっ?!」

「そしてヤットウを相手の土手っ腹に突き立てたら、両手でこじる。こうじゃッ!!」


 刺した鍵を回す様に、大三元だいさんげんが剣を時計回りにこじった。

 その衝撃で、20mの石柱は大爆散した!


「おお〜。すごいですわ大ちゃんさん」


 ソアラがぺちぺちと拍手を送る。

 ライサンダーはその光景に思考停止フリーズ


「どうじゃい! これがおとこのヤットウの使い方よ!」


 満面笑顔できびすを返し、ガラガラと落ちる石片を手で払いのけ、大三元だいさんげんがレイルの前で立ち止まる。そして、刃こぼれ一つないレイピアをレイルの手に返した。


「さあ!」

「……へ?」

「次は委員長の番じゃ!」


 そう言うと上着をめくりワイシャツのボタンを引き千切り、世界地図が如くに古傷くんしょうだらけの胴体をレイルに見せて笑った。


「さあ! わしに突いて来い!」

「えええ?!」

「何事も実践が一番じゃ! 両手で柄をガッチリ握り込む!」

「こ、こう?!」

「柄頭を腰の骨にぐいと押し当てる!」

「こ、こうか?!」

「そして、わしに体ごとぶち当たる!!」

「や、でも! 刺さったらし、死んで?!」

「死にはせん!!」

「でも?!」

「早ぅせんかぁいいッ!!」

「うおあああ!!」


 腰だめに剣を構えたまま、レイルが我武者羅がむしゃらに突き当たった。


 ごりんっ。


 鈍い音が大三元だいさんげんの腹部で響いた。

 レイルが握ったレイピアは、大三元だいさんげんの腹との間でS字型にヘシ曲がっていた。

 大三元だいさんげんの剥き出しの胴体には、傷一つ入ってはいなかった。


「うむ、ええ突きじゃあ! 委員長は筋が良いのう!」

「な……なな……」

「あとは喧嘩の経験を積んで二・三人ほど病院送りにすりゃあ、委員長も立派なヤットウ使いよ!」

「は……はあ……」


 レイルの痺れた手から、S字状の鉄棒が音を立て落ちた。

 その時。

 大三元だいさんげんの背後から、邪悪なる気配が立ち込めた。


「ン~~フッフッフッフ! 忌々しい封印がやっと解けてくれましたか!!」




[漆] 魔王 バンカーバスター




「な、何者だ?!」


 その邪悪な気配と膨大な魔力に、レイルが思わず我に返った。

 先ほどまで石柱のそびえていたその場所に、奈落へと続く大穴が開いていた。その淵には、禍々しき瘴気がとぐろを巻いている。

 そしてその中央。穴の上空に浮かぶ、紫電をまとう人型の黒い闇があった。それがゆっくりと受肉してゆく。


「ン~ッフッフ。千年後の皆様ご機嫌麗しゅう。我こそ魔王バンカーバスター!」 

「あ、あれが魔王バンカーバスター?!」

「なに?! 知っているのかライサンダー!」


 レイルの問いかけに、ライサンダーが腰のホルスターから自在辞書を引き抜きページをめくる。開いたページの文字列がリアルタイムで最新情報に更新されていく。


「あったこれです、『魔王バンカーバスター』! 千年前に封印された魔王。封印者は、G・o・W・ドーンハンマー。初代学園長です! 封印場所を魔王信奉者に悟られぬように、封印自体に強力な隠匿魔法『第四の壁(フロントオブステージ)』をかけていたそうです!」

「それでか! 他には?!」

「身長192cm、体重64kg」

「随分とスマートなお方ですのね」

「ほ、他には?!」

「甘党。好物はバナナワッフルカスタード。風呂好き。犬より爬虫類派。以上です!」

「無意味な追加情報感謝するライサンダー!!」


 レイルが叫ぶ間に、魔王は完全復活を遂げていた。 


「ン~フッフッフッフ! 我こそは千年前にこの地に封印された、世界廃滅のあるじ!! この学校の生徒たちは何を勘違いしたのか、愚かしくも私のことを『学園の意思』などと呼んでいたようですがねえ。そこな異世界転移者よ、良くやりました。ン~フッフ! それでこそ、この世界に呼び寄せた甲斐があったというものです。召喚早々にこの魔王バンカーバスターの千年の封印を解いてくれるとは! お礼に貴方はこの世界廃滅スペシャルショーの観覧者にしてあげましょう。殺すのは一番最後にして差し上げますよ。ン~フッフッフ!!」

「おう、だいたい(・・・・)判った! そんじゃあバンカラバスターさんとやら、決闘の邪魔じゃからどいとけ。ほんなら次のレッスンじゃ委員長!」

「ンン?! ン~ン゛ッン゛!! 我が名は!!」

「何じゃいバンカラバスターさん。喉が痛いんか。ホレ」


 大三元だいさんげんが懐より差し出したのは、飴タイプの龍角散であった。 


 ぱしっ。


 差し伸べた手が魔王に払われる。からんと音を立て、龍角散の缶が地面に転がった。


「な?! 食い物を粗末にしよるとは! いや、食いモンではないが! 飴は飴じゃ!」

「いい加減にしろ転校生! 奴から離れろ! 尋常ならざる魔力に気付けずとも、その禍々しき姿を見ればそいつが何なのか判かるだろうが!!」

「すがた?! むう、こ、これは!!」


 レイルに言われ、初めて大三元だいさんげんはその姿に衝撃を受けた。

 魔王バンカーバスター。それは人と竜とマリリン・マンソンとを足して3で割った合成獣キメラが如きおぞましき姿をしていた。額から隆起した竜のツノ。全身をよろう黒く輝く竜鱗。周囲に纏わりつくは、無数の魔力の蛇。流石の大三元だいさんげんもこの怪異なる風体に、その事実に思い至らずには居れなかった。


「こ、この姿は……!」

「ン~ッフッフ。己の犯した間違いにようやく気付きましたか異世界転移者よ」

「ああ! 間違いじゃとも!」


 大三元だいさんげんは顔をしかめてレイルに怒鳴った。


「コラ委員長!! この人はなあ、そういう肌の病気の人じゃ!!」

「ン~フフ? ンン?!」

「病気の人の外見をあげつらってとやかく言うのは、人として間違いじゃぞ委員長! それだけは人としてやったらいかん! だが、あんたもあんたじゃ! そんな病気じゃあ世間様の風当たりは強かろうが、それでも食い物を粗末にしていい理由にはならん! 飴を拾え飴を! あと服を着ろ服を! すとりーきんぐか! キング?! もしや『ま王』とはそういう意味か?! 『まっぱだか王』か!! おお、そあらさん見てはいかん! ここにはうら若き乙女も居るんじゃ、パンツを履けパンツを――がぶっ?!!」


 魔王の裏拳による一撃であった。

 大三元だいさんげんが砲弾のように吹き飛び、石柱に激突した。数本の石柱が倒れ込み、大三元だいさんげんの上にがらがらと瓦礫の雨が降り注ぐ。


「うおう、何じゃいこれ、はッ?!」


 立ち上がったその足元が崩落した。魔王が顕現した穴の周囲が崩れ落ち、大三元だいさんげんが瓦礫と共に底知れぬ穴へと落ちてゆく。

 穴の直径は倍ほどに広がり、さらなる瘴気が地表にあふれ出した。


「やれやれ。やっとこれで話の通じぬお猿さんが静かになりましたか」

「……それに関しては同意せざるを得ないな。魔王よ」


 レイルが右の腰から魔法杖を抜き放つ。その先端から剣の様に炎の刃が形成された。


「ン~フッフ。その魔力、その神気。判りますよ? アナタ、どこぞの勇者の末裔すえのようですねえ。千年の眠りから覚めた私の朝食ブレックファストに丁度良い」

「食らってみるか?! 我が炎!!」


 炎の刃が大剣の如くに吹き上がる。レイルがそのまま魔王の体に切り込んだ!


「ン~ン。デリ~シャス。ン~ッフッフ」

「っ?!」


 金属音が響き、魔王が笑う。

 炎の刃は根元からへし折られ、魔力の蛇に千々に砕かれ食い千切られていた。

 炎を失った杖を、レイルは大地に突き刺した。


「……。ライサンダー・イーディエフ。ソアラを連れて学校へ逃げろ」

「ええ?! でも!」

「往け! この場は私が食い止める!!」

「わ、判ったよ!」


 レイルの体内で魔力が膨れ上がる。指が素早く印を結ぶ。

 目の前に突き刺した魔法杖が砕け、火の粉となって舞い上がった。


火精かしょうつどいて大合たいごうたし、天遍あまねてら太陽たいようれ!! 万物ばんぶつすなわ灰燼かいじんぎず、一切いっさいなんじにえるッッ!!』


「ン~フッフッフ! これは掘り出し物です。発動媒体と詠唱ありとは言え、その若さで極大魔法アルティマギアを使えるとは!」


 周囲に霜が降りてゆく。雑草がバキバキと凍り付いていく。

 極大魔法アルティマギア副次効果サブエフェクト。周囲の物体が温度を収奪され、過冷却されてゆく。


「ゆくぞ、魔王!!」


 高らかにレイルが叫ぶ。

 そのレイルの上空には、神々しき20mの大火球が渦を巻いていた。

 

極大魔法アルティマギア恒星創造ヘリオスッッ!!!』


 投射された大火球が魔王に直撃し、天空を焦がす大炎柱が立ち上がった!


「やったか?!」


 急激な魔力消費にレイルが肩で息をしつつ、炎の中へ目を凝らす。

 だがしかし。無情にも。燃え上がった爆炎が内へと吸収されてゆく。

 全ての炎が消え失せて、そこにあるのは先ほどよりも肥え太った蛇の群れ。

 そして魔王バンカーバスターの健在なる姿であった。


「ン~フッフッフッフ!! ご苦労様、可愛い勇者ちゃん。蛇ちゃんたちを育ててくれて有難う」

「くっ、馬鹿な!!」


 驚愕の表情を見せるレイル。その背後に気配がした。


「レイル君!」

「ッ?!」


 振り返ると、そこに居たのはライサンダーとソアラであった。


「何故だライサンダー! なぜ逃げない?!」

「使い魔を伝令に送った。すぐに先生たちが来てくれる! それに、君一人を置いていく訳には行かないよ!」

「そうですわお兄さま。わたくしたちも戦います!」

「ンッフッフ。ならばそちらのお嬢さん方には、影鬼ミニオンちゃんたちの朝食になって頂きましょう」


 その言葉と共に、魔王の這い出して来た大穴から翼を生やした影の小鬼たちがキイキイと鳴きながらあふれ出した。

 瞬く間に空を覆わんばかりの影鬼ミニオンがぐるりと周囲を取り囲んだ。


 その時、大穴が爆発した。

 穴の淵に居た影鬼ミニオンたちが、空高く吹き飛ばされた。

 ばらばらと黒い霧になって消えていく影鬼ミニオンたちの中央。そこにあったのは、跳躍する大三元だいさんげんの姿であった。

 空中でとんぼを切り、大三元だいさんげんがレイルの横に着地した。


「ふう! やっと出れたわい! おうおう、わしが壁登りしとる間にずいぶんと騒がしくなっとるのう!」

「転校生! 丁度いい。貴様はあの二人を守れ。魔王は俺が倒す」

「おう! あの火球は大したもんじゃった。あんな隠し球があったとはの。あれを見た後また穴が崩れて落ちたんだがのう。がっはっは! だが、さほど奴に効いてはおらんぞ。他に手はあるのか?」

極大魔法アルティマギア発動媒体の煉獄の杖は消えてしまった。だがこの体そのものを発動媒体と化せば、あと一発、いや二発は撃てる! この命に替えても、奴を倒す!!」

「いいや、委員長には倒せん。奴ぁ、強い」


それが(・・・)どうした(・・・・)?!」


 レイルが大三元だいさんげんに背を向ける。

 その両腕を炎が包む。表皮が焼け焦げ剥がれて火の粉となって宙に舞う。


「ハッ!! 倒せない? だから逃げろと? ふざけるな!!」

「……犬猫でも喧嘩の引き時は心得ちょるぞ?」

「……そうか、転校生。貴様、無いのだな」

「ああ?」


 レイルが前を向いたままつぶやいた。そこにはわずかながら、寂しげな、悲しげな響きがあった。


「個を超えるものが。おのれよりも重きものが、その胸の内に無いのだな……」

「……!」

「私には、有る!」


 レイルの瞳に炎が燃える。


「私は帝国を守る盾にして剣! 帝国魔術騎士マジェスティックナイトレイル・ローレンツ・エレクトロマグネティクス・ガン!! 敵は世界廃滅をうそぶく魔王!! 世界の敵を前にして、逃げる事などできようか!!」


 バチバチと爆ぜる音を立て、両腕が炎の元素エレメンタルへと変換されてゆく。

 巻き上げられた火の粉が、レイルの頭上で大きく渦を巻いてゆく。


くぞ魔王!! この五体灰燼(かいじん)と帰すとも、この魂は屈しはせぬ! それが! この私の! 『貴族の義務ノブレス・オブリージュ』だ!!!!」


 レイルの炎が一気に全身を包み込んだ!


 その炎が、一瞬でかき消えた。

 大三元だいさんげんの繰り出した延髄への手刀で意識を断ち切られたのだ。倒れるレイルの体を受け止めて、大三元だいさんげんが静かに笑う。

 そしてその体を後方のライサンダーへとふわりと放り投げた。


「わわっと?! あちち!」


 何とか受け止めたライサンダーに、大三元だいさんげんが背中越しに声をかけえて寄越す。


「メガネ君。お前さんをおとこと見込んでのお願いじゃあ。その二人を頼む」

「ええ? でも!」

わしゃあ委員長を、わしとおんなじおとこだと勝手に思い込んじょった。じゃがのう、委員長は引き際すらもわきまえておらなんだ。委員長はおとこなんぞじゃあ、ありゃあせん」

「そんな! そんな事言わなくっても!」

「不良てえのは決闘喧嘩がおとこの華よとイキっちゃいるが、負けりゃキャンと鳴いて強い奴に付く。しょせんその程度のモンよ。たまにゃあわしらみたいなイカレも居るが、それとて喧嘩すンのが三度の人生タマより好きなダケ、喧嘩狂いてえダケの事。見ず知らずの他人サマのためにタマぁ張ろうと思っちゃあいねえ」


 大三元だいさんげんが自虐ぎみに嗤う。


「だがな、レイル・ガン。そいつぁ違った。喧嘩狂いでも無ぇのによ、相手がテメエより強いと知ってて尚、喧嘩を売れる奴がどこに居る? 命を落とすと知ってて尚、それがどうしたと返せる奴がどンだけ居る? そんな奴らは、おとこたぁ呼ばねえ。呼んじゃあいけねえ」

「ダイサンゲン君……」



「そういう奴はな、『おとこの中のおとこ』つうのさ」



「……!」

わしらぁ何処まで行っても不良でしかねえ。だが委員長は戦士、いや、文字通りの『騎士』てぇヤツなんだろうぜ。そんな『おとこの中のおとこ』を死なせたとあっちゃあ、この狩寧寺かるねいじ大三元だいさんげん、七代先まで残る恥よ!!」


 ぼろぼろになった学ランとワイシャツを一気に脱ぎ捨て、大三元だいさんげん漢気おとこぎにて充填パンプアップされた五体をさらす。


「お別れの挨拶は済みましたか? では異世界転移者、貴方から――?!」


 魔王は一瞬も目を離したつもりはなかった。

 しかし投げられた学ランが視界を横切った後、気付けば大三元だいさんげんは魔王の懐に入り込んでいた。


 その右拳が魔王の腹にぴたりと押し当てられている。

 その右拳に漢気おとこぎが螺旋の渦を巻いていた。


ってこいや、宇宙旅行!!!」


 大三元だいさんげんの右拳が、爆発した!


「番長流奥義! 『番長升怒雷破阿(マスドライバー)』ッ!!!」


 魔王バンカーバスターの体は、コンマ数秒にて第一宇宙速度に加速した!!




 ・ ・ ・



 

 『升怒雷破阿マスドライバー』……


 70年代の宇宙開発に於いて番長の持つ漢気おとこぎが着目されたのは、読者諸氏ご承知の通りであろう。しかしアメリカ航空宇宙局(NASA)の宇宙開発に携わった数多くの番長の中に、一人の日本人番長が居た事をご存じであろうか。

 彼の名は升大山マス・オオヤマ。のちの極神きわめがみ空手創始者。その物理法則を無視した規格外の強さから、彼の苗字を分解し『チート』の語源ともなったおとこである。

 彼がゴルフに興じていた際、握ったドライバーに漢気おとこぎ螺旋発条らせんばね状に巻き付け、それを一気に解放し爆発的な運動エネルギーを得る打法『怒雷破どらいは』を編み出した。撃ち出されたゴルフボールは第一宇宙速度を獲得し、全打球が大気圏外へ場外(OB)となった。以降、彼がこの打法をゴルフに用いる事は無かった。

 だが、これを基に宇宙空間にて物資大量輸送を行う為の『マスドライバー構想』が産まれたというのは、宇宙開発史を学ぶ上では外せぬエピソードとなっている。


 振通書房刊ぷるつうしょぼうかん宇宙時代うちゅうじだい番長説話集ばんちょうせつわしゅう』より抜粋ばっすい




[捌] おとこ 狩寧寺かるねいじ大三元だいさんげん




 第一宇宙速度、マッハ23に相当する速度による断熱圧縮で燃え上がりながら、魔王バンカーバスターが叫び声を上げた。


「ふっ、ざっ、けっ、るっ、なぁあああ!!!」


 背中から多重の大翼を展開し、空気抵抗にて急制動を果たす。

 軌道が海へと逸れ、高々と水柱が上がる。魔王は学園島近海へと墜落した。


「海に落ちましたわ」

「そあらさんはここで待っちょって下さい!! メガネ君、二人を頼む!!」

「わ、わかったよ!」


 ライサンダーの返事を待たず、大三元だいさんげんが海辺へと駆け出す。


 砂浜に降り立った大三元だいさんげん。そのもとへ、鮫映画が如き黒い影が海中より迫る。飛沫を上げて空中へと飛び出したのは、無論魔王バンカーバスターである!

 宙に浮いたまま、焼け焦げた翼がまたたく間に修復してゆく。その顔は怒気をはらんだ笑顔であった。


「ン~フッフッフ!! やってくれましたねえアナタ! もう命乞いしても許しませんよ?!」

「ほう。衛星軌道上の番長墓場へ送ってやろうと思っちょったが。わしの『番長升怒雷破阿(マスドライバー)』を破るとは、中々やるのう」

「千年前にもアナタのような不快な男はいませんでしたよ。我が封印を解いた事、せいぜい後悔をして死になさいっ!!」

「千年? 封印?! そうか!!」


 その単語に、大三元だいさんげんはついに一つの真実に思い当たった。


「貴様! 千年の封印を解かれ現代に復活した禁断の中国拳法『雷雲旋風拳サンダークラウド・フォーメーション』の使い手、香港の三つ子番長『タンゴ三兄弟』の生き残りか!! わしが世界大番長の地位を捨てこの一般人パンピー高校へ進学した事を、復讐リヴェンジの好機と思いよったか!!」

「ンッフ?! ン゛ン゛?!」

「いや、そうか! タンゴ三兄弟は番長世界一決定戦『世界大番殺せかいだいばんさつ』にエントリーされてはいたが、実は番長廃滅を目論む悪の組織『世界裏番殺せかいうらばんさつ』から派遣された『裏番長』じゃった!! 一時休戦して世界番長連合で叩き潰したと思っておった『世界裏番殺せかいうらばんさつ』の残党が生き残っておったのか!!」

「ン゛ッフ!! 情報量が多い!!」

「おのれタンゴ三兄弟!! 弟思いの長男か、兄さん思いの三男か、自分が一番次男のどれか知らんが、テメエ一人じゃあの恐ろしき『雷雲旋風拳サンダークラウド・フォーメーション』は使えまい! いや、もしや三兄弟に四人目が居たのか?!!」

「そのどれでもありません!!!」


 魔王がこらえ切れずに突っ込んだ。


「四人目て! もうアナタさえ知らない単なる妄想になっているではありませんか! そもそも単語が似ていて紛らわしい!!」

「む、そうか?」

「ええとまず、『番長』の世界一を決める世界大会の名前が『世界大番殺せかいだいばんさつ』で」

「うむ」

「その大会に浸透潜入していた番長抹殺を目論む敵対組織が『世界裏番殺せかいうらばんさつ』で」

「そうじゃ」

「その『世界裏番殺せかいうらばんさつ』の構成員が『裏番長』と」

「おう」

「紛らわしい!!!」


 魔王が頭に生えたヘビをかきむしる。ちいさなヘビがピーピーと悲鳴を上げてビーチの木陰へと逃げてゆく。


「もうちょっと判り易い区別しやすい名前にしたらどうなんです?!」

「そんなことわしに言われてものう」

「大体ワタシは弟思いの長男でも兄さん思いの三男でも自分が一番次男でもありません!!」

「じゃあ矢張りタンゴ三兄弟の知られざる四男か!」

「それはアナタが空想した架空の登場人物でしょ!! ワタシは『世界裏番殺せかいうらばんさつ』とやらの暗殺者ヒットマンではありません!!」

「何を言うか! 番長界隈にそこまで詳しいのが何よりの証拠! クク、語るに落ちたな『裏番長』!!」

「それはアナタ自身がついさっきアタシに説明したからでしょうが!!!」

「む。そうじゃったか?」

「助けてさっきの勇者ちゃん!! コイツ話通じない!!!」


 魔王が天に向かって叫ぶ。

 予想を外した大三元だいさんげんが面倒くさそうに頭をかく。


「じゃあオヌシは一体誰なんじゃあ」

「魔王バンカーバスター!! だって! 言ってるでしょうがああ!!」


 魔王の怒気とともに、空が一気にかき雲る。黒雲の向こうの遠雷に、大三元だいさんげんが思わず身構えた。


「この雷雲! やはり『雷雲旋風拳サンダークラウド・フォーメーション』!!」

「違うつってんだろうがこのボケがァアア!! 『実は本当でした』的な伏線回収みたく言ってんじゃネェエエエ!!!!」


 魔王の悲痛なる叫びと共に、まばゆい稲妻が周囲を叩く!

 その電光を吸収して、影鬼ミニオンたちが数mに膨れ上がっていく。

 予想だにせぬ鬱憤うっぷんに肩で息をする魔王が、次第に冷静さを取り戻してゆく。人間一旦キレた方が気持ちの整理がつくものである。


「ふぅ……。アナタと話してると頭がバカになっちゃいそうだわ。相手するの疲れちゃった。影鬼ミニオンちゃんたち。この子らを食い散らかしちゃいなさい!!」


 周囲に群れ成す数千の影鬼ミニオンが、おぞましき鳴き声で応えた。

 大三元だいさんげんは周囲を見回し、遠く石柱群に残ったままのソアラたちに気が付いた。彼女たちの周囲にも、影鬼ミニオンたちが今にも飛び掛からんとしていた。

 大三元だいさんげんが思わずソアラに向かい絶叫する。


「いかん、そあらさん!! 今そっちに!!」

「いえ、大ちゃんさん! メガネさんを信じて!」

「?! しかし!!」

「こちらは大丈夫です! あなたはあなたの戦いに専念して下さいまし!」

「ッ!! わ、判りましたァアアッ!!!」


 大三元だいさんげんまなこをつぶって意を決し、キッと魔王に向き直った。




 ・ ・ ・




「と、いっても! 僕の防御魔法『絶対不可侵領域エーティフィールド』ももうすぐ破られそうなんですけど!!」


 周囲の影鬼ミニオンの攻撃を受けるたびに、ライサンダーが空中に展開した魔法障壁に八角形の波紋が散る。それがゆっくりとひび割れていく。


「そうですか。では私も加勢するしかないようですね。はぁ」

「なんか期待外れのようですみません!!」

「では少々破廉恥(はれんち)な魔法を用いますので、眼をつぶっていて下さいね、メガネさん」

「ハレッ?! は、はい!」


 ひしと目をつぶるライサンダーの背後で、衣擦れの音がした。そうしてぱさりと制服が草むらに脱ぎ捨てられた。女性特有の甘い体臭がライサンダーの鼻孔をくすぐる。そんな場合じゃないと判っていても、ライサンダーの心の中に、雄々しくおとこ屹立きつりつする。


「さ。出ていらして(・・・・・・)宜しくてよ(・・・・・)?」


 次の瞬間。その甘い芳香がむせ返るような腐臭に変わった。鼻の穴を広げ匂気こうきを肺一杯に吸い込まんとしていたライサンダーが、涙を流して大きく咳き込んだ。

 臓腑ぞうふがねじ切れるような激しい催吐反応さいとはんのうに一瞬の抵抗すら出来ず、ライサンダーが胃の内容物を一気に吐瀉としゃした。胃を空にしても横隔膜おうかくまくの収縮は止まず、一痙攣ひとけいれんごとに胃液が食道から噴き出す。

 それは最早腐臭などという生易しい物ではなかった。溝泥どぶどろの中に無数の動物を放り込んで腐敗させたが如き、肌に絡みつくような濃密な流体ゲルであった。魔王バンカーバスターの瘴気すらそよ風に思えるほどの、おぞましき憎悪の具現。長虫が体を這いずるが如き触感の、形持つ呪詛じゅそ。皮膚をがしたくなる程の、接触感染する狂気。

 鼻孔の奥から脳天へと焼けた鉄杭を打ち込まれていた。限界を超えた激臭は、痛覚さえ越え灼熱の炎となって脳髄のうずいを焼く。ライサンダーはそれから逃れようと、自らの鼻孔を引き千切るべく鼻へと手をかけた。


 その凶臭が、一瞬にしてかき消えた。安堵し、全身を脱力し、顔面の全ての穴から体液を垂れ流し、肩を動かし浅く激しい息をする。しかしライサンダーは目だけは固く閉じ、決して開かなかった。開ける事が出来なかった。

 周囲の影鬼ミニオンたちがけたたましい悲鳴を上げ、次々とその気配を消してゆく。それ(・・)を見てしまえばどうなるか。背筋が引きる程の恐怖と共に、ライサンダーはその結末を確信していた。

 楽しげなソアラ・レイの笑い声だけが、春の野に舞う天使の歌のようにライサンダーを包む。知るべきでないおぞましき真実から逃れる為に、ライサンダーの意識は断絶ブラックアウトした。




[玖] 彗星コメットさん




「ふうむ。あちらも少々手こずっているようですね。アナタを片付けたら、向こうに加勢に行きましょうか」

「フン。あのメガネ君を甘ぅ見るなよバンカラバスターさんよう!」

「アナタこそ、戦力差を甘く見ているようですねえ。さあ一斉にかかりなさい、影鬼ミニオンちゃんたち!!」


 魔王の号令と共に、雷を吸収しゴリラが如くにビルドアップされた上位影鬼グレーターミニオンたちが大三元だいさんげんに殺到した!


 その時。大三元だいさんげんの脳裏に浮かんだのは、五分の兄弟であるイタリアンマフィアのゴッドファーザー・ペペロンチーノと出会った、香港の夜であった。


 彼は十七の若さで亡き父よりゴッドファーザーの座を継承した。だが、その座を狙わんと画策する叔父ナポリターノに、命をつけ狙われていた。そして大三元だいさんげんは、『世界大番殺せかいだいばんさつ』第四戦にて『雷雲旋風拳サンダークラウド・フォーメーション』の使い手であるタンゴ三兄弟と戦うべく香港を訪れていた。そこでペペロンチーノを狙う刺客との戦いに巻き込まれたのだ。


 敵は手斧ハチェットトンプソン短機関銃(シカゴタイプライター)、果ては手榴弾パイナップルや四連装ロケットランチ(コマンドー)ャーで武装した自殺志願的中国黒社会スーサイダルチャーニーズマフィア、一万五千。

 それを大三元だいさんげんは無手にて一人残らず血祭りにあげたのである。


「そんじゃあこっちも奥の手を出すぜ」


 脚を開き、腰を落とす。

 眼前で交差させたる両の拳を、ぐいと腰だめに引き絞り。

 大三元だいさんげんが、天を仰いで咆哮した!


「番長流奥義! 『番長流正拳ばんちょうりゅうせいけん』ッッ!!!」


 放たれた大三元だいさんげんの両拳が、マッハ10を突破した。

 正拳突きは衝撃波ソニックブームをはらんだ漢気おとこぎを放ち、正面の上位影鬼グレーターミニオンを破砕した。

 その拳が、止まる事無き無限軌道を描く。引き手と突き手は円環し、その回転速度を上げてゆく。最高到達回転速度500発/s。その超々高速連撃が周囲数百mの影鬼ミニオンを瞬時に爆散殲滅(せんめつ)してゆく。

 連続した打撃音が互いに反響ハウリングし、さながら巨大駆動機械が如き一繋ひとつながりの大轟音を鳴り響かせる。正拳突きの残像は大三元だいさんげんの後背に翼が如くに雄々しく広がり、その反動力は大三元だいさんげん自身を宙に浮かび上がらせる。

 それはさながら、地上に降臨した『闘神の化身(インドラリバース)』であった!!


 影鬼ミニオン総数、6,412匹。

 完全掃討所要時間、11.8秒。


 最後の一打を放ち、大三元だいさんげん硝子ガラス化した砂浜に着地する。過熱した大三元だいさんげんの両肩が、降り出した雨に打たれもうもうと白煙を上げる。


 崩れた七三ヘアが立ち昇る漢気おとこぎに煽られ、形状記憶合金が如くにその形を変えてゆく。側頭部サイドはワックスを塗ったように整然と後方へ流れ、前頭部フロントは天をくクロワッサンが如くに隆々たるポンパドゥールを形成する。

 すなわち、番長のみに許される髪型ヘアスタイル律威然斗兵亜リイゼントヘア』である!


「……ほぉう」


 魔王バンカーバスターも数百の流正拳りゅうせいけんを受けていた。まとわりついていた魔力の蛇は消え失せて、体をよろう竜鱗もあちこちが砕け剥がれている。しかし尚、魔王は健在であった。


「アナタ、中々にやりますねえ。殺す前に、名前をお聞きしましょうか?」

「名か……俺の名は狩寧寺かるねいじ大三元だいさんげん……人呼んで」


 香港の夜の後、五分の兄弟となったペペロンチーノが大三元だいさんげんにくれた綽名あだな。兄弟からの賜り物ギフトゆえ無下むげには出来ぬが、大三元だいさんげんはそれが好きではなかった。

 だが、ここで名乗るにこれ程相応(ふさわ)しい名も無かろう。

 


「人呼んで、『大虐殺番長バンチョウ・ザ・カーネージ』!!!」



 大三元だいさんげんが歯を剥きだして獰猛に笑う。


「良いでしょう大虐殺者カーネージさん。ワタシに名を覚えられる光栄を胸に、死になさい!!」


 魔王の体が雷雲渦巻く空へと浮かび上がる。

 その体を、轟音と共に三つの雷光が叩いた!

 莫大な電磁エネルギーが、魔王の掲げた両手の中で束ねられてゆく。


「『極大魔法アルティマギア轟雷嵐ヴォルテックス』ゥウウ!!!」


 魔王から大三元だいさんげんへと、凄まじい電光いなびかりはしった!

 激しい爆雷に撃たれ、大三元だいさんげんが吹き飛んだ。

 しかし、倒れぬ。

 宙で受け身を取り、両の足より着地した。硝子ガラス化した砂浜をバキバキと踏み割り後方へ押されつつも、威力を受け止め踏み止まった。

 両の拳を両脇に構え、胸からはもうもうと白煙が上がる。額の血を拭いもせずに、大三元だいさんげんが不敵に笑う。


「ワタシの極大魔法アルティマギアを、受け止めた……ッ?!」

「ドバイで戦った違法改造2,000万ボルトスタンガン使いの『インダストリアル番長』に比べりゃあこの位! たかがナウマンゾウに踏まれた程度の事よ!!」

「割と効いてるじゃないの。あと雷関係の番長多いわね……」


 大三元だいさんげんが魔王に向かいゆっくりと歩を進める。そして途中に落ちていた黒い物体を拾い上げた。それはフレームのねじ曲がった大三元だいさんげん黒縁眼鏡くろぶちめがねであった。


「ようもわし伊達眼鏡だてめがねをお釈迦シャカにしてくれたのう。これじゃあわし不良チンピラだってぇ事が、そあらさんにバレてしまうじゃろうがい!」


 言いつつ眼鏡をポケットに押し込んだ。


「しっかし『番長升怒雷破阿(マスドライバー)』も効かん、『番長流正拳ばんちょうりゅうせいけん』も効かんとあっちゃあ、仕方ない」

「ン~ッフッフ。命乞いでもしちゃう? 許さないけど」

「はは、じゃあ出来んのう。……バンカラさんよぅ」


 大三元だいさんげんが、がちりと歯を咬み合わせる。 

 その視線は、得物に狙いを定めた猛獣のそれであった。


「あんまりイキっとると、『怪我ケガ』ぁさすぜ?」


 上空で魔王がからからと笑った。


「ン~フッフッフッフ!! 『怪我ケガ』ぁ?! 殺し合いの最中に相手の『怪我ケガ』を心配して下さるとは! アナタ、随分とお優しいのですねえ」

「はは、番長わしらの言う『怪我ケガ』の意味、バンカラさんは判っとらんようじゃのう」


 読者諸氏の中にも、魔王バンカーバスターと同じ疑問を抱いた方がいらっしゃるのでは無かろうか。喧嘩の相手の怪我ケガを気付かうとは何たる軟弱かと。そもそも大三元だいさんげんが使用した技の数々が既にオーバーキルだろうがと。だいたい古いパロディが多過ぎると。本当に令和に書かれた作品なのかと。令和でなく昭和の間違いでは無いのかと。

 しかし、今一度読者諸氏には考慮して頂きたい。『怪我ケガをさせる』と発言しているのが、他ならぬ『世界大番長』狩寧寺かるねいじ大三元だいさんげんである事を。


 そう。番長界隈において、『怪我ケガをさせる』とは特別な意味合いがあった。

 そもそも番長とは、一般人パンピーとかけ離れた生命力を有する個体である。世界級ワールドクラスともなれば、その頑強さしぶとさは凡人の想像を絶する域となる。

 例えば『世界大番殺せかいだいばんさつ』の死合しあいにおいては、瀕死の重傷を負った番長せんしゅであっても次の死合しあいには包帯姿で解説を務める事が常であった。日をまたげば包帯も外れ、絆創膏も貼ってみたり貼り忘れたり。

 研究者の中には番長を『異能生存体』だと位置付ける者すらいる。


 その番長が『怪我ケガをさせる』とは如何なる意味か。それはすなわち、不可逆的な後遺症を相手に刻むという意味である。四肢欠損、視力欠落、顔貌の著しい変異、臓器疾患。相手のキャラクター性を大きく変質させる絶対的損傷を与えるという宣言である。

 例え『死亡確認(生存フラグ)』されようとも、上位グレーター番長ともなれば時至れば無傷で再登場する。そんな番長にとって、『怪我ケガをさせる』とはある意味『死』よりも重い言葉であった。


 その覚悟を今、大三元だいさんげん完了し(キメ)たのだ。


「いくぜ。番長流最終奥義……」


 大三元だいさんげんが天を仰ぐ。魔王の向こう、雷雲の向こう。いや、成層圏のそのまた向こう。大宇宙にぽっかり浮かぶ二つに割れたお月様を。その姿を、大三元だいさんげんの心眼は捕らえていた。



「『怪我ケガ必至さす彗星拳すいせいけん』ッッ!!!!」



 その拳が、天をいた!


 しかし、何も起こらぬ。

 身構えていた魔王が、構えを解いて思わず吹き出し笑った。


「ブフッ! ン~フッフッフ! 何なのお猿さん! もしかして彗星でも落ちてこないかって、神頼みでもしてみたの?!」

「おう。ただお願いしたのは神さんじゃあなく、彗星コメットさんそのものにじゃがのう」


 そう言うと天に掲げた拳を強く握って、見えざる綱を引くが如くに引き下ろした。


「ン~フッフ! ン゛?!」


 かすかなそれは、振動であった。

 魔王バンカーバスターは変異に気付いた。大気を震わす低周波が、背後より迫っていた。魔王が振り返る。雷雲の、その向こうを。

 避ける間すらもありはしなかった。



 黒雲を割り、彗星コメットが魔王を直撃した!!



 この世界の二つに割れたるお月様。その衛星軌道を周回する無数の月の破片、小惑星アステロイド。その一つを大三元だいさんげん漢気おとこぎにて惹き寄せたのだ!

 大三元だいさんげんに魅せられて、天にたゆたう小惑星アステロイドは、彗星コメットさんにその姿を墜としたのである。


「んぬおお!! たかが石ころ一つ、押し返してあげるわ!!」 


 直撃した隕石に張り付いた魔王が多重翼を展開するも、それが瞬く間に千切れ飛ぶ。

 隕石の直径は10m、その質量は6千t。入射角45度、速度マッハ4.5。

 隕石衝突によるエネルギーは177兆ジュール。およそ4万2千tのTNT爆弾に匹敵する。


「え?! え?! ちょ! ちょっとおおおぉぉ〜〜?!!」


 魔王バンカーバスターの一切の抵抗空しく、隕石は魔王が顕現した大穴に直撃した!


 高々と土柱が立ち昇る。穴は瓦礫により完全に埋没した。

 雨は止み、雷音も途絶え、雨雲がはらはらと散り消えてゆく。

 雲間より射したる光芒が、さながら天使のはしごの如くに大三元だいさんげんを照らし出す。


 土柱霞みゆく石柱群の更に向こう。一人の乙女がそれを見ていた。

 光を浴びるおとこの姿に、思わずソアラが息をのむ。

 おとこを見つめる乙女の頬に、ほうと朱色の華が咲いた。


 そんな乙女の視線を知らず。

 大三元だいさんげんが高々と拳を掲げ、勝利を叫んだ。


ホウルイン・ワンじゃ!!」

 

 ――魔王バンカーバスター。死亡確認・・・・!!




 ・ ・ ・




怪我ケガ必至さす彗星拳すいせいけん』……


 古来より漢気おとこぎあふるる番長の周りには、老若男女を問わず人々が集う。

 そして番長の漢気おとこぎが惹き寄せたるは有機生命体のみにあらず。宇宙を周回する小惑星アステロイドもその例外ではない。白亜紀の恐竜を絶滅させたる大隕石墜落ファーストインパクトも、太古の番長に対する大隕石の横恋慕が原因であるとする学説もある。

 『番有引力ばんゆういんりょく』の法則を発見した紀元前の中国哲学者『入屯にゅうとん』を知らぬ人はいないでしょう。しかし、彼が春秋戦国時代に活躍した隕石墜としの名手である事を知られる読者は少ないはず。彼は類稀たぐいまれなる漢気おとこぎの才能を駆使し、敵軍を彗星で壊滅させる破軍の猛将『冥帝王めいていおう』としてその勇名を轟かせていたのです。

 哲学者と猛将。その二足の草鞋わらじも、番長なればこそのものでありましょう。


 振通書房刊ぷるつうしょぼうかん中国史ちゅうごくし番長故事ばんちょうこじ』より抜粋ばっすい




[終章] 守護天使ガーディアンエンジェル




 砂浜を越え、崩落した石柱群を越え。大三元だいさんげんがソアラたちの元へと走り寄った。


「大丈夫ですか、そあらさん!!」

「ええ、大事ありません。これも全て、メガネさんのおかげですわ」

「い、いえ! ボクはなにもッ!」

メガネさんの(・・・・・・)おかげですわ(・・・・・・)。ねえ?」

「ひゃいっ! ボ、ボクのおかげです!」

「応! よう二人を守ってくれた! それでこそおとこじゃあメガネ君!!」


 しかし大三元だいさんげんは気付かなかった。その場を上空より鳥瞰ちょうかんすると、地面に影鬼ミニオンの形をした無数の黒いしみが放射状に焼き付いていた事に。しかもそれらはすべて、まるでソアラたちから逃げるかの様に後ろ向きの姿であった事に。


 大三元だいさんげんの声に、倒れていたレイルが上体を起こした。


「ぐ……。よくぞ魔王を、倒してくれた」

「応。何とかな。腕は大丈夫か?」

「大事無い。二人を守ってくれて、いや、この国の危機を救ってくれて、帝国魔術騎士として礼を言う。有難う、カルネイジ・ダイサンゲン」

「よせやい。フルチンの破廉恥漢はれんちかんったから追い払ったまでよ」

「それとて礼を言わねばなるまいさ。そんな下品な輩など、ソアラの眼に触れさせる訳にはいくまいからな」

「はは! そうじゃのう!」


 大三元だいさんげんの伸べた手をレイルが掴む。ぐいと引き起こすと大三元だいさんげんがレイルに肩を貸した。


「歩けるか?」

「杖を無くしてしまってな。ひとまず好意に甘えよう」


 二人が歩き出したその時、大勢の喚声かんせいが上がった。押し寄せたるはほうきに乗った魔女、使い魔に騎乗した魔法使い、その他この学園の生徒と教師たちであった。

 演習場の惨状を目の当たりにし、口々に叫ぶ。


「おうい! 大丈夫かそこの一年生!!」

「クレーターが開いてるぞ! なにごとだ!!」

「学園への不審者らしいぞ!」

「俺は見た! あの一年坊が不審者と戦っていたぞ!」

「隕石だ! 偶然にも隕石が落ちてきたんだ!」


 押し寄せた生徒たちが、演習場に居た顔ぶれを見て一斉に立ち止まった。


「おお、あの一年は十六で帝国魔術騎士に叙された天才! レイル・ガンか!」

「あい、隣りのメガネを見ろ。軍事財閥リーパーズ・コンツェルンサンドロットの総裁、イーディエフ伯爵の跡取り息子だ!」

「あの女の子は誰だ?! 天使だ! 天使が居るぞ?!」

「貴様知らんのか?! あれは一年β組に降臨した大天使、ソアラちゃんだ!!」

「レイルと並んでる半裸の男は誰だ?! あれが不審者か?!」

「いえいえ。彼は――」


 ざわめく生徒たちの間を割って、一人の教師が進み出た。

 つば広のとがり帽子にシックなびろうどのローブ、そして丸メガネ。β組担任、ウィンチェスターであった。


「彼は今日この学園に転校してきた転校生ですよ。ね、学園長」

「うむ。……そうね」


 そしてその背後に立つ恰幅の良い山羊髭の老人こそ、ドーンハンマー学園長であった。他の教師と異なる年季の入った帽子をかぶり、その下の顔は眼光鋭く大三元だいさんげんたちを睨む。

 担任教師と学園長を目の当たりにして、大三元だいさんげんがひしと頭を下げた。


「先生がた! 転校早々お騒がせして申し訳ないこってす! このわしを追って来た『世界裏番殺せかいうらばんさつ』の追手をぶちのめす為に、校庭に彗星コメットさんを落としてしまいましたッ!! お詫びのしようも御座いません!! わしゃあ、いかなる処罰もゲブッ?!!」


 大三元だいさんげんのわき腹をレイルの拳がえぐった。


「な、何すん――」

「こやつの妄想は聞き流して下さい。全く、『空想旅行ジャーニ病』患者はソアラ一人で間に合っているというのに」


 そう言うと大三元だいさんげんに二の句を次がせず、ウィンチェスターたちに向き直った。


「ドーンハンマー学園長、ウィンチェスター先生、報告いたします。転校生に校内を案内していた所、第七演習場に全裸の不審者が侵入していたのを発見致しました。不審者を排除すべく押し問答していたのですが、そこへ運悪く隕石が落下。隕石は不審者を直撃致しました。その際第七演習場の石柱群も倒壊致しました。級友・・が妄言にて混乱させてしまい、申し訳ありません」


 そう言ってぴしりと頭を下げる。

 ついでに大三元だいさんげんとライサンダーの頭も両手で掴み、一緒にぐいと下げさせた。


(な、何言ってるんだよレイル君! ダイサンゲン君は魔王を倒して――!)

(だからこそだライサンダー。故意ではないとしても、結果倒したとしても、こいつは魔王の封印を解いてしまったんだぞ?! 真実を正直に話し、帝国教会にでも目をつけられれば今後どういう事になるか。少しは考えろ)

(な、なるほど……)


 納得するライサンダーをよそに、大三元だいさんげんは感極まっていた。


(裸の不審者だの、隕石が偶然そいつに当たっただの、信じて貰えんような嘘をあえてわしの為に……。ぐっ! やっぱりこいつはおとこの中のおとこじゃあ!!)

(……。ダイサンゲン君が何かまた一人で感動してるけど?)

(放っとけ。いいな? 真実は誰にも話すんじゃないぞライサンダー)

(わ、判ったよレイル君!)


 しかし、彼らよりもさらに深い真実を知る者がここにいた。

 『神立ブロシアム魔術学園』第五代学園長、C・O・G・ドーンハンマーである。

 ドーンハンマーはウィンチェスターの後ろで眼光鋭く一人逡巡(しゅんじゅん)していた。


(えええ~~? あの転校生君、明らかに物理パワーオンリーで初代校長が施した封印を解除してたよね~? しかも禁呪の『メテオ』使って魔王倒してたよね~? もしバレたらワシまで確実に帝国教会の異端審問官に火あぶりだよね~? 別体系の魔術だからって『メテオ』は『メテオ』だよね~? 異端審問官は『別の世界の魔法だからいいよいいよ~』って許してくれないよね~、多分……)


 その腕にはライサンダーの送った機械仕掛けのフクロウの使い魔『デウス・エクス・マキナ』を抱いている。この使い魔を学園に向かう前にキャッチして生徒や教師たちの増援を防いでいたのも、誰あろうドーンハンマーであった。


(朝の散歩中に胸騒ぎがして封印を確認しに行って本当に良かったわ~。魔王を封印した曽々爺(ひいひいじい)さんが昨日枕元に立ったから不思議だったんだよね~。ワシ、魔王が封印を破った時に再封印するっていうかなり重めの運命を背負わされてたんだよね~。それから救ってくれた事には、転校生君に感謝してるけどさ~?)


「報告ありがとう御座いますレイル君。なるほどなるほど、そう言う事でしたか。しかし、あなたがた四人が隕石落下に巻き揉まれなくって良かった。ねえ学園長?」

「うむ……」


 話しかけるウィンチェスターの言葉にも上の空である。


(そもそも封印の島に魔術学校を作ったのだって、魔王と戦う時の魔力電池として若い魔法使いを使う為だもんね~? 魔王を再び確実に封印するためとはいえ、曽々爺(ひいひいじい)さん本当に頭おかしいよね~? ワシ生徒たちが好きだから、そんな残酷な事にならなくってホッとしてるけどさ~?)


「このクレーターでは、不審者の安否確認は難しいでしょうねえ」

「うむ……」

(でもやっぱりこんな物騒な人間を学園に置いておく訳にはいかないよね~? 禁呪使ったのバレたら学園の存続自体危ないしね~。そもそも魔王再封印じゃなく倒したんだから、もう転校生君の出番も無いしね~)


「そうそう。実は学園長。この転校生ダイサンゲン君の編入試験をいかにすべきかと思って、私は学園長を探していたんですが」

「うむ……」

(でも入学させないとか言ったら、何されるか判んないよね~。相手は魔王倒すような子だもんね~。ワシ殺されるかもしんないよね~)


「彼の編入試験、いかがなさいますか? 学園長」

「うむ……。ウィンチェスター君。君から頼む。つまり、そう言う事だ、うむ」

(判ってるよねウィンチェスター君~? それとなく彼の元居た世界に追い返すんだよ~?)


 ドーンハンマーの言葉に、ウィンチェスターがにこやかに頷く。 


「そうですか、判りました学園長。さ、皆さん。頭を上げてください」


 その言葉に、大三元だいさんげんたちが一斉に顔を上げた。


「実は学園長は、最初から皆さんの戦いを見守っていたのです。あれはダイサンゲン君の編入試験だったのです。そうですよね、学園長」

「うむ。……うむっ?!」

(ええ〜?! そ、そうじゃないよウィンチェスターくぅん!!)


「ライサンダー君の『デウス・エクス・マキナ』をお返ししましょう、学園長」

「むむっ?! うむ」

「あ! 僕の使い魔!」


 ライサンダーがドーンハンマーから機械仕掛けのフクロウを受け取る。


「彼の『デウス・エクス・マキナ』を保護していたのも、編入試験を大勢の手を借りず公平な形で行う為。そうですよね? 学園長」

「う、うむむ……」

(ええ~? いつから見てたのウィンチェスター君?!)


 このウィンチェスターの大いなる勘違いに、真っ先に反応したのはレイルであった。

 実際に魔王バンカーバスターと対峙したレイルである。あれがテストなどであろうはずがない事は百も承知であった。だが不審者が魔王である事を伏せたい彼は、この機を逃す手はないと瞬時に判断した。

 この場合に何をすべきか。宮廷に入る事も許されているレイルは心得ていた。つまり、この場で一番の権力者の顔を立てる事である。


「おお!! ではあの不審者は学園長が魔法で作られた人形デコイか何かであったと言う訳ですか。私もすっかり騙されてしまいました。さすがは、流石は学園長殿!! この学園を代表する、いいや、帝国を代表する稀代の魔術師! 『生ける伝説』と吟遊詩人バルバトゥーレに唄われるだけの事はありますな! その魔術の精妙にして造詣の深き事。このレイル・ガン、まったく感服しきりに御座います!!」

「うむ……そ、そう?」

(ええ~? ウィンチェスター君の勘違いを信じちゃったの~? いやでも、本当のことを明かせないし、天才少年のレイル君がワシを尊敬の眼で見てるしな~)


 ドーンハンマーがまんざらでもなさげに髭を撫でる。その様子にレイルは方向性の正しさを確認し、肘でライサンダーの脇を小突く。ライサンダーも事情は呑み込めないまでも、普段ならば有り得ぬレイルの太鼓持ちぶりに何をすべきかは察していた。


「うわあ! あの魔王……みたいな恰好コスプレの不審者は、学園長先生の仕込みだったんですねえ! すごいや!! まるで魔王か何かの様でしたよ! 本当に!!」

「うむ……うむ……」

(この歳で誉められるの……うれしい……)


「な、何じゃと?! じゃああのフルチンは禁断の中国拳法『雷雲旋風拳サンダークラウド・フォーメーション』の使い手、香港の三つ子番長『タンゴ三兄弟』の知られざる四男では無かったんか?!!」

「んむふっ?!」

「それは最初から違う!!」


 レイルが大三元だいさんげんに突っ込みつつ、好機を逃すまいと畳みかける。


「それで学園長先生。編入試験の結果はどうだったのでしょうか? 偶然の隕石落下(・・・・・・・)で試験は中断してしまいましたが、ダイサンゲンは、この学園に編入することができるのでしょうか?!」

「うむ、うむむ……。ウィンチェスター君……」

(まあ誉められたのは嬉しいし勘違いされてるのは都合良いから放置するけど……。やっぱりこの転校生君を受け入れるのはリスクが大きすぎるよね~。ウィンチェスター君、転校生君を怒らせないように、上手く追い払ってね……)

「成程。判りました!」


 ドーンハンマーの言葉にウィンチェスターが大きくうなづく。


「転校初日にクラスメイトと友だちになれる社交性。その日に出会ったばかりの級友を身を挺して守れる高潔な精神。そして魔術的潜在能力の高さ。どれをとっても本学園で魔術を修めるに足る立派な資質と言えましょう!」

「うんむむ~っ?!」

(何言ってんの?!)


「彼は必ずやブロシウム魔術学園の名に恥じぬ、そして、指導者たるドーンハンマー学園長の名声を更に押し上げるような、世界に冠たる魔術師になることでしょう!」

「む? うむむ?!」

(え? マジで?!)


「編入試験。文句なしの合格で良いでしょう! そうですよね、学園長!」

「む、んむーむむ~!」

(ま、まあ良いかな!)

「成程、合格だそうです!!」


 周囲の生徒たちから、わっと祝福の歓声が上がった。

 レイルとライサンダーも大三元だいさんげんの肩を叩く。


「おお!! やったな!!」

「良かったねダイサンゲン君!」

「有難う! お前らの、お前らのおかげじゃ! くうう~っ!!」


 目をつぶり、大三元だいさんげんが天を仰いだ。

 その様子に思わずレイルが呆れる。


「なんだ貴様、また泣いているのか?」

「な、泣いちゃあおらん!」

「まったく、ゴリラみたいな図体をしているのに良く泣く奴だ」

「なっ?! ゴリラさんを馬鹿にするな!」

「ゴリラを馬鹿にしてはいないさ。ゴリラはお前のヒーローなんだろう? ならばヒーローのように毅然としていろ」

「む、そうか。馬鹿にしてはおらんな。はは」


 大三元だいさんげんが笑い、目じりをぬぐう。


「こりゃあな、あれじゃ。鳥の小便が眼に入っただけじゃ!」

「何故わざわざそういう下品な言い回しをする?! 潮風が目に沁みたとかで良いだろうが! 海が近いんだから! まったく、魔術や学問の前に貴様は一般教養と礼儀作法を学ぶ必要があるな」

「うん、そうだね! 一緒に勉強しようダイサンゲン君!」

「うへへ。これから宜しくのう!」


 大三元だいさんげんがレイルとライサンダーの肩を叩く。

 その様子を見て、ドーンハンマーの胸に再び不安がよぎる。


「む? いや、ちょっと、やっぱり……」

(いや、冷静に考えるとやっぱ危険だよね~? やっぱナシの方向で……)


 周囲の歓声に少々我に返りかけたドーンハンマーの手を、ソアラの白い手がそっと包んだ。


「学園長先生。転校生に手づから編入試験をご用意なされるなんて、教育熱心でいらっしゃるんですね」

「?! ま、まあね!!」

「転校生さんのおかげでわたくしのクラスも更に賑やかになって、これからの学園生活が楽しみになってまいりました。学園長先生、本当にありがとうございました」

「こ、こちらこそ!!」


 周囲の生徒からの殺意の視線にも気付かず、ドーンハンマーが茹で上がったクラーケンが如き表情で鼻の下を伸ばす。

 その横ではウィンチェスターがレイルたちと共に大三元だいさんげんを祝福していた。


「おめでとう御座いますダイサンゲン君。これで晴れて私の生徒ですね」

「うへへ。今後とも宜しゅうお願いします」

「それで、ダイサンゲン君はこの学園で魔術がくもんを修めて、どのような人物になりたいのですか? 宮廷魔術師ですか? 魔術学者ですか? 戦術魔道士ですか?」

「いいえ。わしゃあ――」


 大三元だいさんげんが胸を張った。


「――わしゃあ世界一の、『普通』の一般人になりたいと思うとります!!」

「普、通……ですか。それはまた、ずいぶんと……ええ……」


 何と返答をしたものかと考え込んだウィンチェスターをよそに、ソアラがころころと可愛らしい声で笑った。


「うふふふ。この帝国一の魔術学園での学園生活も、貴方にとっては普通への道ですのね。貴方とでしたら、学園生活も退屈しないで済みそうですわ。これから三年間、宜しくお願いしますわね、狩寧寺カーネージさん」

「は?! はいっ!!」


(あ、あのソアラさんが他人の名前を覚えた?!)

(多分『大虐殺者カーネージ』と言う不穏な響きが気に入っただけだろう)


 にじむ涙を悟られまいと、大三元だいさんげんが空を見る。

 見上げた雲はふくよかで、まるで亡き母茶華子(さかこ)のように見えた。


(……母ちゃん! わしゃあ、わしゃあやるぜ!)

(大ちゃん……私の大ちゃん……)


 大三元だいさんげんの思いに応えるように、懐かしい声が聞こえた気がした。

 雲を見つめる大三元だいさんげん脳内に、茶華子(さかこ)の声がリフレインする。


(大ちゃん。いつもあなたを見守っていますからね)

(ああ、母ちゃん。わしを見ていてくれ!)

(いいえ。今の私はお母さんじゃないのよ。私の名はチャカ子。守護天使ガーディアンエンジェルチャカ子。輪廻転生を司る神様を脅し……じゃなくて、シメ……違う、恐喝……、強請ユスっ……、コマし……、お願い……、そう! 神様にお願い(・・・)して、守護天使ガーディアンエンジェルに異世界転生させて頂いたの。異世界天使ぃ~ね。うふふ。私の思っていた『普通』とはちょっと違っちゃったけど、大ちゃんの好きに生きて。困った時はお母さ……守護天使ガーディアンエンジェルチャカ子が黄金律を捻じ曲げてでも大ちゃんを助けてあげますからね。あ、そうそう。隣りにいる性格ヘドロの頭がパー子には絶対に引っ掛かっちゃダメよ? すぐにチャカ子がこの両手の45口径6連発リボル(ピースメイカー)バーでその最悪の事故物件女を蜂の巣にしてあげますからね? だいたいそのアバズレの中には終焉の魔女が封いnッ?!!)


 大三元だいさんげんが見上げていた雲の中央に穴が開き、風に流れて散っていく。


(……覚えてなさいッ……小娘ビッチ!) 


 雲の切れ端が中指を立てた右手になり、それも吹かれて消えてゆく。


(な、なんか妙に剣呑な母ちゃんの幻聴だったのう。しかし母ちゃん、見といてくれ。わしはやるぜ!) 


 心で呟き隣を見る。隣に居たのは、まるで気功弾でも打ち出さんが如く天に手をかざしたソアラだった。

 ソアラは大三元だいさんげんに向き直ると、天使の如くに微笑んだ。


「朝日が眩しくって」

「そうっすか!!」

(手をかざしとる方角は太陽とは真逆じゃが、そういうおっちょこちょいな所も可愛らしいのう!!)


「それと、この学園に天使は二人も要らないかなって」

「そうっすね!!」

(時々訳のわからん事を口走るが、そういうトンチキな所も神秘的じゃあ!!)


 空を見つめる二人の元に、遠くチャイムの音が鳴り響いた。


「さ、もうすぐ授業が始まります。参りましょう狩寧寺カーネージさん」

「は、はいっっ!!」


 ソアラに手を引かれ、大三元だいさんげんは校舎に向かい歩き出した。




 これは、普通の男と普通の女が普通に恋して恋人カップルとなる、ごくごく普通の物語。そういう結末オワリのハズである。

 しかしながら、おとこも女も『普通』にあらず。いずれ劣らぬ桁外ケタハズれ。『普通』の道は果てしなく、たどり着ける日の来るのやら。

 機会があればまたいずれ。世界大番長・狩寧寺かるねいじ大三元だいさんげんの恋物語にお付き合い頂ければ幸いであります。

 ひとまず、さらば。




わしはようやくのぼりはじめたばかりだからのう。このはてしなく遠い『普通』坂をよ……!」


[未完]


勢いに任せて変なものを書いてしまいました。

パロディネタが古すぎて申し訳ないです。

ご意見ご感想ご評価お待ちしております! 押忍!

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