表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

第一章 学内決闘戦

 バトルダンスという競技スポーツがある。

 それは|直接反応型電子支援システム《Direct Reactive Electronic Support System》を使った全長十メートルほどの人型兵器バトルドレスを遠隔操作して強さを競う世界最速の競技(スポーツ)だ。オリンピック競技には含まれていないが、世界で最も視聴者数を稼げるコンテンツである。仮面舞踏会(マスカレイド)と呼ばれる世界大会が毎年十二月に行われ、昨年大会では公式ライブ動画への接続数が合計で二二億アカウントに達した。広告配信会社の発表によると世界総人口に対する総合視聴率で三六%となっている。つまり全人類の三分の一以上がなんらかの形で大会の放送を見たということだ。

 現代、つまり二二世紀初頭に最も熱狂を集めている競技スポーツがバトルダンスと言えるだろう。

 細かいルールは山のようにあるが、観戦する上で覚えておけばいいことは少ない。二一〇〇規則トゥーワンハンドレッドにおいては試合時間は最大で一時間、インターバル無し、時間切れは両者敗北、制御不能に陥ると敗北。以上だ。

 要は一時間以内に相手をぶっ壊したほうが勝ち。この分かりやすさこそバトルダンスが広く受け入れられている理由の一つで間違いない。

 それでもオリンピック競技にならないのは、安全性の問題で競技場に観客を入れられないためだ。実弾を撃ち合う世界で最も危険なこの競技(スポーツ)は、防弾隔壁で覆われた閉鎖環境で行われる。隔壁には無数の中継用カメラが埋め込まれているが、一度の試合で破壊されるカメラの数は平均で七十個ほどだという統計が出ている。ライブ中継で放送中のカメラが破壊されることは稀だが、実弾に撃ち抜かれる瞬間の当該カメラの映像を集めたクラッシュムービーは人気コンテンツの一つだ。公式がちゃんと編集して配信しているのである。

 そしていま俺はバトルドレスの遠隔操縦席で点火イグニッションキーの上に指を置いて、わずかに押し込みすらしている。物理キーのわずかな遊びによって生まれる遅れすら、バトルダンスにおいては致命的な差となる。――こともある。

 五百メートルの距離を置いて向かい合うのは二機のバトルドレス。試合バトルダンスの開始を告げるカウントダウンはすでに十秒を切っている。

 カウントダウンがゼロになる瞬間、俺はもう点火イグニッションキーを押し込んでいた。つまりカウントダウンがゼロになった瞬間を目で見て、脳で考え、指先に電気信号が送られる、その遅延すら計算に入れた先行入力!

 バトルドレスの動力である反応炉が開放されて酸素と反応しエネルギーを発生させ始める。世界最速の競技スポーツの立ち上がりはとても静かだ。反応炉の臨界まではおよそ二八秒。武装制限の解除までは三十秒。武装が使えないだけで行動に制限は無いが、何らかのアクションを取ってエネルギーを食われると、臨界までの時間も延びる。

 戦術は日々更新されているが、現状では最低でも十五秒は動かないで反応炉の出力を上げるべきとされている。だがそれも昨日までの常識だ。今日この試合で新しい戦術が使われないとは限らない。

 バトルダンスのマニアにはこの武装制限解除までの三十秒が最も面白いという者もいる。反重力装置を搭載しているバトルドレスだが、一般的に上を取ったほうが有利だとされる。銃弾は重力の影響を受けるので、真上から撃つのが最も命中させやすいという道理だ。ゆえに操縦手(ダンサー)は武装制限解除までに自分のバトルドレスを相手の上方に移動させたい。だが如何に遠隔操作のバトルドレスが加速性能に優れていようと反応炉の臨界から武装制限解除までの二秒で相手の上方にまで移動するのは不可能だ。操縦手(ダンサー)はエネルギーか、有利位置かの選択を迫られる。この駆け引きこそがバトルダンスの醍醐味だ、というわけだ。

 俺は対戦相手のことを考える。操縦手(ダンサー)のコードネームはトンボ。彼は後手を好む。有利位置より、エネルギー運用を重視するスタイルだ。加えて中遠距離での射撃戦を得意とする。近接戦を得意とする俺が接近しようとすれば、距離を取ろうとするに違いない。それでも武装制限解除時に近距離まで詰めておかなければ、相手の土俵で戦うことになる。


「行くぞ、トンボ!」


「それ言っちゃうのブルーらしいなあ」


 武装制限解除まで残り十秒で、初手アクセルブースト!

 加速用アクセルブースターによってバトルドレスは一気に時速九百キロメートルほどにまで加速する。トンボのバトルドレスまで五百メートルが二秒だ。だがバトルダンスにおいて二秒という時間はあまりにも長い。トンボは反重力装置を起動して、アクセルブーストで真っ直ぐに上昇する。俺がトンボの進路に交錯するためにはアクセルブースターを再使用するしかない。一方的に俺のエネルギーが少なくなる展開だ。

 武装制限解除まで残り八秒!

 だからアクセルブースターは使わない。メインブースターを吹かして移動方向を上に向ける。トンボの真下を通り越して防弾隔壁に接触するギリギリを抜けて上へ。バトルドレスは基本的に飛行機とは違い空力を利用できるような設計ではない。横向きの勢いを縦方向に変換はできない。上昇速度でトンボに負ける。俺のバトルドレスは防弾隔壁に沿うように上昇する。

 バトルアリーナは構造力学上の問題から半球形だ。上昇するに従って狭くなる。接近戦を得意とする俺にとっては狭い空間は歓迎だ。もちろん射撃を得意とするトンボは俺から距離を取る方向に進路を向ける。だが背後に集中的にブースターを配置するバトルドレスの設計上、後進は速度が出ない。全速で俺から距離を取るならば背中を向けなければならないが、操縦手(ダンサー)は本能的に相手がモニターから消えることを嫌う。

 トンボとの距離は詰まる。彼我百五十メートル。まだ中距離だ。バトルダンスの近距離とはつまりアクセルブーストで十分の一秒の距離。つまり二五メートルだ。これくらい接近しなければ近接武器は命中しないと思っていたほうがいい。

 トンボは一度上げた高度を下げる。広い空間に逃げる。俺も追いかける。トンボはメインブースターで、最大限効率的な旋回を行っている。俺は旋回の内側に切り込んで距離を詰めることができるが、接近できるのは一時的に留まるだろう。トンボの航跡を追いかけるように飛ぶのが正解だ。

 まだだ。まだだ。まだ――。

 武装制限まで一秒。

 彼我百三十メートル。心臓が一回鼓動を打つのを待った。

 アクセルブースト!

 トンボのバトルドレスがモニターの画面いっぱいに広がる。その瞬間、武装制限解除までのカウントダウンはゼロになった。自分にできる最速で攻撃行動を入力、済みだ。近距離特化の操縦手(ダンサー)は反射神経に自信が無ければとてもできない。セットアップ次第では時速千五百キロメートルに到達する速度で、刀身わずか五メートルほどの近接武器を遠隔操作のバトルドレスで当てるのだ。百分の一秒を認識できることは必須。遠隔操作ゆえの遅延すら計算に入れる!

 俺の振ったエネルギーブレードはドンピシャのタイミングでトンボのバトルドレスを捉える、かと思いきや空を切った。熱量上昇のリスクを取って、トンボはカウンターブーストを行ったのだ。カウンターブーストとは慣性無効装置で運動エネルギーを一度ゼロにしてからのアクセルブーストで進行方向を強制的に変更するテクニックだ。瞬間的にとは言え停止するので、慣性無効装置を使ってからアクセルブーストを使うまでの間隙をどこまで減らせるかが肝になる。そしてトンボはカウンターブーストが抜群に上手い。だからッ!


「予定通りッ!」


 アクセルブースターを左右逆方向に吹かして回転し、半周したところでカウンター、ブースト! 回転する慣性は慣性無効装置で消え、トンボを真正面に捉えて真っ直ぐにアクセルブースト!

 トンボの撃ったレーザーが俺のバトルドレスに直撃するが、レーザー吸収膜がそのエネルギーを熱量に変えて放熱板に、そして放熱板では追いつかない熱量を蓄熱装甲に送る。実弾が蓄熱装甲に命中するが、まだそれほど熱の溜まっていない蓄熱装甲は頑丈だ。トンボの持つアサルトライフルでは蓄熱装甲を貫通することはできないし、俺の勢いを止めることもできない。食らうと分かってて突撃してんだよッ!

 十分の二秒、トンボは俺の突撃を回避するためにアクセルブーストするはずだ。問題はどの方向にするか、だ。上か、下か、右か、左か。俺は右手でエネルギーブレードを振る時、意識的に左から右に振るようにしている。姿勢の問題でそれが最速だと思っているからだ。振り終えた時に体は右に向かって流れる。自然と視線もそちらに向く。トンボがそんな俺の癖を覚えていないわけがない。


「だから左ッ!」


 トンボのバトルドレスがアクセルブーストですっ飛んでいく。上に。左へのアクセルブーストを準備していた俺のバトルドレスは、ブースターが右を向いていて瞬間的に反応できない。トンボにとって上への移動はハイリスクハイリターンだ。空間が狭くなり逃げ場が減るが、上方からの攻撃は当てやすいし、またバトルドレスの上部には重要装備が集中している。メインカメラ、メインアンテナ辺りを撃ち抜かれるとほぼ負けが確定する。だから予想が外れたからと言ってゆっくり考えている暇は無い。止まれば負ける。動き続けながら考えるしかない。

 ブースターの向きを変える時間を嫌って俺はそのまま左へとアクセルブーストした。一瞬前まで俺のバトルドレスがあった場所にレーザーと実弾が降り注ぐ。

 トンボとはよく言ったもので、彼の動きはいつもこうだ。触れようとすると一瞬で消えてしまう。それは近接武器でも射撃でも同じことだ。当たると思ったらそこにいない。

 だからトンボを相手にするとき俺の武装はエネルギーブレードと、マテリアルブレードの二刀流だ。接近しなければ反撃すらできないが、攻撃力は半端なく高い。エネルギーブレードはレーザー吸収膜によって防がれるが、結果として生じる熱量上昇は一撃でバトルドレスをオーバーヒート直前まで持って行く。レーザー吸収膜のおかげでバトルドレスのどこに当ててもいいところも便利だ。一方マテリアルブレードは剣の形状をしているが、切るというよりは叩き壊すための武装だ。装甲の上から打っ叩いても効果は薄いが、装甲を施せない重要部位に命中させられれば一撃必殺の威力を持つ。

 俺の射撃の腕前では、トンボを相手に削りきることはほぼ不可能なため、この一撃必殺の装備で回避方向を当てるしかない。

 アクセルブースターを何度か使い上方に方向転換。トンボからの攻撃が激しくて真っ直ぐに向かうことができない。トンボは空中で足を止め、射撃に集中しているようだ。静止状態からのトンボの射撃は言葉通り針の穴を通す精度だ。ただ狙ってくるんじゃなくて、重要部位を狙ってくる。一秒間でも向きを変えなければ致命傷を食らう。とにかく動き続けて狙いを逸らし続けるしかない。

 それでも完璧に回避し続けるなんてことは不可能で、じりじりと損傷部位が増えていく。リスクを嫌って大きく回避すればトンボとの距離を詰められない。どこかで被弾を前提に突っ込んでいく必要がある。だがそれは今じゃない。射撃に集中している時のトンボに突っ込んでいくのは愚策というものだ。注意を逸らすか、あるいは――。

 レーザー光が俺のバトルドレスを掠める。外した? いや、違う、移動方向を制限された! 追撃を回避しようと反射的にアクセルブースターを点火させかけて、指先を意思の力で捻じ伏せる。移動しようと思ってた方向に実弾の雨が降る。

 ちくしょう、避けながら接近するはずがいつの間にか移動方向を誘導されている。このままだと追い込まれる! だが回避しない手は無い。

 いくつかの蓄熱装甲は熱が溜まりきっていて切り離すか迷うところだ。脆くなった蓄熱装甲でもいくらかの防弾性能はある。だが信じて身を任せられるほどではない。切り離して重量を軽減させた方が運動性能は上がる。切り離すべきか? いや、まだだ。まだ我慢だ。今はトンボの誘導に乗れ。避けて、避けて、避けて、そして壁際に追い詰められた。

 と、思ったよなァ!

 防弾隔壁との衝突警報コリジョンアラートを確認して、蹴りつける。壁を。同時に蓄熱装甲を全部切り離す。熱の溜まってないヤツも全部だ。防弾隔壁の曲面の関係で俺のバトルドレスは急降下する。熱の溜まった蓄熱装甲は欺瞞熱源(フレア)としても有効だ。トンボ自身はともかく、機体AIは一瞬混乱する、はずだ!

 アクセルブースターを全開にしてトンボのバトルドレスに向けて加速する。蓄熱装甲を全部切り離した以上、熱量の上昇には限界があるが、軽くなった分だけ加速性能も増した。この一回の接近が全てだ。それ以上は反応炉が持たない。この一撃にすべてを賭ける!

 マテリアルブレードを構える。壁際に追い込まれた時点でトンボとの距離は二百メートル以上に広がっていた。接触まで一秒。長すぎる時間だが、蓄熱装甲をばら撒いたことが目眩ましになっていれば、あるいは!

 狙うのは重要装備が集まった頭部だ。下方から接近して頭部を狙うのは難易度が高いが、それ以外に勝ち筋は無い。大丈夫だ。できる。自分を信じろ。百分の一秒を感じ取れ。最速で勝利を掴み取れ!

 人間の反応速度の遅延や、遠隔操作による遅延を百分の一秒単位の感覚で探り当て、攻撃行動を入力する。左手に持ったマテリアルブレードを右から左に振り抜いた。それは吸い込まれるようにトンボのバトルドレスの頭部に吸い込まれていき、そして空を切った。その瞬間、張り詰めていた糸が切れた。極限まで集中していた意識が、まともな時間感覚に戻る。とっさに右にアクセルブーストするが、その行動は完全に読まれていた。移動先にレーザーと実弾を置かれ、アクセルブースト後の硬直時間が俺に回避行動を許さない。蓄熱装甲の無い本体に銃弾を浴び、レーザーを食らった吸収膜が放熱板に熱を送ろうとするが、すでに放熱板の熱量は飽和しており、反応炉の温度が急上昇する。反応炉の温度計は一瞬で真っ赤に染まり、そして俺のバトルドレスは爆散した。




                   2105年8月21日(金)東京都港区

                                 児童公園



「ああっ、ちくしょう、やられた」


 俺はYOU LOSEと表示された|パーソナルアシスタント《PA》を空に向かって掲げた。強く足を踏みならすと、ばちゃんと海水が撥ねた。


「最後のはちょっとヒヤリとしたよ」


 同じベンチの隣に座った少年が前歯の抜けた歯を見せて笑う。

 俺たちは本当のバトルダンスで戦っていたわけではない。それをモチーフにした対戦型のゲームアプリで遊んでいただけだ。とは言え、このゲームは遠隔操作の遅延まで織り込まれた本格的なものだ。当然操作はPA用に簡略化されているが、本物の操縦手(ダンサー)がシミュレーターを使えないときに勘が鈍らないようにこのゲームを利用するという噂もある。

 トンボは自分のPAをベンチに置くと、立ち上がり両手を挙げて伸びをした。その足首までが海水に浸かっている。いつの間にか潮が満ち始めていた。満潮時にはベンチの座面より少し上まで海面が上がってくるので、座ってのんびりというわけにはいかない。

 俺もトンボの隣に立って背中を伸ばした。


「よく避けられたよな。タイミングは完璧だったのに」


「あそこから一発逆転を狙うならマテリアルブレードしかないだろ。そしてブルーは左手の武装を内側から外側に振る癖があるからね」


「あの一瞬でそこまで判断できるのかよ……」


 気持ちいいまでの完敗だった。

 トンボは夏休みに入ってからこの公園で出会った友達で、俺が教えるまでこのゲームのことを知らなかった。だから経験で言えば俺のほうがよほどある。にも関わらず、俺が操作を教えてやらないといけなかったのは最初の数日のことで、すぐに俺と対等に戦えるようになり、今ではこの様だ。

 実を言えば俺はトンボの本名も、年齢も、通っている学校も知らない。だけど会話の中からなんとなく小学生なのだろうなとは思っていた。俺はまだ小学校にも行っていない幼稚園児だったが、トンボの話にはそれとなく合わせていたから、トンボは俺も小学生だと思っているかもしれない。

 俺がブルーで、彼がトンボなのは、最初にここで出会ったとき名前を聞かれて、自分の名前の英語読みがブルーウイングなのだと知ったばっかりだった俺が得意げにブルーだと答えたからだ。彼はすぐに機転を利かせてトンボと名乗った。まあ、もしかしたら本名なのかも知れないけれども。


「ブルー、上」


 トンボに言われて太陽の燦々と輝く空を見上げると、飛行機雲が空を横切っていくところだった。この距離でははっきりとは見えないが、飛行機雲と言いながらそれはどうやら飛行機ではなかった。


「バトルドレスだ」


 それはおそらくは四機で編成された自衛隊のバトルドレス小隊だった。日本でもバトルダンスは行われているので、日本にあるバトルドレスが自衛隊のものと限ってはいないのだが、実際に日本の空を飛んでいるとなると、それはほぼ間違いなく自衛隊のものだ。


「いいなあ。乗ってみたいなあ」


 思わず俺の口からそんな言葉が零れ落ちる。トンボが肩を竦めた。


「自衛隊を目指すのかい?」


「プロ操縦手(ダンサー)かな」


 自衛隊の操縦手(ダンサー)と、実業団に所属、あるいはスポンサーを自ら集めてなるプロ操縦手(ダンサー)では、後者のほうが圧倒的に数が少ない。だがこの時代の少年の夢と言えば、世界大会(マスカレイド)で華麗に活躍するプロ操縦手(ダンサー)だ。


「夢があっていいね」


「そういうトンボは? 目指さないのか? こんなに才能あるのに」


「ブルーがなるなら、なってもいいかなあ」


 そう言ってトンボは相好を崩す。


「ブルーよりは上に立てそうだし?」


「言ったな。もう一勝負だ!」


 それは何気ない夏休みの一幕。

 水没し、遷都が決まってもまだ東京が首都だった頃の話。

 満潮時刻が近づくまで俺たちはゲームの対戦で盛り上がった。やがてトンボのPAがアラームを鳴らす。それは彼の門限を示す合図だった。


「おう、もうこんな時間か。じゃあ、また明日な、ブルー」


「ああ、また明日」


 俺たちは手を振って別れる。

 また明日。

 だが俺はその約束が果たされることはないと知っていた。

 上がり続ける海面から逃げるために俺の家族は明日引っ越すことが決まっていた。前から決まっていた。ずっと伝えようと思っていた。だが勇気が出なかったのだ。どうしても言い出せなかった。

 PAで連絡先を交換すれば、それだけで繋がっていられるはずだった。だけどトンボは自分からは連絡先を交換しようとは言ってこなかったし、俺もそうだった。公園だけの友達。そんな関係がなんだか気に入っていたのだ。だからそれを壊すことがどうしてもできなかった。

 ああ、言い訳だ。

 俺は終わりを認められなかったのだ。告げるのが怖かっただけだ。ごめんと言い出せなかっただけなのだ。

 結局俺はあいつを傷つけたに違いない。親友はあの沈みかけた公園で俺が来るのをずっと待っていたに違いないのだ。

 待てよ、俺。振り返れよ。今ならまだ間に合う。走っていってあいつを捕まえて、言うんだ。俺は引っ越すけど、この公園にはもう来られないけど、俺たちはずっと友だちだって。PA出して、お互いを登録して、たったそれだけのことだろう!

 手を伸ばして――、

 そして目が覚めた。

 伸ばした手は白い天井に向けられている。握りしめても、何も掴み取ることはできなかった。




          2115年4月7日(日)東京湾浮遊人工島「秋津島学園」

                                  居住区



 俺は何度か手を握ったり開いたりした後、ベッドから起き上がり、洗面所で顔を洗った。少し目が赤いが、涙の跡はそれくらいだ。

 中学を卒業した俺は以前から入学を希望していたこの秋津島学園に通うことになった。通う、とは言っても秋津島学園は全寮制だ。生徒には全員に個室が割り当てられている。

 これまで何度か引っ越しを経験したため、俺は私物をあまり持っていない。そのせいか部屋は殺風景で、まだ生活感に乏しかった。あらかじめ用意されていたベッド、簡素なデスク、似たような私服ばかりが入ったクローゼット。あるのはそれくらいで、部屋は広くはないが、狭くもない。ただ学園島の地下にあるため、窓がなかった。代わりに奥の壁がかなり大きなモニターになっている。意識が落ちる前はなんともなしにつけていたテレビ番組だったが、今はバラエティニュース番組を流している。


「――グリーンアースと名乗る環境テロリストによる破壊活動は中東から南米にも飛び火し……」


 特に興味のあるような内容ではない。俺はベッドに腰掛けて、PAを取り出す。


「アシスタント、現在地の地図を」


 なぜ幼い日の夢を見たのかは分かっていた。

 PAに学園島居住区の地図が表示され、今まさに俺がいる部屋にピンが刺さっている。


「アシスタント、地図のタイムスタンプを十年前に」


 表示が切り替わり、市街地の地図に変わる。住宅街の中にピンが刺さっている。見覚えのある地図だ。当たり前だ。十年前に俺が住んでいた町の地図だ。そう、この10年の間に俺の故郷は上昇した海面に没し、現在はその真上に学園島が存在するわけだ。

 地図の中にはかつての自分の住んでいた家や、遊んでいた公園も表示されている。


「帰ってきたぞ。トンボ……」


 10年ほど遅れたが、帰ってきたことに違いはなかった。だが喜べるはずもない。かつて遊んだ公園は海の底だし、そうでなかったとしてもまたそこでトンボと会えようはずもない。いまだにトンボがあの公園の様子を見にやってくるかも知れないだなんて思えるほどロマンチストじゃない。

 秋津島学園に入学することは俺の希望だったが、それが故郷の真上にあるだなんて知っていたわけではない。ただマスカレイドに出場するため、バトル(戦闘用)ドレスの操縦免許を得るには最短のルートだったからこの学園を選んだだけだ。

 マスカレイドの出場資格を得るにはまず規定の国内大会で優秀な成績を出し選抜されることが必要で、年齢制限は無いものの、日本国内におけるバトルドレスの操縦免許が必要だ。そして本来なら十八歳からしか取得できないバトルドレス操縦免許を十八歳未満でも特例的に得られるのが、この秋津島学園なのである。

 そして実力さえあれば、たとえ十五歳、一年生であろうとマスカレイドに出場ということは起こりうる。実際、去年の大会には秋津島学園の一年生が国内大会で選抜され、マスカレイドの舞台に立った。その彼女の名前は秋津瑞穂あきつみずほ。世事に疎い俺ですらさらっと名前が出てくるのだから、その宣伝効果は抜群だ。おそらく日本国内で彼女の顔と名前を知らない者はいないだろう。

 もちろん彼女の容貌が優れているからという側面もある。モデルのようなすらりとした体に、小さな頭がちょんと乗っており、そこには整った顔があるのだから、芸能事務所がこぞって押しかけたという噂も信じられる。今や彼女は国民的な人気を誇る操縦手(ダンサー)だ。

 まあ、彼女は特別だとしても、マスカレイドに出場すればメディアで顔と名前が売れる。大抵の人の目には触れるし、名前を言えば顔が思い浮かぶくらいにはなる。だから必ずあいつの目にも触れるはずだ。なんだったらメディアの前で言ってもいい。トンボ、俺はここにいるぞって。

 そして再会できたらあの日のことを謝るんだ。

 言えなくてごめん。待たせてすまなかったって。

 そのためにはまずバトルドレスの免許を取得して、国内大会を総ナメするくらいのことはしなくてはいけない。

 不可能ではない。秋津瑞穂がそれを証明した。

 マスカレイドは毎年十二月に行われる。国内選考が終わるのは九月だ。四月の入学からわずか半年で並み居る強豪を下して出場権を勝ち取らなければならない。つまづいている暇はない。

 今年度に操縦手(ダンサー)候補生として秋津島学園に入学するのはわずか十八名。

 これだけ少ないのは適性検査によって一定の数値を出さなければ、操縦手(ダンサー)候補生として入学試験を受けることもできないからだ。

 必要な値は一千。

 これを突破できるのはおよそ一万人に一人と言われている。

 もちろん適性があれば強いということにはならない。適性値は強さではない。だが才能を測る目安にはなる。現実としてマスカレイドに出てくるダンサーは三千を超えているのが当たり前だと言われている。

 では俺の適性値は?

 正直に言えば自信は無かった。適性値を測るシミュレーターに乗り込んだ時は心臓がうるさいほどに高鳴っていた。手も膝も震えていた。でも面白いもので、画面中央に30:00と表示された瞬間、すっと心が落ち着いた。

 あ、ゲームと一緒なんだなって思った。

 もちろんこいつはゲームアプリじゃない。カウントダウンという文字がエフェクトとともに左右から流れてくることもなかった。カウントダウンの開始を教えるカウントダウンが始まって、そいつが00:00になった瞬間、イグニッションスイッチを押す。

 一万人の内、九九九九人が落とされる適性検査が始まったことすら意識からぶっ飛んだ。

 ゲームのチュートリアルのようなステージを指示に従って次々と攻略していく。

 次へ! 次へ! 次へ!

 検査が終わった時はしまったと思った。全力で楽しんでいただけで、適性検査攻略サイトに書かれているような適性値を上げるための小技なんかを実践するのを完全に忘れていた。これはゲームではない。適性検査なのだ。場合によってはお行儀の良い行動が求められる。と、攻略サイトには書いてあった。

 嘘だったね。

 間違いなくそう断言できる。

 何故なら画面に表示された俺の適性値は10384だったからだ。

 慌てたのは俺ではなく、適性検査場のスタッフの方だった。俺は五桁とかあるんだな。ちゃんと表示されるようになってるんだ。なんて感心していた。

 再検査が行われるべきか大人たちが話し合い、なんか偉い人のところまで話が行って、結局再検査は行われなかった。適性値がギリギリ届かなかった場合に再検査を求められても受け入れないのだから、逆の場合も同じであるべき、ということのようだった。

 もちろんシミュレーターの故障じゃないかどうかは徹底的にチェックされた上での判断だ。

 俺は特待生の扱いで秋津島学園への入学が決まった。

 入学試験は免除、学費も免除だ。家族は泣いて喜んだ。貧乏だからね。

 だが特別な扱いを受けるということは、結果を出さなければならないということでもある。俺がマスカレイドへの出場にこだわるもうひとつの理由がこれだ。秋津瑞穂という前例があるため、俺への期待値は上がっている。彼女ですら適性値は五千に届かないという噂だ。一万を超える俺はマスカレイドで好成績を残すことが求められている。

 そしてそのためには優秀なチームメイトを集める必要があった。

 当然のことながらバトルダンスは一人で戦えるわけではない。操縦するのは自分一人でも、それを支えるスタッフが必要だ。秋津島学園では操縦手ダンサー一人に対し、同学年のサポーターを三人までつけられる。そうやって組んだチームで学内戦を戦い順位を争うことになる。

 基本は操縦手(ダンサー)通信士(オペレーター)整備士(メカニック)開発者(エンジニア)の構成だ。

 新入生が学内戦に参加できるようになるのは五月からだから、入学後一ヶ月足らずでチームを組む必要がある。だから悠長なことは言っていられない。すでに学内SNSではチームメイトを求めるやり取りが活発に行われている。

 チームメンバーはいつでも自由に変更できる。学内戦の順位はあくまで操縦手(ダンサー)の順位であり、チームメンバーが入れ替わっても、それを理由に順位が変動することはない。だからとりあえずのお試しでチームを組もうとする新入生が多い。

 だが俺にお試しの時間はない。どんなに遅くとも八月の国内選抜戦には出場しなくてはならない。学外戦に参加するには学内戦で十二位以内(アンダーティーン)に入っている必要があり、七月になると夏休みに入ることを考えると、実質二ヶ月しかない。

 最初から最高のメンバーを集めて、スタードダッシュを決めるしか、今年のマスカレイドに出場する方法はないのだ。

 だがその最高のメンバーを見極める方法が分からない。

 カリキュラムが始まり、成績が付けば、誰が優秀なのはハッキリする。しかし入学式前の段階で分かることは、それぞれが学内SNSで発信している自己紹介だけだ。もちろん中学時の成績を書いている人は少なくない。だが中学までの学業成績がサポーターとしての能力を表しているかと言えば、そうではないだろう。

 俺が欲しいのはお勉強のできる仲間ではない。戦う時に背中を預けられる仲間なのだ。


「やっぱり本人を見てみる必要があるよな」


 とりあえずで人を集める方法はある。SNSの自己紹介欄に自分の適性値を書けばいいのだ。信じるか信じないかはあるだろうが、有象無象が集まってくるだろう。その中から取捨選択する方法もある。

 だがあんまり賢いやり方だとは思えず、結局は止めておいた。例えば一度断った相手が優秀だと知れたらどうする? やっぱり仲間に入ってくれって勧誘したところで心証は最悪だろう。

 それよりも自分の目を信じたかった。その本人を見て判断したかった。こいつなら! と思える誰かがきっといるはずだ。


「うん。部屋に閉じこもっていても仕方ない」


 入学式を翌日に控えた日曜日ということもあり、校舎は新入生に開放されている。あらかじめ学内を散策しておくのは意味がありそうだったし、同じように考えた新入生は他にもいるに違いない。

 俺は制服に着替えて部屋を後にした。


 秋津島学園は東京湾に浮かぶ浮遊人工島だ。その広大な敷地のほぼすべてを学園の施設が占めている。

 一番場所を取っているのがいくつもあるバトルアリーナだろう。

 音速を超えた速度で戦闘を行うバトルドレス用のアリーナは、一面ですら野球場より遙かに広い。それが十二面、校舎を取り囲むように整備されている。学内戦は基本的には自分よりひとつ順位が高い相手に挑戦状を叩きつけることで成立する。別にもっと上位者に挑んでもいいのだが、その場合は上位者に拒否権がある。逆に言えばひとつ下の順位からの挑戦からは逃げられない。挑戦は週に一度だけと決まっていて、勝つと相手の順位に割り込める。十二面ものバトルアリーナがあるのは、いつ学内戦が行われても対応できるようにだ。

 PAでアリーナの予約状況を確認すると、もうすぐ学内戦が行われることが分かった。それも学内順位二位が一位に挑戦する頂上決定戦だ。こんな面白そうなものを見過ごすところだったなんて!

 俺は学内を運行する路面電車(トラム)に飛び乗る。学園島はめちゃくちゃに広い上、中央に向けて盛り上がった形状をしているので、トラムを乗りこなすのは必須技能だ。トラムを乗り継いで、学内戦が行われる四番アリーナへと到着する。

 開始時間直前だというのに人は(まば)らだ。理由はおおよそ察しがつく。だって勝ち負けの決まっている勝負なんて見ても面白くないだろう?

 チームメイトを探すという使命も忘れ、俺はPAと相談しながら一番いい席を押さえるためにアリーナ内を歩く。狙いは学内一位の開始位置の背後の席にした。戦いの全容を掴むより、一位がどんな風に動くのか近くから見たかったのだ。

 PAに席への道案内を頼み、地図に目を落としながら足早に歩いていた。のが災いした。正面から歩いてくる誰かに気付くのが遅れたのだ。ほとんどぶつかりかけて、慌てて足を止める。


「おっと、ごめん……なさい?」


 語尾がおかしくなったのは許していただきたい。誰だって俺と同じ立場に立たされたらそうなるはずだ。目の前、まさにぶつかる寸前のそこにあったのは、今まさに頭の中を占めていた学内一位、マスカレイドへの出場経験もある――、


「秋津瑞穂――」


 そう呟いた途端ギロリと睨まれる。綺麗な顔をしているものだから迫力が凄い。機嫌はすこぶる悪いようだった。それもそうかも知れない。学内一位の彼女にしてみれば学内戦というのはリスクでしかない。一万回に一回の負けも無いとしても、いやそれならばなおさら、彼女にとってもう学内で学ぶことが無いのだとすれば、学内戦は彼女にとって全く無為な時間でしかないのだろう。


「先輩、だろ。新入生」


「入学式は明日なので」


 悪い癖で反射的に答えてしまう。秋津瑞穂を逆撫でしたのではないかと恐る恐るその表情を確認すると、何故か彼女は毒気を抜かれたような顔をしていた。


「なるほど、一理ある」


 それだけではなく彼女はわずかに微笑みさえ浮かべて見せた。


「それはそれとして、きみだけ私の名前を知っているというのは不公平だな?」


三津崎青羽(みつみさきあおば)です」


「みつみさきあおば? 漢字は?」


「数字の三に、津波の津、みさきの崎に、青い羽で青羽です」


「へぇ、綺麗な名前だ。青い羽、ね。ご両親のどちらかが昆虫が好きだとか?」


「いえ、父が漁師で、水難救助のための募金を青い羽募金というのですが、そこからだと思います」


「なるほど、知らなかったよ。勉強になった。それで青羽くん、きみはいつまで私の進路を妨害し続けるのかな?」


 咄嗟に飛び退いて謝ろうかと思った。彼女にはそれだけの凄みがあった。そうさせるだけの背景を彼女は持っている。だが俺はそれを飲み込んだ。俺を見つめるその瞳を真正面から見つめ返す。

 マスカレイドに出場すると決めている以上、彼女は先輩である前にライバルだ。いずれ倒さなくてはならない相手だ。今ここで頭を垂れれば、そこで序列が決まってしまう。


「そちらこそ、俺の進路を妨害していやしませんか?」


 学内戦は順位を超えて挑戦ができるが、上位者が受けなければ成立しない。基本的に上位者にはメリットが無いバトルだ。成立するにはそれ相応の理由が必要になる。例えば上位者が下位者を完膚なきまでに叩き潰したいというような。


「――?」


 美しい瞳が細められる。整った眉根が寄った。怒っているというよりは、困惑したような表情。こいつは何を言っているんだ? と、心の声が聞こえた気がした。


「すぐに学内一位から引きずり下ろしてやる。黙って道を譲るのはそっちのほうだ」


 ハッキリと口にする。引き返せなくなるその言葉を。

 問題ない。

 始めから引き返すつもりなんて無いからな。

 マスカレイドへと続く道で、俺は一度でも躓くわけにはいかない。

 さあ、怒れよ。秋津瑞穂。俺の挑戦を受け入れろ。

 あんたを倒すのが最短の近道だ。

 秋津瑞穂はしばらく呆けたような顔で俺を見つめていたが、やがてくつくつと笑い出した。


「今年の新入生は生きが良いな。よかろう。五月一日、一年生に学内戦が解禁されるその日だ。私を退屈させてくれるなよ」


 肩を叩かれ、そのままぐいと押し退けられる。女性の細腕とは思えない力強さだった。為す術もなく俺は道を譲らされる。


「学内一位で待っている」


 そう言い残して彼女は真っ直ぐに去っていった。

 試合がどうなったかって?

 そんなの語るまでも無いだろう。彼女は言ったことを守った。それが結果だ。




              2115年4月12日(金)放課後「秋津島学園」

                                  居住区



 俺は自室のベッドに寝転がり、死んだ目でPAの画面を見つめていた。

 秋津瑞穂に挑戦状を叩きつけた俺は燃えていた。めらめらと燃えていた。激しく燃え上がっていた。いわゆる炎上である。

 秋津瑞穂ほどの有名人ともなれば、その動向は常にチェックされている。俺が秋津瑞穂に啖呵を切った様子は、近くにいた誰かによって撮影されており、学内SNSにアップロードされ、瞬く間に拡散した。

 すぐに犯人探しが始まった。アップロードした誰かではなく、学内不動の一位、女王、秋津瑞穂に喧嘩を売った命知らずな誰かについて。

 特定班はあっという間に俺のアカウントを発見し、晒し上げた。

 翌日には俺の存在は学園中の知るところとなり、俺に話しかける者はいなくなり、俺が話しかけようとしても逃げられる始末だ。

 それは別にいい。

 最初からクラスメイトと馴れ合うつもりはない。

 俺はマスカレイドの舞台に上がりたいだけだ。秋津島学園はその踏み台でしかない。秋津瑞穂に恐れをなす程度の連中なら、こっちから願い下げだ。

 とは言え、チームメイトは必要である。同学年という縛りがある以上、新入生の中から秋津瑞穂のチームと戦える気概を持った連中を集めなければならない。だが炎上に巻き込まれるのを恐れてか、誰も接触してこないというのが現実だ。

 お前ら、本当にそれでいいのか?

 秋津瑞穂が新入生の挑戦を受け入れた。これはまたとないチャンスなんだぞ。

 学内戦で下位者が上位者に勝つと、上位者の順位に繰り上がる。秋津瑞穂に勝てば、その瞬間に俺が学内一位だ。新入生のチームが一位になるには、現在一位である秋津瑞穂が決闘を受け入れたこの機会しかない。

 炎上ごときを恐れて、この好機に乗らないのか?

 心の中で吠えてみても、現実は何も変わらない。

 学内SNSのアカウントは学園のシステムに紐付けられているためか、酷く攻撃的な内容は書き込まれていない。ただ動画を引用して『こいつ、やべー』『こわ、近寄らんとこ』『命知らずすぎる』『勘違い野郎』と言った発言をしているのは数多く見られる。こいつは攻撃してもいい奴、という空気ができあがっていた。

 最悪、俺は秋津瑞穂のチームに単身で挑まなくてはならない。

 いや、そうなる、と思っておいたほうがいい。

 であれば、俺は秋津瑞穂を単身で倒す算段をつけなくてはならない。

 分かりきっていることだが、秋津瑞穂は強い。

 だが俺に有利な点が2つある。

 ひとつは彼女があまりに有名であることだ。

 彼女の対戦映像はネットに嫌になるほど転がっている。俺は彼女の情報を集めるのに苦労しない。彼女がどういう戦いに強く、どうされれば苦戦するのか、俺には調べられる。

 もうひとつはその逆で、彼女は俺の情報をほとんど持っていないはずだということだ。

 俺がどういう動きを得意とし、どう攻めるのか、彼女は知らない。来週にはシミュレーターに、再来週には本物のドレスに乗ることになっているから、俺がどの程度できる(・・・)のか、彼女も知るところになるだろう。

 だがその戦闘スタイルを解析できるほどの情報はもたらされないはずだ。

 そこに俺の勝機がある。もとより撹乱し、接近して、一撃で決めるスタイルだ。どんな相手でもワンチャンある。ゲームでの話だけどな。

 一方、秋津瑞穂のバトルドレスは俗に戦闘機タイプと呼ばれるものだ。

 大きく広げた放熱板を翼として使い、運動エネルギーを最大限活用するために、慣性無効装置を使わず、狭いバトルアリーナーを超高速で飛び回る。俺のような近接戦タイプには抜群に相性がいい。それじゃ駄目じゃねーか!

 対戦映像を見る限り、対戦時間が長引く傾向にあるのは重装甲射撃タイプのドレスが相手だった時だ。始めから回避を捨て、敵に攻撃を当てることにのみ専念する。そういうタイプが彼女は苦手のようだった。

 射撃精度があまり良くはないとされる戦闘機タイプにあって、秋津瑞穂は抜群の命中精度を誇っているが、相手がそもそも避けようとしないのでは宝の持ち腐れだ。しかも重装甲型バトルドレスというのは、熱量限界がべらぼうに高い。大きい放熱板に、蓄熱装甲を山のように積んでいるのだから当然だ。そのドレスが嵐のように弾幕を撃ってくるのである。速度を上げるため軽装甲の秋津瑞穂は回避に集中しなくてはならない。

 だが重装甲型バトルドレスとの戦いも、長引くだけで、最後には彼女が勝つ。

 神がかった回避能力と、針の穴を通すような精密射撃で、重装甲型バトルドレスの装甲を一枚一枚剥いでいって、最終的には丸裸にしてしまうのだ。

 マスカレイドに限らず、二一一一規則(トゥートリプルワン)におけるバトルダンスは反応炉の熱量が一定に達した時点で敗北となるルールだ。機体が操作不能になるまで戦う二一〇〇規則とは違う。

 この十年での技術の進歩は凄まじく、かつてはレーザーしか防げなかったシールドが実弾や爆発の衝撃も止められるようになって、ドレスの形状は大きく様変わりした。

 かつては全長十メートルはあったバトルドレスも、今では二メートル強と言ったところだ。遠隔操作するロボットから、実際に服を着るように装着するドレスとなった。それでありながら戦闘能力はほとんど変わらないどころか、上昇している上、安全性も遙かに増しているというのだから驚きだ。

 慣性無効フィールドの機能が追加されたシールドがダンサーを守るため、その素顔が露出している有様である。そりゃモニターに比べたら視界も広いし、反応も良くなるよ。

 ドレスの変遷に伴い、対戦ルールも変更され、現在の熱量制に落ち着いている。そしてこの制度では戦闘機タイプと重装甲タイプが飛び抜けて強い。

 放熱板を翼のように広げて排熱できる戦闘機タイプと、蓄熱装甲をガン積みすることで熱量限界を引き上げる重装甲タイプというわけだ。

 ゲーム内の俺のような近接戦タイプは現実には駆逐されつつある。

 秋津瑞穂の対戦相手にもほとんど近接戦タイプは見られない。たまにいたとしても一方的に倒されるだけだった。だがそれは秋津瑞穂に近接戦タイプとの戦闘経験があまりないということでもある。

 必ず勝機はあるはずだ。

 とにかく今は秋津瑞穂の動きを覚えてしまうほどに対戦映像を目に焼き付けるしかない。

 そう思ってPAの画面にのめり込んだ。その時だった。

 ――メッセージが届きました――。

 通知がPAの画面に現れた。




                 2115年4月13日(土)「秋津島学園」

                                 校舎屋上



 秋津島学園の屋上は生徒には開放されていない。

 反応炉が一般に普及した現代において、建物の屋上と言えば放熱器がずらりと並んだ金属の森だ。空気が揺らぐほどに熱されたこんな場所である。例え立ち入りが禁止されていなくとも近づく者などそうはいない。


「だからこそ密会には向いているというわけでね」


 屋上へと通じる扉のロックを解除する電子キーを添付して、俺をこの屋上に呼び出した相手は、そう言ってキシシと笑った。が、その姿は見えない。放熱器の向こう側に隠れているのだ。どうやら姿を見せる気はないらしい。

 とは言っても、学内SNSでメッセージが送られてきたわけだから、相手の素性は分かっている。


「で、こんな監視カメラも無い場所に呼び出して、どんな用事だ?」


 メッセージを送ってきたアカウントが本人のものであれば、彼女は太刀川卯月(たちかわうづき)。俺のクラスメイトということになる。だが声や喋り方では判別できなかった。俺がクラスメイトと交流を持てていないということもあるが、それを置いても彼女が誰かと話しているのを見たことがない。

 俺の知る太刀川卯月という女生徒は、休み時間でも一人で端末と向き合っている、良く言えば孤高の、悪く言えばぼっちだった。


「残念ながら愛の告白ではないね。フヒヒ、ちょっとは期待した?」


「ちょっとは、な」


 むしろ闇討ちでなくて安心した。わざわざ監視カメラの無いような場所に呼び出されたのだ。秋津瑞穂の崇拝者による私刑(リンチ)の可能性も考えていた。だが幸いここには太刀川卯月以外に誰もいないようだ。


「んふふっ、心配せずとも拙者は味方でござるよ」


 俺の心を読んだように放熱器の向こうの彼女は言った。にしてもキャラ濃いなあ。ぼっちなのもむべなるかな。ちょっと近寄りがたい。悪い意味で。


「絶賛炎上中の俺に味方するのか?」


「――少年よ、力が欲しいか?」


「会話しろよ」


「フヒヒ、人と話すのは苦手なのでな」


「なんで呼び出したんだよ」


 このご時世、大抵のやり取りはオンラインで済ませられる。顔も見たこともない相手と友だちだっていうのだって珍しくない。直接話すのが苦手ならば、メッセージのやり取りでも良かったはずだ。


「顔も見せずに味方すると言っても、信じられぬであろ?」


「顔見せてねーじゃねーか」


「うむ。恥ずかしいのでな」


 だが言いたいことは分かった。彼女は俺に対して誠意を見せようとしているのだ。俺と会うのに人目の無い場所を選んだ。男子と女子であることを考えれば、リスクは彼女にもある。

 太刀川卯月は背の低い、華奢な女の子だ。武器でも持ち込んでいない限り、腕っぷしで俺に勝てることはないだろう。そんな彼女が監視カメラの無い場所で、俺と二人きりになっている。


「つまり、太刀川さんは俺に力を貸してもいいと言っているんだな?」


「少年よ、力が――」


「それはもういいから」


「そうか……」


 露骨に残念そうな声だった。だがこの場合、なんて答えるのが正解かが分からねーよ。力がッ、欲しいッ! とでも言えばいいのだろうか。


「少年は近接型のバトルドレスが必要であろ?」


「なんでそれを!?」


「フヒッ、聞きたい? 聞きたいでござるか?」


 いや、マジで聞きたい。

 俺の戦闘スタイルを知る者がこの学園にいるはずがない。何故なら俺はバトルドレスに乗った経験が無いのだ。適性検査を受けるために簡単な講習は受けたが、適性検査はシミュレーターで行われたし、その内容は公開されていない。学園で新入生向けにシミュレーター訓練が行われるのも来週からだ。

 まだ誰にも俺の動きを見せてすらいないのだ。見せていないものを知るすべなどあるはずがない。


「キシシ、適性値10384と言えば分かるでござるかな?」


「俺の!? どうして!?」


 適性値は個人情報扱いで公開されていない。学校のシステムにアクセスすれば自分の適性値を見ることはできるが、他人のは見られない。


「あっしにかかればお茶の子さいさいってね」


 そこでようやく思い出す。彼女は生徒が立入禁止になっている屋上への扉の電子キーを持っていた。真っ当な手段で手に入れたのでないとすれば、彼女は――。


「不正アクセスか」


「ヒヒッ、適性検査の記録を見させてもらったでござるよ」


「それで秋津瑞穂との決闘までに近接型のバトルドレスを用意できるのか?」


「流石にハッキングでどうのというのは無理でござるなあ。当日の授業をサボれば、と言ったところかな」


 新入生に学内戦が解放されるのは五月に入ってからだ。同様に自分の使用するドレスのカスタマイズができるのも五月に入ってからである。俺たち新入生には学内戦がまだ解放されていないため、秋津瑞穂との決闘はまだ正式に決まったものではない。よってその時間もまだ未定だ。そして決闘制は下位者が上位者に申し込むものである性質上、そのタイミングは俺の手に委ねられている。

 つまり授業をサボって朝からドレスのセットアップを行えば、支給される汎用型を当日中に近接型へカスタマイズも可能かも知れない。と、太刀川卯月は言っているのだ。


「あらかじめどのようなセットアップにするか煮詰めておく必要はあるね。でもそれさえ済ませておけば、最終調整する時間くらいは取れるかも知れない。とは言え……」


「とは言え?」


「ううむ、腕のいい整備士(メカニック)は欲しいところでござるな」


 学内戦で使うバトルドレスはシミュレーター上のデータではない。実物の兵器だ。カスタマイズを決めるのは俺と太刀川卯月でできたとしても、実際に組み上げるのに、整備士メカニックが必要だろう。時間が限られていることを考えると、腕のいいという条件は確かに必要だ。


「確かにな。実戦を考えると通信士オペレーターも欲しい。太刀川さんはできるか?」


「あ、それは無理」


 いきなり素に戻った声で言われる。一人称もキャラもブレッブレだな。


「そうなると整備士メカニック通信士オペレーターの確保が最優先か。太刀川さんにアテはないのか?」


「あると思うか?」


「だよなあ」


 かたや絶賛炎上中の学園の敵で、かたやキャラの安定しないぼっちだ。どちらも人に協力を仰ぐという点において不向きであると言わざるを得ない。


「別にずっとチームを組もうってわけじゃない。秋津瑞穂に挑戦するその時だけの協力者でいいんだけどな」


「そのような仮初めの関係で秋津瑞穂と戦えるのかのう?」


「元から一人ででもやるつもりだったんだ。太刀川さんが味方してくれるだけで御の字だよ」


「フヒッヒ、ちょっと待って――」


「ああ……」


 よく分からないが手持ち無沙汰になったので、PAをチェックする。炎上は収まる気配が無さそうだ。学内SNSがこれなので、匿名性の高いネットワークサービスの類は怖くてチェックしていない。通知が鳴り止まないということはないので、匿名でやってるアカウントまで身バレしたということはなさそうだ。

 とか思ってる矢先にメッセージを受信した通知が出てきてちょっとビビる。だがメッセージの主は太刀川卯月だった。添付されていたファイルを開くと、新入生と思しき生徒のリストがずらりと並ぶ。


「炎上騒ぎに参加していない生徒のリストだよ」


「なるほど。そうか、全員から目の敵にされているのかと思ってたよ」


「ンフフ、SNSでは声の大きさがそのまま存在感の大きさだからね。視野が狭くなりがちだぜ」


「目から鱗だわ。結構いるもんなんだな。静観してる生徒も」


「ただ勘違いしてはいけないのは、静観してるからと言って三津崎の味方ってワケじゃないことだよ。単に騒ぎに参加するのが嫌いな者、元から発言を行っていない者なんかも含まれている。炎上に巻き込まれても気にしないなんて心の強い者はそうはいないだろう。私たちはこの中からと決まったわけではないが、整備士メカニック通信士オペレーターを見つけ出さなければならない」


「だけど参考にはなる。ありがとう。太刀川さんが居てくれてよかった」


「ウヒヒ、少しは役に立つところを見せておかないとね」


「でも、なんで炎上に巻き込まれる危険性を冒してまで俺の味方を? まだ実物を使った訓練も始まってない。適性値を知っていると言っても、実際のドレスでどれだけ戦えるかは未知数だろ?」


「……だからこその今なんだ。来週にはシミュレーター訓練が始まるだろ? 三津崎が適性値通りの動きができるのであれば、手のひらを返してすり寄ってくる連中が出てくるかも知れない。私が人の輪がすでに出来上がっているところに入っていけると思うかい?」


 それはものすごく納得の行く答えだった。


「太刀川さんの様子を見るにチーム自体に興味が無いのかと思ってたよ」


「仲良し小好しのチームごっこに興味はないよ。私は私の設計するドレスを預けるに足るダンサーを見つけられればそれでいい」


「俺は合格か?」


「それをこれから見極めさせてもらうのさ。秋津瑞穂との戦いでね」


「顔を見せてくれないのは仮のチームメイトだからか」


「いや、単純に人と顔を合わせて話せないんでござるよ」


「そうか、無理に顔を見せろとは言わないよ。人目のあるところで話しかけるような真似もしない」


「そうしてもらえると助かる」


 放熱器の向こうからほうと息を吐くのが聞こえた。


「疲れたか?」


「こんなに人と話したのは久しぶりのことでね。それにここは暑い」


「同感だ。後はメッセージでやり取りしても大丈夫だろ。先に行くか?」


「悪いがそうさせてもらうよ。またね、三津崎」


「ああ、また、太刀川さん」


 足音がして人の気配が遠ざかっていく。俺はPAを見て少し時間を潰してから屋上を後にした。真っ直ぐ居住区の自室に戻り、シャワーで汗を流してから、太刀川卯月にもらったリストをチェックした。

 炎上騒ぎに参加していない新入生の数は三二名。意外なほどに多い。彼らがイコールで俺の味方ではないが、積極的な敵ではないということだ。

 太刀川卯月の存在によって、俺は学園中が敵ではないということを教えてもらった。一人でも秋津瑞穂と戦う、そんなつもりだったが、無謀な考えだったと今なら分かる。何故ならたった一人が味方になっただけでこんなにも心強いのだ。

 必ず、勝つ。勝ちに行く。その座を明け渡してもらうぞ。秋津瑞穂!




                 2115年4月15日(月)「秋津島学園」

                        本校舎シミュレータールーム



 ドレスの操縦はピアノの演奏に例えられることがある。高度一万メートルから自由落下しつつ、両手両足で四つのピアノを演奏する。というのがそれだ。もっともそれはフルマニュアルでの操縦の場合であって、実際には機体AIの補助によってもっと簡易的に操縦ができる。同じ車でも乗用車とレーシングカーでは操縦がまったく違うのと似ているかも知れない。もっとも自動運転でない乗用車など現代では見つけるのが困難だが。

 マスカレイドでもフルマニュアルでバトルドレスを操縦する操縦手(ダンサー)はあまりいない。だが上位を占めてくるのは、フルマニュアルを扱える操縦手(ダンサー)ばかりだ。俺もいずれはフルマニュアルを扱えるようになるつもりだ。だが今のところシミュレーターを自由には使えないので授業に則って初心者向けのシステムで訓練するしかない。

 秋津島学園に入学した生徒は全員が適性検査を受けているから、シミュレーターの基本的な動かし方は講習を受けている。フルサポートにおいてドレスを動かすのは自分の肉体を動かすのと大差ない。体の大きさが違うことを認識できていれば困るようなことはない。

 そう、思っていたが、一般的な新入生にとってはそうではなかったようだ。

 俺が基本操作チュートリアルを終え、担任の有澤(ありさわ)さつき(二八)への通信を開くと、彼女は最初不具合を疑ったようだった。あまりに早すぎるというのがその理由だった。だがシステムチェックをしても問題はなく、チュートリアルが完遂されていることを確認すると、応用操作チュートリアルを実行するように俺に言った。それも問題なく終えて、再びさつきちゃんへの通信を開くと、彼女は呆れたような顔になった。


「三津崎、お前以外の生徒はまだ誰一人基本操作チュートリアルを終えていない」


「まさか! 動かすだけですよ!?」


「その動かすだけのことが難しいんだ。素の体とは歩幅も違えば、バランスも違う。ドレスを着て動くということは、四本脚の生き物が二足歩行しようとするのに等しい。まあ、いいか。三津崎、飛行訓練プログラムの実行を許可する。反重力装置を使った飛行は、お前が想像するより遥かに困難だ。猿に戦闘機を操縦させるようなものだ。いいか、吐くなよ? 吐いたら自分で掃除しろ」


「分かりました。肝に銘じておきます」


 通信は切れ、俺は飛行訓練プログラムを実行する。

 反重力装置とは言葉通り、重力に反重力を当てて、重力という力を無効化するものだ。揚力を利用する飛行機とまったく違うのは、反重力装置を使うと上下の感覚が無くなるという点だろう。肉体の感覚としては自由落下に近い。シミュレーターにも反重力装置は搭載されていて、その内部空間を無重力に置いて環境の再現を行う。

 だから俺は上下を忘れる(・・・・・・)ことにした。地面という奴は壁だったり天井だったり、なんだっていい。障害物だ。シールドがある以上、ぶつかってもいい(・・・・・・・・)障害物だ。現行のシールドはレーザー吸収膜と、慣性無効フィールドによって構成されている。地面と接触した場合、慣性無効フィールドが干渉して、俺の運動エネルギーを熱量に変換してゼロにする。速度がゼロになるだけだ。ダメージを負うわけではないし、減点にもならないようだ。

 飛行訓練プログラムという名の輪っかくぐりに、俺は地面という障害物を利用することにした。地面に近い位置にある輪っかが二つ平行に並んでいるような場合、おそらく本来求められているのは必要なだけ減速してカーブを描き、輪をくぐるということだ。だがそこに地面があるということは、全速力で突っ込んでも地面で速度をゼロにリセットできるということに他ならない。地面への接触で速度を消した後にフルブーストで加速して二つ目の輪をくぐる。多分これが一番早いと思います。


「あのな、三津崎、これはタイムアタックじゃないんだ」


「でも記録は取ってあるんでしょう?」


「初回に限れば最速だ。言っておくが、わざと地面にぶつかって慣性無効フィールドで減速するというのは、高等テクニックに分類されるからな」


 初回に限れば、ってことは、もっと速い人がいるということだ。今の俺ではどこを詰めればタイムが縮むのか分からない。奥が深いな。飛行訓練プログラム。


「順番通りなら次は慣性無効装置の訓練プログラムだが、流石に単元が終わってしまうな。先に出て休んでいいぞ」


「次は昼休みでしょう? 慣性無効装置の訓練までやらせてください」


「三津崎、お前の事情を考えると焦るのは分かるが――」


「事情? ああ、そうか、そうだった」


 秋津瑞穂と戦うためにはシミュレーターでの訓練でつまづいているわけにはいかない。さつきちゃんは俺がそう考えているのだと思ったのだ。


「違います。先生。俺はいま楽しいんです。こんなに楽しいことを俺は他に知らない。時間があるなら使わせてください。一秒でも長く楽しみたいんです」


「本心、のようだな。なら、いいだろう。どこまで行けるのか見せてみろ!」




              2115年4月17日(水)「秋津島学園」放課後

                        本校舎シミュレータールーム



 シミュレーター訓練過程を学園史上最速で終了させたことで学内SNSにおける俺の評価は変わりつつあった。適性値はセンシティブな要素を含むので公表されないものの、学園での成績はすべての生徒が閲覧可能だ。俺が全訓練過程を終了させるまでに要した時間は秋津瑞穂より三分一八秒早い。

 少なくとも俺には秋津瑞穂を凌ぐポテンシャルがあることが証明された。ポテンシャルは可能性であって実力ではないし、彼女には一年間実戦を積み重ねてきた経験がある。おおよその予想は勝負にもならないというものだ。だがそうでないかも知れないと言う声が一部で出始めたこともまた確かだった。

 ちなみに太刀川卯月はまだ基礎操作チュートリアルで難儀していた。メッセージでコツを聞かれたが、言葉ではうまく説明してやることができない。そこで放課後にシミュレーターの予約を取って練習に付き合うことになった。なお、今のところ、この予約制度は授業に遅れている生徒のためのもので、俺のように順調に課程をこなしている生徒は借りられない。


「きょ、きょ、今日は、よろしく、お願いする」


 もちろんシミュレータールーム自体を貸し切れるわけもなく、室内には他にも多くの生徒の姿があった。だからだろう、太刀川卯月はいつも以上に緊張している様子だった。メッセージでは頻繁にやり取りをしているから、俺相手だけならここまで緊張はしないだろう。たぶん。


「まあ、とりあえずやってみよう。基礎訓練チュートリアルの最後で詰まってるんだったよな?」


「あ、ああ、うん、そうだ。動かすこと自体には慣れてきたんだが、あっちへこっちへと指示されるとついていけなくなる」


 しゅーんと太刀川卯月は肩を落とす。こうして間近で見ると、彼女は本当に小さくて華奢だ。お人形みたいという形容詞がぴったりである。変なキャラさえしていなければ、女子に人気が出そうな気がする。相変わらず教室では誰も近寄るなオーラを発して端末と向かい合っているので、誰も話しかけられずにいるのだが。

 そろそろクラス内での人間関係もまとまりつつある。チームも順調に結成されていっているようだ。そんな中で俺と太刀川卯月は相変わらず孤立している。まあ、すでに二人でチームを組んでいるとも言えるわけだが、こうして人の目のあるところで話をするのは今日が初めてだった。


「とりあえず一回やって見せてくれ。それを見て俺も助言するから」


「わ、わ、分かった。やってみる」


 太刀川卯月の小さな体がシミュレーターの中に消える。俺は外部モニターでその様子を見ていたのだが、まあ、ひどい。太刀川卯月の操るドレスはまるで操り人形みたいな不自然な動きで、のたのたと目標地点へと走っていく。あ、こけた。

 バトルドレスは小型化に伴いいくつかの装備が無くなった。その一つがバランサーだ。二メートル強の現行バトルドレスは、普通の肉体を動かすのとほとんど変わらない感覚で動かせるから必要ないとされたのだ。

 しかし身長の低い太刀川卯月にとってはその身長差は許容できないほどに大きいのかも知れない。


「太刀川さん、動かしているのは自分の体だと思うな」


「だ、だが、自分の体を動かすように動かすと習ったぞ」


「忘れろ。動かしているのは二メートル以上の巨人だ。一歩で移動する距離が全然違うんだ。思っているよりずっと移動するから、思わず足が止まるんだ。ロボットに乗っていると思ったほうがいいかも知れない」


「余計にこんがらがってきたぁ」


 そんな感じで奮闘すること一時間ほど。ようやく太刀川卯月は基礎訓練チュートリアルをクリアした。汗だくになった太刀川卯月がシミュレーターから出てきて手を上げた。ハイタッチをしたいのだと気づいたが、身長差のせいで親戚の子どもとお別れの挨拶をする感じになってしまった。

 それでも太刀川卯月は満足そうに笑みを浮かべて伸びをする。


「あの……」


 そしていきなり声をかけられてビクンってなった。きょろきょろと声の主を探す仕草は小動物みたいだ。


「太刀川さん……、基礎終わっちゃったんですか?」


 そこに居たのは同じクラスの鵜飼(うかい)ひとみだった。太刀川卯月ほどではないが、寡黙な生徒で、おとなしめの女子のグループだったはずだ。長い前髪のせいで表情がよく分からない。確か炎上に参加していない新入生リストに名前があったはずだ。


「お、お、終わったじょ」


 そして挙動不審になった太刀川卯月は俺の体に隠れるように移動した。


「三津崎くん、すごいですね……。最速記録だけじゃなくて、遅れてる人のサポートまでできるなんて……」


「たまたま助言が上手く行っただけだと思うよ。鵜飼さんも練習?」


「はい……。私も基礎訓練が終わっていないんです。それで……三津崎くんさえ良ければ、その……」


 鵜飼ひとみの言わんとするところは分かった。どうせ俺はシミュレーターを使えないのだ。遅れている生徒の手伝いをするくらいはいいだろう。


「力になれるかどうかは分からないけど、俺で良ければ手伝うよ」


 鵜飼ひとみは太刀川卯月に輪をかけて酷かった。思わず手伝うと言ったことを後悔しかけたほどだ。太刀川卯月ほど背が低いわけではないのだが、ドレスをうまく動かせない。それから不思議なことにずっと一人で喋り続けている。


「右、左、目標地点まで五メートル。右、左、右、次は三時方向」


「鵜飼さん、喋ることより操縦に集中したほうがいい」


「す、すみません。……私、集中すると勝手に口が滑るんです……」


「そうか、じゃあ無理に喋るなとは言わない。多分、慣れるまで動かし続けるしかないんじゃないかな。あ、でも目標更新の時の反応はいいよね。まるで次の目標地点があらかじめ分かってるみたいだ」


見える(・・・)んです……」


 鵜飼ひとみが何を言ったのか分からなかった。


「見える?」


「私、次の目標地点がどこになるか見えてるんです……」


「そんな馬鹿な」


 太刀川卯月が唖然として言った。


「鵜飼殿、それは(まこと)でござるか?」


「え? え? 太刀川さん?」


「素が出てるぞ。太刀川さん」


 というか、これが素なの? キャラ作りじゃないの?


「基礎訓練チュートリアルの目標地点更新先はランダムだ。調べたんだから間違いない」


 調べたんだ。少しでも楽をしようと思って、頑張っちゃうタイプなんだろう。


「無意識のうちにランダムの傾向を読み取って、その結果が見えているように感じるのか? そんな馬鹿な? だが事実だとすれば……」


 太刀川卯月はごくりと喉を鳴らす。


「鵜飼殿には通信士オペレーターの才能があるのやもしれん」


「それより、基礎を終了させたいです……」


 その後、下校時間になるまで粘っても鵜飼ひとみが基礎訓練チュートリアルを終わらせることはできなかった。俺たちは連れ立って下校し、トラムに乗って鵜飼ひとみが良く行くというカフェに行き反省会を行うことにした。

 十番エリアにあるそのカフェは落ち着いた雰囲気の木造風の建物で、客も少なく、落ち着いて話をするにはぴったりだった。鵜飼ひとみはよくここで本を読むのだと言う。

 小腹が空いていた俺はトーストサンドのセットを、太刀川卯月はパフェとコーヒーを、鵜飼ひとみは紅茶を注文する。頼んだ品が出てくるのを待たずに俺たちは話し始めた。


「なるほど、もともと運動が苦手なわけだ」


「はい……。中学でも体育の成績は下から数えたほうが早かったです」


「ドレスの操縦は運動神経がもろに影響するからなあ」


 |DRESS.《ダイレクトリアクティブエレクトロニックサポートシステム》は体を動かそうとする神経の働きを読み取る仕組みなので、ドレスの操縦は全身運動だ。実際に体を動かすほどの負荷はないが、自分の体を上手く操れない者がドレスを上手く操れるということはない。


「……ダンサー志望でもないのに、操縦訓練があるのがよく分からないです」


 秋津島学園の授業が専門課程に分かれるのは二学期からだ。一学期は操縦手(ダンサー)候補生も、サポーター希望者も、同じ内容の授業を受ける。ドレスをある程度操縦できなければ、優秀なサポーターにはなれないという考えからである。

 新入生は一学期の終わり、六月末までにシミュレーターの応用訓練チュートリアルまでを終わらせることが求められる。できなければ夏休みに補習を受けなければならない。


「鵜飼さんの志望はなに?」


「……ドレスの、その、デザインができたらって、憧れています……」


開発者(エンジニア)志望か」


通信士オペレーターをやってみる気はないでござるか?」


 コーヒーにスティックシュガーを三本まとめて流し込みながら太刀川卯月が言った。俺の口の中まで甘くなるから止めろ。


「……その、私は喋るのは苦手で……」


「シミュレーターの中では喋りまくってたのに」


「……集中すると、口が勝手に喋りだすんです……。止めようとは思ってるんですけど、無意識で……」


「それよりも拙者は、見える(・・・)というのが気になるでござるな」


「……うまく説明は、できません。……昔から普通の人には見えないものが見えるんです」


「では実験をしてみよう」


 太刀川卯月はそう言って鞄の中をごそごそと探り出し、その中から新品のトランプを取り出す。


「さっきコンビニで買って来た種も仕掛けもないトランプだ」


 太刀川卯月は封を切り、中身を(あらた)める。四種の各十三枚とジョーカー。計五三枚であることを確認し、カードを手際よくシャッフルする。そしてテーブルに裏面をざっと広げた。


「ジョーカーはどれか分かるかの?」


「そんなのいくらなんでも――」


「これです」


 鵜飼ひとみは迷わずに一枚のカードを摘み、裏返した。ジョーカー。嘘だろ。


「スペードのエース」


「これです」


 裏返ったのはスペードのエース。こんなん超能力じゃねーか。

 太刀川卯月はカードを集め、再びシャッフルする。


「今、一番上のカードは?」


「クラブの八です」


 太刀川卯月がカードをめくる。クラブの八。

 彼女はカードを裏返し、テーブルの下に隠してシャッフルした。再びテーブルにカードを広げる。


「ジョーカーは?」


「……見えなくなりました」


「透視カードを試したことはないでござるか?」


「友だちが面白がって。でも見えませんでした」


「なるほどな」


 太刀川卯月は頷いて、カードを箱にしまった。


「なにがなるほどなんだ? さっぱり分からん」


「彼女には、完全記憶能力と抜群の動体視力があるんだ。そしてそれを処理する頭の回転の速さだ。頭の良すぎる人が数学の問題を見ただけで答えが見えるのと同じ原理だ。途中の計算式をすっ飛ばして答えが見えているんだよ」


 そんな無茶な、と思うが、否定する言葉も出てこない。


「基礎訓練シミュレーターの次の目標地点が見えるというのも?」


「最初は見えていなかったんじゃないでござるか? だんだん見えるようになっていった。どうでござろう?」


「……はい。そんな感じでした。……完全記憶能力も確かにあります」


 俺はテーブルを挟んだ向こう側で紅茶に手を伸ばす、うつむき加減の前髪で表情が見えない少女に恐れすら抱いた。もし彼女に運動神経が加われば、秋津瑞穂を超える強敵になるかもしれない。だが彼女の未来予測が味方に付けば?


「鵜飼さん、どこかのチームに所属はしてる?」


「いえ……、最初は友だちに誘われたんですけど……、シミュレーター訓練が始まってからは何も言われなくなりました……」


「なら、俺のチームで通信士(オペレーター)をやってみる気はない? いや、是非とも入って欲しい。鵜飼さんの力が必要だ」


「……でも、私は開発者(エンジニア)志望で……。うまくやれるとも思えませんし……」


「お試しでいいんだ。期間限定で構わない。どうしても駄目だと思ったら辞めてもいい。一回だけでいい。俺とやってくれないか? ――なんだよ、太刀川さん」


 隣に座った太刀川卯月に脇腹を肘で小突かれる。


「もうちょっと言葉を選んだほうがいいでござる」


 俺は意味が分からずに、自分が言った言葉を反芻した。いや、別におかしなことは言ってないよね。そんな俺の様子を見て太刀川卯月はため息を吐いた。


「鵜飼さん、三津崎と私はチームを組んでいるんだ。通信士(オペレーター)をやるかどうかはともかく、このチームに加わる気はないかい? 知っていると思うが、今なら女王と戦える特典付きだ」


「秋津先輩と……」


 前髪にすっぽりと隠れた彼女の瞳が、深く鈍い光をたたえた。ような気がした。背筋を冷たいものが滑り落ちる。血が凍りついたようだった。いま俺は、一人の少女ではない、なにか得体の知れないモノと相対している。

 あるいは彼女をチームに加えるべきではないのではないか?

 そんな考えが頭に浮かぶ。

 だが俺が何かを言うより早く、彼女が口を開いた。


「やります。私をチームに加えてください」




                 2115年4月22日(月)「秋津島学園」

                            実機訓練フィールド



 ついに実機のドレスを使った訓練が始まる。

 早い? そんなことはない。

 もとよりドレスの専門家を早期に育てることを目的として設立されたのが秋津島学園だ。一秒でも早く、一秒でも長く、生徒をドレスに乗せることが求められている。

 神経接続スーツに身を包んだ俺たち一年一組の生徒は、フィールド内にずらりと横一列に並んだドレスを装着した。標準的な汎用バトルドレスだ。武装こそしていないものの、ブースターは付いている。システムチェックすると反重力装置も搭載しているようだ。つまりこのドレスは飛べる。


「気付いた者もいるかも知れないが、こいつは訓練用に装備をオミットされたバトルドレス、ではない。武装こそ積んでいないが、それ以外は実戦で使われるバトルドレスと何一つ変わらない。操作を誤れば超音速で地面とキスをすることになる。シールドを張っていなければ一瞬でハンバーグのタネができあがるぞ。シールドは反応炉を起動すれば自動で展開されるように設定してあるが、必ず自分の目で確認しろ。シールドに何か問題があればすぐに申し出るように。全員の反応炉が臨界に達してシールドの展開が確認されるまで誰一人動くんじゃないぞ」


 さつきちゃんの声が頭の真ん中で聞こえる。バトルダンスにおいて音は重要な判断基準だから、通信士(オペレーター)からの通信音声は頭の真ん中で聞こえるように調整されているのだ。


「基本はシミュレーターとなにも変わらない。だが自分の命、クラスメイトの命が乗っていることを忘れるな。特に三津崎、調子に乗ってやらかすんじゃないぞ」


 共通回線にクラスメイトの笑い声が乗った。冷笑ではない。いい傾向だ。俺はクラスメイトに受け入れられつつある。さつきちゃんが俺をからかったのも、クラスに溶け込ませるためだろう。本気でやらかしそうだとか思われてるわけじゃないはずだ。だよな?


「では反応炉を起動しろ。さっきも言った通り、全員のシールドが展開されるまで決して動くんじゃないぞ。直接反応型電子支援システムは体を動かそうとする神経の働きを直接読み取る。くしゃみは起動前にしておけ」


 本当にくしゃみをする奴はいなかった。

 イグニッションスイッチを入れる。反応炉が開放され、空気を取り入れ始める。反応炉の核は酸素と反応することでエネルギーを生み出す。酸素の存在する大気中であればその動力は無限に近い。

 さつきちゃんの言った通り、イグニッションスイッチと同時にシールドが起動する。俺のドレスのシールドは問題ないようだ。クラスメイトのドレスが次々とオンラインになる。味方機の状態はモニターできるようになっていて、今回はクラスメイト全員が味方機の設定のようだ。シールドに不具合のある生徒はいない。

 反応炉の臨界までは二八秒。この部分に技術革新は起きていない。

 じっとクラスメイト全員の反応炉が臨界に達するのを待つ。

 眼表モニターに表示された味方機のコンディションがすべてグリーンに変わる。


「よろしい、全員、前方の目標ラインまで歩け。走るなよ。三津崎、ブースターを使うんじゃないぞ」


「さつきちゃん、反重力装置は?」


「駄目に決まっとるだろうが。あと先生と呼べ」


 再び笑い声が上がる。

 いい雰囲気の中、クラスメイトたちはバラバラに歩き始めた。目標ラインまでは五十メートル。アクセルブーストを使えば一瞬だ。だがもちろんそんな馬鹿な真似はしない。普通に歩く(・・・・・)。目標ラインを越え、振り返った。ほとんどの生徒はまだ道のりを半分も消化していない。

 考えてみればほとんどの生徒は適性検査を突破していないのだ。サポーターとしてドレスに関わる仕事をするために秋津島学園に入学しただけだ。彼らがドレスの操縦に苦労するのは当然のことなのだ。

 一方、適性検査を突破している操縦手(ダンサー)候補生の生徒はやはり歩き方がしっかりしている。まるで人間のように、とまでは行かないまでも、シミュレーターで訓練開始してまだ一週間とは思えないほどだ。

 ふとその先頭集団の中に操縦手(ダンサー)候補生でない生徒が混じっていることに気がついた。長いポニーテールが揺れている。名前は確か曽我碧(そがみどり)。背が高く、引き締まった体をした女生徒だ。別に変な意味で見ていたわけじゃない。とにかく目立つ生徒なのだ。自己紹介で陸上部だったと言っていたような気がする。ダンサーになりたい、とも。

 秋津島学園の適性検査は非情だ。たとえ適性値が九九九であろうと、一千を満たさなければ操縦手(ダンサー)候補生として入学することはできない。だが一般入試の狭き門を潜り抜けた生徒にはチャンスが与えられる。操縦手(ダンサー)候補生以上にドレスを着こなしたのであれば、操縦手(ダンサー)候補生へと昇格する可能性があるのだ。

 彼女はそれを目指していると公言して(はばか)らない。誰もそんな彼女を馬鹿にしない。彼女には本当にそうなるのではないかと思わせるのようなものがある。やり遂げるのだという強い意志が全身から放たれているのだ。

 そしてついに彼女は先頭集団の真ん中辺りで目標ラインに到達した。一般的な操縦手(ダンサー)候補生と変わらない速さで、だ。もちろんこれはただの歩行訓練で、速度を競っているわけではない。だが彼女がドレスを着こなしていることは誰の目にも明らかだ。

 全員が目標ラインに到達すると、今度は百メートル先に次の目標ラインが現れた。


「走れ。目標タイムは一分だ。できるようになるまで往復しろ。十秒を切れた生徒はこの単元中、自由行動を許可する。シャトルランの邪魔をしない限り、反重力装置、慣性無効装置、ブースターを使用してもいい」


「マジかよ! さつきちゃん、最高!」


「十秒切ってから言うんだな。三津崎。あと先生と呼ばんと許可を取り消すぞ」


「すみませんでした。有澤先生」


「よろしい。では任意に始めろ。タイムはシステムが自動的に測る」


 俺は全速力で飛び出した。素の身体能力で百メートルを十秒切れと言われても到底無理だが、ドレスの補助があれば話は別だ。ドレスのパワーを最大に活かして、大地を蹴りつける。あっという間に目標ラインを超える。

 タイムは――、九秒九九八。


「よっしゃあ!」


 両手を振り上げてガッツポーズ。

 さつきちゃんの心底呆れたような顔が通信画面に映った。個人間通信だ。


「そこは失敗しとけよ。三津崎」


「それが教師の言うことかよ。とにかく自由行動させてもらいますからね!」


「約束は約束だ。他の生徒の邪魔だけはするんじゃないぞ」


「了解!」


 俺は早速反重力装置を起動して、メインブースターに点火。空中に舞い上がる。実機訓練フィールドは広さが三百メートル×二百メートルの長方形のグラウンドの周辺と、上空百メートルにシールドが張られている。半径五百メートルのフィールドを持つバトルアリーナと比べるとかなり狭い空間だ。

 だがアクセルブーストできないほどの狭さじゃない。慣性無効装置を使って、カウンターブースト! (いかずち)の如くジグザグに空間を切り裂く。機体熱量がぐんぐんと上昇する。反転し、背中からシールドにわざと接触して速度をゼロに。全ブースターを点火! フルブーストだッ! ドラッグカーもかくやと言った加速でドレスは反対側のシールドまですっ飛んでいく。途中でドォン! と腹に響く音がした。


「この阿呆! 他の生徒の邪魔をするなと言っただろう!」


 シールドに捕まったまま、地上を見上げる(・・・・)と、ほとんどの生徒が俺を見上げ、そして一部の生徒が地面に転がっていた。


「何の音ですか? 今のは?」


「音速突破の衝撃波だ。衝撃そのものはシールドで吸収できるが、音は届く」


「バトルダンスの中継でこんなでかい音聞いたこと無いですよ」


「音量調節されているに決まってるだろ。中に居る者は直接聞こえるからたまったもんじゃない。とにかく邪魔になったことは確かだ。降りてきて、遅れている生徒の面倒を見てやれ。太刀川や鵜飼は手伝ってやったんだから、できるだろう?」


「ちぇっ、りょーかい」


 俺は反重力装置を切って地面に向けて高さ八十メートルほどから自由落下した。地上への衝突による衝撃もシールドによって吸収できる。ぴたりと地面で止まった。


「気をつけろ。三津崎。ドレスでできることを本能的に理解しているのはいい。ダンサーとしての適性だ。だが当たり前だと思い込むな。そのうち生身で落下しても大丈夫なんて勘違いすることになる」


「そんなわけ――」


「あるんだ。適性の高いダンサーほどそうなりやすい。自分がドレスに乗っているのか、生身の体なのか、境界線が曖昧になるんだ。心に留めておけ」


「分かりました」


 先生の言うことだ。ちゃんと肝に銘じておく。

 それから俺は走るのも覚束ないクラスメイトにアドバイスをして回った。太刀川卯月はちゃんと走れているが、鵜飼ひとみは相変わらずダメダメだ。一応、基礎訓練チュートリアルは終了したのだが、ちゃんと動けるようになったというよりは、目標更新先を先読みしてタイムを縮めた結果だった。真っ直ぐ走るだけのような場合、彼女の能力は発揮されない。

 一般入試組の他の生徒も程度の差こそあれ、ドレスを着こなしているとはとても言えない。曽我碧が例外なのだ。

 その曽我碧は早々に百メートル一分を切ったが、未だに走り続けている。十秒には程遠い。記録を確認すると最速で一八秒だ。一般的な操縦手(ダンサー)候補生のタイムにまったく負けていない。だが彼女は納得していないようだ。操縦手(ダンサー)候補生が十秒を切るのを諦めて休憩している中、彼女は黙々とシャトルランを続けている。

 だがドレスの操縦は全身運動だ。いつまでも全力疾走を続けていられるわけもない。それでも随分頑張ったほうだが、彼女のタイムは伸び悩むどころか、だんだん遅くなっていった。

 いま百メートルを走り終え、悔しそうな顔で振り返って走り出そうとした彼女に俺は思わず声をかけた。


「曽我さん、少し休んだほうがいい」


「あなたに言われたくない! あなたにあたしの何が分かって――、いや、言い過ぎた。……そうだね、少し休憩するよ」


 彼女は俺の炎上騒ぎに参加しなかった生徒、ではない。積極的にとまでは行かないまでも、動画の共有ボタンをタップするくらいのことはした。俺への最初の印象は悪いものだったはずだ。にも関わらず、俺に対して激昂するのを我慢する理性を持ち合わせている。炎上加害者の一人であるにしても、俺は彼女に好感を持った。


「俺のアドバイスを聞く気はあるか?」


「聞きたくない。けど聞こえてくるのは仕方ない。そこであなたが何かを言うのを止めたりはしない」


 素直じゃねーなあ。まあ、でもそういう強がりは嫌いじゃない。


「曽我さんは確か元陸上部だろ。自分の体で速く走るのに慣れている。綺麗なフォームで走ってると思うよ。まるで人が走っているようだ。でもドレスの場合、それじゃ駄目なんだ」


 曽我碧はこちらを見ない。肩を揺らして息を整えている。だが俺の言葉を聞き漏らすまいと集中しているのが分かった。


「俺は陸上はやってないから上手くその違いを説明はできないけど、ドレスのパワーは人間の脚力とはまったく違うし、重量のバランスも後方に寄っている。爪先で地面を蹴るんじゃなくて、踵で地面を蹴ったほうがいい。それも速く足を動かすより、より強く地面を蹴ったほうが速くなるはずだ。ダカダカダカって地面を連続で蹴りつけるイメージだ」


「分かった。やってみる」


 勝手に聞こえてる(てい)だったのに返事しちゃう辺り、根は素直なのだろう。凛とした横顔は綺麗なのに、可愛いところもあるじゃないか。

 曽我碧はふーっと長く息を吐くと、すっと腰を落とした。

 ダンッ! と地面を蹴って走り出す。子どもが地団駄を踏んでいるみたいな動きは繊細さの欠片も無い。だがその速度は確かだ。曽我碧のドレスが目標ラインを越える。タイムは一六秒二三三。一発で記録更新だ。やはり彼女の運動神経は抜群にいい。百メートル向こうで曽我碧が小さくガッツポーズして、すぐに首を横に振った。浮かれた自分を律したようだ。

 体勢を整えて、今度はこちらに向けて駆けてくる。まだ満足できていないらしい。一六秒二三三は俺を除けばクラスで最速だ。俺以外の操縦手(ダンサー)候補生を圧倒したのに、まだ足りないというのか。

 彼女はこう考えているに違いない。操縦手(ダンサー)候補生で無い生徒が操縦手(ダンサー)候補生に昇格するためには、普通の操縦手(ダンサー)候補生と同じくらいの成績では駄目だ。彼らを圧倒するほどの成績を出さなければならない。

 あるいは自分が操縦手(ダンサー)候補生でないことすら忘れているのかも知れない。操縦手(ダンサー)であれば他の操縦手(ダンサー)は皆ライバルだ。学内戦において順位を争う敵に他ならない。彼らを圧倒できないようでは、どのみち操縦手(ダンサー)として抜きん出る存在になることは不可能だ。

 一三秒七一三。すぐさま彼女は記録を更新した。ふーっと息を吐く。汗がその頬を流れた。


「ありがとう。三津崎。他に気になるところはない?」


 曽我碧はちゃんとこちらを向いて礼を言った。クラスの人気者にどうやら認めてもらえたようで少し嬉しさが胸に広がる。


「地面を蹴る角度かな。蹴るたびにドレスが浮いちゃってるだろ。もっと前傾姿勢でも行けるはずだ。()けない程度に、そこは自分で感覚を掴むしか無いな」


「練習あるのみか。そういうのは得意だ」


「あんまり無理はするなよ」


「あたしは九秒九九八を切るよ」


 はっきりと彼女は断言した。まるでその未来が確定しているかのように言ってのけた。その意志の強さが彼女の魅力だ。他人(ひと)を惹き付けて止まないものだ。宝石のような輝きを彼女は持っている。


「なあ、曽我さん、俺のチームに来ないか?」


 気がつけば思わずそんな言葉が口から飛び出していた。


「あたしにサポーターになれって? それともダンサーの座を代わってくれるの?」


「|ダンサー候補生に昇格できるまででいい。どうせ候補生になるまでは|ダンサーとしてチームを組めないだろ? 他の誰かのサポーターになるくらいなら俺のところに来い。メリットはあるぞ。俺の戦い方を最前列で見ることができる」


「なにその上から目線。むかつく。ちょっとドレスに乗るのが上手いからって……」


 そう言ってから曽我碧は首を横に振った。


「落ち着け、あたし。ドレスに乗るのが上手い。それこそが一番大事なことだ。こいつはむかつくけど、確かにドレスに乗るのは上手い。近くにいて学べることは多いはず。でもこいつはあの秋津先輩に喧嘩を売ってるのよ。いくらなんでも敵うわけがない。いきなり上級生から睨まれるのは――」


 おーおー、迷ってる。

 心の声なんだろうけど、全部口に出ていた。


「ここでダンサーとして上を目指すなら、上級生だろうとダンサーは全員倒すべき敵だ。秋津瑞穂が相手だからといって勝ちを譲るのか? 全員ぶっ倒して天辺を獲る。目指すのはそれだろう。俺は勝つぞ。勝ちに行く。俺のチームに来い。曽我碧。天辺を見せてやるよ」


 強い意志を宿した瞳が俺を見据えていた。そこに迷いはすでに無い。


「いずれあたしがあなたを倒すわ。そのためにあなたの手の内を全部知り尽くしてやる。あたしを使う覚悟はあるの?」


「使い倒してやるから安心しろ」


「学内一位になったあなたを倒すのはあたしよ。その時、挑戦から逃げないって約束できる?」


「約束する。曽我さんの挑戦からは決して逃げない。叩き潰してやるからな」


「叩き潰されるのはあなたの方よ」


 ふふふ、あはは、と俺たちは笑いながら固く握手を交わした。

 最後の一枠には整備士メカニックを入れるはずだったのに、と太刀川卯月と鵜飼ひとみから後で怒られたのは言うまでもない。

 兎にも角にもチームは完成した。

 待ってろよ、秋津瑞穂、このチームでもうすぐお前を叩き潰してやるからな!




                  2115年5月1日(水)「秋津島学園」

                            バトルドレス格納庫



 新入生が自分のバトルドレスをカスタマイズできるのは五月一日からである。秋津島学園の年間予定表にちゃんと書いてある。読み間違えはない。五月一日から、と書いてある。さつきちゃんに確認もした。五月一日からバトルドレスをカスタマイズするための権限が新入生に与えられる。

 システムは与えられた命令を忠実に実行した。五月一日に新入生へ権限を与えたのである。五月一日のゼロ時ジャストに。


「ビンゴでござる!」


 太刀川卯月の指が端末の画面の上で踊る。あらかじめ決めておいたパーツを発注しているのだ。太刀川卯月は自分で開発したパーツを使いたがっていたが、開発者エンジニアメニューが解放されるのも五月一日からだし、今から設計したパーツを製造していたのではとても間に合わない。今回は既存のパーツを組み合わせて近接型バトルドレスを作り上げるしか無い。

 とは言え、無制限にパーツを発注できるわけではない。パーツの発注には生徒に成績などに応じて与えられているポイントが必要だ。もちろん新入生である俺にバトルドレスを改装するだけのポイントは無く、今回はチームメイトのポイントをすべて貸してもらうことにした。新入早々借金生活である。つらい。

 それでも装備を整えるのはパーツを絞り込んでもカツカツだ。調整はできても、一度購入したパーツを別のものと交換というのは難しい。そのため俺たちはギリギリまでパーツの選定を煮詰めていた。

 しばらくしてドロイドたちが梱包されたパーツを運んでくる。全長二メートル強のバトルドレスのパーツは、それぞれはそんなに大きくない。だが今回は汎用バトルドレスを近接型バトルドレスに改装するということでパーツの数が多かった。

 パーツの交換作業自体はロボットアームが自動でやってくれるが、ロボットアームは梱包を解いてくれるほど器用ではない。強化ダンボールを開封し、梱包材に包まれたパーツを取り出すのはどうしても手作業だ。そしてドレスのパーツというのは複合金属で作られているため、小さくとも重い。太刀川卯月はアクセルブースターを持ち上げることができなかったし、蓄熱装甲ともなれば曽我碧でも無理だった。

 なので開封作業を女性陣に任せて、俺はパーツを作業エリアに運び続けた。作業の終盤になって、ドレスを着て運べば楽だったんじゃね? と、気付いたが後の祭りだった。


「単純労働は人間を愚かにする」


 深くため息をついた俺の背中を太刀川卯月がポンポンと叩いた。


「愚かな人間が労働を単純にするのだ。知恵を凝らし給え、若人よ」


「気付いてたなら言ってくれりゃいいのに」


「自分の手で運びたいのかと思ったんでござるよ。それにバトルドレスは繊細な作業に向いているとは言えないでござるからな。ドレスの力でブースターのカバーを掴めば歪むやも知れんよ。やはり人の手が一番でござる」


「そうだな。太刀川、そっち持て」


「ちょ、三津崎殿、放熱板は、放熱板は無理でござるー!」


 反応炉の熱を誘導して冷却する放熱板は巨大な金属の板だ。表面積を増やすために金属板を僅かな隙間を空けて並べて使う。隙間の空いたミルフィーユのような構造だ。分かりにくいならヒートシンクで画像検索してみるといい。放熱板は反応炉と直結しており、その熱を空冷する。放熱板は反応炉の空気孔上に設置する。酸素を必要とする反応炉は、空気孔にファンが付いており吸気と排気を行うため、空気が常に動いている。放熱にはぴったりの環境だ。

 戦闘機型バトルドレスはこれに加えて翼の役割を兼ねる巨大な放熱板を装備する。被弾面積が増す代わりに、抜群の排熱効率を持てるわけだ。近接型バトルドレスだと巨大な翼は邪魔になるし、自由に四方八方にアクセルブーストするには空気抵抗が大きくなってしまう。重装甲型バトルドレスの放熱板はダンサーの傾向によってまちまちだ。放熱板ひとつを取ってみても、戦闘スタイルによって色々とあるのである。


「こんなもんかな。ひとみ、ダンボールをまとめておいてくれよ。運ぶのはあたしがやるからさ」


 梱包材が入ったゴミ袋をふたつ両手で肩に掛けた曽我碧が言った。


「その……、一緒に運びましょう」


「そうだな。そうするか。ポイント山分けだ」


 ゴミはその辺に放り捨てておけばドロイドが掃除していってくれるが、自分でゴミ箱に運ぶとポイントが貰える。道端に捨ててあるゴミを見つけたら競うようにゴミ箱まで運ぶのが、秋津島学園の生徒というものだ。おかげで秋津島学園はゴミひとつ落ちていない環境を維持している。

 ポイントの使い途はドレスの装備品だけではないので、稼げる時に稼いでおくのが基本だ。面倒くさいからと言ってゴミ捨てをドロイドに任せたりはしないのである。特に俺たちはこのドレスに全ポイントを注ぎ込んだのだから、得られるポイントを捨てたりはできない。


「こっちは組立作業を始めようか」


「すまないね。男手があればダンサーである君には寝ていてもらうんだが」


「仲間が作業しているのに寝ていられないさ。それにチーム外の人員を使うのはご法度だからな。抜け道はあるかも知れないが」


「ダンサーと通信士(オペレーター)にはベストコンディションでバトルに望んでもらえるように調整するのもチームの役割だ、と、ひとみにも言ったんだけどね」


「鵜飼さんも責任感強いからなあ」


 作業エリアから離れ、太刀川卯月が端末を操作すると、二本のロボットアームがドレスから汎用装備を外して、俺たちの用意したパーツへと換装していく。メインブースターは一つから二つへ、アクセルブースターはより出力の高いものへ。熱量の増大が見込まれるので、放熱板はバランスを取れるギリギリまで大型化した。本当は素体パーツの交換もしたかったが、ポイントが足りず断念。俺の戦闘スタイルの問題で排熱限界を越えるシーンが多く出ると見込まれたので、蓄熱装甲は多めに用意した。

 シミュレーター通りの出力なら静止状態からアクセルブーストで超音速まで加速できる。費用対効果を考えるとバランスがいいとは言えないが、俺の戦闘スタイルにはどうしても必要だ。音の壁による必要出力の増大や、空気が圧縮されることによって発生する熱量について太刀川卯月が説明してくれたが、さっぱり理解できなかった。

 理論は分かってないが、スペックは体で覚えている。シミュレーターで嫌ってほど訓練したからな。まあ、嫌になることなんかないんだけど。

 要は瞬間的に超加速できるってことだ。すぐ傍を掠めて飛んでいった戦闘機型バトルドレスに後ろから追いつける。曽我碧との戦闘訓練でそれができることは実証できている。

 曽我碧の運動神経の良さは折り紙付きだ。シミュレーターで戦闘機型バトルドレスに乗せてみたら、そこそこの動きをしてみせた。仮想秋津瑞穂とまでは行かないが、戦闘機タイプとの戦闘経験が積めたのは大きい。


「やっぱり曽我さんをチームに入れたのは正解だったな」


「そのお陰で開発者エンジニアなのに整備士メカニックの真似事をやらされている可哀想な子がいるんですよ!」


「学内一位を取ったら俺のポイントで開発していいって言ったら?」


「好きっ!」


「安ッ!」


「安くないだろ。学内一位が受け取るポイントだぞ!」


「確かに安くないな……」


 ダンサーには学内順位に応じて日々ポイントが支給される。一位ともなればそのポイントは膨大だ。アンダーティーンになれば地下の居住区ではなく、日の当たる地上に住めると言われるほどだ。

 俺はチームメイトにポイントを借りているが、本来ダンサーはチームメイトにポイントを与えてサポートをしてもらうものなのだ。


「いま好きって聞こえましたけど……」


 ゴミ捨てから戻ってきたらしい鵜飼ひとみが怪訝そうな顔で立っていた。隣には眉を(ひそ)めた曽我碧もいる。


「聞いてくれ、ひとみ! 三津崎が一位を取ったらポイントで自由に開発していいらしいぞ」


「ちょっと待てよ。あたしのバトルドレスが先だろ。あれだけ訓練に付き合ったんだ。それくらいのご褒美があってもいいだろ」


「この特典を受け取るには三津崎に好きって言わなきゃ駄目なんだゾ」


「おまえクズか。クズだな。好きっ!」


「言うのかよ! 心が籠もってないって分かっててもちょっと嬉しくて悔しい」


「あの、私も言わなきゃ、駄目、ですか?」


「鵜飼さんまで乗らないでいいから! だいたい学内一位になってポイントが入ってきたら、まず俺のドレスを強化しないといけないだろ。俺が一位をキープできれば、結果的に収入が上がるんだし」


「おい、卯月、言い損じゃないか!」


「ポイントの不当な独占に我々は最後まで抵抗するぞー!」


「えっと、あの……」


 わいわいやってる間にドレスの換装は完了していた。深夜のテンションって怖い。いい加減まぶたが重くなってきたが、どんな不具合が出るとも限らない。起動試験をやらないわけにはいかない。

 ドレスの固定台はレールに乗っていて、行き先を指示すれば自動的に運搬される。離れたところから移動を要請することも可能だ。今は試験場へとドレスを移動させる。

 バトルドレス試験場は居住区の自室くらいの大きさの部屋で、全面にシールドを張ることができる。室内全体に慣性無効フィールドを発生させ、機体を固定しつつ、出力などの試験を行うことができる場所だ。ドレスのセットアップを行う度に必要になる施設なので、数が必要で、その分狭い。

 俺はその部屋の中央に運び込まれたバトルドレスを装着した。反応炉を起動すると、同時に部屋のシールドと慣性無効フィールドが発生した。

 窓の向こうで三人が固唾を飲んで見守っているのが見える。


「それじゃ、試験をやっていくぞい」


「何キャラだよ」


「ニシシ、どうでもいいじゃあないか。それじゃメインブースターから行ってみよう」


 メインブースター点火!

 慣性無効フィールドに包まれているせいで、ブースターが作動していることで感じられるのはその轟音だけだ。

 メインブースターは使いっぱなしでも問題ない程度に、熱量効率のいい出力を設定するものだ。反重力装置を使って空中に浮かぶバトルドレスの基本的な移動のためのブースターである。今回二基のメインブースターを積んだのは、空中での動きの自由度が格段に上がるからだ。もちろん四基に増やせばさらに自由度は上がるが、それを俺が扱えるかどうかは別の問題である。今回はポイントの制限もあって二基で落ち着いた。


「予定通りメインブースターの基本出力は限界の七十%まで落とすよ」


「了解」


 本来はこういった装備の設定に関する作業は整備士(メカニック)の領分だ。彼らは担当するダンサーのことを本人以上に知り尽くし、そのダンサーに合わせたセットアップを行う。だがこのチームには専門の整備士(メカニック)はいない。急場しのぎだが、パーツについてもっとも見聞の深い太刀川卯月が事実上の整備士(メカニック)役を演じている。こうしてシミュレーターであらかじめ決めていたセットアップに近づけていくのだ。


「おおう、思ってたより出力が出てるな。個体差だろうなあ。右だけ六八%まで落とすぞい」


「気に入ったのか、それ。まあ、二人分働いてもらってるんだ。任せるよ」


「給料を2人分貰わないといけないな。パパ」


「お腹を擦りながら言うな!」


 その後もアクセルブースターや武装の出力調整を行う。シミュレーターはデータだが、いま動かしているのは実物のパーツだから、どうしてもシミュレーター通りとはいかない。現代の工場は、同じものを大量生産するのには向いていない。誰もが自分オリジナルを欲しがるこの時代だ。それに合わせて工場もオーダーメイド的に物を作るようになった。そのせいで一個一個のパーツの誤差は前時代と比べて大きくなっている。

 いつの間にか鵜飼ひとみと曽我碧はお互いの肩にもたれるようにして眠っていた。少し安心する。鵜飼ひとみのコンディションは今日の戦いを左右しかねない。

 時間を確認するととっくに授業が始まっていた。さつきちゃんはお(かんむり)だろう。


「零時から作業を始めて正解だったな。間に合わなくなるところだった」


「卯月ちゃんの慧眼に恐れ入れ!」


「はいはい。恐れ入った恐れ入った」


 いい加減疲れてきて、太刀川卯月にツッコミを入れるのも辛くなってきた。


「眠いのは分かるが、もう少し我慢だぞ。エネルギーブレードの出力調整をやってしまおうぜ」


「リミットの八十%だっけか」


「百%で使いたい気持ちも分かるが、冷却が必要になるからな。一撃で落とせると決まってない以上、効率よく使うしかあるまいよ」


「太刀川さんの言う通りだ。だけどやっぱり俺はこうも思うんだよ。あの秋津瑞穂相手に二発連続で入れられるなんてことがあると思うか?」


「おっと、らしくもなく弱気でござるな。拙者の知ってる三津崎殿なら、秋津瑞穂くらい楽勝だぜって言うところでござるよ」


「試合映像を見まくったからな」


 秋津瑞穂の強さは神がかった回避、精密な射撃、亜音速で狭いフィールド内を飛び続ける集中力もあるが、状況に対する対応力もそのひとつだ。不意打ちで一発は当てる。当ててみせる。だが――。


整備士(メカニック)の仕事はダンサーの性能を最大限に引き出すことだと私は考える」


 太刀川卯月の声が急に真面目なトーンになった。


「装備の、じゃなくて?」


「まあ、私の考えだけどね。装備の最大効率を求めるだけなら別に専門の整備士メカニックなんて必要ないだろ? それならカタログに載っている。装備のスペックはダンサーと組み合わさった時に本領を発揮する。だけど私は本職の整備士(メカニック)ではないし、三津崎のことをまだそれほど詳しく知っていない。三津崎が八十%じゃ駄目だと感じるんなら、きっと駄目なんだ。上手くやれない自分がもどかしいよ」


「太刀川さんが思う俺の性能を最大に使える出力設定は?」


「八十%だ」


 さらっと迷いなく返事が返ってくる。確かに太刀川卯月は本職の整備士(メカニック)ではない。俺のことをまだよく知らない。ドレスに上手く乗れもしない。バトルドレスで戦った経験もない。素人だ。高校一年生のただのド素人の言うことだ。


「三津崎青羽なら秋津瑞穂に二之太刀を当てられると信じている」


 乗ったぜ。太刀川卯月。お前のその太刀に。




               2115年5月1日(水)「秋津島学園」放課後

                           第11バトルアリーナ



 日が傾き、空は朱色に染まり始めていた。全天候型バトルアリーナには天井があるが、全面がモニターになっていて現在の空の様子を映し出しているため、中にいると天井があるようには見えない。ただその高さにシールドが張られているので、天井の存在を目視できないわけではない。

 半径五百メートルのフィールドの端はまっすぐ天井に向けてシールドが伸びて、円筒状のバトルフィールドを形成している。地面にも当然シールドが張られていて、バトルアリーナ自体の反応炉がシャットダウンでもされない限り、バトルフィールドの外になんらかの被害が及ぶことはない。

 観客席に人はさほど多くなかった。学内戦は学内ネットワークで生中継されているし、後から映像記録を見ることも可能だ。わざわざここに足を運ぶような物好きは、秋津瑞穂の活躍を直接見たいか、彼女に挑戦状を突きつけた新入生が叩き潰されるの直接見たいかのどちらかだろう。

 待機室でバトルドレス固定台に乗った青いカラーリングのバトルドレスに乗り込み、そのまま格納状態でバトルフィールドへとレールで運ばれていく。立川卯月と曽我碧が見送ってくれた。鵜飼ひとみはすでに管制室にいる。

 反応炉を起動するまでバトルドレスは格納状態であることが求められる。実際の兵器であるバトルドレスは艦船での運用が進んでいることもあって、その格納サイズは厳密に定められており、バトルダンス用のバトルドレスも同様の規格が適用されているのだ。

 格納サイズは固定台を含め高さ三メートル。幅二メートル半、奥行き三メートル。格納状態のバトルドレスはこの範囲からはみ出してはいけない。重装甲型バトルドレスなら展開した武装が、戦闘機型バトルドレスなら翼が、その範囲からはみ出してしまう場合が多い。ゆえにバトルドレスの装備品は格納状態では小さく折り畳まれている。

 まあ近接型のバトルドレスの場合は気にすることではないけどな。

 バトルフィールド内に入ると、秋津瑞穂が先に待っていた。赤いカラーリングの格納状態ドレスを身にまとっている。その秋津瑞穂から通信が入った。


「連絡が遅かったから逃げたのかと思ったぞ」


「思いっきり寝過ごしましてねぇ」


「見れば分かる。ギリギリまで仕上げてきたな」


「言ったろ。学内一位から引きずり落とすってさ」


「誰に喧嘩を売ったのか、すぐに思い知らせてやるよ――」


 秋津瑞穂が通信を切る。


「あの……」


 代わりに、というわけではないが鵜飼ひとみが話しかけてきた。ダンサーのドレスと通信士との間は通信回線が開きっぱなしだ。今の会話も鵜飼ひとみの耳に入っている。


「大丈夫ですか? 三津崎くん」


「エナジードリンクも飲んだし、頭はすっきりしてるよ。鵜飼さんこそ、調子はどう?」


「問題ありません。体調もいいです。こんな時はよく見えます」


「鵜飼さんの目が頼りだ。タイミングは任せる」


「やれるだけ、やってみます」


 そして定刻となった。俺が申し入れ、秋津瑞穂が受け入れた決闘制学内戦バトルダンスの開始時間だ。

 10:00

 30:00

 電子音とともに視界の中央に二つのタイマーが表示され、上のものから動き始める。反応炉起動許可までのカウントダウンだ。下のものは武器制限解除までのカウントダウンになっている。

 上のタイマーがゼロになった。

 その瞬間にイグニッションスイッチを入れる。

 ここは勝負どころだ。絶対に外せない!

 エネルギーゲージが赤から緑に変わり、反応炉の開放に成功したことが分かる。実際にエネルギーゲインを得られるのは少し経ってからだ。

 もう必要のないイグニッションパネルを閉じる。エネルギーゲージが上昇を始める。反応炉臨界までの予測時間を表示したタイマーは二五秒を切ったところだ。

 視界の中央、五百メートル先で、秋津瑞穂のバトルドレスから翼が展開した。

 残り二十秒。

 エネルギーゲージは四分の一と言ったところ。秋津瑞穂にしても似たようなもののはずだ。だから――今だッ!

 反重力装置起動! 全ブースター点火! フルブースト!

 秋津瑞穂に向けて俺はすっ飛んでいく。途中で音速を突破し、音の壁を破った音が響く。せっかく得たエネルギーがぐんぐん減り、反応炉の臨界までの時間も伸びる。エネルギーが必要な近接型ドレスの初期行動としてはありえない。秋津瑞穂は予測していなかったはずだ。

 彼我五百メートルを三秒かからずに駆け抜ける。いつもであれば秋津瑞穂は残り十秒ほどになると飛翔を開始する。戦闘機タイプは武器制限解除時にある程度の速度に達していないと、開始直後が辛くなるからだ。だったらそうさせなければいい。武器制限解除前の接触は許されている。つまり掴んでも良い(・・・・・・)。掴まってしまえば戦闘機型バトルドレスの利点は何も残らない。

 だから秋津瑞穂は黙って掴まれるわけにはいかない。フルブーストで接近したと言っても、一秒もあれば状況は理解できるし、もう一秒あれば行動を開始できる。秋津瑞穂は俺が掴む前に反重力装置を起動して、まっすぐ上に向けてアクセルブーストした。俺は秋津瑞穂を掴まえ損なったことを確認すると、ブースターを停止して、そのままフィールド端のシールドに捕まって停止した。

 動いたな、秋津瑞穂。

 アクセルブースターまで使って、俺から逃げた。いつも通りに飛翔開始する場合に比べて、遥かにエネルギーは足りず、反応炉の臨界も遅れるだろう。武器制限解除時にも反応炉は臨界に達しておらず、エネルギーも最大までは溜められない。辛いのはフルブーストを使った俺も同じだが、こっちはこの状況を想定して訓練してきたんだよ。取ったぞ、アドバンテージ!

 秋津瑞穂の赤いドレスは円筒状のフィールドに沿うようにカーブを描きながら加速していく。早く動かなければならなかった分、長くなった準備時間を使ってより加速することにしたようだ。四基のメインブースターでどんどん速度を上げていく。

 俺はフィールドを包むシールドから少しだけ離れた位置でその様子を見上げていた。視界の中央でどんどん数字が減っていく。エネルギーを消費してでも動き続けなければならない秋津瑞穂と、こうして静止してエネルギーを溜められる俺。開始直後にどちらが有利かなんて言うまでもない。

 三。

 二。

 一。

 ゼロになる前にメインブースターを点火! 横にスライドする。


「アクセル!」


 鵜飼ひとみの声が聞こえ始めた瞬間にはもうアクセルブーストしていた。一瞬前まで俺が居た場所をレーザーが薙いだ。ちょうどフィールドを一周してきた秋津瑞穂が武装制限解除と同時にレーザーを放ったのだ。

 アクセルブーストによってエネルギーを失い、熱量は上がるが、レーザーを受けることによって上昇する熱量に比べれば小さなものだ。

 ドレスを上下左右に振って狙いを絞らせないようにしながら、こちらもレーザーを撃ち返す。照準器マーカーが秋津瑞穂を追いかけるが、両者が重なる瞬間というのは稀だ。当たり前のことだが、バトルドレスの射撃は手を動かして狙うわけではない。ロックオンした相手を照準器マーカーが追いかけるので、両者が重なった瞬間を狙って引き金を引くのだ。だが腕の良い相手ならその瞬間を認識してドレスを動かす。俺だって秋津瑞穂の照準器がどう自分を追従しているのかを予測しながらドレスを振っている。

 秋津瑞穂が通過攻撃を終えるまで四秒。俺は数回レーザーを食らい、秋津瑞穂にレーザーを当てることはできなかった。レーザーを吸収したことで排熱限界を超え、蓄熱装甲に熱が少し溜まる。好機と見たか、秋津瑞穂はバトルフィールドの外周を回るのではなく、もっと内側に切り込んできた。俺の熱量が下がる前に連続攻撃を仕掛ける気だ。

 だが、それこそを待っていた。

 鵜飼ひとみが設置したマーカーに向けてアクセルブースト。秋津瑞穂をインターセプトするコースだ。もちろん秋津瑞穂もそれに気付く。だが気付いているか、秋津瑞穂。先の通過攻撃の間、俺が撃ったレーザーはすべて出力を絞ったものだ。避けるくらいなら当たったほうが熱量の上昇が少なくて済む程度の、弱いレーザーだ。当然、消費するエネルギーも少ない。俺のエネルギーゲージはほぼ満タンになっていた。そして反応炉も臨界に達する。

 お前の反応炉はまだ臨界手前だろ?

 翼を兼ねる放熱板を大きく広げているため、戦闘機型バトルドレスがアクセルブーストできる方向は少ない。空気抵抗の大きい方向へのアクセルブーストはエネルギー損失が大きすぎるからだ。外周シールドの傍を飛行しているのであればなおさら方向は限られる。これだけ条件を整えれば!


「上です!」


 鵜飼ひとみが先読みするのは容易い!

 気付いていたか、秋津瑞穂。最初のフルブースト、に、見せかけたアレ。実は出力の七十%程度なんだぜ!

 出力を上げたアクセルブーストで一気に秋津瑞穂の目の前に移動する。進路が交差する。エネルギーブレードを振る。光の奔流が赤いドレスを切り裂いた。次の瞬間、俺はアクセルブースターを左右それぞれ前後に吹かして反転。攻撃を食らった秋津瑞穂は蓄熱装甲を切り離しながらアクセルブーストでさらに加速、距離を取ろうとする。

 だが甘い!

 さっきのアクセルブーストは八十%だッ!

 今度こそ本気の本気。百%のアクセルブーストで秋津瑞穂に追いすがる。エネルギー残量から言って今できるアクセルブーストはこの一回が最後だ。一瞬で音速を突破して、秋津瑞穂に追いついた。


「二之太刀だッ!」


 秋津瑞穂が機体を捻る。空力で避けようとする。だが遅い。エネルギーブレードが赤いドレスを捉える。膨大な熱量を一気に与えられ、秋津瑞穂の蓄熱装甲がバラバラと剥がれていく。

 やったか!?

 俺のエネルギー残量はほとんどゼロだ。アクセルブーストによって排熱限界を超え、蓄熱装甲はいくつか熱量が飽和して切り離された。すべてを賭けた一瞬だった。

 鳴れ!

 試合終了を知らせろ!

 秋津瑞穂の赤いドレスが離れていく。メインブースターのみで、真っ直ぐに俺から離れていく。蓄熱装甲はもはや無く、放熱板は真っ赤に灼けて、今にも燃えだしそうに見えたのに――。

 どうして鳴らないッ!


「もうひと押しでした……」


 鵜飼ひとみの悔しそうな声が頭の中で響く。もうひと押し。もうほんの僅かな熱量だったはずだ。なぜ俺は逃げる秋津瑞穂に実弾をばらまかなかった? 撃てたはずだ。実弾攻撃は熱量がほとんど発生しないし、エネルギーも消費しない。慣性無効フィールドで止められて、与えられる熱量は少ないが、そのほんの少しの熱量が必要だったものなのだ。

 二之太刀を決めた瞬間、勝ったと思ってしまった。

 その驕りが攻撃の手を緩めさせたのだ。俺はベストを尽くさなかった。

 勝利が逃げていく。


「おぉぉぉぉ!」


 俺はなんて馬鹿なんだ。みんながくれたチャンスを、心の驕りでふいにしてしまった。


「落ち着いてください。三津崎くん。秋津先輩は蓄熱装甲をすべて失いました。もう一回決めれば倒せます」


 分からないのか? 鵜飼ひとみ! お前には分からないのか!?

 秋津瑞穂を相手に“もう一回”を決めることの難しさを。


「二秒先で駄目なら、五秒先を読みます! それでも駄目なら十秒先を! 私は諦めていません(・・・・・・・・・)よ!」


 違う。鵜飼ひとみは知っている。秋津瑞穂の強さを。その圧倒的な性能を。何故なら彼女と一緒に秋津瑞穂の試合映像を見たからだ。山のように積み上げられるその勝利の記録を見たからだ。だが彼女は諦めない。自分の性能を上げて行けば、彼女に到達しうると叫んでいる。

 その心を震わせる叫びに、俺は自分を取り戻す。よく考えてみろよ、三津崎青羽。俺はエネルギーをすべて失ったが、それはすぐに取り戻せる。失った蓄熱装甲は三つ。それに対し、秋津瑞穂は蓄熱装甲を全損した。彼女はもう排熱限界を超えられない。圧倒的に有利なのは俺だ。次を決めれば俺が勝つ!


「ごめん、鵜飼さん、取り乱した。もう一度決めよう」


「はい。私たちならやれます」


 秋津瑞穂は放熱のために俺からもっとも離れた地点を旋回している。俺のエネルギー残量は六十%ほどまで回復した。


「追い詰められているのはあっちのほうだ。こっちから攻めるぞ」


「いいえ、エネルギーがフルチャージされるまで待ってください」


「だけどそれじゃ秋津瑞穂が放熱を終えてしまうぞ」


「蓄熱装甲を失った今の秋津先輩なら、一撃で落とせます。三津崎くんは当てることに集中して、そこまでは私が誘導します」


「分かった。指示に従うよ」


 やがて秋津瑞穂が放熱を終える。外周を回るようにこちらに加速しながら接近してくる。途中でその機体の回りに白い雲が発生した。ベイパーコーンだ。さらに加速、音速を超える。攻撃圏への接近までわずか二秒。降り注ぐレーザーと実弾を掻い潜る。鵜飼ひとみの指示に従ってもなお避けきれない。だがそれでいいのだ。衝撃波を残して秋津瑞穂が通過していく。蓄熱装甲がひとつ駄目になった。熱量も高い。


「今ですっ!」


 フルブースト! インターセプトするのではなく、真後ろから追いすがる。こっちだって瞬間速度は超音速なのだ。本来、一瞬だけ使うアクセルブーストを全開にして超加速。ブースターの熱量を受けて蓄熱装甲が次々剥がれていく。この速度を維持するのは自滅行為に他ならない。

 だが――。


「追いついたぞ!」


 アクセルブーストを使用して逃れようとする秋津瑞穂を追いかける。蓄熱装甲の最後の一枚が剥がれ落ちる。


「下!」


 鵜飼ひとみの声に反応してアクセルブースト! ドンピシャで秋津瑞穂のドレスが目の前に現れる。


「もらった!」


 エネルギーブレードを振る。完璧なタイミングだった。秋津瑞穂は避けられない。アクセルブースターは一度出力を落とすと、再度の使用にはほんの僅かなラグがある。使い切ったこの瞬間はアクセルブーストは使えない!

 今度は緩まない。追撃のために銃を構える、つもり、だった――。

 エネルギーブレードは空を切った。

 秋津瑞穂が消えた。

 代わりにレーザーが、実弾が、俺を打った。熱量が一気に増大する。危険ラインに突入する。ほとんど反射的に攻撃を受けた方向に向けて銃弾をバラ撒いた。


「なにが起きたっ!?」


「慣性無効装置です! 秋津先輩は止まりました(・・・・・・)


 そんな、馬鹿な! 運動エネルギーを最大活用するはずの戦闘機型バトルドレスが慣性無効装置を使って停止するだって!? 俺の知る秋津瑞穂は常に速度を生かした戦い方をしていた。止まった秋津瑞穂との戦い方など、俺は知らない!

 高速移動中でも針の穴を通すような精密射撃が、静止状態から俺を狙う。


「右一三〇度へ!」


 鵜飼ひとみの指示に従って弾幕から逃れようとする。

 秋津瑞穂! 止まっているなら良い的だ!

 こちらからレーザーを撃ち返す。すると秋津瑞穂はアクセルブーストで移動し、次の瞬間に慣性無効装置で停止した。止まった状態から精密射撃を繰り出してくる。撃つ。避ける。止まる。撃つ。避ける。止まる。撃つ――。触れようとすると一瞬で別の位置に移動する、その動きは、秋空に見かける昆虫のそれによく似ていた。

 この戦い方、知っているぞ。

 何度も――、何度も――、何度も――、戦った!

 秋津瑞穂が口の端を持ち上げて笑った。

 その唇が言の葉を紡ぐ。

 こう動いた。


「来いよ、ブルー」


 血が歓喜で沸騰する。俺が求めたものはここにあった!

 さあ、十年ぶりに遊ぼう。トンボ!

 度重なる攻撃を食らい、俺の熱量は危険ラインを超えている。放熱板は真っ赤に灼けていることだろう。蓄熱装甲はもう無い。レーザーをまともに食らえば終わる!

 だから俺は――、

 アクセルブーストでトンボへと距離を詰めた!

 熱量がさらに上がり、敗北ラインに迫る。自棄っぱちの行動ではない。中遠距離でトンボの攻撃を躱すにはアクセルブーストを使う他にない。だが連続でアクセルブーストを使えるほど熱量に余裕はない。至近距離で、メインブースターでの機動で、照準を合わせさせないのが唯一の安全圏だ。

 右へ、左へ、上へ、下へ、実弾を撃ってトンボを牽制しつつ、鵜飼ひとみのコーラスで踊る。ワン、ツー、ターン、テンポを変える、早く、時に遅く。リズムを変える。ワルツ、タンゴ、ジルバ、マンボ。嘘だよ。ダンスなんて詳しくは知らねー。踊る、踊る、踊り狂う。亜音速のダンスだ。逃げるトンボに食らいついて踊る。ステップを外せば、そこで終わる。

 心を燃やせ! 頭は冷やせ!

 熱量が危険域を割る。ドレスは冷えていっている。だがここまでトンボの攻撃を避けられ続けたことがもう奇跡に近い。張り詰めた糸は必ず切れる。限界は近い。

 辛い。苦しい。寝不足と疲労で体が重い。


「三津崎くん、笑って――?」


 だけど、楽しすぎる。ああ、楽しい。クソ面白い!


「楽しい。楽しいなあ。お前もそうなんだろ、トンボ!」


「三津崎くん?」


 いつまでも踊っていたい。俺とお前で行けるところまで行き着きたい。限界を超えたその先へ!


「三津崎くん!」


 もしもひとりきりでこの戦いに挑んでいたらそうしていただろう。行き着くところまで行ったに違いない。トンボと楽しく遊べたなら、結果なんかどうでもいい。だけど今は違う!

 立川卯月が作り上げ、曽我碧と鍛え上げ、鵜飼ひとみに(いざな)われ、俺は仲間と一緒に戦っている! 俺には彼女たちに勝利を持ち帰る責任がある!


「勝つぞ、鵜飼さん!」


「はいっ! 三津崎くん」


 回避を指示するので精一杯だった鵜飼ひとみが、トンボの移動先を歌い始める。見え始めたのだ。彼女にとって未知だったトンボの動きを、もう彼女は先読みし始めた!

 一瞬先が、一秒先になり、二秒先になった。トンボの回避方向を鵜飼ひとみは的確に当てていく。俺の射撃がトンボに当たり始める。


「次、左六〇度」


 鵜飼ひとみの覗い知れないその奥深さは、彼女が俺から見た方向を指示するところにある。反重力装置を使って上下を忘れた俺は、彼女から見たら天地逆さまだったり、真横に向いていたりする。だが彼女はそんな俺から見た方向を指示できるのだ。俺は直感的に反応できる。もちろん声では追いつかない場合がある。そんな場合はマーカーを置いてくれる。眼表モニターに表示されるマーカーに向かって移動したり、あるいはそれを攻撃する。

 彼女はまさに通信士オペレーターになるべくして生まれてきたとすら言えるだろう。彼女がいなければ戦いにもならなかった。

 レーザーを掻い潜り、実弾の雨を避け、トンボの移動先にレーザーを置く。一度は冷えたトンボの放熱板が赤く灼け始める。空気が揺らぐほどに熱を持ち始めた。状況が傾き始める。

 熱量制のバトルダンスはある程度熱量に差が出ると逆転は難しい。何故なら熱量が溜まっている側は回避のためにアクセルブーストを使うのも難しくなるからだ。

 だがここに来てトンボは粘る。アクセルブーストを止め、四つのメインブースターを巧みに使ってこちらの照準をずらしてくる。鵜飼ひとみの指示に従っても命中しない。この動きはフルサポートでは無理だ。トンボはある程度のマニュアル操作を使いこなしている!

 お前、接近戦もできるようになったんだな!

 友だちの成長が素直に嬉しい。

 お前から見て俺はどうだ? あの頃とは見違えるようだろう?

 お互いに攻撃が当たり始める。接近しすぎて細かく狙わなくても当たるほどになったのだ。亜音速で激しく撃ち合う。お互いのドレスが燃える。熱量が再び危険域まで溜まる。やはり排熱効率で負ける!


「カウンターブーストで決める! 鵜飼さん、タイミングを!」


「自滅行為です!」


「今ならギリギリ足りるはずだ! このままじゃ負ける! 頼む!」


「三秒後です。右六〇度から、左前一三〇度に切り込んでください。今ッ!」


 カウンターブースト!

 アクセルブーストによる慣性を打ち消すことで熱量がぐっと上がる。レッドゾーンの真ん中より少し上。重ねたアクセルブーストでさらに熱量が上がる。敗北ラインのギリギリ手前。目の前にトンボの赤いドレスが迫った。エネルギーブレードを振る。が、トンボはドレスを捻ってこれを躱した。予測されていた。そうだよな。俺がどう考えるか、お前に分からないわけないよな。

 俺なら決死の一撃に賭ける。間違いなくそうだ。

 俺なら――、な!

 リミッター限界で振ったエネルギーブレードなら終わっていた。冷却に六秒。熱量限界に達した俺に為す術はない。

 だけど、これは太刀川卯月のッ!

 アクセルブーストはもう使えない。体を無理やり捻って運動エネルギーを作り出した。

 仲間たちが用意してくれたッ!

 切り返す。熱量は限界だが、エネルギーには余裕があった。

 一振りなんだッ!

 一之太刀を避けるため体勢を崩したトンボは二之太刀を躱すことができない。エネルギーブレードが赤いドレスを捉える。俺は役割を終えたエネルギーブレードを捨て、左手に持った複合突撃銃をトンボに向けた。攻撃を緩めはしない!

 引き金を引く。レーザーを撃てば熱量が上がり自滅になるから実弾だ。

 だが弾丸は射出されなかった。

 ブザー音が鳴り響く。勝敗が決し、武装がロックされたのだ。

 俺たちは速度を緩め、並んでフィールドに降り立った。


「二度目の攻撃のために余力を残してるなんて、流石ブルーだ」


「トンボ……」


 言葉が出てこない。言いたいことは山のようにあった。伝えたいことが山のようにあった。だけど真っ先に言うべき言葉があった。


「ごめん、トンボ、引っ越すこと言えなくてごめんな」


「本当だよ。待ちぼうけを食らった私の身にもなれ。どれだけ探し回ったと思ってる」


「ずっと謝りたかった。トンボに見つけてもらうためにマスカレイドに出ようと思って、それで……」


「それは私が先にやった。なのにブルーは気付いてくれないんだものな。てっきり私を追いかけてここにやってきたんだと思った。秋津瑞穂だなんて呼ばれた時の私の気持ちが分かるか?」


「だって! 仕方ないだろう。トンボが女の子だなんて知らなかったんだ。トンボがこんなに綺麗な女の子になってるなんて、どうしたら分かるんだよ」


「私はひと目で分かったぞ。だけど許してやる。友だちだからな」


「トンボ、俺のこと、まだ友だちだと思ってくれるのか……」


「当たり前だろう。おい、泣くなよ。ブルー。お前は勝ったんだ。この秋津瑞穂に勝ったんだぞ。だから笑え」


 歯を見せて笑う。涙は止まらなかった。


「おめでとう。お前が学内一位だ。ブルー。すぐに引きずり落としてやるからな」


「やれるもんならやってみろ」


 声を出して笑い合う。ああ、本当にトンボだ。見た目は全然違ってしまったけれど、確かにトンボだった。


「ブルー、いや、青羽、トンボと呼ぶのはもう止めてくれないか。流石に恥ずかしい」


「なんでトンボだったんだ? 戦い方は確かにトンボみたいだったけど」


「昔はトンボのことを秋津と言ったんだ。調べればすぐに分かることだぞ」


 トンボは頬を膨らませてむくれる。


「そうだったのか……。じゃあ、これからはなんて呼べばいい? 秋津先輩か?」


「瑞穂……。瑞穂でいい。私も青羽と呼ぶ」


「瑞穂、なんか恥ずかしいな」


「私もだ。お互い様だよ。青羽」


 俺たちは笑い合う。十年という歳月がまるで無かったかのように。俺たちは友だちのままだった。そしてこれからも。俺たちは友だちだ。




               2115年5月2日(木)「秋津島学園」放課後

                          喫茶店フォックステイル



「というわけで、戦勝パーティーと、三津崎の吊し上げ会はっじまっるよー!」


 音頭を取ったのは太刀川卯月だ。こいつのコミュ障設定どこ行ったんだろうな?

 瑞穂との戦いに勝った俺たちには、そのまま勝利を喜べるほどの余裕が残されていなかった。徹夜でバトルドレスを仕上げ、仮眠を取っただけで戦ったのだ。自然とそのまま解散の流れとなった。とにかく眠かったのだ。

 そして日が変わってさつきちゃんに怒られた俺たちは、放課後になって鵜飼ひとみ行きつけの喫茶店で戦勝パーティーを開くことになったのである。


「てか、吊し上げ会ってなんだよ!」


「秋津瑞穂と下の名前で呼び合う仲だなんて拙者ら聞いてないでござる」


「瑞穂……」


 曽我碧が熱っぽく太刀川卯月に囁くと、太刀川卯月もそれに応じる。


「青羽……」


「分かったから捏造するな。俺だって知らなかったんだ。そんな目で見るな。本当だ。瑞穂と最後に会ったのは、五歳の時だ。あいつだって前歯の抜けた間抜けなツラした子どもだったんだ」


「幼馴染だったんですね……」


「なんだ、負けフラグが立ってるのでござる」


「なんだ、それは。俺が気付いたのはバトルの最中だよ。途中で瑞穂の戦い方が変わったろ。あれで気付いた。俺たちはバトルドレスをモチーフにしたゲーム仲間だったんだ」


「へー、それだけ?」


「それだけもなにも、あいつは俺にとって大事な友だちだよ」


「あっしらは?」


「大事なチームメイトだ。誰が欠けても勝てなかった。みんなのお陰だよ」


「これは……」


「意外に?」


「差がついていないかも……」


 三人は顔を突き合わせてそう言葉を繋げる。


「何の話だよ。とにかく今日は俺の奢りだ。パーッとやろうぜ」


 瑞穂、学内一位に勝利したことで、俺は順位差に応じて貰える勝利ポイントと、日を跨いだことで学内一位として得られる今日の分のポイントを手に入れていた。三人に借りていたポイント返しても懐にはまだまだ余裕がある。とは言っても俺だけの力で手に入れたポイントではない。ちゃんと四人で分配するつもりだし、今日の分は俺の個人ポイントになる分から支払うつもりだ。


「秋津瑞穂との再戦はどうするつもりでござるか?」


「二位からの挑戦は拒否権が無いからな。瑞穂はずっと一位だったから挑戦権を使っていないはずだし、今週中にも再戦ってことになるだろう」


 いわゆる順位戦と呼ばれるルールである。自分より順位がひとつ下の相手からの挑戦は拒否できない。挑戦できるのは週に一度だが、一位だった瑞穂は挑戦権を使っていないはずだから、すぐにでも俺に挑戦できる。


「すぐにまたあんな戦いをするのか。信じられない」


 曽我碧がため息を吐いて首を横に振る。


「ダンサーを諦めたくなったか?」


「いいや、前よりもずっとやる気が出た。絶対にダンサーになって、あたしもあの舞台に立つんだ。あんなに熱くて綺麗なダンスをあたしは他に知らない」


「俺だってそうさ。必ずマスカレイドの舞台に立つ」


 瑞穂と再会できたことで俺の最大の目標は達成された。だが俺の挑戦は終わらない。こんなに楽しいことを俺は他に知らない。この舞台で、俺は行けるところまで行ってみせる。

 まずは国内選抜戦。片っ端から優勝する!


「じゃあ、これからもこのチームで頑張っていくってことでいいでござるか?」


「俺はそうしたいと思ってる」


「開発もさせてくれるのなら……」


 鵜飼さんは意外と(したた)かだな。


「あたしはできるだけ早くダンサー候補生になるつもりだけど、それまででいいならこちらからお願いしたいくらいだ。勉強になるからな」


「分かってる。ガンガン鍛えてすぐにダンサー候補生にしてやるよ」


「じゃあ、正式なチーム結成を、祝う、前に!」


 太刀川卯月がグラスを掲げる。


「チームメイトは下の名前で呼びあうことを提案したい!」


「賛成!」


「えっと、はい……」


 曽我碧と、鵜飼ひとみもグラスを掲げる。


「え? なんで?」


「馬鹿か。これから私たちはチームになるんだ。より親密になる必要がある。上手くやっていくためだ。それだけだ! 本当だぞ! なんか文句あるか!?」


「いや、別に無いけど。じゃあ、卯月、乾杯を頼んでいいか?」


「くぅ~、思ってより来るぅ」


「何がだよ」


「なんでもいいだろ。青羽。じゃあ、私たちの勝利を祝って、乾杯ッ!」


 俺たちはグラスをぶつけ合った。

 この日から本当の戦いが始まった。

 アンダーティーンを維持することの難しさを俺たちはまだ知らなかったのだ。

 だがどんな困難も必ず乗り越えられる。そこに友だちがいる限り。

 俺たちの戦いは続く!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ