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第四十六話 寸劇

 国王陛下がお呼びであると聞いたとき、アルフォークは遂に来るべき時が来たと覚悟した。


 あの嵐の日から、早四日が経った。スーリアが来たのは昨日のことだ。

 スーリアを見たとき、気持ちが昂ぶって思わず抱きしめたい衝動に駆られた。それを思い留めたのは、自分がもう二度と騎士として任務に就くことが出来ないという現実だった。

 十代始めに騎士学校に入学し、卒業後も騎士の道一本で魔法騎士団長の座まで上り詰めた。その自分から騎士の道を取り去ったら、何も残らない。スーリアを護ることもままならないと思った。


 窓際に飾られた向日葵を見て、力強く咲くその花に気持ちが少しだけ救われた。この向日葵はスーリアとあのような別れになった公開訓練の日、スーリアが落としたものだ。拾って執務室に飾っていたが、昨日キャロルがアルフォークの病室まで運んできてくれた。別れることを決めた恋人に対してなんと未練たらしいのかと、我ながら自分の女々しさに乾いた笑いが漏れる。


 アルフォークは自身の右手を見た。力を入れようと何度も試みたが、今日まで動くことは無かった。最後にもう一度力を入れようとしたが、その右手は作り物のようにピクリともしない。

 アルフォークはその作り物のような右手を眺めながら、ため息をついた。


 アルフォークはあの日、足をもつれさせた部下を庇ってサンダードラゴンの雷撃を受けた。通常であれば即死だが、スーリアの花のおかげで一命は取り留めた。ただし、力の弱まったスーリアの花では、完全にサンダードラゴンの攻撃を防ぐことはできなかった。

 右上体部に大やけどを負ったアルフォークは、すぐに部下に担ぎ出され、ちょうど駆け付けたエクリード殿下によってすぐに最上級の治癒魔法の治療を受けた。そのおかげて表面上、怪我は癒えている。だが、右手が動くことはなかった。


 腕が使えなくなったことは、すなわち騎士としての終わりを意味する。


 スーリアの花の力の加護を取り入れる前は、魔法騎士が魔獣の討伐中に身体の一部を失うことはそれほど珍しくも無かった。それらの魔法騎士達の行き先は、金持ちの用心棒や、町のギルドで仕事を得る冒険者だ。剣と魔法が両方使える魔法騎士は、身体の一部を失っても世間一般レベルではそれなりに戦えるのだ。


「──今日は静かだな」


 アルフォークは独り言ちた。いつもなら治癒魔法をさらに試すために魔術師や侍女達の行き交う足音、話し声でさわがしいのに、今日はまるで誰もいないように静かだ。


──考え事をするにはちょうどいいか。


 自分の行く末は何なのか。

 王宮の警備隊員か、もしくは実家から経営している会社を一つ譲り受けるか……。アルフォークはそんなことを思案しながら、国王陛下との謁見に向かうのために準備を始めた。

 


***



「面をあげよ」


 国王陛下の威厳のある声がして、アルフォークは顔を上げた。玉座に座る国王陛下は頬杖をつき、アルフォークを見下ろしている。その横には王太子やエクリード殿下もいた。


「この(たび)の王宮内での空間の歪みと魔獣の出現について、余に申したいことはあるか?」

「このような不手際を起こしたことを、深くお詫び申し上げます。全ての責任は私にあります」

「お主が責任を取ると?」

「はい。先日賜った爵位と魔法騎士団長の地位の返上を致します」


 アルフォークは固い口調でそう言った。プリリア王女が「何ですって!」と叫んだのを、隣に居た王太子が嗜める。国王陛下は驚く様子も無く、顎髭を撫でた。

 

「爵位と魔法騎士団長の地位の返上か。お主の持てる全てだな」

  

 国王陛下の言うとおり、爵位と魔法騎士団長の地位はまさにアルフォークの持てる全てだ。それ以上を求められた場合、アルフォークには実家に頼るか、最悪は自分の命を差し出すしかない。


「だが、お主の処分の決定権はこちらにある」


 アルフォークはぐっと押し黙った。国王陛下の言葉は、すなわち爵位と魔法騎士団長の地位の返上には納得いかないという意味だ。死刑の可能性が頭を過ぎった。


「まずは、これより用意するスープを全て食べよ」

「は? スープ?」


 アルフォークは眉根を寄せた。聞き間違えかと思ったが、すぐに用意されたコップに入れられたものは温いスープだ。なぜか親友のルーエンが運んできた。アルフォークは、これは服毒による死刑で、死に目くらいは友人に会わせてやろうという恩赦なのだと理解した。


「アル。自分で食べられる?」

「食べられる。手間をかけさせた」


 アルフォークが礼を言うと、ルーエンは小さく笑った。

 スープには小さく刻んだ野菜が沢山浮かんでいた。これが最後の晩餐なのだと言うのに、不思議と心は凪いでいる。アルフォークは一気にそれを飲み干し、カップを床に投げ捨てた。

 意外なことに、苦しさは無かった。魔法騎士団長としてある程度の毒の耐性は付けてきたので、もしかすると効くのに時間が掛かるのかもしれない。アルフォークは国王陛下を見上げた。


「飲み干しました」

「よし。では、お主への処分を言い渡す。余興への参加だ。今から罪人の疑いがある少女をこの場に引き立てる。お主と五人の魔法騎士が勝負して、勝てば少女は恩赦で釈放する。お主が負ければ、少女も死ぬ。よいな?」


 右手が使えないアルフォークが五人の魔法騎士と戦う。これは、かなりアルフォークにとって不利だ。不利どころか、勝てるわけが無いと思った。

 アルフォークは国王陛下を見上げた。死刑を余興で行う愚王はかつて存在したが、現国王はそのような愚かな真似をする方では無かった。しかし、国王陛下は涼しい顔をしてアルフォークを見下ろしている。


「これをどうぞ」


 アルフォークの前に試合用の剣が置かれた。それを無言で眺めていると、(くだん)の罪人の疑いがある少女とやらが引き立てられてきた。その少女が現れたとき、アルフォークは息が止まるほど驚いた。


「スー、なんで……」


 そこに現れたのは、スーリアだった。近衛騎士に前後を挟まれ、スーリアがアルフォークの前に立つ。その後ろに続くのはアルフォークの部下である魔法騎士が五人。


「スーリアは摩訶不思議な魔術を使い、聖なる力が在るかのように振る舞い、人々を惑わせた。また、王宮の中に潜入することにより細工を施し、結果的に空間に歪みを発生させた稀代の魔女である」


 淡々と罪状を読み上げるのは、エクリードだ。エクリードは、冷ややかな目でアルフォークを見下ろした。


「よって、スーリアは死刑に処する」

「ばかな! そんなはずはない!!」 

「残念ながら事実だ。お前も誑かされた一人だ」

「違う!」


 信じられない思いでアルフォークはスーリアを見た。こんな状況にも関わらず、スーリアはアルフォークと目が合うと、嬉しそうに微笑んだ。


「スー……」


 アルフォークの必死の訴え虚しく、試合開始の合図がされた。部下たちが襲いかかってくるのを感じ、アルフォークは咄嗟に、左手に剣を握った。



  



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