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第四十話 スーリアとメリノ


 スーリアは一人ベッドで泣いていた。


 急に王宮に来てはいけないと言われ、不思議には思っていた。それは、きっとプリリア王女との結婚が決まったので、それをスーリアの耳に入れないようにするためだったのだ。

 スーリアにとって、アルフォークは倉田恵時代も含めて生まれて初めて好きになった男性だった。


 目を閉じると、こちらを見つめるアメジストのような瞳が脳裏に蘇る。『スー』と呼ぶ心地よい低音、優しく抱きしめられた時の温もり、一瞬だけ触れ合った唇……

 一緒に馬に乗ったり、街を歩いたり、楽しかった思い出だけが次々と蘇り、熱いものが溢れて出てくる。

 

──辛い、辛い、辛い!!


 まるで心をズタズタに切り裂かれたような痛みだ。ベッドで肩を震わせていると、部屋の扉を控え目にノックする音した。すぐにカチャリとノブを回す音と共に、姉のメリノの声が聞こえた。


「スーリア、入るわよ」


 メリノは何も言わないスーリアのベッドに腰掛けると、泣いているスーリアの背中を撫でた。


「姉さん、凄く辛いわ。心が引き裂かれるようよ」


 泣きながら、くぐもった声で訴えるスーリアの頭にメリノはそっと手を置く。


「スティフから、少しだけ話を聞いたわ。何か……喧嘩をしていたようだと。ねぇ、スーリア。団長さんとはちゃんと話したの?」

「話す必要なんてないわ」

「スーリア?」


 メリノの戸惑うような声が聞こえた。部屋に沈黙が広がる。


「ねえ、スーリア。もう一度、団長さんと話してみたらどうかしら? 全く違う環境で生きてきた二人だもの。たくさん話さないと、人ってなかなか分かり合えないものよ?」

「話しても分かり合えないと思う」

「……そうかもしれない。でも、話さないで別れて、この先スーリアは後悔しない?」


 スーリアはベッドに俯していた顔を少しだけ上げた。メリノは潤んだ瞳でじっとスーリアを見つめている。


「ねえ、スーリア。私とスティフも、沢山喧嘩したことがあるし、すれ違ったこともある」

「姉さんとスティフさんが?」


 スーリアは首をかしげた。リアちゃんの記憶の中でも、スーリア自身が知るメリノとスティフも、二人はいつも仲むつまじく、穏やかだ。この二人が喧嘩するなど、スーリアには想像がつかない。

 怪訝な顔をするスーリアを見て、メリノはクスッと笑った。


「そりゃあ、そうよ。だって、元々は赤の他人だもの。沢山喧嘩して、すれ違って、その分もっと仲良くなるの」


 再び、沈黙が二人を包む。


「スーリア。団長さんとスーリアがこの先どうなるのかは、私にはわからない。けど、もう一度話した方がいいと思うの。きっと、スーリアが気持ちをすっきりさせて一歩進むように、背中を押してくれるわ」

「……うん、分かった」

「ねえ、スーリア。あなたは優しくて、美しくて、働き者で。私の自慢の妹よ」


 俯くスーリアを優しく見下ろし、メリノはそっとスーリアの肩を抱き寄せた。


「辛かったわね」


 囁かれたその言葉を聞いた時、止まっていたはずの涙がまたはらはらとこぼれ落ちた。



 ***



 スティフとメリノの結婚式はそれはそれは素晴らしかった。


 騎士団の式典用正装姿のスティフの横に立つのはレースをふんだんにあしらった白いドレス姿のメリノ。そして、メリノの髪にはスーリアが育てた白いバラが飾られ、手にもバラと百合で造られた花束を持っている。

 美男美女の二人は本当にお似合いで、おとぎ話の王子様とお姫様のようだとスーリアは思った。時折見つめ合う二人の蕩けるような笑顔は、スーリアに二人のこれからの幸せな未来を確信させた。


 王都の教会で行われた二人の挙式で、スーリアはこの世界に来てから初めて、教会という場所に足を踏み入れた。真っ白な石造りの建物に入ると、正面に見える祭壇の上にはスーリアには見覚えのある美しい女性の石像が、優しい微笑みをたたえて人々を見下ろしていた。


──シュウユ、どうか姉さんとスティフさんがいつまでも幸せに暮らせるように見守っていて下さい。


 祭壇の前で誓いを立てる二人を見つめ、スーリアは自らも胸の前で手を組んで祈りを捧げた。賛美歌が流れて、神聖な空気があたりを包み込む。誓いのキスをする二人を見て、スーリアは自然と口元を綻ばせた。


──姉さん、スティフさん、末永くお幸せに。


 スーリアはもう一度祭壇に視線を移した。そこに佇むのは、しばらく会っていない、この世界の創造の女神様だ。

 自分は果たして、この世界を浄化してくるという役目をしっかりと果たせてるのだろうか。心の中で問いかけても、視線の先にいるその女神は何も答えてはくれない。シュウユは、ただ優しい眼差しで、人々を見下ろしていた。

 

 挙式後の披露パーティーは、近所のレストランを貸し切って行われた。スーリアは張り切って、ここにも朝から沢山の花を飾った。メリノはスーリアにとって、かけがえのない人だ。メリノが居たからこそ、この世界にこんなに早く馴染めたと言っても過言ではない。少しでも華やかな雰囲気の中で、二人の門出をお祝いをしたかった。


「スーリア。とても素敵だわ。ありがとう」


 笑顔で会場装花と身につけている花の御礼を言うメリノに、スーリアも口元を綻ばせばせた。


「どういたしまして。姉さんとスティフさん、とっても素敵ね」

「ふふっ。ありがとう。きっと、スーリアもすぐに着ることになるわ。きっと、父さんが泣いてしまうわね」


 ドレス姿のメリノがクスクスと笑い、少し離れたところでスティフの父親と酒を飲み交わしているベンを見やる。


「スーリア。今日、残念だったわね」

「あ、……うん」


 小さな声で囁かれ、スーリアは曖昧に笑った。

今日、本来であればスティフの上司であるアルフォークも挙式とパーティーに参加する筈だった。しかし、今朝方、空間の歪みが発生したため、急遽欠席となったのだ。

 けれど、スーリアは実を言うとホッとしていた。会うのが怖い。もし会って、本当にさよならで、自分とは二度と関わることはないとアルフォークに面と向かって宣言されたら? きっと自分は耐えられない。それが怖くて、アルフォークから毎日のように届く手紙も開けられずにいた。


「いつでも会えるから平気よ」

「そう? それならいいのだけど」


 強がって言った言葉に、メリノが安心したように微笑む。スーリアは胸に鋭い痛みを感じたが、それに気付かないふりをしてメリノに微笑み返した。

 

 

 


 



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