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第三十七話 お手紙

 スーリアはトレーに乗せられたパンを黙々と紙袋に入れた。


「ありがとうございました」


 料金を受け取ると、紙袋に入れたパンを手渡す。笑顔でお見送りすると、初老のお客様は人当たりのよい笑みを浮かべた。


「また来るよ」

「はい。お待ちしております」


 小さく手を振り、その姿が見えなくなったところで、スーリアはハァッとため息をついた。


 突然、王宮の花畑にはしばらく来ないようにとアルフォークに言われ、早二週間が経つ。スーリアは理由を知りたかったが、アルフォークははっきりと理由を言ってくれなかった。

 今、スーリアの花は凛々しい女性騎士が自宅まで取りに来る。だから、スーリアはアルフォークにこの二週間会えずにいた。


──会いたいな。


 たった二週間会えないだけで、とても寂しい。あのアメジストのような瞳で笑いかけて欲しい。大きな体で優しく抱きしめて欲しい。

 スーリアには、なぜ自分が急に王宮に行くことを禁じられたのかが分からなかった。なにか、不手際をしてしまったのだろうか。


「リア、ほら」


 ポンと肩を叩かれ、見上げるとリジェルがパンの入った袋を差し出していた。スーリアはその袋を見た。いつもより膨らんでいる。


「リアの好きな芋のパンを多めに入れておいたから。あー、その……、これ食って元気だせよ」


 スーリアはリジェルを見上げた。リジェルは心配そうに、スーリアを見下ろしている。何も話してはいないが、リジェルはきっと、スーリアの元気がないことを敏感に察して、元気付けようとしているのだろう。

 

「うん。ありがとう、リジュ」


 スーリアはその袋を受け取り、小さく微笑んだ。そして、店の外に置いてある空のバケツを片付けると、とぼとぼと自宅へと向かった。

 自宅に戻ったスーリアは、庭にある花畑へと向かった。来週に迫ったメリノとスティフの結婚式に向けて、今はバラが沢山咲き乱れている。美しく咲く花を眺め、スーリアは少しだけ沈んでいた気持ちが浮上するのを感じた。この花を美しく飾り付け、姉夫婦の門出を祝福しよう。


 そのまま花の世話をしていると、ガタガタと馬車の車輪の音が遠くから聞こえてきた。顔を上げると、凜とした雰囲気の女性が荷馬車を操ってこちらへと向かってくる。


「キャロルさん、こっち」


 スーリアは馬を操るキャロルに向かって手を振った。キャロルはスーリアの花を受け取りに来たのだ。


「これが御守り用の切り花で、こっちが植え替え用の鉢植えです」

「承知しました。ありがとうございます」


 スーリアが花畑の一画を指さすと、キャロルは鉢植えを次々に荷馬車へと載せてゆく。スーリアはその後ろ姿を静かに眺めた。


「キャロルさん。団長閣下はお元気ですか?」


 荷物が載せ終わったタイミングで、スーリアはキャロルに尋ねた。キャロルはスーリアを見て、少しだけ首をかしげる。


「団長ですか? うーん、変わらないと言えば変わらないのですが……」


 少しだけ歯切れの悪いキャロルの言い方に、スーリアは引っかかった。何かしらアルフォークにあったのかと不安を覚えた。


「もしかして、団長閣下は体調でも崩されているのですか?」

「いえ、そういうわけではありません。そうだ、明日の午後、公開訓練があるのでスーリア様も来ませんか?」

「明日の午後?」


 スーリアはキャロルを見返した。公開訓練とは、月に一度だけの、魔法騎士団の訓練が一般公開される日だ。スーリアも一度だけ、メリノと見に行ったことがある。


「そうなの? じゃあ、行ってみようかしら」

「是非お越し下さい。きっと、団長も喜ばれますよ」


 キャロルに微笑みかけられて、スーリアははにかんだ。

 公開訓練では、会話が出来たとしても一言二言だろう。けれど、久しぶりにアルフォークの姿が見られると思うとスーリアはとても嬉しくなった。


「必ず行きます」

「はい。お待ちしております」


 挨拶を終えたキャロルは鉢植えと花がぎっしりと詰まった荷馬車を操り、颯爽とまた元来た道を下ってゆく。スーリアはその様子を見えなくなるまで見送ってから、花畑へと戻った。

 花畑にはデンドロビウムがちょうど見頃を迎えていた。昔、アルフォークに花言葉を聞かれ、『わがままな美人』だと教えたら楽しそうに笑っていた花だ。デンドロビウムの淡い紫色はアルフォークのアメジストのような瞳に似ている。

 スーリアは回りを見渡して、ひまわりの鉢植えも用意した。太陽のように明るく力強いひまわりは、スーリアの中のアルフォークのイメージに合う。明日はデンドロビウムとひまわりを持っていこうと決めた。


「あら。スーリア、ご機嫌ね」


 自宅へと戻ると、結婚の準備で荷物の整理をしていたメリノがひょっこりと顔を覗かせた。


「うん。明日、公開訓練でしょう? アルを見に行こうと思って。姉さんはどうする?」

「あ、明日だったかしら? うーん、私は結婚式と引っ越しの準備が忙しくて……。今回はやめとくわ」

「わかった。スティフさんに会ったら、よろしく伝えておく」


 スーリアはにっこりと頷くと、足早に二階へと駆け上がった。部屋に入り、バタンとベッドに倒れると、ヴィーンと鈍い振動音がして、空中からハラリと封筒が落ちてきた。


「何かしら?」


 スーリアは床に落ちたそれを拾い上げた。一目で上質だと分かるような艶やかな白い封筒の表を見ると、『スーへ』と書かれていた。差出人には『アルより』となっている。


「まあ! もしかして、これはアルからの手紙ね」


 スーリアは目を輝かせて、中を開いた。



愛するスーへ


 最近、会えない日が続いているが、元気に過ごしているだろうか? ルーから花の力が最近弱まっていると聞き、スーに何かがあったのではないかと心配している。杞憂であればいいのだが。


 俺は相変わらず、魔獣の討伐をしている。今日も午前中、エクリード殿下と共に空間の歪みを正しに向かった。スーの花にはとても助けられているよ。ありがとう。


 今は色々と問題があって、スーに王宮に来てもらうことが出来ない。解決出来るようにエクリード殿下やルーにも協力して貰っているところだ。


 次にスーに会ったら、伝えたい事があるんだ。スーはもしかすると、びっくりするかもしれない。


 怪我や病気に、くれぐれも気をつけて。


 君のアルより



 便箋には美しい書体でスーリアの近況を尋ねる文章や、アルフォーク自身の近況が綴られている。また、会ったら伝えたい事があると書かれていた。


「会ったら伝えたい事って何かしら?」


 スーリアは首をかしげた。

 それも含めて明日、公開訓練後に聞いてみようと思った。何度も何度も手紙を読み返す。花の力が弱まったのはきっと、アルフォークに会えなくてスーリアが寂しいと感じていたからだろう。


「ふふっ。明日が待ちきれないわ」


 スーリアは口元を綻ばせると、足に擦り寄ってきたミアを優しく撫でた。

 

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