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第三十三話 褒章

 天井から吊り下げられているのは魔法灯のシャンデリア、床に敷き詰められているのは精緻な模様入り高級絨毯、壁には細かい部分にまで一切の手抜き無く施された彫刻や金箔。ここは煌びやかな宮殿でも一際豪華絢爛だ。そんな中、アルフォークは跪き、頭を垂れて国王陛下と向き直っていた。


(おもて)をあげよ」


 国王陛下の威厳のある声が謁見室に響き渡る。アルフォークは跪いたまま、顔を上げた。見上げた先の玉座に座る国王陛下はまっすぐにこちらを見下ろしていた。その隣には王太子殿下、一段下がったところに王太子妃殿下、エクリード第二王子、プリリア王女が立っている。


「ここ最近の王都魔法騎士団は一人の怪我人も出さず、魔獣との戦いを完遂させておる。誠に素晴らしい働きぶりだ。これを讃え、褒章を与える」


 アルフォークは静かに国王陛下の話に聞き入った。喋るたびに、国王陛下のたっぷりと蓄えられた口髭が揺れる。


「褒章として、王都魔法騎士全員に新しい剣を与える」


 アルフォークはそれを聞いた時、ホッとした。


「有難き幸せにございます」


 エクリードから聞いていた褒章とは内容がだいぶ違うが、アルフォークにとってはむしろ好都合だ。口元に笑みを浮かべて頭を垂れると、国王陛下はアルフォークを見て小さく頷いた。


「それともう一つ」


 再び国王陛下が口を開いたのでアルフォークは慌てて口元を引き締めた。


「王都魔法騎士団を率いたそなたには伯爵位を与えよう。これからもわが国のために尽力するように」

「謹んでお受け致します」


 アルフォークは再び頭を垂れた。再び顔を上げたときに、こちらを見つめて口の端を持ち上げるエクリードと目が合い、アルフォークも口元を綻ばせた。


「アル!」


 謁見終了後、魔法騎士団の詰め所に戻ろうとしたアルフォークは後ろから声を掛けられて足を止めた。振り返ると、プリリア王女がこちらを見つめて頬笑んでいる。


「褒章おめでとう」

「ありがとうございます」


 アルフォークはプリリア王女からの祝辞に素直に御礼を言った。プリリア王女はゆっくりとアルフォークに近付いてきたので、アルフォークはプリリア王女の手を取り、その指先に口づける。プリリア王女は満足げに頬笑んだ。


「ねえ、アル。今回爵位を賜ったのだから、準備は整ったわ。次はきっと本命よ」

「準備? 本命? 何の話でしょうか??」

「鈍いわね。次の褒章の時は、きっと私の降嫁の話があるわ」


 プリリア王女は扇で口元を隠しながらころころと笑う。アルフォークはやっぱりそう来たかと思い、目を閉じて深く息を吐く。腹を決めて、プリリア王女を見据えた。


「リア様。そのお話ですが、リア様は王国の至宝と呼ばれるほどのお方です。私のような一介の騎士に降嫁すべきではありません。周辺国には歳の釣り合う王族が幾人かいます。リア様の美貌であれば、どの国からも喜ばれるでしょう」


 プリリア王女はアルフォークの話を聞き、スッと目を細めた。パシンという音が響き、鋭い痛みが走る。アルフォークの白い頬からつーっと血が滲んだ。プリリア王女に扇で引っぱたかれたのだ。


「私に政略結婚の駒になれと言っているの?」

「そのようなことは、滅相もございません」

「では、口を慎みなさい。不愉快だわ」

 

 プリリア王女はパシンと勢いよく扇を閉じる。立ち尽くすアルフォークに近付くと顎に指をかけ、悩ましげに眉根を寄せた。


「まあ、アル。綺麗な顔に傷が残ったら大変だわ。聖魔術師に言って、早く治して貰いなさい」

「……はい。畏まりました」


 妖艶に微笑んで颯爽と去ってゆくプリリア王女の姿をアルフォークは呆然と見送った。自分には恋人がいると伝えたかったが、あの様子ではとても無理だ。

 プリリア王女は既に決まっていた舞踏会の相手役ですら無理やり押し退ける強引さがある。スーリアのことを知られれば、スーリアに危害が及ぶ可能性があるとすら思った。


「くそっ」


 とんでもない女に目を付けられたものだ。褒章を与えられて高揚していた気分は、すっかりと冷め切ってしまった。アルフォークが頬を手で拭うと、指にはべっとりと赤い血がついていた。



 ***



「スー」


 優しい声色に振り返れば、アルフォークがこちらを見つめて立っていた。スーリアは花の手入れをやめ、アルフォークに駆け寄った。


「アル! どうしたの?」


 一応、『どうしたの?』とは聞くけれど、理由なんてなんだっていい。アルフォークが訪ねて来てくれるだけで、スーリアはいつだって心が躍る。


「ルーエンに用事があったんだ。それに、スーの顔が見たかった」

「私の?」


 アルフォークに優しく見つめられ、スーリアは頬を染めた。アルフォークはほんのりとバラ色に色づくスーリアを見て、口元を綻ばせた。


「今日はまだかかるのか?」

「ううん。もうそろそろ、帰るつもり」

「では、送っていこう」


 アルフォークの申し出に、スーリアはパッと表情を明るくした。


「いいの?」

「ああ、平気だ。今日、褒章を賜ったから、お祝いに全員の仕事を切り上げさせて帰らせたんだ」

「褒章?」

「魔法騎士全員に新しい剣と、俺は爵位を」

「まあ! おめでとう、アル!」


 スーリアは、とても嬉しくなった。褒章についてはよく知らないが、きっとアルフォークがとても評価されたに違いないと思った。


「ありがとう。スーのお陰だ」

「私の?」


 キョトンとした顔のスーリアを見て、アルフォークは微笑んだ。


「スーの花には何度も助けられている。スーの花なしでは褒章はなかっただろう」

「うん」


 アルフォークの指がスーリアの頬に触れる。こちらを見つめる瞳はとても優しい。スーリアは急激に頬から熱が広がるのを感じた。


「私、手を洗ってくるね」


 気恥ずかしさを感じたスーリアは、慌てて薬草園の水場へと逃げ出した。

 帰り道、アルフォークは愛馬のレックスでスーリアを送ってくれた。スーリアはレックスに乗るのが大好きだ。背の低いスーリアでも視線が高くなり、あたりが見渡せるし、後ろからアルフォークがスーリアを包み込むように手綱を握るから。

 ちらりと後ろを振り返れば、スーリアが振り返ったことに気づいたアルフォークと目が合った。至近距離で微笑むアルフォークの姿に、スーリアの胸はトクンと跳ねる。スーリアは慌てて前を向き直った。


「スーといると落ち着く」


 ホッとしたようなアルフォークの声がして、頭の上に柔らかな感触があった。アルフォークが頬を寄せたのだ。


「私は、アルといるとドキドキするよ」


 スーリアが真っ赤になって俯くと、後ろでアルフォークがふっと笑う気配して、腰に回る腕に力がこもった。


 家に到着したとき、辺りはすでに薄暗くなっていた。スーリアは一人で馬の乗り降りが出来ない。先に降りたアルフォークが手を差し出したので、スーリアは自分の手を重ねた。スーリアの体がふわりと(くう)に浮き、足が地面へと着く。


「ありがとう、アル」

「どういたしまして」


 玄関前までスーリアを送り、踵を返そうとしていたアルフォークはふと立ち止まった。


「スー」

「なに?」

「もしかしたら、これからおかしな噂が流れることがあるかもしれない……」


 スーリアが見上げると、アルフォークは真剣な顔でスーリアを見下ろしていた。


「おかしな噂というくらいなのだから、それは出鱈目なのね?」

「ああ、そうだ」

「うん、わかった」


 スーリアが微笑むと、アルフォークは表情を綻ばせばせた。


「スーからは俺に、褒章はない?」

「私から褒章?」

「キスは?」


 スーリアは目をみはった。アルフォークはじっとスーリアを見つめている。恋人なのだから、キスくらいするだろう。けれど、スーリアにはハードルが高すぎた。真っ赤になりながらアルフォークをしゃがませて、その頬に軽く唇を寄せた。


「ありがとう。……頭が痛い事があったんだが、頑張れそうだ」


 去り際に微笑むアルフォークがどことなく元気がないように見えて、スーリアは咄嗟にその腕を掴んだ。なぜか、アルフォークが自分の手の届かない遠くに行ってしまうような、嫌な予感がした。


「スー?」

「王様から褒章を貰っても、私は恋人? 爵位を貰ったらアルは貴族様なんでしょう?」

「当然だ。俺の恋人はスーだ」


 スーリアの頬をアルフォークの指が優しく撫でる。


「好きだよ、スー」

「私もアルが好きよ」


 アルフォークが蕩けるような笑みを浮かべ、顔が近づく。目を閉じると、一瞬唇に柔らかな感触があり、すぐに離れた。アルフォークはスーリアに微笑みかける。


「暗くなるから、危ない。家に入らないと」

「うん、ありがとう」


 促されて玄関から手を振ったスーリアは、家に入るとすぐに二階に駆け上がった。窓を開け、その姿が見えなくなるまでずっとアルフォークを見送った。


「ミア。私、幸せものだよ。うふふっ」


 スーリアは足元に寄ってきたミアを抱き上げると、その身体をぎゅっと抱きしめる。

 一瞬だけ触れ合った柔らかな感触。スーリアはそれを確かめるように、指で唇をなぞった。

 

 


 

 


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