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第三十話 舞踏会③

 庭園を照らす魔法の光は、赤茶色の幻想的な色合いだった。スーリアはその中をアルフォークと花畑へ向かう。繋がれた手が温かい。スーリアが少し前を歩くアルフォークを見上げると、アルフォークは後ろに目があるかのようにパッと振り返った。


「どうかした?」

「ううん。何でもないわ」

「そう?」


 アルフォークはまたスーリアの手をひき歩き始める。ダンスの流れのまま、スーリアの手にはアルフォークの手が重なっていた。何かを言ってしまうとこの手は離れてしまうかもしれない。スーリアはそう思い、口を噤んだ。


「どの花を摘む?」


 花畑へ着いたとき、アルフォークは咲いている花々を眺めながらスーリアに聞いた。手伝ってやりたいが、沢山咲いているのでどれを摘めばいいのかがわからないのだ。


「少しだから、すぐ摘んでしまいます」


 スーリアは、何種類かの花を選んで園芸ハサミで切ってゆく。バケツはあっという間にいっぱいになった。


「男性が装花から花を引き抜いて女性に渡すものだから、すぐに花瓶から花が無くなってしまうんです。予想外でした」

「確かに、舞踏会で花を差し出している男はよく見かけるな」


 苦笑するスーリアと同様に、アルフォークも苦笑して見せた。意中のご令嬢に花を差し出して口説こうとする貴族男性は舞踏会会場では珍しくはない。あの花はどこから持ってきたのだろうかと、常々、アルフォークも不思議に思っていたのだが、まさか会場の装花から引き抜いているとは知らなかった。


「随分と装花師泣かせな風習だな」

「本当に。一緒にお手伝いしているミリーはぷんぷんに怒っていたわ」


 スーリアは、貴族の令息相手に見えないようにあっかんべーしていたミリーを思い出し、クスクスと笑った。アルフォークもそれを聞きながら笑っていたが、ふと何かを思いついたように花を見始めた。


「摘んでもいいか?」

「はい。装花はダメですけど、花畑ならいいですよ」


 スーリアは茶目っ気たっぷりに答える。それを聞いたアルフォークは口の端を持ち上げると、チューリップを一輪だけ摘んだ。


「スー。どうかこれを受け取って」


 アルフォークから差し出された一輪のチューリップ。色は赤だ。スーリアはそれを受け取らないまま、アルフォークの顔を見返した。


「どう言う意味なのか……測りかねてます」

「口説いているんだ。今宵はみな、意中の女性に花を差し出して口説いているだろう?」

「私は貴族ではないので……。からかわれているのも本気にしてしまうわ」

「本気だ」


 アルフォークの紫の双眸が、まっすぐにスーリアを射貫いた。赤のチューリップの花言葉は『愛の告白』。スーリアはこんな都合の良すぎる奇蹟が信じられず、首を横にかしげた。こんな幸せな夢は、醒めたときが辛すぎる。


「アルは貴族で、私は平民だわ」

「俺は継げる爵位がないから、平民だと言っただろう?」


「アルは偉いし」

「ただの役職だ。王宮勤めという点では、花畑を管理するスーと同じだな」


「アルは大人だし……」

「二十四歳はスーにとって、おじさん過ぎるかな?」

「──いいえ。そんなこと、一度も思ったことないわ」


 スーリアはアルフォークを見つめた。目の前にいるのは美しく、優しく、多くの女性が憧れる魔法騎士団長だ。


「アルはとても素敵だから、私では釣り合わないわ」

「それは、褒めてくれているのかな? 俺はスーがいいと思っている」


 アルフォークは少し困った顔をして、スーリアを見下ろした。


「スー。俺は実は、女性が苦手だったんだ。けれど、スーといると落ち着くし、楽しいんだ」

 

 二人の間に沈黙が流れた。アルフォークが手に持ったままのチューリップが風に揺れた。

 

「スーは俺では嫌かな?」


 アルフォークの沈んだ声色に、スーリアは驚いた。嫌など、とんでもない誤解だ。スーリアはむしろ、アルフォークが……


「いいえ! いいえ! あなたが好きだわ」


 アルフォークの顔がホッとしたような表情に変わる。


「では、あとは何が不安?」

「都合のよすぎる夢が醒めないかと……」

「大丈夫だ。改めてスー、俺は君が好きだ。これを受け取ってくれるだろうか?」


 スーリアの前に一輪のチューリップが差し出される。


「……はい」


 スーリアは震える手でそれを受け取った。

 嬉しそうに微笑んだアルフォークは、チューリップごとスーリアを優しく抱きしめた。体を包み込むのはアルフォークの優しい温もり。

 こんなに都合のよいことは、やっぱり夢かもしれない。けれど、夢でもいいと思わせるほどの幸福感がスーリアを包み込み、目頭が喜びで熱くなるのを感じた。



 ***



 宮殿の大広間へ戻って早々、アルフォークはきつい口調で問い詰められて、肩を竦めた。


「アル? どこに行っていたの??」


 アルフォークの目の前には、たいそう不服そうな顔をしたプリリア王女が立っている。舞踏会の最中にプリリア王女にご機嫌伺いする列が絶えることはないのだから、別にその間にアルフォークがどこに行こうが構わないはずだ。しかし、一介の魔法騎士であるアルフォークが、王女相手にそんなことを言えるはずもない。


「申し訳ありませんでした。少し酔いが回ったので、夜風に当たっていました」

「どこかのご令嬢と行ったわけではなくて?」

「一人で行きました」

「そう。ならいいの」


 訝し気にアルフォークを見つめていたプリリア王な女は目を細めてアルフォークを観察するように上から下まで眺めた。

 プリリア王女が言う『ご令嬢』とは、この舞踏会に参加している貴族令嬢のことだ。スーリアは貴族令嬢ではないし、庭園でたまたま会ったのだから嘘は言っていない。プリリア王女は気を取り直したようにアルフォークの腕に手を絡めた。


「ねえ、アル。最近あなたの働きっぷりと言ったら素晴らしいでしょう? だから、お父様はあなたに褒賞を与えることを考えているの」

「褒賞?」


 褒賞とは、優れた働きぶりを見せた臣下に対して褒美を与えることで、褒美の内容は金一封から剣などの武器、屋敷、美術品まで様々だ。確かにここ最近、アルフォークの率いる王都の魔法騎士団は一人の怪我も無く魔獣の駆除を完遂させており、成果としては素晴らしかった。もちろん、その成果の一端はスーリアの不思議な花のお陰だ。団員達は皆、何度かスーリアの花に助けられていた。

 いったいどんな褒賞なのかとアルフォークが訝しむと、プリリア王女は意味ありげに口の端を持ち上げた。

 

「そのうちお父さまから話が有るはずよ。楽しみにしていて。ふふっ」


 プリリア王女は手に持っていた扇で顔を隠すと、楽しそうにころころと笑った。

 

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