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第二十四話 固いパン

 魔術研究所のテラスの一画。ルーエンによって張られた遮像・遮音壁のエリアの中で今日も噂の三人組は紅茶を片手に議論を交わしていた。


「アルに言われて、あの後調べてみたんだ。確かにあの日は花の効果が薄かったね。闇属性の灰になるのはもちろん、他の属性魔法で攻撃した際も花がしおれたんだ」


 ルーエンの説明にアルフォークは真剣な顔で聞き入った。エクリードは話を聞きながら、時折パンを摘まみ、口に放り込んでいる。


「ところがだよ」とルーエンはいったん言葉を切った。

「翌日にはいつもと同じように花の効果が回復していたんだ。なぜだろう? 僕の仮説では、リアちゃんの体調とリンクしているんじゃないかと思ったのだけど」

「スーの体調? あの日、スーは体調は悪くなかったぞ?」

「え? でも、元気がなかったってミリーが言っていたよ?」

「あれは飼い猫が体調不良で落ち込んでいただけだ」


 アルフォークの言葉に、ルーエンは驚いたように目をみはった。ルーエンはスーリアの飼い猫のミアが体調を崩していたことなど全く知らなかったのだ。


「アルはなんでそんなこと知っているんだ?」

「スー本人に聞いた」

「へえ!」


 ルーエンは驚いたような声を上げると、ニヤニヤと笑った。面白いものを見つけたかのような目でアルフォークを見ている。


「なんだ?」

「別にぃ?」


 ルーエンは嬉しそうにふっと笑うと、今度は急に真顔になった。


「でも、リアちゃんの体調じゃ無いなら花の力が弱まる理由はなんだろう? まさか、その猫が特別な猫で、猫の体調にリンクしてるのかな?」

「スーはパン屋で働き始めてからその猫を拾ったと言っていた。俺がサンダードラゴンに襲われた時、猫は飼っていなかった。時間軸が合わないから違うだろう」

「そっかぁ。じゃあ、何なんだろう?」


 ルーエンは両手を頭の後ろで組んで空中を仰ぎ見た。アルフォークも足を組んであの日、他になにかいつもと違うことがないかを思い返した。しばらく考えてみても、答えは出てこない。話がいったん途切れたのを見計らって、エクリードが話を変えた。


「そういえばアル。珍しく今度の舞踏会に出るんだな? 招待客リストを見ていてお前の名を見つけたぞ」


 アルフォークは『舞踏会』と聞いて、顔を顰めた。エクリードは持っていたパンが固いのか、パンの切れ端を紅茶に浸している。


「兄上の代理です。どうしても領地に戻る用事があるというので、代わりに出るのです」


 苦々しげな口調からは『本当は行きたくない』という気持ちがありありとうかがえた。エクリードはそんなアルフォークを見て苦笑した。


「パートナーは誰を? リアがお前のパートナーをしたいと騒いでいたぞ」

「リア様にパートナーを務めて頂くなど、俺には分不相応でしょう。パートナーは従姉妹にお願いするつもりです」

「そうか。相手がいるならさすがにリアも諦めるだろうから、いいんだ」


 エクリードがいう舞踏会とは、国王陛下主催の王宮で開催される舞踏会だ。年に一度だけ行われる大規模なもので、国内の主要貴族たちが招待される。アルフォークの実家も伯爵家なので招待されているが、そこには兄夫婦が行く予定だった。ところが、兄夫婦に領地に戻る用事が出来てしまい、急遽アルフォークが代理として参加することになった。兄夫婦は次期伯爵であり、領地経営が重要なのもアルフォークは理解している。それならばと引き受けはしたが、気は進まないままだ。

 アルフォークには舞踏会にいい思い出がない。いい思い出がないどころか、悪い思い出しかない。きたる舞踏会の日を思い、アルフォークははぁっと深くため息をついた。


「アル。このパンは味は悪くないが固すぎる」

 

 パンを食べ終えたエクリードは顎を摩りながらアルフォークに苦言を呈した。あまりの固さに顎が痛くなったようだ。アルフォークはムッとしたように口を尖らせた。


「そこまでは固くないはずです。殿下の顎がやわなのではないでしょうか?」

「なに? もしかして、魔獣に組み敷かれたときに噛みついて抵抗する訓練のために作ったのか?」

「まあ、そのようにお考え下さい」

「なるほど……。今までにない発想だ」


 しきりに感心するエクリードの横で、『そんなわけないだろ』と思いながらルーエンは笑いをかみ殺したのだった。



 ***

 


 アルフォークは自分の執務室に戻り際、薬草園に立ち寄った。端っこの花畑ではスーリアが花の世話をしているのが見えた。真剣な顔で枝を見ながら何かをしている様子を見て、アルフォークは頬を緩めた。


「スー」


 スーリアは突然声をかけられて、ハッとして顔を上げた。薬草園の入り口でアルフォークが立っている。水色の髪が太陽の光を浴びて涼し気に輝いていた。


「アル! ルーエンさんに会いに来たの?」

「ああ、そうだ。ついでにスーがいるかと思って寄った」


 アルフォークはスーリアを見下ろすと柔らかな笑みを浮かべた。スーリアはつい最近自覚したばかりの恋心からついついぎこちなく視線を彷徨わせ、土に汚れた手を咄嗟に隠した。


「今は何を育てているんだ?」

「バラとユリです。今度舞踏会があるらしくて、そこで飾るバラとユリをここでも作って欲しいと装花師の方にお願いされました。沢山あった方が見栄えしますからね」

「舞踏会……」


 スーリアはチラッとアルフォークを伺い見た。今、少しアルフォークの声が沈んだような気がしたが、気のせいだろうか。アルフォークはいつもと変わらぬ表情でバラとユリを眺めていた。白いバラの前でふと立ち止まると、そっとそのバラに手を添えた。


「白バラの花言葉は?」

「『純潔』や『純粋』です。結婚式でよく使われます」

「では、白ユリは?」

「同じく、『純潔』や『純粋』です。こちらも結婚式でよく使われます」

「なるほど」


 アルフォークは花を眺めたまま頷いた。『白薔薇姫』と『白百合姫』とうたわれる二人の姉を想像し、どのような花言葉なのかと興味を持ったのだが、思った以上に普通だった。


「デンドロビウムは?」

「デンドロビウム? 『わがままな美人』です」

「『わがままな美人』か……」


 デンドロビウムとは、プリリア王女がお気に入りの花だ。以前、スーリアの花束を取られた時に『私はデンドロビウムが好きなのよ。きちんとおぼえておいて』と言われて知った。何ともあの王女にお似合いの花言葉だとアルフォークは思わず笑みを漏らした。

 

 スーリアはずっとアルフォークの横顔を見つめていた。見惚れていたと言った方が正しいかもしれない。だから、デンドロビウムの花言葉を聞いた時にアルフォークが楽しそうに笑みを漏らしたのもしっかりと見ていた。


──デンドロビウムが好きなのかしら? 今度、育ててみよう。


 デンドロビウムの淡い紫色はアルフォークの優しい瞳の色に似ている。スーリアはアルフォークの横顔を見つめながら、今日は帰りにデンドロビウムの株を買いに行こうと思った。

 



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