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第十九話 婚約者は猫がお好き

―――――――――――――――――――――――

【次回予告!!】

 お互いにどちらがより愛されているか疑心暗鬼になる魔術師ルーンと王子の二人。氷の騎士アルフレッドはそんな二人に手料理で自身の愛を示すのだが……

二人を平等に愛しているアルフレッドの想いは伝わるのか?

次話の公開はまであとわずか! 請うご期待!!


―――――――――――――――――――――――


「まあ、三角関係から合意の関係になったと思ったら、やっぱりドロドロなのね……」


 部屋で巷で人気の連載小説の予告を見ていたマニエルは、ほうっと息を吐いた。予告にはいかにも興味をそそるキャッチフレーズが書かれている。騎士様が愛を示すために手料理を振る舞うなどこれまでにない発想だ。この連載小説は作者不明の大人気作なのだ。

 気を取り直して刺繍の続きでもしようとマニエルは針を刺し始めた。ちょうど糸を変えようと手を止めたところで侍女に声を掛けられて、マニエルは作業を止め顔を上げる。


「お嬢様、ルーエン様がお見えになっています」


「まあ、ルーエン様が?」


 『ルーエン』と言う名前を聞いた途端、マニエルは表情をぱぁっと明るくした。その大きな金色の瞳が喜びに染まり、キラキラと輝く。


 伯爵令嬢のマニエルには幼いときに親に決められた婚約者がいる。彼との出会いは婚約者が十三歳、マニエルが九歳の時だった。


 おまえの未来の旦那様に会いに行くのだよ、と父である伯爵に連れられて行ったお屋敷は伯爵家であるマニエルの実家にひけを取らない大きな門構えだった。庭にはガゼボが設えられ、美しく配置された木や花で落ち着いた雰囲気を漂わせていた。


「マニィ、ここで待っていてごらん。すぐにご子息が来るから」


 父親はマニエルを一人でガゼボの椅子に座らせると、屋敷の方向に歩いてゆく。残されたマニエルはあたりを見まわした。


「あ、蝶々だわ」


 すぐ近くの花で羽根を休め蜜を吸う蝶を見つけてマニエルはストンと椅子から降りた。そっと近づくと、蝶はふわふわと飛び立つ。そのまま夢中になってその蝶を追い掛けていると、「何しているの?」と後ろから声を掛けられてマニエルはハッと振り向いた。

 後ろに立っていたのはマニエルより少し年上の綺麗な男の子だった。黒い髪は緩くうねり、瞳は黒曜石のよう。目はたれ目で優しそうな雰囲気を纏っている。


 マニエルは返事する代わりに視線を移動させた。いつの間にか蝶はだいぶ遠くへ飛んでいってしまっている。マニエルはがっかりした。男の子はそんなマニエルの視線を追い、「ああ、あれ……」と呟いた。次の瞬間、ぽんとその蝶が忽然と姿を消す。


「あら? 消えたわ」

「はい。これをどうぞ」


 隣に立つ男の子が驚くマニエルに差し出したのは、球体の遮断壁に囲まれた先ほどの蝶だった。


「まあ! すごいわ」

「僕、魔法は得意なんだ」


 喜ぶマニエルに男の子はそう言ってはにかんだ。

 レディに虫をプレゼントするなんてどうにかしていると普通なら眉をひそめる場面だけれど、マニエルはこの瞬間に間違いなく落ちたのだ。その時からマニエルの心はずっとあの男の子──この日婚約者として初めて出会ったルーエンのものだ。


「私、綺麗に見えるかしら?」


 マニエルは鏡の中の自分自身を見つめた。ルーエンが会いに来てくれたと聞き、マニエルの心は躍る。この前会ったとき、普段は花などくれることがないルーエンがピンク色の可愛らしいカーネーションの花束をプレゼントしてくれた。これまでにない婚約者の行動にマニエルはとても喜んだ。その花がまだ綺麗に咲いているのが鏡越しに目に入り、マニエルは自分でも気付かないうちに微笑む。あまり待たせてはならないので鏡の前で簡単に身繕いするとすぐに応接室に向かった。


「お待たせしましたわ。ルーエン様」

「ううん、突然来てごめんね」


 にこっと笑うルーエンはあの時の少年のままに大人になったようだとマニエルは感じている。屈託のない笑顔は男性なのに可愛らしく見え、元々たれ目の目尻は笑うと更に垂れ下がる。マニエルはそんなルーエンの笑顔を見るたびに胸がキュンとするのだ。


「いえ、いつでも歓迎しますわ」

「そう? ありがとう。はい、これをどうぞ」


 ルーエンは手に持っていた花束をマニエルの前に差し出した。花の中心を包み込むようについた沢山の花びらが鞠のようにみえるその花を見てマニエルは頬を緩めた。淡いピンク色がなんとも可愛らしい。


「まあ、可愛いわ」

「マニィが気に入ってくれたならよかった」

「え?」


 マニエルは思わず聞き返した。今、聞き間違え出なければ『マニィ』と言わなかっただろうか? ルーエンはいつもマニエルをそのまま『マニエル』と呼んでいた。呼び方一つの違いだが、花のプレゼントと相まって二人の関係がぐっと進んだような気がした。


「あのっ、この前とは違う花ですのね」


 マニエルは努めて平静を装おうと花の話題を出した。ほんのり赤くなっているのを隠すために耳にかけた髪をそっとおろした。


「うん。でもピンク色は一緒だよ。ピンク色好きでしょ?」

「え?……はい! 可愛らしいお花ですわ。ありがとうございます」


 ルーエンの問いかけにマニエルははにかんだ。自分の好きな色をルーエンが覚えていてくれたことが堪らなく嬉しい。


「マニィは最近何して過ごしてるの?」

「え?」


──や、やっぱり『マニィ』って言ったわ!


 にこりと微笑み掛けられて、マニエルの胸の鼓動はドクンと跳ねる。聞き間違えではなかった。思いがけない不意討ちにマニエルは急激に頬に熱が集まってくるのを感じた。


「れ、連載小説を読んだり、刺繍をしたりしてますわ」

「連載小説? 前に話していたものかな?」

「はい。今度はまた面白い展開になるようです。なんでも、主人公の騎士様が二人の恋人に愛を示すために手料理を振る舞うそうで」

「ははっ……。それはまたアルが発狂しそうな展開だ」


 ルーエンの乾いた笑い声が響く。マニエルはすっかりと赤くなった顔を隠すために俯いた。


「マニィ? どうした? 体調悪い?」


 ルーエンは俯くマニエルを怪訝に思ったのか、顔を覗きこんできた。いつもより近い距離にマニエルの胸の鼓動は早鐘を打っていた。


「んー、ちょっと火照ってるかな」


 ルーエンはマニエルのおでこに手をあてると僅かに眉根を寄せた。大きな手がマニエルの肌に触れる。手はひんやりとしていて心地よかった。


「どう? 治癒魔法かけたんだけど。あれ……?」


 治癒魔法をかけたはずが益々赤くなったマニエルを見て、さすがにルーエンも気づいた。これは病気ではなく照れているのだと。顔が赤くなるだけでなく、目は涙目になっている。愛称を呼ばれ、少しおでこを触れただけでこんなにも照れるとはなんとも可愛らしい婚約者であるとルーエンは口もとを緩めた。

 一方、俯いていたマニエルはいつもより近い距離にルーエンが来たことにより、ルーエンの黒いケープに獣毛のような毛が付いていることに気がついた。袖と胸の辺りに何本かついている。


「ルーエン様? 何かの毛が付いてますわ」


 ルーエンはそう言われて自分のケープを見た。黒いケープなので薄茶色の短い毛が目立っている。


「ああ、これは猫の毛だよ」

「猫?」

「友達が飼っているのを抱っこしたんだ」


 ルーエンは汚れたケープを気にすることなく、にこにこしながらマニエルにそう教えた。


「ルーエン様は猫がお好きなのですか?」

「うん、可愛いよね」


 目元を優しく細める婚約者の姿を見て、マニエルは自身の頭のメモ帳にしっかりと『ルーエン様は猫がお好き』と記録した。大好きな婚約者のことは何だって知っておきたいのだ。

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