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第十二話 花を愛でる人間に悪人はいない

 アルフォーク達が訪ねてきた時、スーリアは花畑の拡張をしていた。土を耕して柔らかくし、肥料を丁寧に混ぜ込んでいく。今日、初めてリジェルのパン屋に花を納めに行ったのだが、スーリアの育てた切り花は思いのほか売れ行きが良かった。夕方には全てが売り切れてしまったほどだ。

 今後のことも考えて、スーリアは新たに花畑を作ろうとしていた。とは言ってもスーリアが一人で管理できる広さには限界があるので、自分自身で管理できる広さを考えながら徐々に広げていくつもりだ。


 父親は、花の売上をスーリアのものだと全てくれた。場所だって父親の農園の一画を借りているので、全額は多すぎると返そうとしたが、父親は受け取らなかった。だから、スーリアはそのお金で新しい種や球根を買うほかに、貯めて置いていつか家族にプレゼントを渡そうと思った。

 いつもの園芸店で購入した球根と種を一つ一つ丁寧に植えていく。当初の四倍まで広がる予定の花畑を想像して、スーリアはわくわくした。きれいに育ったらどんなに美しいだろう。


「こんにちは、スーリア。また花を世話してるのかい?」

「団長閣下!」


 突然声をかけられてびっくりして振り返ると、そこには数日前にお友達になったばかりのアルフォークの姿があった。そう言えば、また見に来ると言っていた。


「また花を見に来てくれたのですか?」


 スーリアは嬉しくなってアルフォークのもとに駆け寄った。今日もアルフォークは黒色に金糸の刺繍が施された魔法騎士の騎士服をビシッと着込んでいた。


「ああ、そうだ。スーリア、『団長閣下』ではなくて『アルフォーク』と呼んでくれ。スーリアは俺の仕事の部下でないのだから」


 アルフォークはそう言って苦笑した。

 チラリと見ると、アルフォークには連れがいた。黒髪に黒目という『倉田恵』であったスーリアにとっては懐かしい色彩の男性だ。少したれ目の柔らかい雰囲気でアルフォークほどではないけれどなかなかの美形である。男性は魔法使いのような黒色のロング丈ケープを着ていた。


「あの、はじめまして?」

「こんにちは、スーリアちゃん。僕は王宮お抱えの筆頭魔術師のルーエンだよ。アルの幼なじみなんだ。スーリアちゃんの花畑に興味があったからアルに連れてきて貰ったんだよ。僕のことも『ルーエン』って呼んでね」

「ルーエンさんも花が好きなのですか?」

「花が好きかどうかは別として、スーリアちゃんの育てた花には興味があるな。今日は、僕の婚約者にプレゼントする花を用意したいと思ったのだけど、お願い出来るかな?」

「まあ、婚約者の方に? もちろんです」


 婚約者の方に花をプレゼントしたいだなんて、ルーエンはいい人に違いないとスーリアは確信した。スーリアの持論では、花を愛でる人間に悪人は居ないのである。


「婚約者の方はどんな花がお好きですか?」

「うーん、わかんないな」

「じゃあ、色は?」

「ピンクとか??」

「じゃあ、ピンク色のカーネーションがちょうど見頃なので、いかがでしょう?ピンク色のカーネーションは花言葉が『女性への愛情』なんですよ」

「じゃあ、それでお願い」

「はい、わかりました」


 スーリアはさっそく花束を作るのに適した枝を選んで切ってゆく。カーネーションだけだと少しさびしいので、同色の別の花や緑の葉のアクセントを添えて花屋の手伝いをしていたときの要領で花束を作った。たまたま街で見かけて購入した薄紙で包むと自分でもなかなかの出来だと思える花束が完成した。


「はい、どうぞ」

「ありがとうね。助かるよ」

「お安い御用です」


 スーリアは両手に拳を作ってにこりと微笑んだ。


「スーリアちゃん、お花畑を案内して貰っていい?」

「はい、もちろんです」


 スーリアはルーエンにもアルフォークにしたのと同じ様な説明を一通りした。小さな花園の中に植えられた花の名前や、少し花の寿命が長いことなどを順番に説明してゆく。ルーエンは人懐っこい笑顔を浮かべてスーリアの話をうん、うん、と聞いていた。アルフォークも近くで花を観察していた。


「スーリア。また花を少し貰っていいか?」

「もちろんです。ちょっと待って下さいね」


 アルフォークが帰り際、また花が欲しいと言ったのでスーリアは慌てて用意した。今が一番美しく咲いている花々を選んでシンプルな花束を作る。


「はい、どうぞ」

「ああ、ありがとう」

「はい。スーリアちゃん、これ」


 スーリアが花束をアルフォークに渡すと、横にいたルーエンが何か小さな物をスーリアに差し出した。受け取ると、革紐に小さな茶色い石が付いている。


「土属性の魔法石だよ。花をそだてるなら土を柔らかくするのに役に立つと思うよ。今日のお礼」


 スーリアはそれを聞いて驚いた。魔法石は小さな物でもとても高価なのだ。


「そんな高価な物頂けません!」

「大丈夫。僕、こう見えても王宮筆頭魔術師だから。魔法石作るのなんて一瞬なんだ。よかったらまた僕に花束を作ってよ」

 

 ルーエンは目尻を下げてにこっと笑った。その笑顔を見て、スーリアは手のひらに乗った魔法石に視線を落とした。茶色い小石はどこにでもあるようなシンプルなものだ。


「本当にいいのですか?」

「もちろん。また来るね」

「ありがとうございます」


 スーリアはきゅっとその魔法石を握り締めた。魔法石はとても高価なので、花と交換で貰えることは正直かなり助かる。ルーエンは王宮筆頭魔術師と言うくらいだから魔法石を作るのが一瞬と言うのも噓ではないのだろう。スーリアは有難くそれを受け取る事にした。


「アルフォークさん、ルーエンさん。実は私、花を町で売り始めたんです。お昼はそっちに行って店の手伝いをしていることも多いと思うので、外出していることも多くなるかもしれません」


 アルフォークが突然訪ねてきた前回と今回はたまたまスーリアはここで花の世話をしていたが、昨日からスーリアはリジェルのパン屋で花を売り始めた。そのお礼にパン屋の売り子を手伝うことになったのだ。今後はいつも家にいるとは限らない。


「お店? どこだ??」


 アルフォークに聞かれ、スーリアは町に下る一本道の坂を指さした。


「ここから坂を下りてしばらく歩いたところにある、赤い屋根の『レッドハットベーカリー』です。軒先に花を常設で置いて貰う代わりに、少しの時間だけ売り子を始めました」

「レッドハットベーカリー……」


 アルフォークは何回かその名前を呟いた。知らない店名だ。もとより下町のパン屋など、貴族の次男であるアルフォークが知るよしもない。


「じゃあ、僕ら帰るから。ありがとうね」 

「はい、気をつけて」


「スーリア、またな」

「はい、また今度」


 別れの挨拶を終えると、ルーエンがアルフォークの肩に手を添えた。それと同時に、その姿がぐにゃりと歪み一瞬で姿が消えた。その場には何も無かったように、忽然と姿を消したのだ。


「まあ、すごい! 転移魔法かしら?」


 スーリアはルーエンとアルフォークが立っていた位置まで近づいてみた。そこにはいつも通りの変わらない光景が広がっている。スーリアは右手を開いた。手の中には革紐にくっついた小さな魔法石がある。これは夢では無いのだ。


『スーリア、またな』


 最後にかけられた穏やかな低い声色と、アメジストのような瞳を優しく細めた微笑みが脳裏に蘇る。


「うふふっ」


 なんだか胸の奥がこそばゆい。今日もとてもいい日だった。スーリアは頬を緩ませたまま、自宅へと走って戻って行った。


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