3 〜トイレの花子さん〜
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トイレから逃げ出した新山加奈は、旧校舎の外にいた生徒に助けを求め、そのまま病院に運ばれたらしい。
その後、話を聞いた教師陣が問題のトイレに行くと、セーラー服の女の子の姿はどこにも無かったと言う。だが、トイレ内の至る所に〝何かで引っ掻いた〟ような傷が残っていたそうだ。
昼休みに聞いた後藤静香の話を思い出しつつ、赤井絵美は放課後の旧校舎廊下を歩いていた。
自分で言うのはあれだが、昔から好奇心旺盛で気になる事があると、調べずにはいられない性格なのだ。
「それにしても、お腹空いたなー 帰りに裕佳梨の所で軽くご飯でも食べて行こうかなー」
幼馴染で家が喫茶店を経営している青山裕佳梨は、フワフワのショートカット、クリッとした大きな目が特徴的な女の子である。
実は、今日の旧校舎探検にも付き合ってもらおうとしたのだが、喫茶店の手伝いがあるそうで「絵美ちゃん、ごめんね」と断られてしまった。
そうこうしているうちに、問題の女子トイレに到着。昼休みに花子さんの話を聞いたからか、何となく不穏な空気が漂っている感じがする。
「おいおい、ここまで来てビビるなよ————」
自分自身にエールを送った絵美は、トイレの扉を一気に開けた。
「うっわ、本当にそこら中、傷だらけだ・・・・・・」
室内は、後藤静香の話していた通りで、生々しい傷跡が壁や床に付いているが、それ以外は汚さを除いて、特に変わった所は無さそうだ。
————んん〜 個室の扉も閉まってないみたいだし・・・・・・今日は花子さんは、シフトに入っていないのかな? なんてね。
日がほぼ沈み、旧校舎3階の女子トイレは、不気味な暗闇に包まれていく。
一応、中を一通り見ておこうと個室内の確認もしたが、そこにはいかにも昭和に作られた感のある、汚らしい和式トイレが並んでいるだけだった。
「な〜んだ、やっぱり噂は噂か・・・・・・」
おそらく、新山って子が見た女の子は見間違いで、腕を切ったと言うのも慌てていて、どこかに引っ掛けたのだろう。
絵美は、溜息と共にお腹に手を当てる。
「お腹空いたぁ〜 もう帰ろ————」
・・・・・・ヴヴヴヴ、ギ、ギ、ギエロォ・・・・・・。
突然、絵美の背後から声が聞こえてきた。
ポタ・・・・・・ポタポタ・・・・・・ポタ・・・・・・。
慌てて振り向いたその先、奥に設置してある窓の前に一人の女の子が立っていた。
セーラー服姿で、ショートカットのおかっぱのような髪は、前髪だけ異常に伸びていて顔がよく見えない。
「・・・・・・い」
いや、そんな事よりも————。
「痛いぃぃぃぃぃぃぃぃっっつぁぁぁぁああああああああ」
絵美は自分の身に何が起こったのかも分からずに、叫びながらその場に倒れた。
————ビチャ!
倒れ込んだ床は、やけに水っぽく、水たまりに浸かった気分になった。
さっきまでは、床などまるで濡れていなかったのになぜ? と思い顔を向けると、そこは一面真っ赤に染まっていた。
「はぁ、はぁはぁ・・・・・・あぁぁああっぐぐぅな、何こ・・・・・・れ、ぐぐぐぅが・・・・・・」
ふと、自分のお腹の辺りに違和感を覚え、手で触れてみると、そこには何も無かった・・・・・・。
いや、お腹はあるが真ん中に空洞がある。昔、公園の砂場で山を作り、両サイドから友達とトンネルを掘るみたいな遊びをしたが、その時の穴を貫通させた山に似ていると思った。
必死に手で押さえてみたが、血はどんどん溢れてくる。痛みがあるのか、無いのかなんてもう分からない。
「フゥ、うううううううぐっ—————ハァハァ・・・・・・アァァああああああ」
物凄い寒気に襲われ、視界もボヤける中、セーラー服の女の子が絵美を見下ろしていルノに気がつく。
闇に染まる旧校舎の女子トイレの中、薄れゆく意識で、絵美は幼馴染で親友の青山裕佳梨の顔を思い浮かべていた。
————こんな時まで、親より先に裕佳梨かよ。
思わず笑みを零し、ゆっくりと瞼を閉じながら、心の中で安堵した。
・・・・・・連れてこなくて・・・・・・本当に・・・・・・良か————。