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闇雲怪奇譚  作者: くろすけ。
3/13

2 〜トイレの花子さん〜

                  2


一週間前の放課後、演劇部一年の新山加奈は、薄暗い旧校舎3階の廊下を一人で歩いていた。

 一歩歩くごとに「キィ・・・・・・キィ」と軋む木造の床に鬱陶しさと不気味さを感じる。そんな彼女が両手で抱えた衣類の数々は、先程まで舞台稽古で役者達が使用していた物だ。

 「ハァ・・・・・・重いなぁ。もう、嫌っ」

 演劇部には元々男子部員が少なく、女子部員も先輩後輩に関係なく荷物運びをしている。貴重な男子戦力は、今は音響機材などを新校舎の音楽室に運んでいて、それに比べれば衣類なんて大した事ないが、とにかく数が多かった。

 ————こんなに可愛い女子高生が持つ量じゃないのよ。

 鼻息を荒くし自慢の黒髪ロングを揺らしながら、加奈は寂れた廊下を進んで行く。

 ヴヴヴヴヴヴヴ・・・・・・ヴヴ・・・・・・。

 「へっ?」

 突然の奇妙な音に思わず立ち止まったが、音の出所が分からない。もしかして他の演劇部員が来ているのか? と思ったその時————。

 ・・・・・・ヴヴヴヴヴヴヴ。

 「ひっ」

 再び妙な音が聞こえた。どうやら、この先の方からのようだ。

 「だっ、誰か・・・・・・いるんですか?」

 震える加奈の呼びかけは、薄暗い廊下の闇に静かに飲み込まれていった。

 先程までより増した不気味な雰囲気に、心臓の鼓動が早まり、首筋に冷汗が流れる中、加奈は勇気を振り絞って一歩を踏み出した。

 本当は、すぐにでも引き返したかったのだが、この両手に持っている衣類を廊下の奥にある旧演劇部の部室に置いてこなければいけない。

 ————大丈夫。きっと隙間風か何かの音だ。

 ビクつく足を必死に前に動かして、加奈はようやく廊下突き当りの部室に着く事が出来た。

 「よっ、よし! あとはここに荷物を置いて帰るだけ————」

 両手が塞がっていたので、足でドアを開けようと片足を上げると。

 ヴヴヴヴアァヴヴ・・・・・・。

 「きゃあ!」

 三度聞こえたその音に驚き、その場に尻餅を着いてしまう加奈。慌てて音の聞こえてきた方向に目を向けるとそこには、古びた女子トイレのドアがあった。

 木造の廊下と同じく、今時木で出来たドアが、とても異様なオーラを放っている————そんな気がした。

 ヴヴアア・・・・・・ナイデ・・・・・・。

 ————えっ? 人の声?

 一瞬だったが加奈の耳には、呻き声のようなものが聞こえた。

 もしかしたら誰か体調を崩して、助けを求めているのかもしれない。

 恐怖心はもちろんあったが、それよりも緊急事態かも————という使命感が勝り、必死に体を動かしてトイレの前まで進み、一気にドアノブを回した。

 新校舎が出来てからは、ほとんど使われる事が無かった事もあり、中は不衛生な感じがする空間だった。

 室内には、ドアから入って左手手前に手洗い場が二つ設置されていて、その奥に左右三つずつ個室が並んでいたが、どうやら右側の一番奥の個室は掃除用具入れになっているようだ。

 奥には小さな窓もあるが、もう夕方で、ほとんど光が入らないので、加奈は入ってすぐ右の壁に設置してある蛍光灯のスイッチを入れてみたが、電気が切れているのか何の反応も示さなかった。

 「誰かいますかー? 大丈夫ですかー?」

 段々と暗さに慣れてきた目を凝らして、辺りを見渡すと加奈はある事に気がついた。

 左手の手前から数えて三番目の個室の扉が閉まっている。ここのトイレは、中からロックを掛けない限り、扉は開いたままになるはず・・・・・・つまり。

 ————やっぱり、誰かいるんだ。

 とにかく反応を確かめてみようと、加奈は閉まっている扉の前まで歩いて行き、ノックをしようと右手を上げた。

 ————シュッ!

 「痛っ!」

 突然、右腕に痛みを感じて慌てて確認してみると、そこには赤い線が走っていた。一瞬赤いマジックで、イタズラでもされたのかと思ったが、よくよく見ると、それは血だった。自分の腕が何か鋭利な物で切られている。

 「えっ! なっ、何! 何なの? これ————」

 みるみる血が溢れ出す腕を抑えながら、加奈は痛みと恐怖でパニックに陥っていた。

 とにかく、この場から逃げようと震える足に力を込めて、一歩を踏み出そうとした瞬間、足がフラついてしまい倒れ込んでしまった。

 ヴヴヴヴヴヴヴ・・・・・・。

 ふと、背後に何かの気配を感じた。

 振り向きたくない————と思ったのだが、何かの力に引き寄せられるように、加奈の首はゆっくりと後ろに回っていく。

 すると先程まで自分が立っていた場所に、見知らぬ女の子が立っていた。

 ショートカットにセーラー服姿のその子は、窓から少しだけ入る光をバックに加奈を見下ろしている。

 「はっ、はぁ、あっ、ああ・・・・・・」

 相手の顔は、その異様に長い前髪のせいでよく見えないが、普通じゃない。加奈がそう感じた瞬間、僅かに見える小さな唇が動き出した。

 ヴヴヴヴヴ・・・・・・キ・・・・・・ギエロォ————キエロォォォオオオオオオオォォォォォオオオ!

 「きゃぁああああああああああ!」

 とてつもない咆哮が体を突き抜けた加奈は、脇目も振らず女子トイレから飛び出した。


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