9 〜トイレの花子さん〜
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「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
突然、真夜中の旧校舎内に二人の男女の絶叫が響き渡る。
もちろん、その声の主は闇雲光太郎と青山裕佳梨だが、その腹の底からというべき声の大きさは、今にも倒壊しそうな木造校舎にトドメを刺さんばかりの空気の振動を与えていた。
「ななななな、何、何なんですか! 闇雲さん! いきなり大声を出して!」
口から心臓が飛び出そうになるのを何とか押さえ込んだ裕佳梨は、抗議の声を目の前の彼にぶつけた。
「やっ、やべぇよ「やっ、やべぇよ・・・・・・」
クルッっと顔を向けてくる闇雲の顔は、このうす暗がりでも分かるほど青ざめていた。その姿に不安を持った裕佳梨は、彼の肩を掴むと激しく揺さぶった。
「大丈夫ですか? 一体、何がやばいんですか?」
まさか、もう花子さんの登場なんて事————。
すると、揺さぶっていた裕佳梨の手を掴み、小さく首を振ると闇雲は、ゆっくりと口を開いた。
「・・・・・・霊斬刀。校門の所に忘れてきた」
「はぁ? レイ————ザントウ? 何ですか、それ」
「武器だよ! 悪霊退治用のっ! かぁぁあ、面倒くさぁ。お前の脅し絶叫のせいだからな!」
「わ、私のせいですか!」
「そうだよ! この絶叫ゴリラ女が!」
「じょ、女子高生に向かってなんですか、その言い方!」
まるで子供のように駄々を捏ねる目の前の長身イケメンを見て、裕佳梨は小学生の弟を思い出してしまう。
————本当にこの人は、見た目と中身が・・・・・・くぅぅ、勿体無い。
再びこの人で本当に大丈夫か? と不安になるが、今は信じるしかないと思い直して、一度深呼吸をした。
「じゃあ、取りに戻りましょう?ねっ?」
こちらが大人にならねばと、精一杯優しい笑みで、その背中を軽く叩くと。闇雲は廊下の窓から見える真っ暗な校庭を見下ろしながら、眉間にしわを寄せる。
「んんー・・・・・・あぁ・・・・・・うん、面倒だから、いいわ」
「・・・・・・ハイ?」
「だって、また廊下を戻って、階段降りて、校庭歩いて、校門まで戻るって事だろ————面倒クセェや」
「・・・・・・」
危なかった。思わずほぼ初対面の男子を殴りそうになってしまった————。
武器なんて物騒だが、怪我人や死者が出ている現場に行こうとしているんだから、用心に超したことはない筈なのに、この男は今回の事件を本当に真剣に考えているのか?
そんな不安を口にしようとした瞬間、まるでショッピングにでも来ているのかと思う程のユルイ感じで、先に闇雲の口が動いた。
「とりあえず、ちょっと覗いてみっか————」
「えっ」
などと口にすると、この男の熱が別な方向へまたヒートアップしかねないので、黙って裕佳梨は闇雲の隣に立って問題のトイレの入り口に立った。
薄汚れた扉の前には、テレビドラマなどでよく見る進入禁止の黄色のテープが貼ってあった。
今までのおふざけモードとはうっ変わって、何だか緊迫感が増し、裕佳梨は思わず息を飲んだ。そんな自分とは真逆で、隣の闇雲は大欠伸をしながらいきなり服に付いたゴミでも払う化のような仕草で、目の前にあるテープをビリビリと破き始めた。
あまりの大胆な行動に裕佳梨が、あんぐりと口を開けているとさっさと、ノブに手を掛けて一気に回してしまう。
「や、闇雲さん!」
「お邪魔しやぁす————うわっ、まだちょっと血生臭いな」
「!」
裕佳梨は入学して以来、初めてこの旧校舎三階の女子トイレに足を踏み入れた。