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おしどり夫婦へ  作者:
6/22

第6話 美咲が好きか?

 美咲がいなくなった。

 何度もケータイに電話したし、家にまで押しかけた。ケータイは電源が切られていた。家に行っても美咲は留守だと言われて追い返された。待たせてほしいと言っても聞き入れてはくれなかった。家の外で待ち伏せをしていたら、変質者だと勘違いされるからとやめさせられた。

メールも送ったが、返事はなかった。


 そんなことをしているうちに学校が始まった。授業なんて聞いていなかった。ジョーズの着信を聞きたかった。

 サークルには顔を出さなかった。そうしたら、三田に無理やり連れてこられた。僕は久々にサークル室に行った。

「葉山先輩!よかった・・・なんかあったんじゃないかって心配してたんですよ」

 後輩の木下愛が出迎えてくれる。僕は曖昧に笑っただけだった。

「孝介、失恋したんだって」

 三田は冗談のつもりで言ったらしいが、あながち間違っていないので心がずきんとした。すかさず、木下が驚いてみせる。どうやら冗談にのっているらしい。僕は何も答えられなかった。

 そのうち、三田がサークル室から出て行った。

「先輩、ほんとに何かあったんですか?」

 木下が僕の顔を心配そうに覗き込んでくる。彼女は昔から人の心に気づきやすかった。そして、僕は2年生のとき、そういうところが好きになって彼女とつきあった。もう別れてしまったが。

「先輩はいい人だから変な女に引っかかってしまうんですよ」

「あー・・・うん。そうかもね・・・・・変な女だった」

 美咲の姿が脳裏によみがえる。

「じゃぁ、また私とつきあいますか?」

 それが本心だということには気づいていた。木下はまだ僕のことが好きなんだ。それはわかっていた。僕たちは嫌いで別れたわけじゃない。

 だけど、やっぱり僕は・・・・・・・・・・


 週末、僕は愛知県に来ていた。電話で聞いた住所を頼りに目的地に向かう。3時間かけてようやくその家を見つけた。

 ピンポンとインターホンが鳴る。

「来ると思っていたよ」

 美咲のおじいさんが出迎えてくれた。

 通された部屋は見合いをやったのと同じような部屋だった。おじいさんは自分で淹れたお茶を出して持ってくる。ぺこりと頭を下げて、一口飲んだ。濃い目でとてもおいしかった。

「君がここに来るということはまだ美咲を見つけてないんだね」

 全てお見通しのようだ。美咲のおじいさんとお父さんの会社は違うのだ。僕は父におじいさんの会社名を教えてもらい、会社に電話した。電話で、今現在名古屋にいると知った。驚くべきことに、僕は自分の名前を名乗ると住所を教えてくれた。どうやら最初から僕が電話してくることを読んでいたらしい。

「あの・・・美咲さんの居場所、知ってるんですか?」

 僕の期待は膨らんだ。しかし、おじいさんは首を振る。僕はしゅんとなった。

「美咲は君になんにも話してないんだね」

 今気づいたが、おじいさんは眼鏡をかけていた。その向こうのまっすぐな瞳は美咲と似ているのかもしれない。僕はその目をじっと見つめた。

「何をですか?何か僕に隠してることがるんですか?」

 この緊張感を止められなかった。真実が知りたくて、先へ先へと促す。

「お茶はおいしいかい?」

「え・・・あ、おいしいです」

 予想もしていなかった言葉に一瞬戸惑ってしまった。先へ促そうと思ったのに、空気がそれを止めているような気がした。僕は黙る。

 ずずっと茶をすする音が聞こえた。

「美咲が君と出会う前に、誰かと婚約していたことは知ってるね?」

「あ、はい・・」

 おじいさんは静かに語りだした。

「あの男は本当に最低だよ。最初は気づかなかったが、徐々に明らかになってきた。私もこんな婚約は美咲にとってかわいそうだと思った。そんなとき、私は美咲とコンビニに出かけて、チンピラに絡まれた」

 話が一気に飛んだような気がしたが、僕は黙って相づちを打つ。

「美咲が庇ってくれたよ。奪われた私のかばんを取り返した。まぁちょっとやんちゃだから、それだけじゃ済まなかったがね・・・そのときに出会ったのが君だ」

 僕は息を飲んだ。それは忘れもしない美咲との出会い。後で考えてみても恐ろしい。

「君は初めて美咲の蹴りをくらわなかった人だ」

「はぁ・・・・・」

 どうコメントしていいかわからない。なんだか話がそれていないだろうか。なぜこんな思い出話をしているのだろう。とりあえずお茶を飲んで気持ちを落ち着けた。今はいない美咲のことを思い出して胸が痛くなった。僕は彼女を泣かしたんだ。

「美咲はたぶん君のことを嫌うと同時に、自分でも気づかないうちに気になってしまったんだろう。明らかにいつもとは様子がおかしかったからね。傍にいて私はすぐにそれに気づいたよ。そこで失礼ながら、君を尾行した」

「はい?」

 全く気づいていなかった。僕は自転車で逃げたはずだ。おじいさんはさらにその後を尾行してきたということか。この人、1番常識のある人だと思っていたが、1番の曲者かもしれない。

「それから、君のお父さんに掛け合って、お見合いを実行した。お父さんはいい人だね。事情を話すと、進んで協力してくださった」

 出世のためじゃなかったのか。僕は物言いたげにソワソワしていた父の姿を思い出す。

 おじいさんは息を長く吐く。それはため息ではなかった。

「見合いの席以降の美咲の行動は全てあの子自身の意思だよ。美咲は本当に君を愛していた。だから、いなくなったんだ」

「なんで・・・ですか?」

 僕には理解できない。好きなら、なぜいなくなるのだろうか。

「君は元婚約者を敵に回したんだよ」

 そのとき、ようやく気づいた。そうだ・・僕は美咲を婚約者から奪ったんだ。婚約者が黙っているわけがない。どくん、どくんと心臓が響きだした。

「婚約者は美咲を1ヶ月間自分の傍にいさせた。あの子が反抗しなかったのは脅されていたからだろう。そして、君と縁を切らせるために、しばらく美咲を解放した・・・・・・もうわかるね?」

 頭が真っ白になる。美咲は僕のためにいなくなった。あのとき泣いたのも、僕との別れを知っていたからだ。僕はそんなことにも気づかなかった。苦しんでいる美咲を救えなかった。彼女を苦しめていたのは僕だ・・・

「すまなかったね・・君には大変迷惑をかけた」

 そのとき、おじいさんが深々と頭を下げた。僕は慌ててそれを制する。そんなことを望んでいたのではない。

「僕は、あなたに感謝してるんです。あなたのおかげで、僕は美咲と会えた。こんなに幸せなことはないです・・・本当に・・・・・」

 奥歯を噛みしめた。そういしないと、自分が保てなかった。

「君は・・・美咲が好きか?」

 おじいさんはゆっくりとした口調で尋ねてくる。僕に迷いはなかった。

 暴力女だし、怪力だし、めちゃめちゃだし、男勝りだ。その全てが僕の好きになった武藤美咲だった。僕はうなずく。

「本当に・・・本当に大好きなんです・・・・・」


「美咲の居場所は知らないが、ここに行けばわかるかもしれない」

 お茶を飲み干したとき、おじいさんが電話の傍に置いてあったメモ帳とボールペンを使ってどこかの会社名と住所と名前を書いて渡してくれた。

「美咲がここへは来るなと言ったからね。もし来たら婚約者と結婚する、と言っていたよ」

 僕はそのメモを大事にかばんの中にしまう。これが美咲へと導いてくれる大事な道しるべだった。

「ありがとうございました。美咲は必ず僕が連れて帰ります」

「・・・・・頼んだよ」

 どこまで僕を振り回せば気がすむのだろうか。美咲、君に言いたいことがたくさんあるんだ。全部言い切ってやる。覚悟しろよ。

 僕は前へ歩き出した。

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