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おしどり夫婦へ  作者:
4/22

第4話 彼女の両親に会うとき

 父に会ってもらうと言われてから約1ヶ月。あれっきり美咲からの連絡はなかった。

 最初はすぐに電話がかかってくると思っていた。しかし、何の音沙汰もない。試しにメールを送ってみたが、返事は返ってこなかった。

 ジョーズの着信音。これほどまでにジョーズを待ち望んだ人もいないだろう。

「おーい!孝介、起きろよ」

 三田(みた)篤志(あつし)に耳元で声をかけられて、僕は深い闇から目が覚めた。ここが大学の教室内で、たった今授業中だということにようやく気づく。大勢の学生がこの授業を受けているため、講師が話している間も騒がしくて寝ていてもバレないのだ。

「なんだ、篤志か」

「誰だと思ったんだよ。ケータイさっきからずっと鳴ってんぞ」

 はっとした。ジョーズの着信音が鳴っているのだ。この着信でかかってくる人なんてたった1人しか思い当たらない。

 僕は慌ててケータイを手に取った。

「もしもしっ!」

『遅い!18コールなんて遅すぎだ!』

 久しぶりの声に僕はわけもわからず感動してしまった。篤志がじろじろと見てくるのを感じて、少し声を抑える。

「なんで今まで連絡してこなかったんだよ?」

『こっちにだっていろいろ事情があるんだよ。ねぇ、今から出られない?」

 まだ授業が終わるまでには30分以上ある。時計を見てから頭の中だけで考える。

『今大学の前まで来てるんだけど』

「は?」

 僕は机の上に出してあった筆記用具を片付けてかばんの中に放り込んだ。篤志に先に帰るとだけ伝えて教室を飛び出していく。全速力で走った。数分後、大学の正門近くに見知った人を発見したて、駆け寄っていく。

「孝介」

 初めて名前を呼ばれてどきっとしてしまった。美咲は照れた様子もなくけろりとしている。

「こないだ責任取れって言ったこと覚えてる?・・・・・父さんに会ってほしいんだけど」

 美咲にしては控えめな態度だった。それを意外に思ったが、僕はいいよとうなずく。すると、ほんの一瞬すごく安心したような表情を見せた。なるほど。ひょっとしたら、彼女なりに不安だったのかもしれない。

「あのさ・・・・・つきあいたいって言っちゃうけど、いい?」

 美咲の一瞬の表情も見逃さないように僕はまっすぐ見つめて尋ねた。しかし、今度の反応は一瞬よりも長いものだった。僕は人が頬を赤くする瞬間を初めて見た。すぐに顔を背けられたが、美咲は確かにうんとうなずいた。

 こういうのをツンデレキャラというのだろうか。やばいな・・・会えない時間が愛を育てるという言葉は本当なのかもしれない。

 僕は口元を手で覆って、美咲に顔を見られないように隠した。


 電車で10分、バスで25分。案内された場所は日本の伝統的な家と呼ぶに相応しい所だった。まず、敷地面積が広い。僕の家の何倍あるのだろうか。第2に、庭に池と鹿おどしがある。一体どんな家なんだ。第3に、玄関口に大きな門。

 美咲が門の敷居をまたいだ所で僕は立ち止まってしまった。不審に思った彼女が僕を振り返る。

「どうしたんだ。今さら怖気づいたなんて言うなよ」

「違うよ。でかい家だなって思って」

 美咲って本当はお嬢様なんじゃないかと今さらになって気づき始めた。

 通された部屋は鹿おどしは見えないが、その音が聞こえる静かな和室だった。まん中には大きな黒い机があり、奥の掛け軸には墨で何かが書かれてある。全く読めないが。

 しかし、着のみ着のまま来てしまったが、こんな格好でよかったのだろうか。それに、美咲の父親に会って何を言えばいいのだろうか。僕の中に生まれた今さらな迷いが頭の中でぐるぐると回り始めた。

「すまない。待たせてしまった」

 急に背中に声がかかって、僕の心臓が飛び上がった。振り返ると、昭和を生きた威厳のある一家の大黒柱がそこに立っていた。白髪混じりの武藤さんが上座にどしんと座る。

 僕は慌てて正座で背筋を伸ばした。一方、美咲はあぐらをかいたままだった。

「はじめまして!葉山孝介といいます。まずはこの間の・・・あの、美咲さんの婚約者」

「それについては私からも礼を言おう。美咲を四六時中監視する男となんか結婚させられない。婚約解消にできたことでは君に感謝している」

 少しだけ拍子抜けした。美咲の父親だ。このことで肋骨の1本や2本持っていかれるかと思って、1ヶ月間筋トレをしてきたが、どうやら取り越し苦労だったらしい。まさかお礼を言われるなんて思ってもみなかった。

 僕は少し安心してしまったのか、一気に緊張感が解けてしまった。次の言葉を発しようとしたとき、

「だが、君と美咲の交際を認めるわけにはいかない」

 と言われたときには驚いた。武藤さんの眉間にしわが寄っているのが見えた。

「あの・・・今日はそれを認めてもらいたくてここに来たんです!」

「うるさい!どこの馬の骨ともわからんヤツに美咲を任せられるか!!」

 その大声でびくっとなってしまった。もし目の前にちゃぶ台があったらひっくり返していたと思う。それくらい武藤さんは恐ろしかった。僕は威圧感に押されて今まで見たことないほど縮こまってしまったが、負けるわけにもいかない。

「お願いします!!僕は本気なんです!」

「まだ言うかぁぁぁぁ!!!」

「許していただけるまで何度だって言います!お願いします!!」

 僕は土下座をして懇願する。やはり美咲の父親だ。とうとう僕は胸倉を掴まれた。その力が強すぎて、筋トレ効果もどうやら薄そうだ。観念して目を瞑る。

 しかし、いつまでたっても殴られる気配がなかった。恐る恐る目を開けて僕は驚いた。いつのまにか僕をかばうようにして、美咲が僕と武藤さんの間に入ってきたのだ。武藤さんは右手の拳を娘の顔面の手前で止めていた。美咲が現れなかったら、僕は見事な顔面フックをくらっていたことになる。

「言ったはずだろ。孝介には手を出すなって」

 静かに言ってのけると、眉間にしわを寄せていた武藤さんが急に涙目になってそのままえーんと泣き出してしまった。あまりのギャップに僕は目を丸くさせるだけだった。

「だって・・・だって、美咲が初めて男なんて連れてきたから・・・・・20年間手塩にかけて育ててきた娘をとられちゃうような気がしてー・・・・」

 このオヤジの正体はただの親バカらしい。僕は服の乱れを直してから、もう1度武藤さんに向き直る。しかし、美咲が待ってと手で制した。

「父さん、私孝介のこと好きだ。だから認めてほしい」

 初めて好きだと言われて、僕は心臓が高鳴るのを感じた。反対に、ますます泣き出す武藤さんは僕をきっとにらみながらも、渋々こくんとうなずいた。後になって思ったが、わざわざ僕が来て話をこじらすよりも手っ取り早く美咲が説明するほうが早かったのではないだろうか。

 そのとき、僕の右側のふすまが勢いよく開けられた。

「お父さん!!お風呂掃除してって言ったじゃない!!」

 現れたのは、40代前半くらいの女性だった。別にそっくりなわけではなかったが、人目で美咲のお母さんだということに気づく。

「待って、お母さん!今からやるところなんだよ」

 隣で慌てている武藤さん。どうやら典型的なカカア天下のようだった。なんとなく未来の自分を見ている気がした。僕の隣にいるのが美咲であったらいいなと密かな願望を抱いたが、全く想像できなかった。

「あら、あなたが美咲の恋人君ね。いい男ねー。モテるでしょ?」

「あ・・いえ。はじめまして。葉山孝介です」

「私は美咲の母です。なになに?2人はつきあってるの?」

 僕は美咲を見た。ちょうど武藤さんも風呂掃除に行ってしまったので堂々と言ってもいいかもしれない。もし美咲のお母さんが暴力の人だったら、僕の命はないかもしれないが。

「はい。おつきあいをさせてもらってます」

 少し緊張しながら答える。どんな反応が返ってきても大丈夫、たぶん。

 しかし、お母さんの反応は僕のどの予想とも違っていた。

「じゃー2人の愛が本物かどうか試してもいいかしら?」

 試す?言っている意味がわからなくてきょとんとした。美咲も小首を傾げている。

 かこーんと鹿おどしの音が聞こえた。

「夏休みの間2人に同居生活をしてもらいます」

 きっぱりと言い放ったお母さんの目は本気だった。そりゃぁ、男としては女性と同居なんて夢みたいな話だから嬉しい。美咲がぎゃーぎゃー騒ぎながら抗議し、地獄耳の武藤さんが風呂掃除をほっぽりだして娘以上に文句を言っているのが見えたが、僕はうなずいて了解の意を伝えた。

 予想もできない夏が始まろうとしている。

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