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おしどり夫婦へ  作者:
20/22

第20話 結婚前夜

 僕と美咲の結婚式も残り1ヶ月をきった。僕たちは式場との最終の打ち合わせをした後、新居に揃える新しい家具を見に行くことにした。

「料理も引出物も大丈夫、招待状はとっくの昔に送って大丈夫、ブーケも衣装も大丈夫、結婚指輪も大丈夫・・・・・写真も撮った・・・でも何か忘れてる気がするんだよな。何だろ」

「ほとんどのことは式場の人に任せてあるから大丈夫だろ」

 隣で美咲があっさりと言い放った。

 例えば、遠足の当日の朝、もう前日からちゃんと用意しておいたはずなのに何か忘れているような気がすることがある。この典型的パターンに当てはまるのが僕だ。

 その日、近所の大型家具専門店に入り、まず最初にリビングに置くテーブルを見た。

「これなんかいいんじゃないか?」

 美咲が気に入ったのは目を疑ってしまうようなセンスのものだ。とぐろを巻いた蛇が大きくプリントされた丸いテーブル。こんなものの上にご飯を乗せて食べてもおいしくないような気がする。

「それよりこっちのほうがいいと思うけど」

 僕としては無難なものを選んだつもりだった。しかし、美咲は明らかに嫌そうな顔をした。

「白は汚れが目立ちそうじゃん。それにあの部屋に白は似合わない」

 確かに、それは言える。結局安くて茶色いものを買うことにした。

 それから、僕たちはだいたいの家具を揃えて、その後電化製品店へ行って冷蔵庫などの家電を買って帰った。


 そして、月日が流れていく。

 その間、僕たちは新しい家に引っ越して、すでに一緒に暮らし始めている。

 僕は初め、美咲がホームシックにかかるのではないかと考えた。しかし、そんな素振りは見せなかった。いや、僕にはバレないように悲しんでいたのかもしれない。

 もうすぐ僕たちは結婚するんだ。


 結婚2日前、美咲と一緒に夕食を作っていたときだ。彼女が思いついたようにぽつりとつぶやいた。

「昨日、お風呂の排水溝が詰まったんだ」

 いきなりなんの話かと思った。だけど、僕はうなずいて先を促す。

「今まで排水溝の詰まりなんて気にしたことなかった。あれ、詰まらないようにいつも母さんが取ってたんだって」

「そうなんだ・・・」

「うん。離れて初めて気づくんだな。こういうことって」

 一瞬、美咲が帰りたいなんて言うんじゃないかと内心ひやひやした。しかし、彼女はなぜか勝ち誇ったかのような顔をして、

「だから、私は母さんよりももっとできる奥さんになる!」

 何をどう持っていけばそんな発想に至るのだろうか・・・と僕が思っていると、ぎゃっと悲鳴をあげて美咲が左手を高く上げた。

「どうした!?」

「手ぇ切った〜・・・」

 見ると、包丁で切ったような傷が左手の人差し指についている。ぱっくりと割れた指先からは血が流れ出ている。僕は無意識に彼女の手を取って傷の様子を見ていた。

「これくらいなら傷口を洗って消毒してバンソーコー貼っておけば大丈夫だよ」

 美咲が顔を上げたので、僕らは至近距離で目が合った。お互いに赤くなって目をそらす。もうすぐ結婚だっていうのに、なぜかまだ些細なことにどきどきしてしまうのだ。

「そ、うだな。洗うよ」

「う・・ん」

 その後、まるで新婚夫婦のような緊張感の中で、僕たちは夕食作りを再開したが、鍋をかき回す彼女に僕は後ろから抱きついてみた。

「火かけてるんですけど」

「んー・・・」

 答えておいたが、もう放す気はなかった。そのまま美咲は手を動かし続ける。黒いポニーテールからシャンプーのいい匂いがしてきた。

「美咲ー」

「なんだよ」

「眠い」

「寝ろ」

「一緒に寝るー?」

「1人で寝ろよ」

 さりげない僕のアプローチをさらりと受け流し、美咲はやっぱり鍋をかき回し続ける。少しだけ見える頬が紅潮しているのを見て、僕は苦笑した。


 なんだかすごい夢を見た気がした。結婚式の最中に美咲に1本背負いをされる夢だった。っていうか、最初は夢だと思わなくて、慌てて跳ね起きて何かに頭をぶつけるまでパニックに陥っていた。

「いたっ」

 ぶつかったのは美咲のおでこのようだった。ダブルのベッドで一緒に寝ているので、隣に彼女がいるのは当たり前だ。少しして、頭がぶつかったのは彼女が僕の顔を覗き込んでいたからだと気づいた。

「えっ?ごめん・・・え、なんで・・・?」

 少し混乱しながら尋ねると、彼女は痛そうにおでこを押さえながら起き上がる。よく見ると、ぶつかった部分が赤くなっている。

「なんかうなされてるみたいだったから・・・」

「夢か現実かわからないものを見た気がする」

「なんだソレ」

 彼女が苦笑して離れようとするその前に、僕は美咲の後ろ首を引き寄せて、その赤くなったおでこにキスをした。

「明日は俺たちの結婚式だな」

「へ?そうだな」

 きょとんとした顔で彼女は僕を見る。

「今日は実家に帰ろうか。独身最後に親孝行でもしよう」

 美咲は少し黙っていたが、やがてにっこりと笑ってうんとうなずいた。もしここで美咲が親元を離れたくないと言ってしまったらどうしようかと考えたが、僕は自分を選んでくれることをちゃんと信じている。


 美咲を実家に送ってから、僕は車で自分の実家に向かう。つい最近まで住んでいたのだから特別な感情を抱くわけでもないのだが、やっぱり自分の家が落ち着くのかもしれない。妙な安心感が僕の中で湧き上がってきた。

「ただいまー」

 最初に出迎えてくれたのは妹だった。いや、出迎えたというよりたまたま2階から降りてきたところだったらしい。

「あれ、もしかしてケンカでもしたの?」

 開口一番がそれだった。

「してないし。独身最後に親孝行でもしようと思って」

「2人とも仕事行ってるよ。私もこれから部活だし」

 そうか、帰ってきてもみんないないんだ。僕は妹が出かけるのを見送ってから、意味もなくテレビをつけたりして時間をつぶしていたが、ようやく自分にもできることを思いついて行動した。


 午後7時頃、父が帰ってきて驚いた顔をされた。

「孝介がご飯を作ってる・・・・・」

 僕が作ったのは鮭の塩焼きと味噌汁だった。普段あまり料理を作ったことのない僕にとって、これはなかなかご馳走だ。

 すでにリビングのテーブルには母と妹が座っていた。意外そうな顔で父がそちらを見るので母が、

「ご飯を作ってくれるんだって」

 と嬉しそうに言った。

 僕はテーブルにできあがった食事と昨日の残りのサラダを置いて、席に着く。

「いただきます!」

 僕の声と共にみんなが同時に食べ始めた。うん、おいしい。自分で作ったものはなんでこんなにおいしく感じるのだろうか。いや、母の作ってくれた料理もおいしかった。美咲の料理もおいしかった。

「すごくおいしい」

 家族が笑ったのを見て、僕もつられて笑った。


「早いものだな・・・孝介がもう結婚なんて」

 みんなが寝静まった後、リビングで父がつぶやいた。僕はというと、もう寝なきゃいけないのにちっとも眠れなかった。父の言葉にうなずく。

「俺もびっくりだよ。20歳で結婚」

 去年の僕は結婚なんて考えていなかった。最初に女の人とつきあったのは高校生のときだった。告白されたことなんて初めてだったし、仲の良い人だったから好きになった。2度目はサークルの後輩。やっぱり告白されてつきあいだした。みんないい人だった。美咲には・・・僕から告白して、僕からプロポーズして、一生一緒にいたいと思った。

「思えば、父さんと美咲のおじいさんの策略で見合いさせられたんだよな。今思うとなんか複雑だよな」

「父さんたちのおかげでまた会えたんだろ。むしろ感謝してほしいよ」

 つーんと父は言い放つ。

「うん。感謝してる。ほんとに」

 僕はにーっと笑う。そうだ、あのとき見合いで再会しなければ、僕たちはずっと他人だったんだ。

 そのとき、父がにっこり笑って僕の頭をぽんぽんと頭を叩いた。

「孝介、幸せになりなさい。親はいつだって子供の幸せを願ってるんだから」

 十分幸せだ。今までだって、これからだって。

 胸の奥に何かを感じた。僕はただこくんとうなずいた。


 僕たちは明日結婚する。

ドラえもんのような題名になりましたね。

いよいよ次で最終回を迎えます。

その後、番外編を1つ書こうと思っているので

たぶんあと2話くらいで終わると思います。


ここまで付き合ってくださってありがとうございました。

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