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おしどり夫婦へ  作者:
19/22

第19話 幸せな夜

 岐阜県にある有名な温泉地。僕たちは独身最後の旅行としてここを訪れていた。

「どうぞごゆっくりお過ごしください」

 人の良さそうな中居さんが部屋を出て行くと、僕らは案内された部屋でぐてーっと横になった。なぜかここまで来るのに6時間もかかってしまったのだ。さすがにずっと車の中にいたのでいろいろなところがみしみしと痛み始めてきていた。

「孝介ーご飯何時だったっけー?」

「7時ー」

 それまで何をしていようか。ごろごろしながら考えているうちに風呂に行こうという話になった。


 いつもより広い浴槽。僕は男湯にざぶーんと入った。冷えた体が温かくなっていくのを感じるのが僕は好きだった。とても気持ちがいい。

 以前僕が温泉に行きたいと言ったことを彼女は覚えていてくれたらしい。その後、彼女は温泉地のパンフレットをもらってきて、結婚の話と並行するような形で僕らの独身最後の旅行の計画が進められていった。

 僕としては美咲といられるならなんだってよかった。それにしても当たり前のように部屋を1つしか頼まなかったけれど、いくらなんでも強引だっただろうか。僕がインターネットでの予約の際に部屋のことを聞いてみると、お金がもったいないから1つでいいと言われたのだ。

 もうすぐ結婚か・・・・・

 一瞬だったが、一緒にお風呂に入る日が来るのかもしれないと考えてしまった。なぜかそれは僕としては微妙に思えた。

 1年前の僕だったらこんなに早く結婚するなんて思いもしなかった。だから、今の自分が不思議だった。たぶん結婚は早い遅いじゃないと思う。この人と結婚したいと思ったときがそのときなんだと僕は思った。


 温泉から出て、部屋に料理が運ばれてきた。普段の僕たちが食べれないような料理がテーブルの上に並び、僕らは意味もなくはーっとため息をついた。

「よっしゃ!残さず食べろよ」

 今のところキノコは見当たらないが、美咲はじろりと僕をにらむようにして見てくる。はいはいとうなずきながらふと美咲に好き嫌いはないのだろうかと考えた。食事の間何気に観察していたが、美咲が何かを嫌ったり避けたりする様子はない。

「美咲って嫌いなものとかないんだ?」

 食べることに集中していた彼女は初めて気づいたかのように顔を上げる。

「あ、ないかも。昔はさ、野菜とかあんまり好きじゃなかったらしいんだけど、母さんが無理やり食べさせたらそのうち食べるようになったんだって」

「へー頼もしいねぇ・・・」

 結婚したら、キノコを無理やり食べさせられる自分の姿が想像できた。ちなみに、結婚後に僕たちは一緒にマンションに暮らすことになっている。

「もうすぐ結婚するんだなー」

 ふと美咲はつぶやいた。僕は急に不安になった。

「今さらやめたいなんて言わないでよ」

「言わないって。だけど、今まで誰ともつきあったことがないから、孝介って物好きだと思った」

「それはこっちのセリフだよ。今まで誰ともつきあったことがないんなら、なんで俺なんて選んだの?性格がいいわけでもないし、別に顔がいいわけでもないし・・・おじいさんがお見合いさせたから?」

 矢継ぎ早にした質問に美咲は少し困ったような顔をした。美咲だったら僕なんかじゃなくてもっといい人がこの先現れるような気がする。すると、美咲はあっさりと言い放った。

「物好きな男が好きなんだよ」


 11時過ぎ、2度目の温泉から戻ってくると、部屋には2組の布団が敷いてあった。

「私こっちがいーい!」

「えっ!俺だって窓側がいいよ!泥棒来たら、美咲が守ってよ!」

 窓側の布団を争って、僕と美咲はケンカになった。もちろん僕はどっちでもよかったのだが、美咲がムキになるのが面白い。

「サイッテーだ!女に守ってもらうなよ!」

「だって美咲は・・・・・」

 唐突にぶちっと途切れた会話。争い合っているうちに、美咲の浴衣がはだけて少し中が見えてしまったのだ。いや、わざとじゃないんだけど。見るつもりはなかったんだけど。自分に言い訳をしながらアタフタとしていると、美咲も慌てて浴衣を直した。

「スケベ」

「わざとじゃないって」

 数秒間意味もなく目が合った。しかし、美咲にふいっと顔をそむけられてしまった。まだだめか・・・わかっていたことだが拒絶をされるとショックだ。そういえば、クリスマス以来キスもしてない。

 微妙な雰囲気が流れてしまったので、僕はテレビをつけることにした。

『あなたの宝物はなんですか?』

 いきなりそんな音が聞こえて、一拍置いてそれがCMであることに気づく。つまらなかったのでチャンネルを変えてみたが、どれも面白くなかった。仕方がないので、今まで1度も見たことのないドラマを途中から見ることにした。

「私の宝物さ・・・」

 唐突に美咲が喋りだした。

「指輪とネックレスかな」

 何を急にそんなかわいいことを言うのだろうか。僕の中の理性が耐えられなくなってしまうのを感じた。

「美咲・・・あんまかわいいこと言うと俺襲っちゃうよ?俺だって男なんだから」

 それはひとり言のつもりだった。だけど、美咲は窓側に敷いてある布団の上にすとんと座りこんだ。

「窓側がいいんだろ?」

「・・・・・怖くないの?」

「私に怖いものなんてない・・・・・けど、痛いのはやだ」

 僕はテレビを消した。美咲がすごく緊張しているのがわかる。怖くないなんて言ったくせに震えてるじゃないか。

「じゃぁ・・・痛かったら言って」

 僕は電気を消した。


 夢の中にいるかのようだった。久しぶりの美咲とのキスだけでもう緊張してしまった。僕は美咲を寝かせて、腕で自分を支えて、美咲に体重をかけないようにして覆いかぶさる。こんなに激しいキスは今までしたことがなかった。

 少し唇を放して、しばらく息を整えていると、1度だけ美咲が僕の浴衣のえりを掴んで体勢を反対にしてきた。柔道の投げ技のようにも思える。そのまま美咲から僕にキスをしてきた。僕の髪や首をなでながら唇を吸う美咲はなんだかエロティックだった。

 美咲を横に寝かせて、浴衣を脱がせる。彼女の白い肌が(あらわ)になった。肌に唇を合わせていく。

 もう誰にも邪魔されない。だから、僕はゆっくりと時間をかけた。

 時間をかけて1つになった。


「痛くなかったの?」

 僕は美咲の長い髪の毛をなでながら尋ねる。僕の腕の中で彼女が少し身じろぎする。

「前よりは・・・全然」

 そう言って、汗ばんだ僕の背中に手をまわしてきた。今日の彼女はなんだか大胆だ。

「じゃぁ、怖かった?」

「ううん。途中から自分が変態になっていくのがわかった」

 僕は美咲の前髪を上に上げた。僕らは目を合わせて笑い合った。その薄い唇にもう1度キスをする。軽いキスなのに、暗い部屋にその音がやけに大きく響いた。


 翌朝、僕と美咲は同時に目を覚ました。お互いにテンションがとても低かったが、目が合うと急に恥ずかしさが込み上げてきた。

「おはよ」

「・・・・・おう」

 僕は苦笑したが、美咲はなぜか顔を真っ赤にさせて布団を肩まで上げる。

「今さら恥ずかしがらなくても」

「う、うるさい。見るな」

「昨日の美咲は超激しかったなー」

「言うな!!」

 枕が飛んできて、顔にぼふっと当たる。

 美咲とはこれで2度目だったが、最初のときは彼女にとっては悲しいものでしかなかっただろう。だから、これが本当の意味で初めて1つになったときかもしれない。

 嬉しかった。すごく幸せだった。ただそれだけだった。

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