第17話 ライバル登場
招待客リストを作ってみると、明らかに美咲の知人のほうが多いのがやっぱり家柄の違いだと思う。どんな生活をしてきたのかは知らないが、国会議員までまで呼ぶことになっていることには本当に驚いた。
1月も半ばになった。あれから美咲の感じた視線の正体はまだわかっていない。しかし、最近は誰の視線も感じないとの話なのでひとまずは大丈夫なのかなと思っている。
「いざとなったら俺がかばう」
守ると言えなかったのはなんとなく恥ずかしかったからだ。しかし、美咲は凛々しい顔で言い放った。
「やられる前にやれ。やられたら10倍返し。自分の身は自分で守れ・・・これじーちゃんの受け売りだ」
あのじーさん、そんなことを孫に教えてるのか・・・僕はげんなりとしてしまった。ここは頼ってほしかったけれど、いざとなったら自分が盾になる気でいる・・・最悪なことだけが浮かんでくるのはなぜだろうか。
美咲の部屋で、ベッドに無防備にごろごろと寝転がる美咲。襲ってやろうかと考えなくもなかったが、クリスマスのときから僕が彼女に、例えば肩に偶然ちょっと触れただけでびくっと過剰反応されるようになってしまった。そんなふうにされると手もつなげない。
「あ、そうだ。美咲って牧原と同じ高校だったって言ってたよな?クラスの男子半分を自分に告白させたってどういう意味?」
それとなく聞いてみると、美咲は明らかに怪訝な顔をした。しまった、唐突すぎたかなと内心焦ったが、彼女はちゃんと答えてくれた。
「男に媚売って自分に告白するようにさせたらしいけど、噂だと中学のときから好きな人がいたから全部断ってんだって」
僕は複雑な想いになった。その好きな人はもしかしたら自分のことかもしれない。いや、思い上がりだ、きっと。
「ねー孝介。今行きたいトコある?」
「んー・・・温泉」
美咲の唐突な質問に僕が上の空で答えた答はなんだかジジ臭く思えた。でも、なんだかゆっくりと温泉に入りたいんだ。
「温泉か!いいな・・・よし!行こ!」
「は?今?」
「違うよ。2月に入ってからとか。独身最後の旅行で」
なんだか笑顔でそんなことを言われるので、かわいいなぁと思いながら僕は行こうとうなずいた。
「美咲、ちょっといい?」
部屋のノックと共に聞こえたのは美咲の母親の声だった。
「なーに?」
遠慮がちに開けられるドア。お母さんはおそるおそるというような顔で入ってくる。真ん中のテーブルの上で招待客リストを作っている僕とその一部をベッドの上でごろごろと寝転がってみている美咲を見て安心したように息を吐く。
「よかった・・・もしラブラブな時間を邪魔しちゃったらどうしようかと思ってたの」
「何言ってるの、母さん」
美咲はその真意を理解していないようだったが、僕は意味がわかって何も言えずにいた。それにしてもこの人は娘の身をもっと心配したらどうだろうか。
「それより、お客さんが来てるの。ここにお通ししていい?」
「お客さん・・・?」
美咲が訝しげな顔になる。しばらくして部屋に入ってきたのは背の高いひょろりとした青年だった。
「美咲ちゃん・・・久しぶり・・・」
背の高さとは裏腹に、ずいぶん自身のなさそうな声をしていた。人の良さそうな顔で遠慮がちに笑う。
「あ・・・・・学」
美咲がその名前を呼ぶと、僕は下の名前でその男を呼ぶので少しむっとなり、遠慮男は逆に嬉しそうにぱぁっと表情を明るくさせた。
「わっわかる?美咲ちゃん。中学のときまでよく一緒に遊んだよね!」
「そうだったよな。中学卒業したらすぐにタイに行っちゃって・・・今日戻ってきたのか?」
「ううん。もっと前から日本には戻ってきてたよ。もし美咲ちゃんに忘れられたら嫌だったから、なかなかここに遊びに来れなかったんだ」
完全に僕のついていくことのできない話でぽつんと外野に追いやられてしまった。話の端々を聞いていると、小学校、中学校と同じ学校だったらしいが、彼は高校に進学せずに親の仕事の都合でタイに引っ越してしまったそうだ。ひょっとしたら、美咲がタイに新婚旅行に行きたいと言い出したのは、彼に会うためかもしれなかった。いや、絶対そうだろう。一体どういう関係なんだろうか。
「あ・・・もしかしてあそこにいる人が・・・美咲ちゃんと結婚する人?」
急に話が振られてさすがにびっくりした。顔を上げると、ドア近くで話し合っていた美咲と学とかいう青年がそろって僕を見ていた。
「うん。葉山孝介っていうんだ」
紹介なんてされると照れくさい。僕は慌てて頭を下げた。
「あ、はじめまして。美咲ちゃんの同級生だった高見学です」
と、これまた深く頭を下げられる。なぜかまた僕も頭を下げる。すると、高見も頭を下げ返す。なんだかその繰り返しだった。
「とにかく中に入んなよ。久しぶりでいっぱい話したいことあるしさ」
美咲は彼を中に入れる。そこまでは良かったのだが、ふいに僕のほうを見て、
「今日はもうこのくらいにしようか。孝介、ここにいたってつまんないだろ」
そう言って僕を部屋から追い出した。
ありえない。
この日から僕は何度この言葉を思うことになるのだろう。婚約者を追い出して自分の部屋に別の男を入れるか普通。
21歳にしてはジジ臭いため息が漏れた。
美咲は僕のことが本当に好きなのだろうか。以前から考えていたことである。岸本という婚約者がいたときだってそうだ。彼から解放されたいがために僕とつきあうことにしたようにも思えてきた。
美咲と一緒に過ごした夜だって、もしかしたらただ思い出を作りたかっただけなのかもしれない。
考えれば考えるほどダークな気持ちになっていく。
だけど、美咲は僕といるとよく笑ってくれるし、プロポーズだって受けてくれた。
僕は美咲を信じてる。
しかし、ありえない話はまだ続いていく。
まず、あれから美咲に会っていないということだ。ケータイで電話をしても、美咲は用があるからと会ってくれない。バイトもなかったので、仕方なく1人でぶらぶらと近所の大型ショッピングセンターに行ったら、なんと美咲と高見に会ったのだ。
「え、美咲と・・・高見さん?」
話しかけると明らかに2人ともやばいという顔をした。まるで浮気でもしている恋人同士のようだ。
「こ、孝介・・・1人で買い物か?」
美咲がおずおずとしながら尋ねる。その態度に僕はむっとした。こういうのをたぶん嫉妬っていうのだろう。
「そうだけど・・・美咲の用ってこれだったの?」
なるべく平静を保って言葉を発する。ヤキモチをやくなんて初めてのことだったからどう対処していいのかわからない。
「そう。買い物に付き合ってもらってたんだ。じゃぁ・・・」
それ以上話すことはないらしい。買い物なら僕に言えば良かったのにと内心思いながら僕はちらりと高見を見る。彼は僕に1度ぺこりと頭を下げて、まるで当たり前のように美咲の隣で歩き出した。
やきもきした気持ちを抑えて、僕は2人とは反対方向に歩き出す。と、そのとき後ろからぐいっと腕を引っ張られた。驚いて振り返ると、美咲が真剣な面持ちで自分のほうへ僕を引き寄せた。
「誤解すんなよ」
「え、あ、はい・・・」
その言葉をどんなふうに取ればいいのかはわからなかったが、自分の都合のいいように取ることにした。しかし、その日送ったメールは次の日になっても返ってこなかった。
1月の終わり頃、その日は3限で授業が終わったので、早めに帰宅できる日であったから、嬉しい日になるはずだった。高見学に会うまでは。
駅前で自転車の鍵をはずそうとしていると、視界に高見の姿が目に入ったのだ。思わず目が合ってしまった。
「あ・・・高見さん」
「どっどうも」
売れない漫才師のような挨拶をされて、高見は僕のほうへ歩いてくる。僕も自転車から手を放す。
「あ、あの・・・少しお話しませんか?」
「あ・・はい。いいですよ」
どうも僕らの間では敬語が必須なんだろう。しかし、話といっても何を話したらいいのか思いつかない。意味もなくただ自転車置き場に立ち尽くす。
「えっと・・・美咲の同級生だったんですよね?美咲ってどんな中学生だったんですか?」
「今と全然変わらないですよ。正義感が強くて、曲がったことが大嫌いで、さりげなく優しくて・・・・・僕の憧れなんです」
その高見の言葉となにげに頬を赤らめて話す仕草で気づきたくなかった真実に気づいてしまった。高見のその先の言葉が聞きたくない。
「僕、日本に戻ってきて真っ先に美咲ちゃんに会いに行こうとしました。でも、葉山さんと一緒に歩いてる美咲ちゃんを見て話しかけれなくて・・・それから何度も機会を待ってたんですけど・・・こないだ美咲ちゃんのお母さんに会ってようやく話せたんです」
そして、くるりと僕のほうを向く。
「僕は美咲ちゃんが好きです。葉山さんと結婚するってわかっててもこれだけはどうしようもないんです。だから・・・美咲ちゃんに告白します」
僕は何も言えなかった。高見の気持ちが本物だって気づいてしまったから・・・・・